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解析事例

日本テキサス・インスツルメンツ株式会社

実測と解析結果の徹底的なすり合わせにより、「シミュレーション・ファースト」体制が確立

雨海 正純 様雨海 正純 様

今回のインタビューでは、日本テキサス・インスツルメンツ株式会社様にご協力いただきました。世界屈指の半導体メーカーであるテキサス・インスツルメンツ様では、全ての製品開発に先んじてシミュレーションを行なうという「シミュレーション・ファースト」体制が定着しています。また実測と解析結果を徹底的にすり合わせることで、試作回数の大幅な削減が実現しています。

雨海様は、そうした体制の中核となる解析部隊でご活躍されると同時に、Ansys Conferenceをはじめとした様々なイベントや学会、講演会でもご発表されるなど、社外の解析技術力の向上にも大きく貢献なさっています。

今回は、「シミュレーション・ファースト」の実現に不可欠な、解析結果の精度向上のための先進的な取り組みについてお伺いしました。

(以下、お客様の名前の敬称は省略させていただきます)

シミュレーションで、様々な側面から開発支援を実施

まず、ご所属の部署と業務内容をご紹介ください。

雨海

私の所属するモデリング・グループでは、半導体チップやパッケージの応力解析、熱・電気的特性の評価などを行っています。
特に新規開発において、製品に構造的な欠陥がないかどうかを、設計の早い段階でシミュレーションによって予測します。そうして出来る限り、下流での問題発生を防ぐことが我々のミッションです。またこの際、FEMによる解析だけでなく、統計手法などを用いて最適化設計も行い、予想される問題が、どの段階でどの程度発生するのかも予測しています。

その他、問題発生時の原因追及や、新製品に使う材料物性の検討なども、シミュレーションを使って行っています。後者は、例えば線膨張係数なら、新製品ではこの辺が妥当という範囲を、先にシミュレーションで求めてしまうのです。この物性範囲を材料メーカーに提示し、その物性に合った材料を開発していただきます。こうすれば、実物と解析結果がきちんと合うわけですね。

様々な側面から、製品開発の支援をされているのですね。現在、部内には何名いらっしゃるのですか?またご利用ツールは?

雨海

部員は現在10名で、FEMツールから電気系のツールまで色々使っています。FEMツールは、ほとんどがAnsysです。

ワールドワイドでは、どのような業務の分担になっているのですか?

雨海

基本的に製品別です。日本は携帯電話やデジカメなどのデジタル機器が専門ですね。解析部隊は、大きく分けて日本とアメリカの2つのグループがあり、この2つが構造解析全般をカバーしています。東南アジアやヨーロッパは、我々のデータをそのまま利用していますので、解析結果が実際と合わないと、世界各地で問題が発生しかねません。その意味でも解析の精度には非常に気を配っています。

社内では「シミュレーション・ファースト」が定着。実測と解析結果の相関データベースが、技術力の「差」を生みだす

御社では、CAEの位置づけとはどのようなものですか。

雨海

当社では、「シミュレーション・ファースト」という仕組みが定着しています。
例えば、ビルなどの建築では、最初に構造計算書を提出して認可を受けますよね。当社もこれと同様で、プロジェクト立ち上げの際には、最初にCAEの解析結果を提出して承認を受けなくてはなりません。

ですから、CAEがなくては何も作れないのです。これは日本だけでなく、ワールドワイドで同様の体制を取っています。

CAEがそこまで定着しているのですね。

雨海

そうですね。ただし、これを成功させるには、まず解析結果が実際と合っていなくてはなりません。

現在、多くの経営者が、CAEを使わざるを得ないと考えています。
実際、多くの企業がCAEを導入するようになりましたが、使い方には問題があるようですね。ともすると単にツールを使うだけになり、解析結果が実測と合わないので、結局使わなくなってしまうこともあるようです。とはいえ、導入しなければ他社に遅れを取りますから、経営者としてもジレンマに陥るのでしょう。

そうした中、各社の技術力の「差」を生むのが、解析結果を実際に近づけるためのノウハウです。当社の場合は、実測と解析結果の相関を取るためのノウハウを、データベースに蓄積してきました。これで正確な解析結果を設計にフィードバックできるようになり、試作回数を大幅に削減できるようになりました。

どの程度試作を減らせているのですか?

