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特集:今あらためて“モデル”

ものつくり再認識「モデルが日本の科学技術を救う!」

木村 英紀 氏 インタビュー

独立行政法人 理化学研究所
理研BSI-トヨタ連携センター
センター長


Hidenori Kimura

1970年東京大学大学院工学系博士課程修了、工学博士。大阪大学基礎工学部助手、工学部教授、東京大学大学院工学系研究科、同大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、01年より理化学研究所生物制御システム研究室チームリーダ。
現在は理研BSI-トヨタ連携センター長、科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー
横断型基幹科学技術研究団体連合会長。

現在、理化学研究所でトヨタ連携センターのセンター長である木村英紀氏に生物制御の世界とモデルについてお話をお聞きしました。

先生はこれまで制御工学、特に制御理論の研究をされていたかと思いますが、現在携わっている生体系の研究とは関係があるのですか?

関連は大ありです。現在、理研7年目ですが、生物と制御の接点を研究してきました。生物は制御を非常に多く使っています。手を動かす、色々な臓器が上手く働くなど、どこにでも制御があります。私は制御のサイエンスがむしろ生物で最初に始まっても良かったのではと思っています。実際は、制御というのは生物の中で独立して取り上げられてきませんでした。色々な分野でそれぞれ違う形で、断片的に扱われてきたのです。

一方、工学のほうでは、電気工学、機械工学、化学など様々な分野で、制御として独立して取り上げられてきました。生物では未だに独立していません。

世界的に見ても同じでしょうか?

日本だけではないですね。

生物の世界は、バクテリアから人間まで実に多様な世界なのです。同じ昆虫の中でも色も形も動きも違います。そのような多様性が生物の本質なのです。

制御は逆で、普遍性ですよね。色々異なっているものから普遍性を取り出します。

ですから、生物と制御の研究者の間にはカルチャーギャップがあります。生物の中で制御が共通のものとして取り上げられていない理由として、多様性を重視するかしないかの違いがあるのが一つだと思います。

例えば大腸菌ですが、一つの化学工場よりもはるかに複雑な制御が行なわれています。また、細胞、臓器、脳レベルの制御が別々だと考えられ、それぞれの制御に共通性があるとはあまり思われていません。

そこで、私はやはり制御の本質には共通性があると思うので、生物の制御の人たちには生物制御という1つの視点で生命の意図を解明できるのではないかと言い続けてきました。

先生にとって生物は制御のお手本であり、もっと制御を意識する必要がある、ということですね。その制御を成功させるために、「モデル」の重要性を謳っておられますが、モデルに興味を持たれたきっかけは何ですか?


聞き手:石塚(サイバネット)

1960年代の大学院時代、現代制御理論をやっていましたが、実用の制御をやっている人は見向きもしてくれませんでした。そういう時代がずっと続きました。これは日本だけでなくヨーロッパも同じです。アメリカは例外で、宇宙開発が盛んだったために制御理論の研究に資金が出ていました。でも民生には使われていませんでしたし、使えないと思われていました。

実務家(プラクティショナー)と理論屋(セオリスト)の両者の間では、すごいギャップがあることを両者とも意識していて、溝を埋めるために、国際会議などがある度に「制御理論は役に立つのか」というパネルディスカッションが設定されていました。

その時代は色々なことを言われました。数学が難しすぎる、理論屋はモノを知らない、などと言われましたけど、ギャップは埋まりませんでした。ギャップを埋めたのは「モデル」です。制御理論はモデルの存在を前提とした設計理論である、と知っていながらも、その意味するところに気付いていませんでした。実際はモデルを作ることがすごく難しいのです。できても正確じゃないことも多かったため、それに基づいて制御理論を使って色々設計しても砂上の楼閣ではないかという意識が、結局はギャップの本質的な理由だと感じました。モデルを作ることの難しさですね。作ったと思っても、実物が変化してモデルが使えなくなる等、色々な問題がありました。それに本気で取り組もうとしないで、ただ現代制御が役に立たないと言われていたのです。

ですが、不確かなモデルでも制御できる制御系の設計(これがロバスト制御です)という課題に1980年代始め頃から研究が向き始めました。それがかなりの成功を収め、それでやっと現代制御論は役に立つと言われるようになりました。結局「モデル」がキーワードでした。モデルが重要であることに気づいたのは、そのような理由からです。正に理論と技術を結びつけることの真髄を、身をもって味わいました。


モデルと聞いて、イメージするものは人によって、分野によって異なると思います。例えば有限要素法の世界では、多くの人が実物を彷彿させるメッシュを切ったデータセットを思い浮かべます。制御設計では状態方程式に代表される数式モデルですよね。先生にとってモデルとはどうあるべきとお考えですか?

