解析事例
昨今注目されている「ボルト締結体のゆるみ」発生メカニズムを研究収束性の高いAnsysの摩擦接触機能が活躍
東京大学大学院 強度信頼性工学研究室
武 太地 様/泉 聡志 助教授/木村 成竹 様
今回インタビューにご協力いただいたのは、東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻の泉聡志助教授と強度信頼性工学研究室の皆様です。機械工学専攻は、修士課程では産業界で広く活躍できる技術者の育成を、また博士課程では高度な専門的研究・開発に優れた能力を発揮できる人材の育成を目的としており、その中で強度信頼性工学研究室では、材料力学・有限要素法・破壊力学・信頼性工学をベースに構造物の強度・信頼性に関する研究が幅広く行われています。また研究室では企業との共同研究も盛んで、2006年11月に開催されたJapan AnsysConferenceでは、実例としてボルトのゆるみ止め部品の解析事例についてご発表いただき、参加されたお客様からも非常に注目を浴びていました。
では、まず皆様の研究内容についてご紹介ください。
泉
強度信頼性工学研究室は酒井信介教授と私で共同運営をしており、有限要素法や破壊力学、信頼性工学などの材料力学の講座を開いています。その中でも、特にナノからマクロまでの材料強度のマルチスケールシミュレーションが私の研究の柱になっています。マルチスケールシミュレーションとしては、有限要素法から転位動力学や分子動力学までの幅広いスケールのシミュレーションを行なっており、例えば、小さいものではフラッシュメモリの素子といった100ナノメートルくらいのモデルの構造解析やその転位動力学解析、MEMSマイクロミラーの応力解析や、また少し毛色は違いますが4年ほど前からボルト締結体の有限要素法解析などがあり、全般としてかなり多くの研究に有限要素法解析を使っています。
Ansysを導入されたのはいつ頃ですか?
泉
1999年に大学に戻ってきてから、すぐにAnsysを導入しました。前職では別のCAEを使っていたのですが、東工大の知り合いの先生からAnsysを使っているという事を聞いたのと、当時価格も手頃で導入しやすかったためAnsysを使い始めました。
他にご利用の解析ソフトウェアがあればご紹介ください。
泉
統計の解析ソフトウェアや電子状態計算ソフトウェアは使っていますが、有限要素法ではAnsysと自作のソフトウェアだけです。
ボルトのゆるみ止め解析については今年のAnsys Conferenceでもご発表いただきましたが、研究に至られた経緯はどのようなものでしたか?
解析事例1
泉
2003年に大喜工業株式会社から、ボルトのゆるみ止め部品(http://www.superbn.jp/)を発明したので、それがゆるまない理由を有限要素法で証明してほしいという依頼ありました。私はボルトの研究にはあまりなじみがありませんでしたが、鉄道や航空宇宙分野で使われる部品を対象とした共同研究を通じ、応力解析と違ってゆるみの解析事例が少ないという状況は知っていました。そこで当時修士2年生だった学生と一緒に研究を始めたのです。
また、当初はそうした解析ができるかどうかが一番の問題だったのですが始めてから3ヶ月程度で最初の結果が出ました。Ansysには当時から接触摩擦機能が備わっており、それが非常に有効であったことが大きかったです。しかもAnsysはかなり安定性が良く、ほとんど収束性に苦労することもなく最初の結果を得ることができました。
ただ計算時間は要するので、モデル規模をいかに減らすかが課題でしたね。当時の大学版には32,000節点の制限があったので、要素を散らしていくとか、重要なところは2次要素で切って、それ以外は1次要素で切ったりなど、色々と工夫をこらしました。今は13万節点でそういう苦労も必要ないので、全て同じ要素で切っていますが。
ボルトだと複雑な接触の取り方になるので、収束性は上がりにくくなると思いますが、特に問題なく収束できたのでしょうか?
木村
らせんとらせんの交わりなので複雑に見えますが、らせん座標系で見ると単なる面ですから。最初のセッティングで接触面がきちんと当たっていれば大丈夫です。とはいっても実際に計算を行なっているのは学生ですから、たまに収束しないで苦労しているようです。
では、ネジ山間の隙間ができるだけ無いような形でモデリングをしているということですか?
木村
いえ、あまり気にしていないです。解析を始めるときはくっついている状態にはしますが。
特別なテクニックを使われている訳ではないのですね。
泉
Ansysのデフォルトの設定が結構いいみたいです。デフォルトのパラメータでうまく行くのが一番いいので、学生にもむやみに変えないように指導しているのですが、大抵はうまく動きます。他のコードだと多少いじらないといけないですね。
モデルはAnsysで作っているのでしょうか?CADを使ってデータを持ってきたり、ということはあまりされないのですか?
