解析事例
Ansysの導入経緯とその活用について
今回のユーザー訪問は、自動車のショックアブソバーや油圧機器で有名なカヤバ工業株式会社様です。インタビューを受けていただいた方は写真の後列左からCAE推進部の池谷部長様・島田美穂様・菊池様・渡辺様・島田実課長様。前列左から塚本課長様(岐阜工場)・徳満課長様です。昭和10年の創立以来、油圧の分野を中心に活動され、現在では空気圧や電子技術を応用して、より高度な油圧システムを製造されています。
カヤバ工業株式会社様は、サイバネットシステムがAnsysを日本で販売を始めた当初からAnsysを導入されている古くからのユーザー様です。興味深い解析事例や苦労話もお話いただき、貴重なインタビューとなりました。
以後、カヤバ工業株式会社の方々の敬称は略させていただきます。
カヤバさんは、Ansysを導入されてから随分長いとお聞きしているのですが、Ansys導入の歴史のような話を聞かせていただけますか。
池谷
Ansys導入の経緯を知っているのはこの中で僕ぐらいです。Ansysを導入したのは1985年で、まだAnsysのRevision3か4というバージョンだったと思います。導入以前からFORTRANでFEMを自作して解析を行っていました。ただ当初から、もう自作で解析をする時代ではなく、商品として販売している汎用の解析ソフトウェアを導入しなければいけないと考えていました。導入の2年ぐらい前に市販の解析ソフトウェアを検討し、Ansysが候補に挙がったのです。他にもいくつか商用の構造解析ソフトウェアが在りましたが、Ansysの使い勝手が一番優れていました。
島田
当時プリプロセッサ・ソルバー・ポストプロセッサが一体になっている構造解析ソフトウェアはAnsysしか在りませんでしたから。
池谷
他のソフトはかなりの専門家でないと扱えないイメージが在りましてね。Ansysは、サイバネットさんがまだCDCでスーパコンピュータの時間貸しを行っている時に既に使用しており、使用経験者は何人かいました。ただそのころAnsysを輸入販売している会社はありましたが、技術サポートまでしてくれる会社が無かったのです。そこで我々の方がサイバネットさんの方へ販売権と技術サポートを行わないかと誘ったのです。
サイバネットがAnsysを販売する前から関わっていらしたのですね。
池谷
しかし、諸々の理由で購入第1号にはなれなかったのですが。それからAnsysモデルのライブラリ化やシステムの整備がうまくいきまして、当初技術管理部の一部署だったのをCAEの推進を行う部署ということで、CAE推進室を設けたのです。その初代室長が今岐阜工場にいる土井さんです。
サイバネットのAnsysの歴史とともにあるわけですね。私がAnsysグループに配属されたのも同時期ですから。土井さんにはいろいろお世話になりました。
先ほどお話の出た、ライブラリというのは何ですか?
島田
弊社が扱っている商品の基本形状があって、その形状や境界条件などを自動的に作成するプログラム群のことです。このプログラム群は寸法や荷重などの数値の変更が可能で、ユーザは変更する数値を入力するだけで、解析が行えるようになっているシステムです。うちでは導入当初からこのような運用を考えていました。
APDLの機能が既にあったのですか?
島田
APDLではなく、FORTRANで組んだのです。そのプログラムがAnsysのコードを出力して、Ansysが自動的に動くようになっているのです。設計者は解析を行う時に必ず寸法を振って、良くなるのか悪くなるのかをチェックするわけです。インタラクティブにモデルを作成すると、寸法を振りたいと思った時にはじめからモデルを作り直さなければならないですから、このようなライブラリは必須なのです。
では、Ansysプリプロセッサの前の、プリという感じですね。
島田
そのようなライブラリが、今では岐阜工場を合わせて1000ぐらいあります。
池谷
もうかなりの数です。いくつかは古くて使わなくなった物もありますが、多くの設計者はこのライブラリを使って解析を行っています。
池谷
このライブラリで一度大変なことがありました。Ansysのバージョンアップの時。
島田
Rev4.XからRev5.0に代わったときです。コマンドの体系がいくつか変わってしまいましたから。
池谷
あのときは大変でした。ライブラリを全部Rev5.0用に変更して、以前のRevでの結果と見比べなくてはいけないし、600近くありましたから。島田の方が自動で出来るところはプログラムを作って一気に変換しましたが、全て変換できるわけではなかったので、以前のRevでの結果をかき集めて、新しいRevでの結果と比べなければいけなかったのです。あのときは総出でしたね。毎日「いくつ終ったんだー」ってハッパかけて。
徳満
全部自分達が作ったライブラリだけではないのです。ユーザが作ったのもありますし、中には以前のバージョンでも流れないのも混じっていましたから。
島田
昔はメッシュを切るにしてもいろいろ制約があったから、あらゆるケースに対応するのは大変でしたが、最近はメッシュジェネレータも良くなりましたので、その部分で悩むことは無くなりました。
ところで、今Ansysのユーザーはどのくらいの人数になるのですか?
