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解析事例

構造解析

核融合科学研究所 様

核融合科学研究所 様:核融合プラズマの大型実験装置の研究開発にAnsysを活用

概要

今回のインタビューでは、核融合科学研究所様にご協力いただきました。
核融合科学研究所様では核融合プラズマ ※1 に関する基礎的研究・教育を推進されています。中でも注目すべきは新エネルギーとして期待される核融合発電です。核融合は太陽や星のエネルギーでもあり、大気汚染物質を発生せず、海水中に燃料となる物質が全て含まれていることから、実現すれば人類は恒久的なエネルギー源を手に入れることができます。その核融合の技術を用いた世界最大級の超伝導プラズマ閉じ込め実験装置である大型ヘリカル装置(LHD)の研究開発にAnsysを活用しています。
今回は、Ansysを活用した3つの解析事例のご紹介とAnsysによってどのような成果が生み出されたのかを、小林様、林様、村瀬様、清水様、田上様、中川様にお話を伺いました。

今回お話をお伺いした方々

NIFS技術部 部長     小林 策治 様
NIFS技術部 装置技術課長 林  浩己 様
NIFS技術部 装置技術課  村瀬 尊則 様
NIFS技術部 製作技術課  清水 貴史 様
NIFS技術部 制御技術課  田上 裕之 様
NIFS技術部 装置技術課  中川  翔 様
(以下、お客様の敬称は省略させていただきます。)

1.核融合発電の実現を目指し、大型ヘリカル装置の設計開発にAnsysを活用

貴所の事業内容とご担当業務についてお聞かせください。

村瀬:

核融合科学研究所(以下、NIFS)は、安全で環境に優しい次世代の基幹エネルギー源である「核融合発電」の実現を目指し、大学共同利用機関として国内外の大学・研究機関と共に双方向の活発な研究協力を進めています。特に、我が国独自のアイデアに基づくヘリオトロン磁場を用いた世界最大級の超伝導プラズマ閉じ込め実験装置である「大型ヘリカル装置(Large Helical Device,以下「LHD」)」を用いて、将来のヘリカル型核融合炉を見通した様々な視点から学術研究を推進しています。
NIFS技術部では、LHDの運転・保守を軸に、機械工作、電子回路工作、装置設計、構造解析、計測データ処理、制御ソフト開発、放射線管理、ネットワーク管理など幅広い業務を担当しています。

田上:

私は入所して3年目で、制御技術課に所属しています。当課には主に2つの業務を担当するグループがあります。1つは中央制御装置というLHD全体を統括するシステムを保守管理しているグループ、もう1つは私が所属する低温グループです。LHDの中核となる真空容器を取り囲むように超伝導コイル※2が巻かれており、私は超伝導コイルの運転と保守を担当しています。加えて、将来LHDの次期装置となるコイル開発を行なうべく、今はヘルムホルツコイル装置などの比較的簡易な解析対象でAnsysを利用しています。将来的には超伝導コイルを使った解析につなげ、LHD次期装置設計に貢献したいと思っています。

清水:

私は製作技術課に所属しています。当課はモノを製作する課で、機械工作(機械系)と回路工作(回路系)があります。私は機械工作を担当しています。研究者の方から製作依頼を受けて、LHD実験に必要な周辺機器を製作、いわゆる「モノづくり」を行っています。主に扱っている材料は銅、アルミ、ステンレスといった非磁性材料です。最近ではAnsys HFSSを用いて電磁界解析も行っています。Ansys HFSSにより形状の最適設計を行ったうえで、最終的には自分でモノづくりを行います。このように「設計、解析、製作」という一連の作業を自分でコントロールできるのが大きな魅力です。

中川:

私は入所して2年です。担当業務のひとつにLHD真空容器のメンテナンスが挙げられます。3D-CADやAnsysを利用して損傷した部品や故障に対して改善設計を行います。例えばプラズマの輻射熱により熱変形して亀裂の入った部品では、Ansysを用いて実際の輻射熱を想定した伝熱解析を行い、部品の弱点をあぶりだします。その検証に基づいて設計した部品を製作に出して、場合によっては自分で取り付けることもあります。主な業務として、NIFSと中国西南交通大学間の国際学術交流協定に基づくCFQSと呼ばれる新しい核融合実験装置の工学設計に携わっています。この装置はかなり複雑な形状で、世界的にも珍しいコンセプトに基づいたものです。装置の工学的な耐久性や堅牢性を確かめるために真空容器の電磁力に支持構造物の耐久性をAnsysで計算し検証を行っています。