木村
CADを使うとメッシュが切りにくいですね。メッシュを切ることを考えるとAnsysで最初から作成した方がいいです。
泉
研究では自分でメッシュを切るのが一番なのです。これが現場だとフリーメッシュで切ってしまう方が早いのでしょうが、正確さを要求するには自分で要素を作成した方がいいので、大抵は自分で切っています。メッシュを切ることの煩わしさはありますが、研究ですから。企業だとスピードも必要ですが、大学ですのでAnsysというツールを使ってなるべく勉強に活かそうとしているのです。
先生の研究室では企業との共同研究が大変盛んなようですね。
泉
はい。自分のところで行なう研究はできるだけ外と繋がりを持ちたいと思っています。共同研究になっているものや、まだそこまでには至ってないにしろ情報交換だけは行なっているものなど色々なケースがあります。そうした共同研究は学会や個人的な繋がりから発生するものが多いですが、ボルトの解析だけは例外ですね。実はボルトの有限要素法解析については、過去の研究成果を専用のホームページ(http://www.fml.t.u-tokyo.ac.jp/~izumi/Bolt/)で掲載していて、「ホームページを見たから」という質問が年に10件以上来るようになりました。質問の内容は、例えば困った状況があって何とかならないかとか、研究に関するもの、新製品の検証依頼など様々あります。しかし、このように不特定多数から問合せが来るのはボルトの解析くらいで、他はどちらかというと大企業からの依頼が多いです。
昔に比べると、産学連携的な活動も活発になってきているようですね。
泉
その通りだと思います。最近、大学では産学連携的な活動が推進され、高く評価されつつあります。
最近、マルチスケールの解析の論文が学会でも多いようですが、他の大学の先生とも共同研究はされているのでしょうか?
泉
はい。国内の大学でも海外でも、そういう研究をしている人は沢山いらっしゃるので、よく議論しています。
比較的大学で研究が進んでいる分野という事でしょうか。
泉
そうですね。企業だとまだあまり取り組まれていないと思います。もちろん、マルチスケールのシミュレーションも共同研究の一環としてやっているので、将来的には使ってもらうことを考えていますが、現場にフィードバックするまでには至っていません。
ところで、ボルトの解析以外ではMEMSの解析のお話がありましたが?
泉
例えば、MEMSマイクロミラーの解析にAnsysを使っています。マイクロミラーは電磁駆動でねじられ、それを支える梁の部分が壊れることがあるのですが、それが何MPaで壊れるのかという研究も5年ほどやっています。研究では実際にサンプルを作って曲げ試験や破壊試験を行なうのですが、応力分布がわからないので有限要素法解析で求めています。解析事例2
それから、これはAnsysだけでなくほかのシミュレータも使っていますが、半導体素子のシミュレーションもやっています。例えばDRAMの中にデバイスが100nmの間隔で並んでいる場合、応力は実測できないので有限要素法を使います。ここではAnsysによる弾性解析と熱応力解析等により、多種の薄膜材料からなるデバイスの応力集中箇所を求めています。
本当の研究はここからで、その後、転位の発生箇所を求める転位動力学シミュレーションを自作のソフトウェアで行なっています。なお実験での観測結果とシミュレーションの結果はよく一致していて、転位の発生箇所や進展などの情報を現場にフィードバックすることができます。これは大手企業と共同研究していて、現場の事例へ使っていただいています。
Ansysの機能についてですが、便利でよく使っているものはありますか?
木村
APDLです。GUIでモデルを直接変更するのは面倒なので、一度APDLで全て書いてからパラメータを変更するようにしています。
今、お客様の間ではGUIによる操作性を重視される企業が多いのですが、やはりモデルや材料条件の変更になると、APDLの方が圧倒的に使いやすいということですね。
木村
はい。入力を変えるだけで出来てしまうので非常に楽です。最初に作るのに時間がかかってしまうので、それで敬遠されているのだと思います。
泉
結構、企業でも同じようなことをやっていますよ。研究所なんかだと、コンバータやモデラーのようなものを作って、そこに評価まで加えた社内用プリとポストを作っているところも結構あると思います。
以前からExcelと組み合わせて使っていただいているお客様は結構いらっしゃいますね。Excelに解析ボタンか何かを加えて、裏ではAPDLでAnsysにデータを流し、必要な結果だけをExcelに戻してグラフを書くといったような。
泉
そういう感覚だと思います。昔はFORTRANで書いていたのですが、それに比べるとAnsysのAPDLはとっつきやすいかと思います。
汎用ソフトを使うことでのメリットは他にありますか?
