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特集:企業の“イノベーション”と人材育成

人の相互作用でイノベーションを駆動する

東京工業大学大学院 社会理工学研究科 准教授 妹尾 大

組織的知識創造による革新の実現

図1 生産性向上策の類型

「Make surprise(世に驚きをもたらそう)」 という使命を掲げ、研究室を発足してから約10年になります。好奇心に導かれるまま、さまざまな研究テーマに取り組んできましたが、一貫して信じ続けているのは人間の創造性こそがイノベーション(革新)の原点であるということです。

企業の存在意義は、顧客、社員、株主、そして社会に対する価値を生み出すことです。これらのステイクホルダーが求めている価値があまり変わらない安定的な環境では、企業はすでに価値が認められている特定の財やサービスを生産し続けようとします。ここでは、成功の前例をなぞることが定石となります。しかし、ステイクホルダーの求める価値が大きく変化する場合には、採るべき対応は異なります。流動的な環境で価値を生み出すためには、企業は既存製品の「生産」だけではなく、新しい財やサービスを創出したり、新しい生産技術やビジネスシステムを確立したりする「革新」を行わなければなりません。

競争市場においては、企業は自らの生産性を向上させ続けなければ存続が難しくなります。企業の生産性は、「企業活動の産出価値を、その企業活動に要した投入費用で割ることで得られる指標」なので、生産性を向上させるには、産出価値を増大させるか投入費用を削減すれば良いこととなります。産出価値を増大するには、従来の産出物の産出量を増やす策と、従来の産出物よりも大きな価値を持つ産出物に切り替える策があります。同様に、投入費用を削減するには、従来の投入物の投入量を減らす策と、従来の投入物よりも少ない費用の投入物に切り替える策があります。イノベーションの本質は「新結合」ですから、「新規産出物への切り替え」と「新規投入物への切り替え」による質の変化を志向する戦略を採ることになります(図1)。商品価値下落のスピードが早まり、新興国台頭の動きが活発になっている現在、先進国企業の多くは、改善(量の変化)によって既存の競争優位を守り抜くことではなく、革新(質の変化)によって新たな競争優位を生み出すことに活路を見出そうとしています。もちろん、新興国企業の多くも、将来を見据えて、高付加価値路線に切り替えつつある状態です。

それでは、この革新の担い手はいったい誰なのでしょうか。一昔前には、経営トップ、戦略スタッフ、あるいは外部コンサルティングが担い手として注目された時代がありました。しかし最近では、こうした一握りの人の「個人プレイ」だけでなく、多くの人が関与する「チームプレイ」に注目が集まっています。

組織は情報処理機械である、というイメージ(組織観)を持つ企業では、質の変化をもたらす意思決定の権限は少数のトップ層に限定されています。残りのワーカーには、階層構造や分業制度によって削減された情報負荷の処理が任され、革新に関連する業務は、情報処理の邪魔になったり撹乱したりするものと見なされ積極的に排除されてきました。ところが現在、革新の種として現場従業員の創造性に期待が寄せられています。顧客と接するフロントラインこそが革新の発火点であるという考え方が広まり、イノベーション研究の分野でも「オープン・イノベーション」や「クラウド・ソーシング」に注目が集まっています。現場から遠く、過去の成功体験の呪縛が強い傾向にあるトップ層だけでなく、変化する環境に直に接している現場従業員もが革新関連業務を担う「知識創造型企業」が目指されるようになってきました。


ビジネス顕微鏡®を用いた行動データの収集

図2 ビジネス顕微鏡®
(赤外線センサや加速度センサが組 み込まれており名札のように首から下げて使う)

組織を構成する単位(ビルディング・ブロック)として何に着目するのか。組織には人が集まっていることから、人こそが構成単位であると答える方もいるでしょう。しかしながら、私の研究室では人と人との間のコミュニケーションに着目しています。個人の資質や行動だけではなく、相互作用を構成単位として観察しようとしているのです。これは「オートポイエーシス論」に基づく考え方です。

これまで、相互作用についてのデータを収集する際には、当事者へのアンケート調査を用いる方法や,電子メールの送受信ログを用いる方法などが採られてきました。私の研究室では、最先端のセンサ技術を利用した「ビジネス顕微鏡R」(図2)というツールを用いることで、組織における相互作用のデータを収集しています。たとえば、対面コミュニケーションによる部署間の連携や、個人作業や会議などに関するワーカーの行動パターンなどがこのツールによって定量的に把握可能となりました。