問題によって、または分野によっても違います。モデルについてですが、理論とモデル、それに、アーツを対比させて書いた(1)ことがあります。普遍性からそれらを見たとき、理論は普遍的、アーツはほぼ完全に個性的です。客観性という観点から見ると、理論は客観的、アーツは主観的であり、人によって解釈が違っていてもいい。それに対し、モデルはちょうど中間になります。普遍性で見ると、完全に普遍的でなくてもいい。例えば、圧延機のモデルはみんな同じでなくてもいい、実際にこの製鉄所の圧延機とあの製鉄所の圧延機は違います。圧延機という抽象的なモデルはありえません。でも圧延を扱うという意味で、ある程度の普遍性をもっているはずです。客観性という点でも、モデルは批判されてもいいわけです。理論の場合、間違っていたら理論じゃないですから、絶対正しくないと駄目ですよね。

普遍性と個別性という点で見た時も、モデルは理論とアーツのちょうど中間にある。したがって、ダイナミックに発展しているんですね。

モデルと理論を一緒にする人がいますが、それは間違いです。全然違います。

制御に対するモデルと、生物制御のモデルは違いますか。

基本的には同じです。でも生物の場合、設計は不要ですね。ですから複雑であっても良い。

会社にはCAEによる解析屋さんがいます。解析屋さんと制御屋さんは基本的に違います。解析屋は計算機をまわして設計にある種の指針を与えることができますが、かなり間接的です。制御屋は大きな機械やプラントに直接、手を加えて動かすわけです。解析屋の計算が最終的なモノに与える影響と、制御屋の計算が与える影響を比べると、制御屋のほうがずっと重いですね。

解析屋さんのモデルが間違っていても、それほどシリアスではありません。

でも制御器のパラメーターがちょっと違うだけで大きな影響が出ます。モデルへの依存の度合いは、エンジニアの中でおそらく制御ほど厳しい分野はないと思います。

モデルを具現化すると、意識するかしないは別として、その本質は数式であると考えているのですが、先生はどのようにお考えですか?

モデルの歴史は長い。初めは数式じゃなかったですね。でも今は普通にモデルと言ったら数式モデルになってきたのではないでしょうか。分野によってモデルのイメージは違うだろうから、モデルの概念は広くていいと思います。

先生が今、取り組んでいる生体の研究では、どのようなものをモデル化しているのですか?

今私達が対象としているのは、臓器システムです。例えば肺、心臓、血管と血液などのダイナミクスを表現したモデルです。コンパートメントモデルという手法を使って、血液がどうやって循環するか、などを研究しています。古いものは1950年に作られたものもあります。循環器系、薬理系、消化器系、神経系、など各機能をそれぞれ「タテ割り」に特化したモデルが作られてきたわけです。我々はそれらを全部統合するモデルを作りました。それが現在の研究の一つです。

単機能については、研究が沢山あります。特に有名なのが血糖、グルコースとインシュリンの相補的な機能によって血糖値がどう動くか、などです。残念ながら、今までは全部単機能の研究です。しかし人体の中ではすべて繋がっているわけですから、それではとても間に合いません。

なぜ単機能で発達したかというと、臨床の診療科それぞれが対応してきたからです。さらに、人体の中ではそれらが複雑に絡んでいることは分かっていても、それぞれの単機能のモデルを繋ぐものがないのです。実際に作成するのは非常に難しい。臨床のタテ割りでニーズが生まれなかったという理由もありますが、やはり繋げるのが難しいからです。繋げる物理現象をみつけないといけません。我々はそれらの壁を乗り越え、単機能モデルを使って統一モデルを作りました。

統一モデルはもともとある単機能のモデルを拡張するような形で再構成してきたのでしょうか?

我々は1930年代に発見された古典的な結果を導入して結合していきました。

今は医療危機と言われていますが、臨床医学そのものに問題があります。診療科が極めて尖鋭に細分化されています。お年寄りが増えてくると、複数の診療科にかかる人も増えます。これは飲まないでくださいという薬を、別の科では必要としているなど、複数の診療科で干渉があるわけです。今は薬のレベルでは解決されてきていますが。

一番大きな問題はICU(集中治療室)ですね、一般的なICUでは一人の患者を10人ぐらいの専門家が診ています。それぞれが他とは無関係に診ているのです。人工呼吸は、担当医しか触れてはいけません。人工呼吸の呼気量というのは、炭酸ガス、血液の中の酸素量、あるいはPHに大きく影響します。代謝レベルが下がったら、本当は連動して呼気量を下げないといけないはずですが、今はそのようなことは一切行なっていません。機器が連動していないため、人がたくさん必要になるなど、無駄の多い状況です。今のICUでは専門家のチームから一人欠けると問題が生じます。そうではなくて、例え何人かいなくても、ちゃんと患者を正常な状態に保てるような機器の間の連携作用、場合によっては自動化が実現してほしいと思います。そのためには人体のモデルが必要です。

制御の観点から言うと、人体の色々なモデルが制御対象、機器が多変数制御というイメージでしょうか?

