解析事例
頭蓋骨と歯の矯正装置を3Dモデル化して解析、骨の広がり方を検証
日本大学 松戸歯学部 様
概要
近年、歯科分野では有限要素解析への注目度が高まっています。今回訪問した日本大学 松戸歯学部 歯科矯正学講座では、子供の成長期における矯正装置の効果を検証するために、サイバネットのエンジニアリングサービス(委託解析)を活用してAnsys Mechanicalによる解析に取り組みました。エンジニアリングサービスの利用により解析操作の習得がスムーズに進むとともに3Dモデルを駆使したシミュレーションが行えるようになり、研究においては新しい知見を得ることができたといいます。その解析内容やエンジニアリングサービスの詳細について、話を伺いました。

(左から)黒江 星斗様、根岸 慎一様
今回お話をお伺いした方
日本大学 松戸歯学部 歯科矯正学講座/日本大学 松戸歯学部 付属病院 歯科矯正科
教授 根岸 慎一 様
専修医 黒江 星斗 様
1.歯の矯正装置の効果を検証するためCAE導入を検討
日本大学 松戸歯学部について教えてください。
根岸
松戸歯学部は2021年に創設50周年を迎えました。日本大学は教育理念として「自主創造」を掲げています。当学部ではこれを構成する3つの要素である「自ら学び」「自ら考え」「自ら道をひらく」ことができる歯科医療人の育成を推し進めています。当学部では全員が歯科医師を目指します。卒業後は付属病院の研修医となり、その後の進路はさまざまですが講座に残り研鑽を積む先生も多くおります。また、その中の一部は大学院へ進学し博士の取得を目指します。
歯科矯正学講座では、矯正臨床へのフィードバックを目的として、矯正歯科治療に役立つ基礎的研究を行っています。付属病院における矯正歯科治療は、不正咬合がもたらすさまざまな障害を予防、抑制そして回復させることにより、患者さんの精神的、社会的な満足感を向上させることを目的としています。
解析に取り組まれたきっかけをお聞かせください。
黒江
私は松戸歯学部 付属病院 歯科矯正科で診察をしつつ研究活動を行なっています。今回「急速拡大装置」という歯の矯正器具の効果検証に有限要素解析を適用しました。急速拡大装置は歯の矯正器具として現在一般的に使用されている装置です。私の父が、複数タイプある急速拡大装置の中の「ファンタイプ急速拡大装置」の改良型を新たに開発し、父から装置に関する共同研究の提案を受けたことが解析に取り組んだきっかけです。

歯科矯正についてお話しいただく黒江先生(左)と根岸教授(右)
急速拡大装置とはどのような装置なのでしょうか。
黒江
急速拡大装置は永久歯がきれいに配置されるためのスペースを確保するよう広げる装置で、主に成長期の子供に対して使われます。上顎に固定し、ネジを定期的に所定量回すことで、少しずつ上顎の横幅を広げていきます。
急速拡大装置は、広げ方の方法によって、ハイラックスタイプ、従来型ファンタイプ、ダブルヒンジタイプの3タイプがあります。

図1:急速拡大装置(歯の矯正装置)の3つのタイプ
シミュレーションでどのようなことを検証したいと考えたのでしょうか。
黒江
従来、上顎の中心にある骨のつなぎ目の拡大箇所を見るためにX線CTを使用しております。X線CTにより、急速拡大装置の使用で上顎中心部の骨のつなぎ目以外の箇所も広がっていることが認識されていました。その広がりの詳細を確認したいのですが、CTで見られる大きさは0.2~0.5mmが限界でした。そのため、0.5mm以下の細かい部分について有限要素モデルを使って確認したいと考えました。

図2:赤い線の箇所が、上顎の中心にある骨のつなぎ目
黒江
また、子供は治療中も成長しており、急速拡大装置による改善と自然成長が同時に進行するため、どちらの影響で改善したかを把握することが困難です。シミュレーションであれば、自然成長の影響を除外して検討できますし、また同一の骨格モデルに対して異なるタイプの急速拡大装置を比較検証できます。
他にも、骨には圧力がかかると「リモデリング」といって変形する性質があります。そのため各所にかかる圧力も成長期の骨格形成に影響する可能性が考えられることから、その圧力をシミュレーションで知りたいと考えました。
2.実績が多いAnsys Mechanicalを採用。エンジニアリングサービスで頭蓋骨と急速拡大装置の3Dモデル化と解析を委託。
なぜAnsys Mechanicalを選定されたのでしょうか。
黒江
一番の理由は、参照する論文雑誌で最も使用されているソフトウエアであることです。実績が多いソフトウエアであれば安心だと思いました。
そこでサイバネットさんに連絡しました。相談した結果、エンジニアリングサービス(委託解析) をお願いすることにしました。モデル作成から解析まで全ての作業をサイバネットさんへ依頼したほか、それらの手順をまとめた解析手順書も納品していただきました。
委託いただいた内容について詳しく教えてください。
黒江
解析の全体の流れとしては、まず頭蓋骨と急速拡大装置の解析用3Dモデルを作成し、そして3Dモデルに力をかけて広がり方をシミュレーションします。
特に頭蓋骨の3Dモデル作成に苦労しました。頭蓋骨には骨のつなぎ目が多数ありますが、それらすべてのつなぎ目を簡略化せず3Dで再現したいというのが大きな目標でした。最初に人体のCT画像からの作成を検討しましたが、スキャンの精度不足によりうまくモデルに落とし込むことができませんでした。次に解剖学教室の頭蓋骨を使って高精度のX線CT専門業者に測定を依頼し、それをもとにモデルを作成しようとしましたが、こちらも同様の理由でうまくいきませんでした。最終的に、頭蓋骨を構成する骨の一つひとつが再現されている一般的な学習用3Dデータを用意し、それをサイバネットさんに見て理解していただいてから頭蓋骨の3Dモデルを作成いただきました。3Dモデルの作成についてはサイバネットさんには非常に無理を言い、何度もミーティングを重ねて作っていただきました。