武
アニメーションは便利だと思います。
木村
自前のソフトだと、応力を表示するのも結構手間がかかるのですが、ボタン一つで表示が出来てしまうのはいいです。外で発表する場合でも、図が綺麗だと伝わりやすいですから。
泉
特にうちでやっているような固着や滑り、非接触などの接触状態と変形とのからみになると図を使わないと解らないですからね。そういう意味で、ポストがしっかりしているのは重要です。
では逆に、Ansysのポストの機能でこんな機能が欲しいというのはありますか?
木村
グラフ化のツールですね。今でもグラフ化の機能はありますが、あまり見栄えが良くない気がします。もっと簡単に出力できるようになるといいですね。
泉
フォントが少し小さいところとか、背景が黒いところも気になります。
情報をExcelに貼り出すなど、AnsysのGUIから逸れたことをやろうとすると面倒ですね。また、そういう人の割合は少ないのかもしれませんが、プロの人が解析をする場合にはリストを全部読むことになります。でもそれが読みやすくなっていないですね。
研究室内でのAnsysの操作教育はどうされていますか?
泉
入門編と中級編のAnsysのセミナーテキストはひととおり読みますが、その後は実際に問題を解きながら、解らない所はその都度調べていますね。うちにはAPDLがあるので、研究室で使っているAPDLを渡して、みんなでコマンドを覚えたり、先輩に聞いたりして覚えてもらっています。それに、うちの学科は比較的有限要素法を授業に取り入れているのが特徴で、学部の3年の前期と後期に有限要素法の原理から講義しています。学部の段階で理論が入っているので、あとは使い方だけですね。しかも最近では3年生の10月からAnsysを使った教育をやっていますので、うちの学生は皆使えるようになっていますよ。
ありがとうございます。その他、今後のAnsysの機能やサイバネットシステムのサービスに対する要望があればお聞かせ下さい。
武
Ansysの機能の方ですが、UNDOの機能がないですよね。学生を教えるときに「もとの画面に戻れません」とよく言われます。また、ヘルプが日本語になってない部分もあるので、そこを改善してほしいですね。
UNDOの機能は、以前からリクエストが上がっているのですが、Ansysのデータベースの構造を大幅に変える必要があるので簡単にはいかないようです。
ヘルプについては、将来的には全て日本語化する計画でいます。なかなか一度に全て日本語化という訳にはいかず、現状ではバージョンアップで追加された新機能と、ユーザ様の利用頻度が高い部分を優先して進めていますが、今後も日本語化しているチームとの連携を取りながら進めていきます。
ユーザ様の専用サイトをご提供させていただいておりますが、利用されていますか?
木村
新しいものを解析するときや、新機能を使うときはFAQにある事例を使ったりしています。でも、以前より事例のリンクが探しにくくなったように思います。事例集だけまとめてページを作ってくれるといいと思います。
泉
サポートは昔と比べて良くなりましたね。最近はレスポンスが結構早くて助かっています。要望というか、他のソフトもそうですが、機能は使えても実際に評価できない人が増えていて、今後の有限要素法のさらなる普及のためには有限要素法の教育・人材育成が重要な問題になってきていると思います。大学や学会で、解析結果の評価や結果の生かし方、有効な使い方をきちんと教育しなくてはいけないと思います。
サイバネットさんが出しているセミナーだと、どうしても使い方の内容が多くなるのでしょうが、基本的な有限要素の原理のような、本当に基礎の部分の教育もある程度必要かと思います。応用部分の教育は、最近の接触セミナーや動解析セミナーなどの特別トピックセミナーが有効だと思います。うちの研究室もよく利用させてもらっています。
そういう社会人教育は東京理科大学でも行なわれていますし、私どもも実践的CAE研究会(http://npo-cafe.jp/index.php)というところでやっていて、今年で3年目になります。ここでは、最初はトラスやソリッド要素などの原理・モデリングのノウハウの講義や演習、その後シェルとか動解析などの少し高度な問題を実際に解きながら学んでいきます。
私と企業の方が持ち回りで講師を担当します。また、この活動は経済産業省の中核人材育成プログラム とも連携していて、有限要素法のさらなる普及のためには、今後重要になってくる活動だと思います。
東京大学の皆様には、お忙しい中インタビューにご協力いただきまして誠にありがとうございました。
この場をお借りして御礼申し上げます。
「CAEのあるものづくり2007,Vol.6」に掲載