林:

私は装置技術課の課長で課内の業務管理を行っています。またLHD実験スケジュールの調整及びLHDと周辺機器の管理を行っています。解析に関しては主に検証し、コメントを出す立場です。私は入所して約30年経ちますが、入所した年からLHDの設計や建設に携わってきました。LHDの建設当時のことならば何でもわかるので聞いていただければと思います。

2.LHDにおける解析業務の必要性 ~絶対零度から1億2000万℃の 極限環境で活用~

LHDで取り扱う温度はどのくらいにまで 達するのでしょうか?

村瀬:

LHDにおけるプラズマの中心温度は1億2000万℃を達成しています。ただし、プラズマの周辺に向かうにつれ、どんどん温度が下がっていきます。それでもプラズマの最外殻は100万℃程度とかなり高いです。プラズマは真空中に浮いていて真空容器とは断熱されているので、真空容器が溶けてしまうことはありません。真空容器内の空気の密度は、高度400キロメートル上空にある国際宇宙ステーション周辺の空気と同程度に薄くなっています。このような真空状態では、熱伝達による熱の伝わりはなく、輻射の効果で熱が伝わります。それでもかなり高い輻射熱なので全ての真空容器壁は水冷されていて、LHDでは真空容器壁がプラズマ実験時でも100℃以下になるように設計されています。
現在、LHDでは核融合を起こす手前のプラズマの性質について実験・研究しています。核融合反応を起こすためには3つの条件があります。まず1億2000万℃の温度になること、次に1㎤の中に原子核の数が100兆個以上あること、そしてエネルギー閉じ込め時間が1秒以上あることです。そのためLHDで達成した「1億2000万℃」という温度は、核融合発電を実現する上での極めて重要なステップなのです。

超伝導コイルを利用しているとのことですが、 絶対零度近くから1億2000万℃まで昇温する ところは伝熱解析を実施しているのでしょうか?

村瀬:

真空容器内の温度は常温から1億2000万℃の範囲ですが、我々が扱う機器の温度としては常温から1000℃ぐらいです。カーボン、ステンレス、銅など、材質によって融点が異なります。例えば、カーボンを使う装置の場合は1000℃ぐらいまで許容できますし、純銅の場合、およそ200℃で軟化点を迎えて柔らかくなりますので、装置の部品に純銅を使用する場合、200℃以下に抑える指標で設計します。さらに、熱によって膨張や変形するため、その時の許容応力を例えばステンレスの場合170MPaに抑える、などの指標で設計します。LHDでは熱と構造の連成解析が必要になります。

3.CFQS真空容器の解析事例 ~ Ansysを活用することで、本来の設計 に時間を有効活用できるように~

CFQS真空容器の解析事例について 概要と目的をお聞かせください。

村瀬:

核融合科学研究所は、世界中の大学や研究機関と学術協定を結び、多くの共同研究を進めています。2017年7月には、中国西南交通大学と国際学術交流協定を締結し、核融合科学研究所の主導による世界初の準軸対称ヘリカル型実験装置CFQS建設に向けた設計研究を開始しました。(図1)

図1 核融合科学研究所は、中国西南交通大学と国際学術交流協定を結び、世界初の準軸対称ヘリカル型実験装置CFQS建設に向けた設計研究を開始

村瀬:

核融合の早期実現を目指した超高温プラズマを磁場で閉じ込める装置は、トカマク型とヘリカル型に大別されます。
トカマク型とヘリカル型の違いをご説明します。プラズマを閉じ込めるためには、磁場に捻りを加えることが肝要です。
基本的にトカマク型は、ドーナツ型のプラズマに対してどこを切っても同じ形状の断面が現れる軸対象な形をしています。複数の円形或いはD型のトロイダルコイルと呼ばれるコイルで構成され、トロイダルコイルが作る磁場とプラズマ中に流す誘導電流が作る磁場を合成することにより、磁力線に捻りを加えプラズマを閉じ込めます。

