解析事例
目指すのは開発のフロントローディング化。CAEはそのための有効なツールの1つにすぎません
〜現場主義のCAE推進活動に、Ansys Workbenchが貢献〜

今回のインタビューでは、オムロン様にお話を伺いました。
1933年、創業者・立石一真氏が独自に開発したレントゲン写真撮影用タイマを「立石電機製作所」で生産を開始したことから始まったオムロン様。創業以来「企業は社会の公器」という理念のもと、現代のものづくりに欠かせない「センシング&コントロール」をコアに技術革新を重ね、日本だけでなく世界中の製造業の生産性向上に大きく貢献されてきました。オムロン様が、世界初の自動改札機や現金自動支払機を生産されたことはよく知られています。また、地球環境との共生による持続可能な成長が求められる今日では、センシング&コントロール技術をさらに進化・深化させて、人と地球のよりよい関係づくりへの取り組みにも着手なさっています。
ここでは、オムロン株式会社 グローバルものづくり革新本部と、オムロンスイッチアンドデバイス株式会社 商品開発部の皆様にご協力いただきました。
今回お話いただいた方々
オムロン株式会社 グローバルものづくり開発本部
生産プロセス革新センタ 生産技術部 技術専門職 技術士(機械部門)岡田 浩 様
開発プロセス革新センタ 開発支援技術グループ 主査 福万 淳 様
開発プロセス革新センタ 開発支援技術グループ 主事 池田 正哲 様
オムロンスイッチアンドデバイス株式会社
商品開発部 共通技術グループ 主査 岸 成信 様
(以下、お客様の名前の敬称は省略させていただきます。)
生産・開発・購買・品質・環境・ITそれぞれの観点から、ものづくりのプロセスを改善する横串組織。CAEを開発フロントローディング化ための有効なツールとらえ、全社的に推進中。
まず、皆様のお仕事についてお聞かせください。
福万
オムロングループは、グループ全体の売上高としては6,505億円、従業員数としては約35,500人の企業です(2013年3月末現在)。取り扱い製品では、全体の4割を占めているのが工場自動化用の制御機器と呼ばれるもので、家電・通信用電子部品、車載用電子部品、社会システム、そして健康・医療機器事業と続きます。一般的にはヘルスケア製品がよく知られており、家庭用の電子血圧計においては世界シェアの5割が当社製品なのですが、売上規模としては全体の1割程度です。
岸
オムロンスイッチアンドデバイスは、その中の電子部品事業に該当します。産業機器用、業務民生用、そして車載用が主な事業用途です。
福万
当社では事業単位ごとのカンパニー制と、全社横串組織の両方があり、相互に連携しながら活動しています。私と岡田、池田は「グローバルものづくり革新本部(以下、GMI)」と呼ばれる組織に所属しているのですが、この部署は全社的な横串組織で、生産、開発、購買、品質、環境、ITそれぞれの観点から、ものづくりのプロセスを革新していくことをミッションにしています。
その中で、池田と私は開発プロセス革新センタ、岡田は生産プロセス革新センタに在籍しており、CAEの支援業務は主にこの2つの部署が担当しています。
池田
私は開発現場に入り込み、日々、実務設計者と一緒に考えながら、開発プロセス全体の改善に取り組んでいます。今、私自身はCAEを利用していませんが、開発プロセスの改善には有効なツールだと思います。
福万
私は、各事業部の多様な設計課題に対するCAEでのアプローチ方法を開発して、それぞれの設計現場で活用できる形にして展開したり、開発中の設計課題そのものをCAEを活用して解決していくことで開発フロントローディングを推進しています。
岡田
私が所属する生産プロセス革新センタでは、樹脂や金属加工など、オムロン製品のものづくりを高品質で低コストで生産するための工法を開発しています。検証手段の1つとしてCAEも利用しており、解析分野は構造、熱流体、樹脂成形、電磁界、光学など多岐にわたっています。
岸
オムロンスイッチアンドデバイスは、オムロンの電子事業の主力製品の1つであるスイッチ機器の開発・生産を行っています。私は商品開発部に所属しており、スイッチ機器の開発に関して技術的なアドバイスを行っています。
優れた操作性が評価され、Ansysを全社的に推進。
Ansysの導入経緯についてお聞かせください。
福万
Ansysはかねてから導入されていましたが、全社的にAnsysを推進していくことが決まったのは10年ほど前です。当時はまだMechanical APDLの時代でしたが、それでも他のCAEツールと比較すると使いやすく、機能的にも十分だったのでAnsysを採用しました。
どのような解析でAnsysをお使いだったのですか?
