HOME

特集:企業の“イノベーション”と人材育成

真のイノベーションを目指して

早稲田大学 基幹理工学部長・基幹理工学研究科長 大石 進一

今回の特集記事の最後は、早稲田大学の大石進一先生です。研究室に先生をお訪ねし、今回のテーマについてお話を伺いました。

本当のところ、イノベーションとは何?

現在、日本の企業は国際ビジネス環境の激変の中で苦しんでおり、「イノベーション」の必要性が強く叫ばれています。しかし、私はここでもう一度立ち止まって、そもそもイノベーションとは何か、ということを考えてみてもいいと思うのです。

これまでは日本も日本の企業もターゲットが見えていました。欧米企業に追いつき、それを上回る製品を作れば儲かるという仕組みがあり、もっと時代を遡れば、開国当時には西欧列強からの独立の維持という明確な国家目標があった。いずれにしても、目標がはっきり見えているから頑張り続けることができたわけです。今、日本は国家としては非常に安定し独立が危ないといったことはありません。ただ、これからどうすればいいのかということが見えなくなっていて、それをみんなが模索しているという状態です。

上記のような歴史を考えると、現在の状況は日本が新たな段階に入り、新興国が今まで日本が歩んできたプロセスに入ってきたというだけのこととも言えます。現在の新興国は、植民地化の危機や実際に植民地であった時代を脱し独立国家としての勃興期に入り、追いつくターゲットもまだ日本であり欧米であって、その背中はよく見えているという状況です。であれば、現在の日本があるピークを過ぎ混迷の中にいるというこの状態も、新興国は単にまだ経験していないだけで、これから経験するということかもしれない。

そう考えていくと、ある意味、今の日本の状態も特別なことではない。それなのに、単純に状況から脱出することだけを考えて、イノベーションを云々しているとしたら、それはやや短絡的だと思われるのです。それ以前に、何をこれからの目標に据えてやっていくのかということを、まず考えるべきではないでしょうか。

何かを追い越したその先は見えているのか?

国家目標では少し大きすぎますので、人々の目標、この社会の目標。それを見つける。たとえば、今もてはやされているアップルのビジネスモデルも、それを追い越せたとして、ではその先はどうするのか。あるビジネスモデルを良しとするかは、何らかの判断に基づかねばならないはずです。とすると、その判断基準が明確になっていなければならないわけで、そうでなければ単なる物真似で終わってしまう。今の日本の難しさは、徹底的に真似し凌駕することでトップになれた時代が終わり、何かの製品を作るにも、これからの国家や日本の社会をどうするか、というもっと大きなところから、自ら判断基準を考え、その大本から製品を作っていかねばならない時代になったというところにあるのではないかと思うのです。昔と同じことをやっていても昔以上にはならないのだし、それ以前に、昔の姿、つまり昔の成功モデルが今の環境の中ではもう成立しないでしょう。


変化を前提として発想を転換し、新しい価値を提示する

今の日本は、韓国を代表とする新興国に、製品の品質・デザインその他の点でも追いつかれてきているのは確かで、まあ、今後とも日本が安泰でいられる製造業の分野というのも見当たらない。そのためかなり自信喪失気味ですが、だからこそ、日本の強みが本当はどこにあるのかを、一度精査する時期に来ていると思います。

その上で、さらにもう一歩考えを進めてみれば、そんなに世界中でお金を稼ぐ必要があるのかという疑問もありませんか?ちゃんと暮らしていければ、中くらいの儲けでOKという選択もあると思うんです。言わば、低め安定です。物を持つことは煩悩に繋がるというのは、仏教伝来以来、日本には根強い思想です。今のこの日本の閉塞感も、元を質せば、「無くすのが怖い」というところからきている部分がある。国際社会での経済大国という地位や、豊かな暮らしというものをこのままでは失ってしまうのではないか、という恐怖ですね。

もう日本は製造業においても世界一ではないかもしれない。しかし、そろそろそれで良しとすることも必要ではないでしょうか。世界で一番でなくてもいい。お金もそれほど稼がなくていい。でも今度は、日本の文明や文化をどんどん世界に広めようとか、発想を別の方向に向けてはどうでしょう。「金が全て」ではない新しい価値観で社会を作り、それを日本型モデルとして世界に示してはどうでしょう。

いつまでも「グローバル競争を勝ち抜こう」ではなくて、考え方の違う文化や人を繋ぐ架け橋になる。そこに我々の存在意義を見出すというのも考えるに価する一つのあり方です。それには、対話や説明の能力が必要ですね。英語を喋れるようになれば片付くというものではない。自分の立場も説明し人の立場も代弁し、という世界の中での調停役のような立場に向けて、日本の進路をシフトしていけばいいのではないでしょうか。

志を同じくする人を巻き込む

こういう発想の転換が必要なのは企業も同じだと思うのです。何かの製品分野で覇権を取ろうと考えた途端、それは今の世界ではなかなか難しい。すぐに追いつかれてしまいます。ですから、「No.1になる」とは別のところで競争する。

