解析事例
ペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池における電流マッチングとヒステリシス応答
有機EL・太陽電池シミュレータSetfos
解析分野:ヒステリシス解析、電磁光学的解析 業界:太陽電池
こんな方におすすめ
- ペロブスカイト太陽電池の研究者・開発者
- タンデム太陽電池の研究者・開発者
- タンデム太陽電池のヒステリシスに興味のある方
概要
しかし、ペロブスカイトを使用したタンデム太陽電池の可能性が示される一方で、ペロブスカイト中の移動イオンがデバイスの最適化にどのように関与するのかは、まだ十分に解明されていません。中でもタンデムデバイスの電流マッチングやヒステリシス応答の解明に関しては、今なお多くの課題が残されています[2]。タンデム太陽電池において、ヒステリシス応答に影響を及ぼすパラメータを理解することは、適切な測定条件を設定し、得られた測定結果を正しく解釈するために非常に重要です。
本記事では、Fluxim社の有機EL・太陽電池シミュレーションソフトウェア Setfos を用いたドリフト-拡散シミュレーションによって、こうした課題にどうアプローチできるかをご紹介します。
使用ソフトウェア・測定器
解析目的および解析手法
背景と目的
ハロゲン化物ペロブスカイトは、電子とイオンの両方が輸送される(イオン・電子)混合伝導体です[3]。ハロゲン空孔などの移動イオンは、ハロゲン化物ペロブスカイト太陽電池の動作中に結晶内で再分布し、電流‐電圧測定で観察されるヒステリシス応答から明らかなように、太陽電池の性能に緩やかな変化を引き起こします。ヒステリシス応答は、スキャン速度が十分に早い(電圧変化にイオンが追従できない)場合、もしくは十分に遅い(電圧変化にイオンが追従できる)場合は観測できません。特定の条件下では、イオンの再分布が起きていたとしても、どのスキャン速度でもヒステリシス応答が観察できない場合もあります。
イオン輸送の理解は他の観点からも重要であり、例えばペロブスカイトの劣化に関わる主要なメカニズムの解明につながる可能性があります。その一つが、逆バイアス劣化です。これは、ペロブスカイト太陽電池の分野で広く研究されているテーマの1つです。逆バイアス劣化の要因としては、界面における大きな分極(逆方向)が、電極や活性層の反応を誘発する可能性があることが指摘されています[4]。
ペロブスカイト太陽電池単体を逆バイアス下で動作しないように制御することは比較的容易ですが、2つ以上のサブセルが直列に接続されたタンデム構造に組み込まれた場合は、複雑になります。タンデムデバイスでは、各サブセルは直列接続されているため電流は等しく保たれますが、タンデムデバイスの電圧は、各サブセルにかかる電圧(再結合層による損失を除く)の総和となります。タンデムデバイスが最大電力点(MPP)付近で動作している場合でも、各サブセルでの電圧降下は、必ずしもそれぞれの最大電力動作点の電圧と一致するとは限りません。例えば、サブセル1のフォトカレントがサブセル2より小さい場合、サブセル1は動作電圧が低くなり、サブセル2の動作電圧は大きくなります(最大でも開放電圧まで)。このようにタンデムデバイスは順バイアスで動作していたとしてもフォトカレントが小さいサブセルにかかる電圧が低下していき、場合によっては逆バイアスで動作することもあります。これらのことから、タンデムデバイス全体に一定の電圧が印加されていたとしても、各サブセルの動作状態は光照射条件に依存します。
タンデムデバイスのサブセル間の電流マッチングの研究は、タンデム太陽電池分野では重要なテーマです。第3の電極(中間電極)の電位を直接取得することは難しいため、実験のみを基にデバイスの応答を理解・予測することは困難です。光学モデリングとドリフト-拡散シミュレーションを組み合わせた手法は、このようなデータを取得することに有効です。
解析対象
図1に示すペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池を解析します。
解析手法
Setfos5.5を用いて、タンデム太陽電池の光学シミュレーションとドリフト拡散シミュレーションを行いました。解析モデルは図1に示す通りでシリコンセルの表面には太陽光の吸収率を向上させるために表面テクスチャが導入されています。各層の光学的および電気的特性に関する入力パラメータは、文献[5]の値を使用しました。適切な値がない場合には代表的な値を設定しました。

図1:タンデム太陽電池の層構造とSi表面に適用するテクスチャ[6]

パラメータkshort λ とklong λの値は、2つのサブセルにおいて、トップセルの最大フォトカレントが増えた割合だけボトムセルの最大フォトカレントの割合が減るように設定します。この変動はパラメータzで定量化されます。