福万
非線形解析を多く利用していました。別のツールを利用している部署もありましたが、初心者が使うには敷居が高すぎる印象でした。オムロンには当時からCAE活用を推進したいという思いがありましたので、操作性に優れたAnsysを選びました。
現場に根ざしたCAE推進活動を全社展開。オムロンの基幹商品の開発を担う、オムロンスイッチアンドデバイスが最初の成功事例に
岡田様には、先日弊社が開催しました「Ansysものづくりフォーラム in 大阪」でもご登壇いただきありがとうございました。ご講演のテーマとなった、御社のCAE推進の取り組みについてお聞かせください。
岡田
当社では1980年代の後半から、全社的にCAEの活用・推進を行ってきました。2006年からは専門組織を立ち上げ、CAE活用を通じて品質改善や開発のフロントローディング化を目指してきたのですが、当時は開発現場からの依頼に基づく解析(受託型解析)が中心で、用途も限定的になりやすく、十分な効果を発揮しているとは言えませんでした。
そこで活動の見直しを行い、2011年度からはオムロンの長期ビジョン(Value Generation 2020)のもと、全社戦略テーマとしてCAEの活用・推進に取り組んでいます。
福万
図1は当社のCAE戦略を図式化したものです。当社には数多くの事業部があり、それぞれが事業課題を抱えています。GMIは個々の事業部の現場に入り込み、CAEで解決できそうな課題を抽出し、現場担当者と一緒に考えながら「いつ」「どのように」やるかを決め、実行します。これにより開発プロセスをフロントローディングに近づけていきます。
一方、課題の中には事業部共通のものや、将来的に必要になるため、先行して技術開発が必要な課題もあります。それらは全社横断の技術ワーキンググループを設立し、技術ロードマップを作って取り組んでいます。設立から約3年が経ち、徐々にその体制が整いつつあります

図1 CAE活用・推進の基本的考え方
岡田
スイッチはオムロンの基幹製品です。競合他社に対して優位性を維持できるかどうかは極めて重要な問題ですので、オムロンスイッチアンドデバイスのプロジェクトが一番先行して進められました。
岸
当社は2010年に岡山で設立されたのですが、スイッチ事業を行っていた前身の部門にいたころから、設計の手戻りを減らすための活動は続けられていました。CAEで解決したい技術課題もすでに洗い出していたので、GMIとの連携もスムーズに始める事ができました。
具体的な活動内容をお聞かせください。
岸
スイッチの用途は幅広く、求められる動作特性も多種多様です。当社は様々な要求を満たすスイッチをタイムリーに市場に供給する必要がありますが、設計で後戻りが生じると計画通りにものづくりができなくなります。
スイッチは金型から設計する必要があるため、仮に金型製作に2週間を要した場合、部品を組み立てて試作、評価を済ませるまでに、ゆうに1か月かかってしまいます。その点、シミュレーションを活用して動作特性を精度よく求めることができれば、設計の手戻りを防止し、計画通りの生産が可能となります。しかし我々設計者には、あるスイッチの動作特性をシミュレーションで評価したいと思っても、アプローチ方法が分からない事がよくあります。
そこでGMIに解析のアプローチ方法を確立し、その方法を手順書にまとめていただきます。我々は事前教育をうけた後で、手順書に沿って解析を進めていきます。このプロセスを、解析テーマ1つにつき半年から1年のスパンで回していきました。
図2はスイッチの動作特性を求めたシミュレーション事例です。これは荷重(F)−ストローク特性(S)と呼ばれるもので、例えばスイッチにどのくらいの荷重をかけるとONになるのか、などの相関を求めています。
超弾性解析も設計者で実施されているのですか?
