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特集:今あらためて“モデル”

プラスチック成形加工における溶融材料挙動のモデリング

山形大学 大学院理工学研究科 准教授 伊藤 浩志 氏

はじめに

合成樹脂(プラスチック)が誕生して100年以上が過ぎました。現在でも新たなプラスチックが開発され、我々の身の回りの製品に多く使われています。この古くて新しいプラスチックは実際の「もの」として利用されるには、形を作る必要があり、数多くの加工プロセスを経由します。「プラスチック成形加工」は、材料を「溶かして・流して・形にして・固める」プロセスですが、プラスチックの形を作るだけでなく、新たな機能を付与する重要なプロセスでもあります。ここでは、このプラスチック成形加工プロセスの「流して・形にする」における際の、材料挙動のモデリングについて簡単にご紹介します。

樹脂流動解析と射出成形CAE

プラスチック成形加工の流動場を計算機によって解析することは、プラスチック成形加工の現場では当たり前になっています。特に射出成形という、冷えた金型に溶融したプラスチックを高速で流して高い圧力で固めるプロセスは、成形挙動が非常に複雑であり、また金型も非常に高価なものです。そこで、計算機を利用した解析(Computer Aided Engineering, CAE)が重要視されました。CAEのオリジナルは、合成繊維の製造プロセスである溶融紡糸であり、1960年代から解析が始まりました。その後、1970年頃から複雑な樹脂流動現象を理解する試みがなされ、現在の射出成形CAEとして発展をしてきました。ここでは、流動パターン・樹脂圧力分布・樹脂温度分布・ウェルドライン発生位置などの予測が可能となっています。

これらの流動状態は、材料の物質収支、運動量収支、エネルギー収支、構成方程式を基本として解析されます。特に物質収支、運動量収支、エネルギー収支などの方程式を2次元にもしくは3次元に展開して、流体の速度場、応力場や温度場を計算することになります。射出成形CAEでは、プラスチック溶融体の金型への充てん解析に対しては、Hele-Shaw流れによる近似式が使われており、大きくて薄いプラスチック成形品では、この仮定で十分な解析が行われています。つまり、樹脂流路の厚み(成形品厚み)が比較的薄く、流れが層流となる場合には、運動方程式は未知数が圧力のみの方程式に簡略化される利点があり、この仮定のもと厚み方向には温度の伝熱のみを解析して、見かけ上3次元流動を解析するという、いわゆる2.5次元の解析が行われてきました。現在は、成形品が複雑になり、また表面に微細な構造や偏肉・厚肉成形品の構造体などが増えたことで、より厳密な3次元流動解析が主流となっています。多くのプラスチックCAE解析ソフトで3次元化が進んでいます。

現在、CAEの解析精度は年々向上しています。この要因は、様々な仮定を排除し、前述のような3次元化など、より現実的な流動解析モデルの取り入れられるようになったことに起因します。つまり、計算機の処理能力が向上したことによるものです。しかし、より定量的な議論を行い、解析精度を高めるには、取り扱うプラスチックの材料物性のデータが正しいかどうか、また、このデータを再現する「モデル」が重要となります。

流動解析においては、各材料の特性を表わす、粘弾性モデル、圧力・比容積(=密度の逆数)・温度(PVT)の状態モデル、熱特性モデルなどが必要となり、連立して解かなければなりません。このモデルについては様々な理論式や実験式が提案されており、次にこれらのモデル式について代表的なものを紹介します。

材料特性のモデリング

■ 構成方程式

構成方程式とは、物体の各部における変形状態とそこに働く応力との関係を表わしたものです。流れや変形などの力学的な挙動を計算する際に必要となります。理想弾性体ではフックの法則、水のようなニュートン液体ではニュートンの粘性法則がこれに相当します。また、ニュートン流体は応力がひずみ速度の一次式で表せるもので、そうでないものは非ニュートン流体と言われます。プラスチック液体の場合は、長い分子鎖が複雑にからみ合い種々の挙動を示すため、その性質を定量的に表現できる普遍的な構成方程式はまだ確立されていません。


図1 ポリプロピレンの溶融
せん断粘度挙動(温度変化)

プラスチックCAEの世界では、計算機の処理能力の問題や解析解の安定収束などの観点から、非常に単純な構成方程式が用いられています。特に、プラスチック流体は、非ニュートン流体であり、せん断ひずみ速度と応力の関係が非線形を示し、ひずみ速度に依存します(図1)。非ニュートン流体は、せん断速度の増加に伴い粘度が低下するshear-thinning 性を示します。せん断速度が小さくなると粘度は増加して一定となり(第一定常領域)、また、せん断速度が大きくなっても粘度は低下して一定となる、第二定常領域が表れます。これらの挙動を表現する代表的なものに、べき乗法則(Power law)やCrossモデルなどが提案されています。


ここで、ηはせん断粘度、η0は第一定常領域での粘度、Cn=1,2,3,4 は実験データへのフィッテング係数、はせん断速度、Tは絶対温度です。式(2)は粘度のひずみ速度を表すもので、また粘度の温度依存性は、式(3)のArrheniusモデルの他に、非晶性プラスチックでは、WLFモデルなどが良く用いられています。

■ 粘弾性構成方程式

プラスチックは長い分子鎖が複雑にからみ合いあっているため、粘性と弾性の挙動を併せ持つ粘弾性挙動を示します。実験結果から、多くの粘弾性構成方程式が提案されています。それらは、その形式より微分形モデルと積分形モデルに大別され、微分型Giesekusモデル、UCM (Upper Convected Maxwell)モデル、PTT (Phan Thien-Tanner)モデルや積分型粘弾性構成方程式であるK-BKZ (Kaye/Bernstein- Kearsley-Zapas)モデルなどがあり、これらを用いた数値解析の結果が報告されています。