塚本
Ansysのコードを始めからかける人は、30〜40人ぐらいです。
そんなにいらっしゃるとは、光栄です。
池谷
ライブラリを使っているユーザを含めるとその数倍はいます。
それだけのユーザ教育はどのようにされたのですか。
塚本
始め、岐阜の方に導入したときに教育を始めたのです。
池谷
その後、こちら相模の方で本格的に始まりました。年に1回CAE入門と有限要素入門、その他ACSL入門(※)などです。CAE入門というのは、コンピュータの使い方から始めますから、CAEコンピュータ入門に近いかもしれません。始めた当時は老いも若きもいましたが、今は新入社員が多いです。
※ACSL:連続型シミュレーションを行うモデル記述言語
島田
OHPとかセミナーのテキストとか作らなければいけなかったですから大変でしたが。
池谷
去年から岐阜工場と相模原工場でOA教室を作りまして、そこで教育を行うようになりました。教育のおかげで、部署ごとにばらつきはありますけども静構造解析レベルであればみなさん出来るようになりました。
池谷
これはスラップスケート(写真1)といって最近うちで作っている物なんですけどご存知ですか?
写真1
最近話題になっていますが、実物ははじめて見ました。
池谷
これAnsysで解析しているのです。最近スピードスケートでは、このリンクが付いた動くブレードのスケートシューズで記録を伸ばしている選手がかなりいます。このシューズだと、始めこのスラップスケートはリンク部に付いているバネで押さえているだけだったんです。長距離の場合はこれでも十分なのですが、短距離の場合、スタート時にパタパタしてしまって良くないんじゃないかと考えていたそうなんですよ。スケート協会の方がカヤバのサスペンションのビデオや本などを勉強されて、ダンパーを付ければ良くなると考えまして、カヤバへ問い合わせがあったわけです。うちも小さなダンパーも扱っていましたし、特別にプロジェクトチームを作って開発を始めました。選手によっていろいろ取り付け部の位置とか、ダンパーの減衰力とか好みが違いますし、女子・男子によっては体力差もすごくありますから、いろんな種類を用意しなければならない。まず軽くしなければならない。女子選手の場合、特にその要求が高いのです。さらに強度がなければならないわけなのです。体重のある選手だとリンク部やアームの部分が壊れてしまうわけですし。そこで、Ansysを使用してそれぞれの選手に対して最適な形状を解析で検討することを行っています。(写真2)
写真2
これはタイムリーな事例ですね。オリンピックも近々ありますし。そうですか、これをカヤバさんが扱っていらっしゃったとは驚きですね。
徳満
これは、うちの渡辺が解析を行いました。この解析をやっていて困ったこととかありました?
渡辺
いえ、特に無かったです。
徳満
それから、これはピストンポンプの斜板で(写真3,4)構造解析を行っています。
写真3
写真4
池谷
ポンプやスラップスケートに限らず、カヤバは自動車関係から工業・建築関係まで幅広い製品を扱っておりますが、ほとんどの製品に対して解析は関わっています。大きな物は舞台の昇降機とか小さなショックアブソバーの取り付け部とかバネの座金ですね。さらに、我々が次の段階で考えているのがAnsysのMultiphisicsの機能を使用して、プロダクトの部分つまり製造部門での解析の利用を考えています。
製造部門での解析では、絶対量の精度が求められるので、非常に難しいと思うのですが。
池谷
そんなことは無いですよ。製造部門での利用は、例えば切削機械の場合、機械の温度分布で切削される製品の精度が異なってくることがあります。極端な話、機械を動かし始めた朝に作成した部品と何時間か後に作成した部品とで精度が違うことがあるのです。動かし始めは温度が一定ではないですから。だから朝稼動前に何時間か動かしておく必要があるのです。温度のコントロールのために冷却用の油をかけているのですが、製造機械の電熱解析を行うことで、どの部分に何度の油をかけておけばすぐに温度分布が一定になるかが分かるわけです。今まで勘と経験で行っていたことを、解析を行えば数字で示すことができますし、さらに最適な位置を探ることもできる。この解析のおかげで朝一から稼動させることができて、機械の稼働率も上がります。メッキ工程でも、でこぼこした部品のメッキを均一に行うためには、どこに電極を持ってきて、どこに遮蔽板を置くかを、熟練者が経験で決めていたのですが、Ansysの電磁場解析で定性的な分布を見ることができたのです。なにもピッタリ数字があう必要はありません。この分布を見た製造部門の人は、解析が使えるなと考え始めていますよ。
島田
製造部門で解析が有効に使える種はたくさんあると思います。だた、まだ始まったばかりで、これからというところですが。
この質問は、インタビューを行ったお客さんにいつも聞いているのですが、Ansysに限らず、いわゆるシミュレーションの効果というのは明確にありましたでしょうか?