雨海

さすがに試作ゼロにはできませんが、シミュレーションを全く使わなかった場合と比較すると、試作回数を8割、9割減らせていると思います。

データベースには、逆解析と解析のシンプル化に必要なノウハウを蓄積

素晴らしい成果ですね。ところで、相関のデータベースについて、もう少し具体的に伺いたいのですが。どのようなデータが蓄積されているのですか。

雨海

例えば、熱工程を経ると材料物性は変化します。そのため、初期状態の材料物性で応力解析をしても、実測に合った解析結果は出せません。まずは実際に測定したり、逆解析 (※) を使って、どのように物性が変化していくかを予測する必要があります。このような情報が、データベースに多数蓄積されているのです。

※逆解析とは: 測定で得られた値を目標値とし、その結果を導き出す解析条件(パラメータや温度荷重、材料物性など)を算出する手法

多くの方は、まずモデルがあって、解析条件を入力して計算するという、いわばボトムアップ方式を取っています。しかし、これでは実測と合わせる事は難しいものです。いっぽう逆解析はトップダウンで、測定で求めた値を目標に計算しますので、実測と解析結果をダイレクトに合わせることができるのです(図1)。そして得られた情報を新規製品のシミュレーションに利用すれば、精度の高い解が得られるのです。

図1. 通常の解析と、逆解析の違い
図1. 通常の解析と、逆解析の違い

また、「シミュレーション・ファースト」では、モデルを作るスピードも重要です。
全ての製品開発で解析が必要になるので、導線の線幅が少し違うだけでもモデルを作り直さなくてはなりません。我々のグループでは平均して月100件程度の解析業務に当たっておりますが、CAEの投資対効果を上げるためにも、とにかく早く解析をこなす必要があるのです。そこで、モデルは出来る限りシンプルにします。これは二つの方法があり、一つは形状をシンプルにする方法、そしてもう一つは、解析自体をシンプルにする方法です。例えば非線形で解くところを線形で解く、といったような。データベースには、こうしたノウハウも蓄積されています。

まず前者から説明しましょう。最近の半導体パッケージは非常に複雑で、何層ものレイヤーの中に導配線があったり、多種多様な材料が使われています。我々は解析結果と実測のすりあわせを徹底して行っていますが、最初から複雑なモデルを作ってしまうと、すりあわせが上手く行きません。

そこで、Multiscale.Sim(マルチスケール解析ツール)などを使って、まずは均質化を行ないます。つまり均一材料のモデルに置き換え、パッケージ全体のグローバルな解を簡易的に求めてしまいます。さすがに複数のレイヤーをまとめて1枚板にするのは無理があるので、例えば、本来は10層のモデルを3層くらいに簡略化して解析しています。
次に、局所を取り出して詳細なサブモデルを作成し、解析します。必要な場合は、サブモデルの中からさらに重要部分だけを取り出し、より詳細なサブ・サブモデルを作って解析していきます。このように徐々に落とし込んでいくのです。

最終的には、基板の配線もモデルに取り入れて解析するのですか?