全くその通りですね。そのほうがはるかに効率的ですし、人が省けると思います。


イメージ的にはわかりますが、制御のモデルは設計をするために共通性を見いだしたシンプルなものに対し、生物は個別的ということでしたので、だいぶ異なる部分があるのではと思いますが、いかがでしょう?

お医者さんが反対する理由は、患者には個性があるから一般的なモデルは役に立たないということですが、そこがポイントですね。今の検査技術ってすごいですよ。検査をすれば、ある程度は個人のモデルができると思っています。

手術する前にも2、3日かけて検査します。あれだけ検査しているにも関わらず、あまりそのデータを使いません。そのデータは絶対に院外からはアクセスできませんし、院内でも二重三重のセキュリティバリアがあります。今のままだとそれを使ってオンラインのモデルを作るというのは、夢のまた夢の話かもしれませんが、データ自体は存在するのです。

ある程度パラメーターを同定できてモデルが求まったとしても、大規模過ぎて、制御理論を適用するというのは難しいのではないでしょうか?

制御理論が適用できなくても、古典的な手法でいくらでも解決できます。我々もたくさんのシミュレーションを行なっています。利尿剤や麻酔剤を節約するにはどうすれば良いか、などを調べています。

パラメーターを個々に合わせることができるモデルがあれば、制御理論を適用することはできなくても、最適化とか実験計画法などの数理計画法的なテクニックを使って糸口がつかめる、ということですね。

そうだと思いますね。私達は今それを行なっています。でも壁も多いですよ。お医者さんの伝統的な手法や慣習もありますし、法律の規制もあります。

やはりモデルを用いることに抵抗があるのでしょうか。ところで、先生が今研究されているモデルは、微分方程式を基にした、ダイナミクスモデルということですか?

そうです、我々の総合モデルは状態変数約70あります。

制御の世界で考えれば、もの凄い大規模なモデルですね。しかし、規模の違いこそあれ、制御のモデルと本質的には変わらないところに、モデルのもつ価値を感じました。

しかし、そのように重要な役割を果たすモデルですが、先生が本(2)に書かれているように、モデルの教育を“理論と技術を結ぶインターフェイス”という考えで教育しているところはないですよね?そもそもモデル化の教育そのものが少ない。この現状をどのようにお考えですか?

「ものつくり敗戦」(3)という、日本のものつくりがこのままだと敗戦するということを書いた本の中でも触れていますが、日本のものつくりで弱いのは次の3つ、理論とシステムとソフトウェアです。その中核に「モデル」があります。結局はモデルというものが日本のものつくりであまり使われていません。直感とか経験とか熟練でやっています。モデルを使うことで理論が発達しますし、システムという考えが出てきてソフトウェアが断然必要になってくるはずなのです。

改めてモデルが重要だと実感しました。日本は、諸外国に比べてまだまだモデルに対する意識が低いと思いますが、モデルを普及させるために期待することはありますか。

モデルの普及は簡単ではないですね。モデルと言う以前に日本の技術文化の問題があり、それを克服しないといけません。日本でも、システムやモデルが流行った時代がありました。1970年代の日本のシステム技術は世界でもトップレベルでした。例えば、新幹線の運行システムや券売システム、予約システムなどです。しかし、80年代から90年代にかけて、それが駄目になりました。なぜなら、“ものつくり”という言葉が氾濫してきたからです。

60年代終わり頃に、日本の大学は理工系倍増を行い、高度成長のための人材育成に力を入れました。計数工学科や制御工学科、システム工学科などの新しい学科ではシステムの教育も行ない、結果的に高度成長を支えました。

結局は、大学教育を変えないといけないと思います。やはり数学とシステムをきちんと教え、理論をしっかり理解できて徹底的にロジカルに考えられる人材を、大学教育は作り出さないといけません。

シミュレーションツールの販売を行なっている我々のような民間企業に対しては、何かございますか。

日本発のCAEパッケージソフトはできないのでしょうか。やはり日本人が作るものに期待します。電磁界などは若干日本人が作っていますが、ごくわずかです。その原因究明が必要です。私が大学院生だった頃はまだ日本製のソフトがありましたよ。

是非日本発を育てて欲しいと思います。ソフトウェアというのは一旦スタンダードになると、ひっくり返すのが大変だと思いますけど。

少しでもご要望にお応えできるよう頑張ります!日本発のソフトというわけではありませんが、Maple Soft社を子会社化した弊社としては、日本の市場に合わせ本当のモデルベース開発を発信、推進していきたいと思います。

木村氏と石塚

聞き手: サイバネットシステム(株)
執行役員 CTO 石塚 真一


独立行政法人 理化学研究所 木村英紀先生には、お忙しいところインタビューにご協力いただき、誠にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。

参考文献

(1) 木村英紀:モデル学は可能か,オペレーションズ・リサーチ(2005)

(2) 木村,藤井,森:ロバスト制御,コロナ社(1994)

(3) 木村英紀:ものつくり敗戦 ―「匠の呪縛」が日本を衰退させる,日経プレミアシリーズ(2009)

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