岸
はい。当社では設計者全員がCAEを使えるようになることを目標としていますので、設計者でもできるような簡易な手法を構築していただきました。
CAE推進の成功の秘訣は、現場との密なコミュニケーション
プロジェクトをうまく進めるために苦労したことは?
岸
Ansysを使う上での基礎教育として、サイバネットの操作セミナーやCAEユニバーシティの理論講座も受講しましたが、学んだ事をどのように実際の開発テーマに結び付け、日々の業務に役立ててもらうかが課題でした。そこでGMIと連携して、個人作業と全体討論を組み合わせたワークショップを実施しました。
図3は部内で展開したワークショップのフローです。GMIが作った手順書を見れば一通りの解析はできるのですが、より確実に習得してもらうために、まずは自力で考えてもらいます。次に各自の検討結果をもとにワークショップで発表・討論を行い、成果物は講師が添削します。これを「解析モデル検討」「結果の考察」「報告書作成」それぞれのフェーズで実施し、報告書の提出をもってテーマ完了です。
池田
CAEに限りませんが、このプログラムのように、自分でまず考えて仮設を立ててみて、結果を振り返り、次に活かしていく。このサイクルを繰り返すことが教育には効果的だと考えています。
岸
活動をはじめて3年になりますが、以前は解析は一部の人間しか行わないか、せいぜい過去に実施したテーマと全く同じものを扱う程度でした。現在では設計者はほぼ全員、設計業務の中でAnsysを使っています。また、当初に挙げていた開発課題もひととおり網羅することができました。
3年間で目標達成をされたということですね。CAE推進をうまく進めるには、何が効果的だったと思われますか?
岸
CAE推進が全社戦略の一環であるという、トップダウンの効果は大きいと思います。今では、CAEによるシミュレーションはスイッチ設計において不可欠な工程になっており、設計者自身が必要、有効と感じてCAEを活用しています。
また、活動を立ち上げた当時はGMIが同じ事業所内にあり、いつでも質問や相談に行く事ができました。GMIも毎日のように進捗を聞いてくれていたので、途中で諦めずに続けることができたのだと思います。双方の密なコミュニケーションが果たした役割は大きいと思います。
岡田
実は以前、IT部門がCAE推進を実施したことがあるのですが、IT担当者には設計者の感覚がわからず、あまりうまく行きませんでした。やはり福万さんのように設計を経験している人が、現場の設計者と密なコミュニケーションを取りながら課題を抽出し、解決にあたる。現場に根ざした活動をすることが、CAE推進を成功させるためのキーだと思います。
CAEは開発プロセス全体の中に位置づけられるもので、切り取っては考えられない。CAE単独の効果を議論するより、CAEを含めた新しい開発プロセスが、どれだけビジネスに貢献できたかを考えるほうが適切。
今後取り組まれたい課題は?
福万
オムロンスイッチアンドデバイスの事例をモデルケースの1つとして、他の事業部でもCAE推進活動を進めていくことです。当社には数十の開発部門がありますが、それぞれ現場に合った形で、CAEを設計に役立てていけるような体制を作り上げなくてはなりません。
そのために、当社には2つの戦略があります。1つは我々GMIのような本社機能が、個々の設計現場に深く張り込み、課題抽出から問題解決までを一緒に行うというもの。もう1つは各部門に1名ずつ、CAE業務を取りまとめ、部門のCAE推進を担うことができる専門家を育成することです。
繰り返しになりますが、CAE推進には現場を知ることが重要です。表面で出ている問題も、掘り下げると全く別の問題であったというケースもあります。CAEの事を理解している人が現場のスポークスマンになったほうが、本社の我々がゼロからヒアリングをするよりも効率よく、適切な情報が得られると思います。
岸
設計部門では、全員が解析のプロフェッショナルになる必要はありません。しかし部内に専門家が1名居ることは重要で、質問すればすぐ答えが返ってくるような状態が望ましいと思います。
岡田
これを当社では「事業密着CAE人財」と呼んでいます。GMIのCAE人財だけで、全社の推進活動をするのは限界がありますから、GMIに各事業部からローテーションで人を派遣していただき、2〜3年でCAEの推進活動ができるまでのスキルを身につけ、現場に戻っていただくのです。このローテーションを次々に展開してきながら、2020年までにはオムロンの全ての事業部でCAEの推進体制を確立しようと計画しています(図4)。
福万
難しいのは、事業部によって温度差が大きいところです。オムロンスイッチアンドデバイスのように、CAEが認知されている部門ばかりではありません。設計者が自ら解析をする意識がない部署で、どうやってCAEの有用性を理解してもらい、積極的に取り組んでもらえるようにするかが悩みどころです。
CAEの効果測定などを求められることはありますか?