池谷
会社からも、私どもに効果を数字で出せるのかとよく問われます。ただ私どもも含めてシミュレーションを導入したことによる効果を、数字で明確に出せるユーザーさんはいないんではないかと思います。試作が減ったとか、クレームが減ったとかの話しはできると思うのですが、実際に解析なしで設計するグループと解析を行って設計するグループで分けて、同じ製品を"よーいドン"で平行して設計を行うようなことをしない限り明確に出せないと思います。ただそんな無駄なことは会社ではできませんからね。できるのは、既存製品と新製品の開発期間や費用の比較ぐらいです。しかし厳密な比較とは言えません。解析以外の要素も入ってきますから。しかし、試験で実際に試作品が壊れて、その壊れるところを見れば「こんな所壊れるの決まってるよ」というところはありますね。しかしそれは壊れるまで解らなくて、設計中は気づかないことが多いわけです。解析を設計と平行して行えば、試験をやる前にそういう部分は見つけることができる。さらによくある話ですが、見えない部分や測定できない部分を予測することができる。実際小さなダンパーの応力とか、大きな建設機械の応力などはもう測れませんからね。
"カヤバでは解析を行っていなければ設計できない"というところまで来ているようですね。
池谷
はい、そこは自信をもって言えると思います。
基本的にみなさんは、設計者の方から解析を依頼される立場にあるわけなのですが、そこで意思疎通とかはスムーズに行われていますか。
池谷
設計者と解析者の言葉の違いがありますので、その部分を理解して適切な条件を提示できるように努力しています。解析の経験者は境界条件や圧力は理解できますけど、未経験者にいきなり境界条件とか言っても解りませんからね。どんな境界条件があるのかも解らない。設計者の教育も必要ですが、解析する側も製品の機構を理解することが必要ですね。
設計者の観点で使える解析シミュレーションツールも増えてきたのですが。
メッシュさえも見えない有限要素解析シミュレーションソフトもあります。
島田
我々の設計者が求めているのは、大丈夫なのか大丈夫ではないのかだけなのです。だからそのようなプログラムは必要だと思います。ただ設計者の本業は設計なので、解析のための省略化とかはしたがらないのです。現状はまだRを省略するとか突起を無くすとかの省略化が必要ですね。設計者は解析を成功させるために、余計なことをしたくない。そのような省略化してない細かなモデルも全て出来ないとまだ普及というわけには行かないのかもしれないですね。ただこれはコンピュータの能力がさらに向上すればやがて解決すると思います。
Ansysへの今後の要望はありますか。例えば、現在のAnsysのグラフィカルユーザインターフェースはどう思われますか?
島田
うちは主にバッチでしています。GUIを使っている人はあまりいません。
細かいことでも何かありませんか。
島田
ソリッドモデリングで曲面と曲面を接合させた所へフィレット面を作成するのがすごく面倒です。ほとんどうまくいかない。さらにブーリアン演算のトレランスの問題やソリッドモデラーの精度も良くないときがありますから。あと接触問題です。CADでメッシュを切って、Ansysで接触を後で作ろうとするとすごく面倒ですよ。
徳満
接触問題自体非常に収束しにくいですから。ここにいる人はみんな接触問題で泣いてます。
塚本
浮いているモデルの接触問題を解くときも、バネを張ったりしないといけないし、接触要素自体も張るのがめんどうですから、解析中に要素がオーバラップしたら自動的に接触要素を張ってくれるとか、そうゆう機能が欲しいですね。
浮いたモデルを、材料番号とかで指定すれば自動的に表面に弱いバネを張ってくれるような機能があればと言うことですね。接触要素の自動生成は接触の判定をしたり、接触剛性の最適化も行わなければいけませんから、計算時間がかかりそうですが。
菊池
FLOTRANですと、キャビテーションの問題を解けるようにしてほしい。本来キャビテーションが発生するべき所に、FLOTRANですとものすごい負圧が発生してしまいますから。
徳満
サイバネットさんには、非線形とか過渡解析の日本語マニュアルを、さらに今以上充実させてほしいです。新人にも簡単に非線形の解析が出来るように。
数多くの意見ありがとうございます。
カヤバ工業株式会社のみなさまには忙しい中インタビューの時間を作っていただき誠にありがとうございました。この場を借りて、お礼申し上げます。
「Ansys Product News1998 Winter」に掲載