図3: Ansys Mechanicalで3Dモデル化した頭蓋骨
黒江
急速拡大装置については、業者から提供いただいた設計データをサイバネットさんへ渡し、3Dモデル化していただきました。装置の配置については、上顎のどの部分にどういった角度で配置するのかなどを、過去の論文などを参考にして、最も効率よく拡大される位置を指定しました。
3.きめ細かなサポートで、急速拡大装置のタイプ別に骨の広がり方の検証を実現
シミュレーションによってどのような成果を得ましたか。
黒江
成長の影響を除外した急速拡大装置の効果の検証や、急速拡大装置のタイプ別による骨の広がり方の違いを検証できたことが一番の成果です。まだ発表はできないのですが、さまざまな新たな知見も得られています。
有限要素解析は医療分野でも多く取り入れられていますが、信用していただくデータとするには精度がとても重要です。今回サイバネットさんには、現実的な計算時間内で十分な解析精度を担保できるよう、要素数や節点数など、試行錯誤の上モデル作成していただきました。また骨と骨のつなぎ目を非常に高いレベルで再現していただきました。他の論文においても、これほど高い精度で再現できているものはないと思います。
シミュレーションに取り組んだことによるメリットはありましたか。
黒江
解析データに対して、微小な箇所の距離や角度などを手軽に計測できて便利です。また解析データは臨床データとは異なり、画像を任意の視点からスクリーンショットで切り取り、そのまま論文の掲載図を手軽に作成できます。全てパソコン上で作業できるので、研究を効率良く進められます。
グラフィックデータの見栄えで他の人に伝わりやすい点もメリットです。学会発表などでも目を引き、立ち止まって見ていただけることが多いです。動画でどの箇所がどのように動いていくかを確認できるので、医局内でも「写真を何十個と並べるよりはるかにわかりやすい」と評判です。

図4: 急速拡大装置を装着したモデルの解析結果
サイバネットのエンジニアリングサービスに対する評価はいかがでしょうか。
黒江
私はエンジニア系の知識をあまり持っていませんでしたが、サイバネットの技術担当者に実施内容や解析方法をわかりやすく説明していただきました。Ansys Mechanical操作方法は、オンラインで実際にパソコンを動かしながら教えていただきました。
解析手順の習得にあたっては、オンラインのレクチャーが一番効果的でした。「この解析をする時、この条件を加える時には、このボタンを押してこうやってください」というふうに全て教えてもらいました。また、そのレクチャーは動画でも提供していただきました。共同で研究をしている他の医局員にこの動画を見せれば、一人でも解析ができます。親身になってサポートいただき、本当に感謝しています。
4.今後は歯の矯正にとどまらず頭蓋骨全体を考慮した治療を進めたい
シミュレーションへの期待がありましたらお聞かせください。
黒江
矯正治療は、ここをこうやって動かしたいという時、必ず反作用として別の場所も動きます。その場所はなかなか予測しづらいのが現状です。そういったことをシミュレーションで事前に確認できれば、大いに治療の役に立つと思います。
また、解析時間がもっと短くなり、診療中に患者さんの横で担当医がさっとシミュレーションできるようになれば、医療現場においてかなり有用なツールになるでしょう。
今後はどのようなテーマに取り組んでいきたいと考えていますか。
黒江
有限要素法は矯正治療の分野と非常に相性がよいと感じています。他の条件や他の装置などでも検証を進めていきたいですね。また歯の矯正は歯並びだけでなく、顔全体のバランスにも関係しています。さらに外観だけでなく顔の内側の機能、例えば睡眠時無呼吸症候群などにも関係するかもしれないと示唆されています。
これからは歯だけでなく、顔全体を見て治療していかなければならない時代になってきていると感じます。解析モデルを使うとそれらの検証が非常にしやすいです。今後は口内だけでなく、頭蓋骨全体を含めた研究をより進めていきたいと考えています。
根岸教授、黒江先生には、お忙しいところインタビューにご協力いただきまして、誠にありがとうございました。歯科分野での解析の取組みを詳しくお聞きでき、大変参考になりました。これからの研究も楽しみにしております。引き続きエンジニアリングサービスで支援させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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