雨海

そうですね、どの段階で配線を考慮するかは、モデルによって判断します。いずれにしても複雑なモデルの場合は、グローバルモデル、サブモデル、サブ・サブモデルという風に、3段階くらいに分けないと難しいですね。

後者の解析自体をシンプルにする場合は、その解析結果が実際と合っているか、もしくは解析結果から製品性能を予測できるファクターが必要です。実測に繋がるような式を作らないといけないのです。
例をお話しすると、先述のとおり、熱工程を経ると材料物性は変化します。そのため半導体パッケージの熱応力解析を詳細に行うには、粘弾性、硬化収縮、材料物性の変化を考慮する必要があります。粘弾性を考慮される方は比較的おられるようですが、それだけではカバーしきれません。実測に近い値を算出するには、これら3つを全て考慮しなければならないのです。
しかし、これは非線形性が強く、非常に複雑な解析になってしまいます。そこで我々は、3つを全て考慮した非線形解析と、考慮しない線形解析を行い、その関係から係数を算出します。この係数を使えば、線形解析でも非線形解析の結果が得られるのです。

また、モデル自体も、ソリッドよりシェルのほうが計算が早くなります。そこで我々は、非線形解析と線形解析を行なった後で、グローバルモデル、サブモデル、サブ・サブモデルといった風に、モデルも段階に分けて解析していきます。
そして非線形解析と線形解析で係数を算出したのと同様に、それぞれの解析結果を比較して係数を求めます。この係数を使うことで、シンプルなモデルでの構造解析でも、正確な値が出せるようになるのです。当社ではこうした数式を、大量にデータベース化しています。
この数式の数が多ければ多いほど、解析の的中率は高くなるという訳です。

データを収集するのは、膨大な作業になりそうですね。

雨海

だから技術力の高いエンジニアが多数必要になるのです。さらに当社では、落下解析の専任者、反り解析の専任者といったように専門分野を分けて活動しています。

ここで蓄積されたデータベースは、海外でも利用されているのですか?

雨海

かなりの部分が利用されています。海外では少々シミュレーションに頼りすぎる傾向があるようですが、日本は実測を重んじますので、我々の解析結果が最も実測に近いと思います。

実測と解析結果が合わないなら、まずは逆解析を

解析結果の評価方法や、実測とのすりあわせの方法について、お悩みの方も多いと聞きます。御社のようなデータベースを蓄積していくには、どのようなスキルが必要になるのでしょうか?

雨海

力学の知識や、解析の知識といった基礎知識に加えて、統計や信頼性工学の知識も必要になってきます。また、実際に物理現象がどうなっているのか、現象をよく観察する能力も重要です。
今、実測値と解析結果が合わずに苦労している方は、まずは逆解析の訓練をされてみると良いでしょう。色々工夫して最適化をしていくことで、ノウハウが出来てくると思います。

また、精密な実測データを収集することも重要です。当社ではグローバルな変位はシャドーモワレ、局所はDIA(DigitalImaging Analysis)、さらに詳細に測定したい場合はラマン測定器を利用しています。これらのツールがあると、グローバルや局所などの様々な観点から比較でき、逆解析の精度も向上します。測定器はソフトウェアと比べても非常に高価ですが、精度の高い解析結果を出すためにも、質の高い装置を揃えることが重要なのです。

熱応力から落下、剥離まで、多岐にわたる解析テーマ

雨海様はいつからAnsysをご利用なのですか。

雨海

Ansysを使い初めて25年前後になります。使い出した当初は、まだ設計検証のツールとしては到底使えるレベルではありませんでした。どちらかというと、問題が発生した際に、その原因を追及するための不良解析に利用していましたね。
その後、コンピュータの性能が向上し計算が速くなると、設計検証に利用するようになりました。それで実測との相関が課題になったのです。ここからデータベースの蓄積が始まり、部内の人数もどんどん増えていきました。

部内の方の技術者教育はどうされているのですか?