池田
CAEは開発プロセス改善の1つでしかありません。
様々な取り組みが総合されて、タクトタイムの削減や品質向上が実現しているので、CAEだけを切り出して効果を定量的に測定するのは難しいです。
そこで検討しているのは、アンケートやヒアリングによる定性的な調査です。CAE推進をはじめとした活動の1つ1つが開発プロセス全体の成果導出にどれだけ貢献したかを振り返り、その結果を活動指標として落とせないかと考えています。
岡田
ただ、そもそもCAEがいくらの効果があるか?という問題の立て方には疑問を感じます。シミュレーションは、先人が作り出した工学知識を、有限要素法という手法に置き換えているにすぎません。シミュレーションの利点として、ものの大小に関わらず、試作せずに性能評価ができたり、物体内部の見えない部分まで可視化できる点が挙げられますが、これらは工学の論理を適用できる範疇にあるので効果的なのです。一方、材料系の劣化といった工学的な理論を適用できない範疇においては、CAEより実験を使ったほうが効果的です。
CAEはアプローチ方法の1つに過ぎません。開発プロセス全体を改善するには、課題に応じて、いかに柔軟にアプローチ方法を使い分けていくかが重要です。そのため、CAEだけを切り取って効果を議論するのはあまり意味はなく、CAEを含めた新しい開発プロセスが、どれだけビジネスに貢献できたかを考えるほうが適切だと思います。
今日は貴重なお話をありがとうございました。では、御社のCAE推進活動において、Ansysやサイバネットはどのようにお役に立てているでしょうか?また、今後期待することをお聞かせください。
福万
オムロンスイッチアンドデバイスでは、Ansysのみ利用しています。最近のAnsys Workbenchは、操作性はCAD付属のツールと変わらないのに非線形解析の機能も充実していますね。現在ではほぼ全ての解析業務をAnsys Workbenchで行っています。
また先述のワークショップは、サイバネットのCAEユニバーシティの手法を参考に仕組みを考えました。その他、3回ほど岡山でオンサイトセミナーを開催してもらいましたが、遠田先生の「構造CAEの設計応用講座」では、設計者目線でCAEの活用方法を紹介していただき、とても参考になりました。当時の資料はいまでも活用しています。
要望については、CAEベンダーであっても、設計に対する理解を深めていただけるとベターですね。我々はCAEは設計ツールの一環として利用していますので、そうした視点を共有してもらえると良いと思います。
ありがとうございます。オムロン様でのCAE推進のために、当社もできる限りのご支援ができればと思います。何かございましたらお気軽にご相談ください。では最後に、現場の解析技術者の方へアドバイスをお願いします。CAEの技術を向上させるために、必要なことは何だと思われますか?
福万
疑うことだと思います。結果を疑う。境界条件を疑う。CAEは簡単に答えが出てしまいますので、回答をうのみにしないことが重要だと思います。
岡田
CAEは万能ではないので、今取り組もうとしている課題に対して、CAEを使うのが良いのか、それとも実験や他の方法を使うのが良いのか、切り分けるセンスを身に着けることだと思います。
岡田様、福万様、池田様、岸様には、お忙しいところ取材にご協力いただき、誠にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。
【メカニカルCAE事業部 マーケティング部】
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