■ PVT状態方程式


図2 ポリプロピレンのPVT特性
(一定冷却速度での冷却過程)

プラスチックの溶融体が金型に充てんする段階においてプラスチックは冷却され、また圧力に依存して密度が変化します。特に充てん後、冷却しながら圧力を付与させて腑型させるプロセスでは、密度変化が流動状態にも大きく影響します。この状態量を考慮するために、状態方程式が提案され、Spencer-Gilmoreの式が有名です。

ここで、Pは圧力、ρ密度、Tは絶対温度であり、R,P´,ρ´は材料定数です。また、Taitの式なども利用されています。これらの状態方程式を、連続の式やエネルギーの式に代入して、密度変化として取り扱います。また、高分子は分子鎖の運動が抑制されガラス状態になる温度(ガラス転移温度)や結晶性プラスチックでは結晶化にともない溶融状態から固体状態に変化する温度(結晶化温度)によって密度変化が生じる(図2)ために、この状態方程式の係数が変わります。係数を変化させる温度は、材料ごと、成形条件によっても変わるために、非常に複雑になります。


■ 結晶化式

結晶性プラスチックを扱う場合、結晶化度や結晶の配向度など、高次構造形成のモデル化が重要となります。溶融紡糸線上で起こるプラスチック流体中の分子配向や結晶化に関する理論的な考察を初めて行ったのは、Ziabicki1)であり、一般的なポリエチレンテレフタレートPETの紡糸における分子配向は、応力光学則(紡糸線に加わる伸長応力と形成される複屈折の線形関係)により予測可能であることを示しました。一方、紡糸線上で起こる非等温、応力下の結晶化については、Nakamuraらが冷却下の結晶化動力学を扱う式を提案し2)、応力や分子配向が結晶化速度を著しく増大させる効果については、小林、長沢3)やWasiakら4)が、それぞれ理論式の提案を行っています。分子配向に伴う結晶化速度の増大は、定性的には、溶融ポリマーのエントロピーの減少による平衡融点の上昇に起因する現象であると説明できます。また、圧力下による結晶化は、圧力による溶融体の自由体積が現象して、分子鎖の運動性が抑制されることでガラス転移温度および平衡融点が上昇することで説明されます。これら融点やガラス転移の変化を考慮した結晶化モデルが提案されてきました5,6)


図3 自動車バンパーの射出成形過程の結晶化度分布

非等温下および応力(分子配向)下の結晶化動力学の式を加え、さらに結晶化発熱の影響、結晶化に伴う流動特性の変化の影響を組み込むことにより、温度、速度、応力などで記述される巨視的なプラスチック流体の挙動と、分子配向、結晶化などの高次構造形成挙動を同時に解析する手法が提案されています。特に、Doufasらは、微分型粘弾性モデルのGiesekusモデルを用いて、配向結晶化と分子鎖の変形メカニズムを考慮した数値解析を行っています7,8)。ここでは、非晶と結晶化開始後の状態を別々に取り扱い、溶融状態を非晶状態、半結晶状態の2つの相に分け、それぞれのレオロジー挙動を考えた流動誘起結晶化のモデルを提案しています。

伊藤らは、結晶化が結晶核の生成とその核成長について独立にとらえ、それぞれの成長速度が温度、圧力や応力により変化するとモデル化して、射出成形過程の結晶化挙動を予測しています5,6)。図3は、ポリプロピレン自動車バンパーの結晶化度分布を解析した結果です。バンパー内にも多くの結晶化度の進展分布があり、この分布が最終的な成形品の「そり」などに影響することが知られています。


最後に

材料物性のモデルについて簡単にご紹介してきました。プラスチックのCAEは近年ますます重要性が増しています。このCAEの解析精度を向上させるには、

1)プラスチック材料の粘弾性挙動の再現(流動場での解析解の安定)

2)高分子鎖の分子配向や分子の動き(分子シミュレーションとの融合)

3)データベースの充実(正確かつ流動場を考慮したデータベース)

4)結晶性プラスチックを取り扱うのであれば結晶化の考慮(結晶化度や配向度予測)

などが挙げられます。さらなるプラスチックCAEの発展を期待するとともに、CAEを支える材料特性のデータベースの充実とデータを再現するモデル化についても、より多くの研究者、技術者が重要性を理解し、様々なアプローチによりこれらが充実していくことを期待しています。

参考文献

1) A.Ziabicki, Appl. Polym. Symp., 6, 1(1967)

2) K.Nakamura, T.Watanabe, K.Katayama, J. Appl. Polym. Sci., 16, 1077 (1972)

3) 小林恵之助,長沢俊夫,「繊維の形成と構造の発現(I)」,繊維学会編,化学同人,p.177(1969)

4) A.Wasiak and A.Ziabicki, Appl.Polym.Symp.,27, 111(1975)

5) H.Ito, K.Minagawa, J.Takimoto, K.Tada, K.Koyama, International Polymer Processing, XI(4), 363(1996)

6) 伊藤浩志,堤康裕,南川慶ニ,多田和美,小山清人,成形加工,6(4),265-270 (1994)

7) A.K.Doufas, A.J.McHugh, C.Miller,J. Non-Newtonian Fluid Mech., 92, 27 (2000)

8) A.K.Doufas, A.J.McHugh, C.Miller,A.Immaneni, J. Non-Newtonian Fluid Mech., 92, 81(2000)

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