ヘリカル型は螺旋型のコイルを巻いているところが大きな違いです。プラズマの性能はトカマク型の方が高いと言われていますが、螺旋状のコイルに電流を流し続ければ、磁場に捻りを加え続けることができますので、ヘリカル型はプラズマの長時間維持に優れている特長があります。将来発電に使う炉としては24時間365日稼働しているので、長時間プラズマをつけないといけないという意味でヘリカル型の核融合実験炉の方が適しているのではないかと考えています。

CFQSはトカマク型の閉じ込め性能が良いという特長とヘリカル型の定常的なプラズマの維持という特長を両方併せ持つ、世界初の準軸対称ヘリカル型装置です。そのため今、CFQSは核融合科学・開発に携わる世界中の研究者が関心を寄せる、注目度の高いプロジェクトとなっています。
CFQSは主に、モジュラーコイルと呼ばれる磁場生成用コイル等とプラズマを閉じ込める真空容器で構成されています(図2)。特に、真空容器は複雑な3次元曲面で構成され、単純なドーナツ形状と比較して構造的に弱くなります。そのため、設計の初期段階から、大気圧や電磁力の影響を事前に検証し、堅牢で信頼性の高い設計を実現することが求められます。

図2 CFQS鳥瞰図

村瀬:

ここでは解析の一例を紹介します。
図3(a)のように、磁場生成コイルに流れる電流によって、CFQSの真空容器に「渦電流※3」が誘起されます。その渦電流に伴う電磁力をAnsys Maxwellを用いて計算しました。

Ansys Maxwellでは設計に用いた3D-CADモデルがそのまま使用して解析できるだけでなく、有限要素解析における適切な計算メッシュを自動で生成する「アダプティブメッシュ」機能が使用できるため、解析設定に掛ける時間を大幅に省くことが出来るという大きな魅力があります。さらにAnsysMaxwellで計算した電磁力をシームレスにAnsys Mechanicalに引き渡し、電磁場-構造の連成解析を容易に実施することができます(図3(b))。
重要なことは、Ansysにより単に「解析作業の時間を短縮できた」ということでなく、解析結果の考察時間が増え、本来の設計業務に集中できたことです。

さらに、渦電流を積極的に利用して真空容器を加熱する検討も行いました。真空容器内部の表面には、不純物(水、酸素、窒素など)が吸着しています。真空容器を排気するとこの不純物が容器壁から徐々に脱離して出てきます。このため実験に必要な超高真空状態になかなか達しないのです。そこでプラズマ実験に入る前には、真空容器を100℃以上に温めて表面に付着した不純物を徹底的に追い出す必要があります。これをベーキングと呼びます。
ベーキングによく使われる加熱装置はヒーターです。しかしヒーター専用の電源を用意するのはコストがかかるので、磁場生成コイルを用いて積極的に表面に渦電流を流して、真空容器を加熱できないだろうかと考えました。この渦電流によるベーキング解析では、まずAnsys Maxwellによる渦電流解析を行い(図3(c))、真空容器の発熱量を求めます。解析した発熱密度をAnsys Mechanicalに引き渡し、熱解析まで行いました。

CFQSは現在基本設計を終え、製作性を検証するとともに、真空容器は着々と製作が進められています。近い将来、このCFQSにより世界をリードするプラズマ実験が展開されると期待されています。

図3 Ansys解析事例

(a) 渦電流解析:真空容器に誘起される渦電流分布
(b) 構造解析:大気圧および渦電流に伴う電磁力を負荷したときの真空容器の応力分布図
(c) ベーキング解析:渦電流に伴う発熱密度分布図

この装置のサイズはどのくらいなのでしょうか?