たとえば、私が専門としているコンピュータの世界では、どんどん情報を囲い込んでマーケットを独占的に支配してというやり方でコンピュータ技術を使っている企業もある。一方でコンピュータのセキュリティのインフラを徹底的に整えて、個人の情報をできる限り守ろうという方向にコンピュータ技術を進めようという考え方もあるはずです。つまり、「我々はここに価値を見出し、これで生きる」ということを決めて、初めて見えてくる進路というものがあり、本当のイノベーションというのはそういうものだと思うんです。始めにイノベーションありき、では絶対にありません。

ですから、会社は、「将来の世界をこういう方向に向けて築く手伝いをし、そこで、さらに我が社はこういう形で貢献する」といったことを強く打ち出した方がいい。とすると、その信念に同調する人々が必ず出てくると思うのです。前述の例で言えば、マーケットを独占していく方向よりも、コンピュータセキュリティに技術を傾注する方がいいと考える人たちが必ず出てきて、顧客になったり協力者になったりしてくれる。つまり、これからは、方向性を示し、それを良しとする同じ価値観の人々を巻き込んでいく、ということが重要だと思います。

人と同じことをしない

今までは目標はあり、あとは技術力だった。そこでは、単純なイノベーション、つまり純然たる技術革新や新技術ができればそれで良かった。でも、これからは、単純なイノベーションだけではダメで、目標設定が必要です。この技術は社会にこんなメリットをもたらし、そのメリットでこういう良い方向に社会は変わっていくだろう。だから、自分たちはこの技術を開発するんだ、というように、何をするにも自分のやることで社会はどう変わるのかを考えること、それが必要です。さしたる志も無く、人がやっているからと自分も同じことをするというのが、これからは一番良くないのではないでしょうか。

結局、自分は何を大切にして生きるのかということです。現代は人類の長い歴史から見ても非常に大きな変革期に当たると思いますが、環境や自由やプライバシーといった人間の根源的なものを守るといったことが、かなりおろそかにされ始めている気がします。私としては、そうした個人にとって大切なものを守る方向で作られている製品は、必ず、市場で一定の支持を受けることができると考えています。

つまり、良きビジョン、良き価値観に沿ったイノベーションというものが大切で、それを考えれば、やることやれることは、まだまだたくさんあると思うんですよ。

人材育成という面では

日本に必要なイノベーション

このような点から現在の社内教育や人材育成の仕組みを見ると、多かれ少なかれ、長く会社にいることを前提にしているわけで、こんなに有為転変の激しい時代に適応するのかという疑問は確かに出てきますね。ですから、プロジェクト単位でとか、もっと短期間で効果が出るような教育システムにシフトしていくといったことが、ますます必要になると思います。その一環として、大学に集まっているさまざまな研究成果やマンパワーを有効利用するということも、もっと考えられて良いのではないでしょうか。企業と大学が必要に応じて緊密に協力できるような体制ができれば、お互いに良い結果を産むと思います。企業は大学から最先端の研究成果を学び、大学は企業から現場や実際の運用といったことを学ぶことができますからね。

また、短いスパンでの変化に適応したり、企業と大学といった性格の異なる機関が共同作業をしたり、といったことが増えると、個人に必要なことは柔軟性ということでしょうか。柔軟なものの見方、考え方のできる人、多様な考え方を受け入れることができる人ですね。そういった柔軟な人、異分野・異文化にわたるコミュニケーション能力の高い人を育てていくことが大事になると思います。


大きなところから考える

最後に、今の日本の苦境は目標を見失ったところから来ていると述べましたが、逆に、目標はもう無い。それは自分で決める。そして、お金だけでなく新しい社会のモデルも追求するんだ、と考えれば逆に楽しくなりませんか。これからの目標だけでなく、目指す社会のモデルも、とにかく何もかもを自分で決められるんですよ。

実は、私はかなり楽観的で、自分の進む道さえ見出せれば、これからは日本の世紀になるんじゃないかと思っているくらいなんです。

工業生産とか会社、ビジネスといった概念はすべて欧米で生まれたもので、しかも、かなりハングリーな精神に依拠していると思います。日本は欧米とはまた違う長く続いた文明を持ち、別の価値観を世界に提示できる。「知足=足ることを知る」といった日本の仏教に特有な思想などもその一つです。これからは、そのような多様性を持っていることこそ利点であり、日本が生きていく道はたくさんあると思います。技術にしても、優れた技術をまだまだ集積的に持っている。今必要なのは、技術で利益を追求するのではなく、人間の生活のレベルアップやさらには幸福のためにこそ技術を使うのだといった、根本的な発想の転換だと思います。「第二のジョブズを」とか「第二のアップルを目指せ」ではなく、それとはまた別の、大きな共感を持ってもらえる価値観を提示し、そこで戦えばいい。同じものを目指さない。そのためにも、今こそ、この日本という社会をどうしていくのか、世界の中でどう貢献していく国にするのか、といった大きなところを、企業も考えていくことですね。遠回りに見えても、それが結局は早道なのではないでしょうか。

5/5

(6/15)