解析事例
粉末吸入剤の流れと衝突を可視化し、 実証実験を重ねなくても薬効を保てるデバイスを開発
zenius株式会社 様
概要
今回お話を伺ったのは、医療系デバイスのスタートアップであるzenius株式会社様です。2016 年に設立された同社は欧州の開発現場で培った患者中心のデザインや設計製造の知見をベースに吸入器やアプリケーター、噴霧器、IVD(体外診断機器)、ウェアラブルデバイスをはじめとする医療デバイスの開発やコンサルティングの実績を重ねています。
試験コストや開発期間の短縮が求められる中、Ansys Fluent(以下Fluent)、Ansys Rocky(以下Rocky)を導入しました。
本インタビューでは、これらのソフトウェアを導入した経緯や、その効果などをお聞きしました。

(左から)六車 惟様、玉木 直人様、福嶋 理樹様
今回お話をお伺いした方
zenius株式会社
代表取締役 CEO 六車 惟 様
取締役 CTO 福嶋 理樹 様
Senior CAE Engineer 玉木 直人 様
1.薬を体内に届ける技術で、グローバルに事業を展開するzenius株式会社
御社の事業内容を教えていただけますか。
六車
zeniusは創業時から一貫して医療機器、とくにドラッグデリバリーシステムという領域にフォーカスして事業を展開しています。社名の由来は禅とgeniusを組み合わせています。設立当初から製薬や医療機器開発の活発なヨーロッパやアメリカでの事業を想定していたため、社名も海外で印象に残ることを重視して決めました。

図1 zeniusが提供する医療機器(提供:zenius株式会社)
ドラッグデリバリーシステムについて詳しく教えてください。
六車
ドラッグデリバリーシステムは薬を体内に届ける技術で、注射器や喘息の吸入器、鼻のスプレーなどが挙げられます。この分野では薬学知識だけでなく、粉体・流体の挙動や装置など物理的・工学的な知識がないと、機器の設計ができません。このような分野に特化した設計を行える会社は、残念ながら日本ではまだまだ少ない状況にあります。一方たとえば、イギリスのケンブリッジには、多くの製薬会社や医療機器メーカーが集まる、所謂クラスターがたくさんあり、その中には世界の製薬会社達がこぞって通う、医療デバイスに特化したデザイン・コンサルティング会社が多数あります。我々は、まさにそういったデザイン・コンサルティング会社の日本版のパイオニアになりたいと考えており、これからの日本の製薬、医療デバイスの発展に貢献すべく、日夜さまざまな課題にチャレンジしています。
我々は海外の製薬企業や医療デバイスメーカとの取引からスタートして知見を積み重ね、現在は10カ国で300以上のプロジェクトの実績を有しています。特許調査からコンセプト設計、詳細設計、試作製造、量産製造、また海外技術の導入や導出のコラボレーションまで、伴走型でプロジェクトに対応します。海外の医療系企業とは設計アイデアから、ものづくりに橋渡しするためのいわゆるパイロット製造や試作品製造を受託することが多いですね。欧米の企業は製品設計力が強い一方で、量産可能な実製品へ落とし込むノウハウであったり、タイムリーにパイロット製造を行える企業はあまり多くありません。当社は日本のものづくり・メーカーと密に連携することで、医療デバイスの立ち上げで重要な機能試作品の製造において、一定以上のご評価をいただいております。他方、日本の企業さまとは、設計の初期段階、いわゆる製品コンセプトをつくるところから二人三脚で携わらせていただくことが多いです。

図2 ドラッグデリバリーシステムの種類(提供:zenius株式会社)
2.高コストな実証実験を代替するために、 解析ツールの導入を検討
どのような課題を解決するために、解析ツールを導入されたのでしょうか。
福嶋
当社では理想的な医療デバイスを開発するために、ビジネス、ユーザビリティ、パフォーマンスの3点を重視しています。中でもパフォーマンスの検証は実験のコストが非常に高く、小規模な企業である我々にとっては負担の大きいものでした。
そこで、CFD(computational fluid dynamics:流体力学)解析を使うことで、医療デバイスの性能を予測することとし、当初はFluentにて容器内部の空気の流れ方にフォーカスした解析を行っていました。CFD解析だけでも有用なツールでしたが、経肺薬の特性上から、より高精度な性能予測を目指すことにしました。経肺薬は、薬を肺の深部まで到達させることと充填効率を高めるため、非常に小さな粒子径の薬効成分と糖類の2つが混合されてできています。
患者が吸入器を通じて薬を吸入するときには、薬効成分を糖類から引きはがす必要があるのですが、これには粒子同士の衝突やその他条件との相互作用が非常に重要です。その解析を行うため、流れ場を見るCFD解析に加え、個々の粒子挙動を解析できるRockyを2023年に追加導入し、流体と粒子を高精度にシミュレーションできる体制を構築しました。
RockyはDEM(離散要素法)をベースとした粉体解析ソフトウェアです。

