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解析事例

熱流体解析

群馬パース大学 様

医学に工学を掛け合わせ、適切な診療判断を実現する

概要

今回訪問したのは医療専門職を目指す学生が通う群馬パース大学です。9つの医療専門職を育成し、看護師や理学療法士をはじめとする専門人材を国際社会および地域社会に輩出しています。その中でも、年々高度化する医療機器の操作や保守点検を行う臨床工学技士を育てる学科が医療技術学部 臨床工学科です。同学科では、医療機器内部における流体の挙動解析などにAnsysの流体解析ツールを活用しています。本インタビューでは、カテーテルやステントなどを使用した場合の血流の解析例や、解析を行うメリットなどを伺いました。

今回お話をお伺いした方

群馬パース大学 医療技術学部 臨床工学科

助教 丸下 洋一 様

1.操作性の良さと信頼の高さ、サポート力からAnsysの流体解析ツールを選択

大学で教えられていることや研究内容を教えてください。

群馬パース大学 医療技術学部 臨床工学科では臨床工学技士を育成しています。臨床工学技士は、主に生体機能を代替するような重要な装置の操作や保守点検などを担う専門職です。例えば人工心肺装置やECMO(extracorporeal membrane oxygenation:体外式膜型人工肺)、人工透析装置などの操作、保守点検などは臨床工学技士が行います。

除細動器の操作を確認する、群馬パース大学の学生のみなさん

私の研究では、医療現場で使用される各種の医療器具や医療機器などの問題を抽出するために、さまざまな解析を実施しています。解析の種類は、流体解析を中心に構造解析、それに流体と構造の相互作用を含む流体-構造連成解析で、臨床データを活用した解析も行っています。

Ansysの流体解析ツールを導入された経緯を教えてください

Ansys Fluentは学生時の指導教授から推薦されたのがきっかけで使用し始めました。当時から使いやすいという印象でした。Ansys CFXは、当時あまりなかった移流拡散方程式を扱っていたことから使用し始めました。構造解析分野も含め、これまでAnsys製品を20年以上使用しています。

今もAnsys製品を使用している大きな理由は、解析モデルの作成が直感的に行えるためです。CT画像などの3次元医療データを使用する場合、解析用モデルを作成するのは非常に大変な作業になります。Ansysは直感的に操作でき、スムーズにモデルを作成できます。

また、医療分野では信頼性の高いツールを使うことが求められます。海外の論文ではAnsysの解析ツールを使用していることが多く、医療分野において信頼性の高いツールだと認められています。

個人的にも今までにさまざまなツールを使う機会がありましたが、Ansysのツールが最も使いやすく、また自身の研究内容についてサイバネットさんに相談させていただいた経験からサポート面でも安心感を持っています。

2.急性A型大動脈解離症の事例:応力が集中する箇所を解析で明らかに

Ansys FluentとAnsys CFXをどのように使い分けていますか。

Ansys Fluentは血液の流れを見る時によく使用しています。最近は構造との連成解析を行い、血管壁にかかる圧力や、応力による変位も見ています。

Ansys CFXは多成分流体解析ができるため、拡散度合いや、混ざり具合を見ることができます。例えば透析時には、カテーテル付近に浄化済みの血液と未浄化の血液が存在します。本来は両方の血液が混ざることはありませんが、それが混ざってしまう再循環という現象があります。Ansys CFXではその割合を解析できます。解析結果も実験と高い精度で一致しています。

解析ツールの具体な活用例を教えてください。

ダブルルーメンカテーテルの解析があります。ダブルルーメンカテーテルは緊急時などに使用する透析用カテーテルで、一般的には一時的な処置として使用されます。しかし、現場ではやむを得ず工夫しながら長期利用されることがあります。その際に、どれだけ透析効率が下がるのかなどについて解析と実験を行いました。

 