村瀬:

磁場閉じ込めの核融合プラズマ実験装置はドーナツ型をしています。通常、ドーナツの半径、即ち、装置の中心軸からプラズマの中心までの距離を用いて装置のサイズを表現します。図2の装置は半径が約1メートルあります。将来核融合炉は出来た時は基本的なコイルだけで磁場を発生させ、その中にプラズマを閉じ込めることになります。核融合プラズマ実験装置は色々な事を調べるために、モジュラーコイルに加えて補助的なコイルが付いています。

Ansys Maxwellで計算した電磁力をAnsys Mechanicalへ取り込む電磁場と構造の連成解析についての連携・操作性はいかがでしょうか?

村瀬:

Ansys Emagを利用していた頃はメッシュの形状が違うとAnsys Mechanicalへ渡せなかったのですが、Ansys Maxwellはそのまま構造解析へ渡せますので非常に便利です。私は非常に強力なツールだと思っています。
元々Ansys Maxwellを導入したきっかけが、CFQS装置のモジュラーコイルが非常に複雑な形状をしており、コイルに電流を流したときの電磁力を計算したいことでした。今はCFQS以外の様々な装置の開発にもAnsys Maxwellを利用させていただいています。

CFQSは核融合研と中国の西南交通大学が共同プロジェクトで研究しています。元々は核融合科学研究所と、研究所の前身組織の一つである名古屋大学プラズマ研究所で製作されたCHSと呼ばれるヘリカル型のプラズマ実験装置をベースとして、その後継機種のCHS-QAの設計を20年くらい前から行ってきました。その後設計が終わり、予算が取れたら作る段階まで行ったのですが、しばらく予算が取れずに製作まで至りませんでしたが、2 0 年経って急に話が浮上して中国との国際共同研究の枠組みで作ることになりました。

現在、このプロジェクトは、ヘリカル研究において経験・実績が豊富な核融合科学研究所が主導する形で進められています。本件は中川さんが専任で技術系のサポートを行なっています。CFQSのみならずLHDの仕事も手伝ってもらい非常に助かっています。

4.ノッチフィルター設計の解析事例~Ansys HFSSを用いることで試作回数を大幅削減~

ノッチフィルターの設計についての概要や目的をお聞かせください。

清水:

LHDは、超高温プラズマ閉じ込め実験装置です。LHDにはプラズマの状態を把握・理解するために数多くの計測機器が設置されています。L H D ではプラズマを加熱する装置のひとつに、マイクロ波を用いた加熱機器がありますが、このマイクロ波は1M W を超える高いエネルギーを持っており、もしこのマイクロ波が計測機器に入ると、ノイズや誤作動の原因となるのみならず、機器の故障に繋がるおそれがあります。そのため、高エネルギーのマイクロ波が計測機器に入る前に減衰させる必要があります。そこで、特定周波数のマイクロ波を選択的に減衰させることが可能なノッチフィルター(図4)と呼ばれる装置を使用して、計測機器を防護します。我々は、LHDで使用するノッチフィルターに対しAnsys HFSSによる解析を実施してフィルター性能を大幅に改善することに成功しました。

図4 製作した56GHzノッチフィルター

清水:

設計要求は、LHDでプラズマ加熱に使用される周波数56GHz±0.1GHzのマイクロ波エネルギーをフィルターの前後で30dB以上減衰させることです。さらに30 ~50GHz帯のマイクロ波は減衰させず、そのまま通過させる必要があります。一般に、マイクロ波の通過・反射特性を表す指標として「S パラメータ」が使用されますが、Ansys HFSS では周波数スイープ機能を用いて、このS パラメータの周波数特性を容易に計算することができるので便利です。ノッチフィルターの内部空間は、図5の様になっています。キャビティと呼ばれる円筒状の空間で、特定の周波数を持つマイクロ波が反射し打ち消し合いながら減衰していきます。この減衰させる周波数は、キャビティの直径および高さと相関があり、キャビティの直径および高さをパラメータとして減衰周波数を計算によって求めることが可能です。しかし、解析を行うと計算とは異なる結果が出ることもありました。原因は、キャビティと導波管を繋ぐスリット部分は計算上、考慮に入れていない為だと考えられます。そのため、解析の結果をフィードバックし、キャビティ・スリットの形状を最適化しました。

図5 解析に用いたノッチフィルターの3Dモデル

清水:

次に、解析結果を図6に示します。最適化前と後を比べると、目的の性能を満足できるようになったことがわかります。解析によって求めた形状を実際に製作し、試験した結果を図7に示します。図7からわかるように、試験結果は、解析結果とほぼ一致しており、Ansys HFSSの解析に基づいて、所期の性能を有するノッチフィルターを製作することができました。Ansys HFSSによる解析を行うことで、製作前に最適な形状を決めることが出来ました。また、解析がなければ、製作から試験までの工程を何度も繰り返す必要がありますが、Ansys HFSSを使用することで、試作回数を大幅に減らすことが出来ました。

図6 ノッチフィルターの減衰特性

図7 ノッチフィルターに関するAnsys HFSSを用いた解析結果と 試験結果との比較

導波管について高出力の電磁界が発生すると思われますが、熱の影響で形状が変化することはありますか?

清水:

定常的に導波管の形状が変化するほどの熱は発生しません。しかし、LHDで扱う計測機器はすごく小さなパワーを検出できるようにできていますので、導波管には影響のない出力だとしても、計測器が壊れてしまうおそれは十分にあります。

Ansys HFSSを利用して削減した時間は具体的にはどの程度だったのでしょうか?

小林:

このノッチフィルターの製作はAnsys HFSSを利用して初めて実現したため、Ansys HFSSを利用しなかった場合にどれほど時間がかかるのか想像できません。ただしAnsys HFSSを利用することで、製品を「作る手間」と「評価する手間」は大幅に削減できていると思います。もしAnsys HFSSによる解析がなかったら、試作品を製作し、その都度、テストスタンドで性能を評価し目標値と照らし合わせたうえで、その目標値との差分を新たな試作品設計にフィードバックする、という作業を何度も行う必要があります。場合によっては、このような試行錯誤を繰り返しても、目標値を達成できないことも考えられます。清水解析のトライアルアンドエラーは、1回で済む事もあれば何回も行うなど、様々です。平均10回から20回ぐらいは解析を行っています。もしAnsys HFSSによる解析がなかったら、それに近い回数、試作品の製作を行わないと同じような結果にはたどり着かなかったのかなと思います。

清水:

解析のトライアルアンドエラーは、1回で済む事もあれば何回も行うなど、様々です。平均10回から20回ぐらいは解析を行っています。もしAnsys HFSSによる解析がなかったら、それに近い回数、試作品の製作を行わないと同じような結果にはたどり着かなかったのかなと思います。

例えば試作を10回~20回行うことでかかる時間とAnsys HFSSで10回~20回計算した時間を比較するといかがでしょうか。

清水:

試作品は急いで製作しても1個作るのに最低1日はかかります。例えば10個作ると、10日以上の時間がかかります。一方、Ansys HFSSで計算した場合は、1計算あたり約3時間で行うことが出来るので、より多くのアイデアを試すことができます。今回の案件は、研究所内で製作できましたが、加工方法や工作機械の制限など、場合によって外注しないといけないこともあります。その場合、試作品を製作するたびに外注業者との打合わせが必要となり、製作時間も長くなります。

小林:

今回はAnsys HFSS解析と解析結果を基に製作した試作品が同様の周波数特性を示すかどうかが、最大のポイントでした。解析結果と試作品の性能がほぼ一致したおかげで、微修正のみでなんとか要求されたノッチフィルターの製作ができました。一般に販売される製品は、厳密に調整することによって厳しい要求性能を満たしています。しかしながら、研究者の先生方は、さらに市販品以上の性能を要求されます。先生方は、単純化した数式モデルを基に設計した図面を提示されますが、そのまま解析しても思い通りの性能が出ません。幾度もの設計改善を図り、先生方とAnsys HFSSの解析結果について深く議論を重ねることで、試作品を製作しなくても、最適解に向けて設計を進めることができました。実際、試作段階に入ってからは、わずか1、2回ほどの設計変更のみで要求性能を満たす製品となりました。

もしシミュレーションがなければ10個から20個も実際に作れなかったのかもしれないですよね。

清水:

もちろん作れなかったと思います。

小林:

今回のノッチフィルターは、研究者の方が設計された図面や必要な性能を3 社ほどのメーカーに伝え、製作の見積を打診されました。しかし、どのメーカーも「対応不可」と回答したため、技術部に「どうにか所内で製作できないだろうか」という依頼が来ました。実際にはメーカーでも製作できなくはないのでしょうが、10個、20個、それ以上の試作品を作ったとしても、極めて高い要求性能を満たす製品をきちんと納められるのか、予測できなかったため対応できないと回答したと思われます。我々は、解析から製作までを一貫して行うことが出来たため、作れたのだと思います。

ヘルムホルツコイル装置の磁気シールドの解析事例~Ansysによる磁気シールドの事前検証が実現~

ヘルムホルツコイル装置の磁気シールドの事例について概要と目的をお聞かせください。

田上:

まずヘルムホルツコイル装置の概要をご説明します。LHDの周辺は、装置本体からの漏れ磁場により比較的高い磁場環境となることから、装置近傍に真空ポンプや計測機器等を設置する場合、図8の通り漏れ磁場を吸収して内部を遮蔽する磁気シールドが必須です。このような課題に対し、Ansysを用いて磁気シールドを評価し、設計へ反映してきました。しかしながら、漏れ磁場の影響など、より実機環境に近い状況下における遮蔽効果を検証するには、数値解析と試験の相互活用による設計が理想的です。我々は、図9に示すような中心部に一様な磁場を生成するヘルムホルツコイルを磁場遮蔽試験装置として整備し、磁場出力試験や磁場遮蔽試験の妥当性確認としてAnsysを活用しました。

図8 磁気シールドによる遮蔽のイメージ

図9 ヘルムホルツコイル

田上:

次に磁場出力試験を実施しました。整備したヘルムホルツコイルへ直流110Aを通電し、コイル中心部の磁場を磁気プローブにて測定したところ、13.3mT でした。一方、Ansys による解析値は13.1mTとなり、解析結果と概ね一致したことから、装置が所定の性能を発揮していることを確認することができました。
次に磁場遮蔽試験を実施しました。図10に、磁場遮蔽試験用に製作した磁気シールド試験体を示します。

図10 磁気シールド試験体

田上:

前後が開口しており、内部に磁気プローブを挿入することで磁場強度測定ができます。当該シールドの材料は、磁性体である珪素鋼板を採用しています。磁場の印加方向は-X方向で、磁場出力試験と同じ直流110A 、中心磁場13.3mTとしました。図11に、Ansysによる磁気シールド内部の磁場解析結果、図12に測定値を遮蔽率として解析値と比較した結果を示します。両者の値は、いずれの計測座標1)~7)においても概ね一致しました。本取り組みにより、今後、Ansysによる数値解析と本装置による遮蔽試験の両面から、磁気シールドの性能を評価することができるようになりました。当該装置は今後、磁気シールドの性能評価を中心に幅広く活用される予定です。

図11 Ansysによる磁束密度分布解析結果

図12 遮蔽率比較結果

磁場を発生させることで渦電流が発生しますが、例えば中にステンレスが渦電流により熱が発生し力がかかる場合があるかと思います。そのような過渡的な現象も考慮されているのでしょうか?

田上:

そういった過渡的な現象も将来的には考慮したいと思っています。LHDの特長は超伝導コイルを用いて連続的(定常的)に磁場を発生させられることです。そのため現在は定常の磁場の状態で計算していますが、将来は過渡的な磁場の計算も行っていきたいと考えています

村瀬:

トカマク型の核融合実験装置では、ディスラプションと呼ばれるプラズマが突然崩壊する現象が発生します。トカマク型の場合、プラズマを閉じ込めるためにプラズマ中に大きな電流を流します。ディスラプションが発生すると電流が行き所をなくして装置に乗り移って装置に電流が流れます。このとき装置自体が揺れるほどの強力な電磁力が発生するため、真空容器中の機器が外れるなどの問題が起こる場合があります。そのためディスラプションの影響を解析により事前に確認することが求められます。

Ansysを利用する理由及びメリットを お聞かせください。

村瀬:

Ansysは複数の分野にまたがる工学課題を解析することができるため、核融合の分野で昔から広く用いられています。そのため他の解析ソフトと比べて、論文や解析事例が豊富です。図13はLHDにおける構造解析の一例です。構造解析だけでなく耐震解析や電磁解析あるいは流体解析など、建設当初から幅広くAnsys 製品を活用しています。
Ansysを導入した1992 年当時は最新のワークステーションを用いても解析に1ケースあたり1時間から5時間かかっていましたが、同じようなモデルであれば最近の汎用パソコンでも数秒~数分で計算が完了してしまうことを考えると隔世の感があります。

図13 LHD用断熱真空容器が大気圧により変形するときの装置半径方向(紙面手前側を正)の変形量分布(1994年)。

サイバネットシステムに対する要望があれば お聞かせください。

田上:

私は解析を始めてまだ日が浅いため、特に改善点や要望はございませんので、良いと思っているところについてお話しします。Ansys EmagとAnsys Maxwellを両方使用しましたが、Maxwellはアダプティブオートメッシュがあって設定も簡単で、今はその利点を感じています。

村瀬:

我々は解析をして設計するだけではなくて、3Dプリンターでモックアップ(図14左)を作ることがあります。3D-CADで設計する、あるいはAnsysで解析結果を確認するとき、解析対象物を自由に拡大縮小でき便利ですが、その反面、実際のサイズ感が把握しにくいです。そのため3Dプリンターで製作したモックアップで確認することも有効な手段だと思っています。ただ見て確認するだけでなく、製作したモックアップを真空容器内に持ち込み、周辺機器との干渉チェックに使用しています。さらにAnsysの解析結果を3D プリンターで直接印刷する試みも行いました。装置に組み込んだときにかかる応力分布を3D造形物にカラーマップしました(図14中央)。現在は複数の出力変換ソフトを使用していますが、Ansysの解析結果を直接3Dプリンターで扱える形式に変換できるようになれば、Ansysの活躍の場が広がると思います。特にデザインレビューにおいて、紙媒体やPC上で解析結果を確認できなくもないですが、モノがあれば、文字通り「手に取るように」把握することができ、より良い次の一手が生まれます。

図14 3Dプリンターで出力したアクリル樹脂製の3D造形(左)、カラーマップされた石膏製の3D造形(中央)、およびAnsys解析結果(右)

最後に今後の取り組みについてお聞かせください。

村瀬:

近年、LHDに関わる実験機器の開発を高精度かつ迅速に進めるべく、構造力学、電磁気学、流体工学、材料工学など幅広い現代理工学分野を包括できるコンピュータ支援エンジニアリング(CAE:ComputerAided Engineering)の導入が必須となっています。NIFS技術部ではCAEを積極的に活用し、装置の設計性や製作性を向上させるだけでなく、新人教育にも積極的に役立てています。さらに解析業務により達成した成果や得られた知見を国内外の学会・技術研究会等で継続的に発表するとともに、毎年、有限要素解析技術に関する交流会を主催するなど、Ansysを用いた解析業務は、他大学・他機関における技術職員との関係構築にも大きく貢献しています。今後も、LHDにおける装置設計のみならず、新人教育などの人材育成および他機関との横の繋がり強化など、幅広い用途にAnsysを活用していきたいと考えています。

ありがとうございます。Ansysを活用して、核融合発電装置の研究開発に活かしているお話を伺うことができました。今後も可能な限りのご支援をさせていただければと思います。どうぞ宜しくお願いいたします。

注釈

※1 核融合プラズマ:核融合反応がおこるように原子核同士を近づけるためには、1億度以上の温度が必要となる。このような高い温度では物質はもはや中性原子からなる気体ではなく、電子とイオンに電離している。この電離気体のことをプラズマと呼ぶ。
※2 超伝導コイル:超伝導体である導体(線材)を使って作ったコイル。エネルギーのロスが無く、一定の磁場を効率よく作ることができる。ただし、超伝導状態を保つために液体ヘリウムなどで冷却する必要がある。
※3 渦電流:電気伝導体を磁場内で動かしたり、そのような環境で磁束密度を変化させた際に、電磁誘導により電気伝導体内で生じる渦状の誘導電流。

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