図2:(a)ペロブスカイト吸収層とシリコン吸収層の吸収率
(b)標準太陽スペクトルAM1.5G (z=0)と式(1)により計算されるスペクトル
※図中の破線はλ_m=739 nmを示します。
解析結果
図3(a)はタンデムデバイスと各サブセルの層構造を表しています。タンデムデバイス全体、ボトムセル、トップセルにかかる電圧はそれぞれVT,VS,VPとなります。図3(b)には、AM1.5Gにおけるタンデムデバイス、各サブセルの定常状態のJ-V曲線を示します。タンデムデバイスと同等の動作条件下での各サブセルの応答を実験的に取得することは容易ではありませんが、シミュレーションを用いることで、このようなデータを容易に収集することが可能です。注目すべき点として、ペロブスカイトサブセルのJ-V曲線には、MPP付近で小さな屈曲が見られます。これは図3(d)に示すように、印加電圧の増加に伴い0.6V-0.8Vの範囲でペロブスカイト層とC60層の界面近傍で再結合が増加することが原因で、イオンの再分布に起因する電子濃度プロファイルの変化によって引き起こされます。またこのような応答は図3(c)に示すように、タンデムデバイス全体の応答には現れません。これは、タンデムデバイス動作時はペロブスカイトサブセルの電圧変化が非常に小さく抑えられているためです。図3(c)はタンデムデバイスの動作点(AM1.5G下での短絡電流)において、電流マッチング条件のためサブセルの動作条件が互いに大きく異なっている可能性があることを強調しています。この例では、シリコンサブセルのフォトカレントが小さいため逆バイアス(VS<0)で動作し、ペロブスカイトサブセルはシリコンサブセルの逆バイアスの値と同じ絶対値で符号を入れ替えた電圧(VP>0)で動作しています。Setfosでのシミュレーションによって得られたバンド図(図3(e))は、この現象を視覚的に表現しています。各サブセルの電圧とそれに電気素量qを乗じた値は、デバイスの準フェルミ準位の分離量に関連する、内部電圧の指標となります。しかし、一般的に開放状態から離れた動作状態ではこの2つの値に大きな差が生じることがあります。

図3:(a)タンデムデバイス全体(左)と、シリコン(中央)、ペロブスカイト(右)のサブセルの層構造
※プローブでつながれた対象となる端子、電圧、電流は図に示すとおりです。
(b)タンデムデバイス全体と、各サブセルのAM1.5G照射下におけるJ-V曲線
(c)(b)の拡大図
※タンデムデバイスが0Vで動作しているときの各サブセルにかかる電圧を示しています。
(d)ペロブスカイトサブセルの電圧と再結合速度の関係
(e)0V時のタンデムデバイスのバンド図
まとめ
SetfosのAbsorptionモジュールとDrift-diffusionモジュールを組み合わせることでペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池の定常状態の応答を解析することができます。これにより、タンデム太陽電池において電流マッチングや移動イオンが電気的応答に与える影響、各サブセルが逆バイアス状態になる光照射条件などを評価することができます。
下記ボタンよりダウンロード可能な資料では、Setfosによるペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池の過渡応答を解析した結果が記載されています。ご興味がございましたら資料ダウンロードをお願いいたします。
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参考文献
[1] L. Schmidt-Mende et al., Roadmap on organic–inorganic hybrid perovskite semiconductors and devices, APL Materials 9, 109202 (2021).
[2] C. Messmer, D. Chojniak, A. J. Bett, S. K. Reichmuth, J. Hohl-Ebinger, M. Bivour, M. Hermle, J. Schön, M. C. Schubert, and S. W. Glunz, Toward more reliable measurement procedures of perovskite silicon tandem solar cells: The role of transient device effects and measurement conditions, Prog Photovolt Res Appl. 1 (2024).
[3] T. Yang, G. Gregori, N. Pellet, M. Grätzel, and J. Maier, The Significance of Ion Conduction in a Hybrid Organic–Inorganic Lead‐Iodide‐Based Perovskite Photosensitizer, Angewandte Chemie 127, 8016 (2015).
[4] R. A. Z. Razera et al., Instability of p–i–n perovskite solar cells under reverse bias, J. Mater. Chem. A 8, 242 (2020).
[5] D. Turkay et al., Synergetic substrate and additive engineering for over 30%-efficient perovskite-Si tandem solar cells, Joule 8, 1735 (2024).
[6] S. Altazin, L. Stepanova, J. Werner, B. Niesen, C. Ballif, and B. Ruhstaller, Design of perovskite/crystalline-silicon monolithic tandem solar cells, Opt. Express 26, A579 (2018).
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