「ビジネス顕微鏡R」によって、これまではマネジャーの視野の外にあった相互作用の実情や、当事者自身も習慣化のために意識しなくなっていた行動が明るみに出されるようになりました。マネジャーの直接観察に基づくマネジメントを超えて、客観的視点に基づく新たなマネジメントを実現できる可能性が拓かれたのです。「ビジネス顕微鏡R」の開発に深く携わった研究者が、現在、私の研究室の博士課程に在学し、相互作用活性化マネジメントの理論構築に向けた研究に取り組んでいます。


「3」に着目した分析フレームワーク

図3 結束度の異なる2つの組織

相互作用というと、まっさきにイメージされるのは一対一の2者関係かもしれません。もちろん、2者関係において、どちらの主体が情報を発信し、どちらの主体が受信しているか、というのも研究上よく用いられている観点ですし、これを「ビジネス顕微鏡R」で測定することが可能です。発信傾向が強い人と、受信傾向が強い人をどのような人数配分で組み合わせると効果的なチーム編成となるのか、といった興味深い問題設定の研究テーマにも取り組んでいます。

これに加えて、私の研究室で用いているのは、3者関係に着目した分析枠組(フレームワーク)です。一対一ではなく、そこに第三者が入った3者での相互作用(3者関係)を分析単位とします。たとえば、次の図3で、左の組織は右の組織に比べてネットワーク構造に現れる三角形の比率である「結束度」という指標が高くなっています。このように、三角形に着目することで、「文殊の知恵」や「岡目八目」や「キャスティングボート」や「共同戦線」、あるいは職務外援助行動である「組織市民行動」といった組織現象とその影響に切り込むことができるのではないかと考えています。

個人の行動に着目した研究でも、第三者の重要性を指摘しているものがあります。たとえば、知識創造の実現では、第一者である「アイデアマン」が直接経験の世界で直感的にアイデアを思いつき、第二者である「コーチ」がアイデアに自分の知見を注入して膨らませ、第三者である「アクティビスト」が主観を超え、組織全体をマネージして知識創造を実現する、といった具合です。


クリエイティブ・オフィス研究の推進

図4 『クリエイティブ・オフィス・レポート』(上)と
「12の知識創造行動」

ここまで話を進めてきましたが、実は、人と人と人(3者ですから)の相互作用のほかにも、人と人工物(アーティファクト)の相互作用にも関心があります。人が行動をするときには、他の人との間だけではなく、人工物(環境や制度や道具など)との間でも協調関係が築かれるからです。この「アクターネットワーク論」を導入してワークプレイス研究を進めています。

人がそれぞれの持つ「知」によって個性的な行動を取るように、ワークプレイスもそれを設計した人や改良した人の「知」が形になった個性あるモノです。さらに最近では情報通信技術が急速に進化しており、仮想的ワークプレイスで多くの相互作用が起こっています。このような問題意識から、オフィスや情報を含めた働く環境と組織的知識創造との関係を調べる研究を開始し、潮田氏との共著『魔法のようなオフィス革命』や、ニューオフィス推進協議会『クリエイティブ・オフィス・レポート』、経済産業省『クリエイティブ・オフィス・リーフレット』等を出版してきました(図4)。

以上で紹介してきたように、革新を生み出す組織的知識創造に興味を持ち、知識創造型組織の職場設計に関する研究を続けています。これまでの研究成果から明らかになってきたことのひとつは、「空間を用意するだけでは、知識創造の場は発生しない」ということです。知識創造の場(文脈共有の関係性)を発生させるには、場の参加者が「その組織において、どんな価値を、どんな方法で生み出そうとしているのか」という目的意識を共有する必要があるようです。したがって、職場設計の真髄は、ワークプレイスという空間の設計にとどまらず、ワークスタイルという行動の設計、あるいは職場改革プロセスにワーカー自身が参加する経験の設計に在るということが言えそうです。私の研究室で作り出される卒業研究論文、修士論文、博士論文は、「経営理念の効果」や「組織市民行動の要因」、「対話促進ツール」、「知識創造プロセス診断ツール」、「第三者と場の創出」など多岐に渡っていますが、イノベーション研究の分野で何らかの驚きをもたらすことを目指しています。


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