急性A型大動脈解離という症例においてもAnsys Fluentによる解析を行っています。こちらは論文[1]でも発表しております。

急性A型大動脈解離症とはどのような症状で、どのような治療を行うのでしょうか。

急性A型大動脈解離とは心臓から出て上に向かう上行大動脈の内膜が裂ける病気です。全身に血液が流れなくなってしまうため、緊急手術が必要です。
解析した患者の例では、1回目の手術で人工血管に置き換えましたが、そのあと解離形成(dSINE)が発生しました。ステントグラフト(金属製の網目状の筒(ステント)と人工血管を組み合わせた器具)を内挿する2回目の手術によって無事に回復しました。

図1. 大動脈のメッシュ形状(提供:群馬パース大学)

この手術について、担当医から、dSINEが発生した原因を知りたいと解析の依頼を受けました。Ansys Fluentで解析したところ、術後は上行大動脈が拡張したため壁せん断応力や流速の集中は認められませんでした。しかし、その先の下の血管(下行大動脈)が狭窄していたため、その場所に応力集中が発生し、その影響でdSINEが発生した可能性が見えてきました。下行大動脈が開ききっていない場合、dSINEが発生する可能性があると分かりました。この知見は、今後の治療指標として活用できると考えています。

図2. 大動脈のAnsys Fluentでの解析結果(提供:群馬パース大学)
赤色が狭窄箇所で、壁せん断応力と流速が大きく集中する。二期的ステントグラフト内挿術後は、壁せん断応力、流速の限局的な集中は認められなかった。

3.解析ツールの活用により研究スピードが加速

Ansysの流体解析ツール活用の効果を教えてください。

ミュレーションによって研究スピードを速められています。実験は条件を変えながら10回、20回と繰り返すため、1か月程度かかることもあります。しかし、事前に解析して条件の当たりをつけて、実験回数を減らすことができれば、解析と実験の時間を合わせて1週間程度で終わらせることも可能です。

コストカットの面でも大いに役に立っています。医療系の器具や薬品は高価で、実験のたびに膨大なコストがかかってしまいます。実験の場合3人ほど必要なこともあり、人的コストも削減できます。

またカテーテルは近年さまざまな形状が次々と出てきています。解析ツールを利用することで、それぞれのカテーテルの実物が手元になくても事前検討ができます。

4.工学の知見を掛け合わせ、患者さんに負担の少ない診療判断を

医療分野の解析で今後取り組みたいことはありますか。

医師が患者さんに手術の方法や結果をお伝えするときには、根拠をもって説明することが求められます。今回の症例では患者さんへの説明に解析データを使用できました。いつでも解析データを活用して説明できることが理想です。さらに、手術前に解析して患者さんに最も負担のない手術方法を見つけることができれば、前述の症例のように2回手術をするといった負担を避けられます。

今後取り組みたいテーマに、ステントグラフトの解析があります。ステントグラフトはまだ新しい医療器具で、課題が徐々に見えてきています。課題の原因を解析で明らかにできれば、ステントグラフトの適切な使用方法の提案や、患者さんに適した形状や径のステントグラフトを選択できるようになります。

また心臓弁の流体-構造連成解析にも取り組んでいます。手術で人工弁に置き換えると、一時的に血圧が上がり元に戻ります。現状は、人工血管や人工弁にまだ体が慣れていないから少し高めになっているという程度の説明しかできません。工学的な面から、その原因を明らかにしたいと考えています。さまざまな形状の人工弁についても比較解析したいと考えています。

解析経験を重ねていけば、ノウハウや知見が溜まり、新しい診療判断の材料になると思います。私は医工学分野での研究に取り組んでいますが、まだ現場は工学の知見が十分に生かされているとはいえません。シミュレーション技術を活用することで、さらに多くのことが分かり、より患者さんのためになる医療が実現できるでしょう。

参考

注釈

※ ダブルルーメンカテーテル:ルーメンは内腔を意味し、カテーテルの中に2つのチューブが通っているカテーテルのこと。

お忙しいところ、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました。医療分野での流体解析ツール活用事例をお聞きすることができ、大変勉強になりました。現場医療の発展に少しでも貢献できるようでしたら嬉しく思います。今後も引き続きサポートさせていただきます。

2024年11月取材
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