図3 理想的な医療デバイスを開発するために重視する3つのポイント。 パフォーマンスの部分で解析ツールの活用が必須となっている(提供: zenius株式会社)
3.使いやすさとサポートが決め手となり、Fluentを採用
なぜAnsysの製品を選んだのでしょうか。
福嶋
まずFluentはドラッグデリバリーシステム分野のシミュレーションにおいてスタンダードなツールであることです。ドラッグデリバリーシステムはニッチな分野ですが、流体シミュレーションといえばFluentが使われるため、論文や事例の蓄積があり、参考にできます。またこの分野の人たちはAnsys製品の解析結果を見慣れているためすぐ話が通じますし、Fluentの解析結果であれば信頼してもらえる点がメリットでした。
ソフトウェアに求めた要件は、「インタフェースの使いやすさ」と「サポートがあること」でした。複数の製品を試用した末、分かりやすいインタフェースをもち、使用についてのハードルが低いFluentを採用しました。またAnsys製品に関することはサイバネットさんが全て答えてくださるため、サポートについても十分に安心できました。
ソフトウェアの操作はどのようにして習得されましたか。
福嶋
初めの解析はサイバネットさんに委託しました。その時にサイバネットの技術者が設定した内容や解析手法が、大変参考になりました。設定内容を見ることで、ソフトウェアの扱い方の勘所がわかり、その後の解析業務をスムーズに進められました。たくさんのテキストを読み込むよりも、お手本を真似するこの方法が一番効率的で、かつ取り組みやすかったですね。
4.薬剤の流れを可視化し、薬効を確保できるデバイス開発を実現
FluentとRockyで連成解析をされていますね。どのような効果が得られましたか。
福嶋
経肺薬の吸入容器「ZN-1」でFluentとRockyを活用し、解析結果において従来の容器と同等の性能が出ていることを確認しました。ZN-1はインフルエンザ予防薬「イナビル」のジェネリック薬品用に開発した新デバイスです。

図4 経肺薬の吸入容器「ZN-1」(提供:zenius株式会社)

図5 先発製品「TwinCaps」とジェネリックであるzenius社の「ZN-1」の空 気流れの同等性検証結果。TwinCapsに対して高い同等性が証明され ている(提供:zenius株式会社)
玉木
Rockyを活用することで、空気のみならず粒子の衝突エネルギーまで計算することができます。解析にあたっては、Fluentの空気の流れの解析結果を使用し、それをDEM側に受け渡すことで計算を進めます。
DEMによって粒子の衝突エネルギーが計算できると微粒子を糖類から引きはがす傾向がわかります。
その傾向をマスターカーブ(横軸は時間、縦軸は粒子が細かく分散される度合い)としてグラフ化することで効果を予測できる可能性を見出しました。
実験とシミュレーションのコリレーション(相関関係の確認)も取っています。実験において、ZN-1では現行のデバイスと比べて圧力損失のばらつきを10分の1に低減できました。ばらつきが少ないということは、どのような吸い方をしても一定の薬の効果が確保されるということです。
圧力損失のばらつきを減らせたのは、Fluentを用いて、装置内に渦を巻いて旋回する流れを意図的に出すようにしたためです。我々がZN-1の解析をしていたところ、条件を少し変えただけで流れが旋回したり真っすぐになったりと安定しない状態がみられました。このデバイスでは、空気が3方向から入ってきてぶつかるように流れます。解析で流線を可視化できたことで装置内の流れを理解でき、「渦を巻いて旋回する流れを作れば安定性が増すのでは」、と推測し、Fluentを使ってさまざまな条件設定で最適化を図りました。Fluentがなければ、旋回の流れを安定して生成するデバイスは作れなかったと思います。

図6 医療デバイスの概要図。下から上に向かって空気が流れ、空気の流れに沿って粉体の薬剤が動く(提供:zenius株式会社)

図7 医療デバイスでのRocky活用事例。赤色の点は、時間の経過による薬剤の動きを表す(提供:zenius株式会社)
実物での検証も行ったのでしょうか。
玉木
はい、実物での実験でも、解析と同じように旋回して流れていることを確認できました。
福嶋
中間試験も行い、解析結果と実験がよい一致を示すことまで検証できました。これにより、実験をせずとも粒子の大きさ変化による分散度合いがわかり、製剤設計がしやすくなります。これは、製薬企業さまにとって大きなメリットです。ZN-1の設計においてはFluentとRockyを活用した解析結果を用いて、現行のデバイスと同等の性能が出ていることを製薬企業さまへ示すことができました。

図8 実証実験結果(白線)と流体解析結果(黒線)の例。グラフがほぼ重なり、差が少ないことがわかる(提供:zenius株式会社)
5.他のドラッグデリバリーシステム開発にも適用予定
今後はどのようなジャンルの解析に取り組まれる予定ですか。
福嶋
具体的には申し上げられませんが、他のドラッグデリバリーシステム開発にも、解析を使用していく予定です。ぜひご期待ください。
サイバネットのサポートについて評価をお聞かせください。
福嶋
サイバネットさんには委託の形でも相談に乗っていただけますし、我々が手を動かして解析する時は技術的なサポートをしていただけます。状況に応じてケースバイケースで対応してくださるので助かっています。今後も委託を継続させていただきたいです。
玉木
サイバネットさんで定期的に開催されている技術セミナーはもっと受講したいです。現在の使い方よりも、自分が気付いていない良い方法がきっとあるのだろうな、と思います。セミナーでは、そういった新しい情報が得られることを期待しています。
お忙しいところ、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました。医療デバイスの開発にAnsysFluentとRockyが活用されているお話しをお聞きでき、大変参考になりました。今後の新たな取り組みも、ぜひ支援させていただけましたら幸いです。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!
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