雨海

もともとスキルの高い解析専任者が集まっていますので、特に体系的な教育は行っていませんが、大学の講師を招いて勉強会を開いたり、学会やコンソーシアム、大学でのディスカッション等に参加して能力を磨いています。

Ansys Conferenceでは、熱応力をはじめ様々な解析事例をご発表いただいていますが(図2)、現在どのようなテーマを扱われているのですか。

雨海

当社のチップは、最近の高機能の携帯電話などでも利用されていますが、カメラや音楽プレーヤー、ゲームなど搭載機能が増えるに従って、高集積化もますます進んでいます。それに伴い、熱や信頼性の問題もシビアになっていますし、電気的特性まで考慮する必要も出てきています。

そのため、現在我々が行っている解析は多岐に渡ります。中でも特に重要なのは熱応力や落下、温度サイクルですね。
温度サイクルとは、はんだの疲労寿命の予測や、界面やチップの剥離などですが、例えば吸湿させて高温にした場合に剥離が出るかどうか、また一定の高温に保持した状態で、壊れるかどうかの検証などがあります。
落下解析は、主にAnsys LS-DYNAを使っています。携帯電話の場合、一般的には1メートル位の高さから40回ほど落下させても壊れないかどうか検証しています。

また、これらを組み合わせた評価もあります。例えば、はんだの熱疲労が進んだモデルと、新品のモデルでは当然強度が異なりますので、落下試験の結果も異なります。当社は信頼性を評価するためのデータベースも用意しており、その数式を適用させることで、疲労の進行度ごとに、モデルの信頼性を予測できるようにしています。これにより信頼性試験も大幅に削減できています。

雨海様は外部のセミナーでのご発表など、社外での啓蒙活動も積極的に取り組まれていますね。

雨海

そうですね、特にAnsysによるはんだの疲労解析は、色々なセミナーで紹介してきました。anandモデルを最初に使い出したのは私なのですが、今では多数の方に利用いただいているようです。

今後取り組みたいテーマがあればお聞かせください。

雨海

電子部品の接着部分の解析です。分子レベルの剥離解析を行うことで、はんだなどの接着力を評価したいと思います。これも実測と解析結果の相関さえ取れれば、十分に実現可能なテーマだと思います。

Ansysや当社に対して、何かご意見はありますか。

雨海

今、自動車業界で大きな変化が起きていますが、ハイブリッドカーや電気自動車が主流になれば、半導体業界へのインパクトも非常に大きいです。この流れに遅れないよう、ソフトウェアメーカーもユーザの声を聞いたり、競合の機能を積極的に取り入れたりして、どんどん機能アップをして欲しいですね。

ご指摘の通りだと思います。当社としても積極的にANSYS, Inc.へ開発要求をしていきますので、今後も忌憚のないアドバイスを宜しくお願いいたします。

日本テキサス・インスツルメンツ株式会社 雨海様には、お忙しいところインタビューにご協力いただきまして、誠にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。

「CAEのあるものづくりVol.10 2009」に掲載

2008 Japan Ansys Conference発表事例参考情報:半導体パッケージの信頼性モデリング事例

事例概要

図1. POP(Package-on-Package)の構造
POP(Package-on-Package)の構造

半導体パッケージは、高機能、小型化、低コストという電子機器及び半導体デバイスの高機能や高速性などの性能を最大限引き出すため、基板への実装部品として重要な役割を担っている。それに伴ってパッケージのI/Oピン数の増加、サイズの小型化、軽量化、薄型化を同時に達成することが必要とされている。
この要求を満たすためにPOPなどの新しい技術の導入がはかられてきたが、それとともに電子機器の使用に際して半導体パッケージの信頼性を保証する技術の確保が重要な課題となってきた。

半導体パッケージは、金属、セラミックス、プラスチック等の無機及び有機材料が多く使用されており、その構造は極めて複雑でかつ異種材料接着接合よりなる。半導体パッケージの強度信頼性の諸問題は多岐にわたるが、異種材料間剥離やはんだ接合熱疲労等の界面接着・接合問題が顕著に現れる。
そこで、破壊力学、粘弾性解析、粘塑性、クリープ等の非線形解析が半導体パッケージ強度評価に適用されるようになってきた。
本報告では、半導体パッケージ強度信頼性評価の解析例ついて述べる。

事例

半導体パッケージングの反り解析/サブストレートの熱応力解析
図2. 2008 Japan Ansys Conference発表事例「半導体パッケージの信頼性モデリング事例」

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