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解析事例

電磁界解析

北海道大学 大学院情報科学研究院 様

計測技術で医療の未来を支える −磁気共鳴工学で実現する体に負担のない検査

北海道大学 大学院情報科学研究院 様

概要

医療技術の進歩により、患者にとって体への負担が少ない検査が広がってきています。たとえば MRI は、磁場を利用して体を傷つけることなく組織を映し出す「非侵襲的」な画像診断方法で、一度は受けたことのある方も多いでしょう。一方で、腫瘍の一部を切り取る生体検査はいまだに体への負担が大きく、だれもが安心して受けられる検査が実現すれば早期発見や治療につながる大きな一歩になります。
今回は、このMRIと同じ磁気共鳴の原理を応用した EPR(電子常磁性共鳴) により、体に負担をかけずに 悪性腫瘍の情報を映像化する技術の研究について、北海道大学の平田教授へお話を伺いました。

今回お話をお伺いした方

北海道大学

大学院情報科学研究院 生命人間情報科学部門
バイオエンジニアリング分野 磁気共鳴工学研究室
教授 平田 拓 様

1.体に負担なくがん細胞を検出する計測技術を研究

バイオメディカルエンジニアリング分野で、磁気共鳴工学を専門とする

平田 拓 様

北海道大学の工学部 情報エレクトロニクス学科は電気・電子・情報の分野を横断する電気・電子情報系の学科です。
AI・深層学習・半導体・エレクトロニクスから、バイオメディカルエンジニアリング・遺伝子解析など幅広い研究領域をカバーしています。

その中で、大学院の生体情報工学コースは、バイオメディカルエンジニアリングの分野に位置づけられており、私の研究室では「磁気共鳴工学」を専門としています。特に「EPR(電子常磁性共鳴)」という技術に注目して研究を進めています。

病院で広く使われているMRI(磁気共鳴画像)は磁場と電磁波を使用して体の臓器や血管の様子を撮影することができる装置ですが、人体の水分(H2O)や脂肪、筋肉などの組織に含まれる水素原子の「核スピン」を測定対象としています。スピンとは、原子核や電子が持つ磁気的性質で、磁場中でコマのように回転するイメージです。一方、私たちが研究しているEPR(電子常磁性共鳴)が対象としているのは電子の「電子スピン」です。がん細胞や炎症組織では、酸素やpHの状態が変化するので、これを検出することで体を傷つけることなく、がん細胞の周辺の環境などを画像化することができます。

 

検査っていうのはおおよそ、辛いイメージですよね。できたら痛くなくて、何も感じない状態で検査ができたらいいわけです。そういうのを「低侵襲・非侵襲」といいますが、工学的に言うと「非破壊的に」というとわかりやすいでしょうか。患者さんにとっても負担なく、繰り返し検査を受けることも可能になります。

2.少ない入力でより強い高周波磁場を発生し、微弱な信号も明瞭に検出するように設計したい

Ansys HFSSで、共振器内部の高周波磁場の強さと方向の変化を定量的に把握できる

このEPR測定で心臓部となるのが「マイクロ波共振器」です。これは特定の周波数で電磁波を効率よく発生・増幅させる装置で、私たちはマウス腫瘍測定用の750MHz共振器を設計しています。この周波数は、生体組織への電磁波の透過性と測定感度のバランスを考慮して選ばれたものです。

 

この共振器の設計にAnsys HFSSを活用しています。実験ではがん細胞を移植して腫瘍を形成したマウスの足を共振器内に挿入し、計測を行います。EPR測定では、測定対象(不対電子)を励起するために高周波磁場(数百MHz帯の交流磁場)を照射する必要があります。ここで、共振器内部での高周波磁場の強さと方向が空間的にどのように変化しているかを表す高周波磁場の分布が、測定精度を左右する極めて重要な要素です。

 

Ansys HFSSを使い、共振器内の3次元電磁界シミュレーションすることで、効率的に開発がすすめられます。また、定量的な磁場の把握により共振器効率の向上が可能になり、ひいては計測感度の大幅な向上につながります。ここでいう効率とは、入力する高周波電力に対して共振器内部で実際に生成される高周波磁場の割合を指します。効率が高いほど少ない入力電力で強い高周波磁場を発生でき、不対電子による微弱なエネルギー吸収もより明瞭に検出できるようになります。

信号の伝送効率を高め、反射を小さく、確実にキャッチする

また、測定時にインピーダンスをマッチングさせる回路(マッチング回路)の設計も重要用途の一つです。インピーダンスマッチングとは、信号源と負荷の電気的特性を合わせることで、電力伝送効率を最大化し信号の反射を最小化します。パラメータ変更時の反射係数(入力信号に対する反射信号の比率で、回路の整合度を示す指標)などの特性変化を事前予測できるため、最適化プロセスに大きく貢献しています。

750MHzのマウス計測用共振器

実際の3次元電磁界シミュレーション画像

腫瘍を形成したマウス後肢の写真

イメージングされた腫瘍

Reprinted from K. Kimura et al., 2022, Redox-sensitive mapping of a mouse tumor model using sparse projection sampling of electron paramagnetic resonance.  Antioxid. Redox Signal., volume 36, pp. 57-69, licensed under Creative Commons Attribution (CC BY 4.0) license

3.測定・イメージング技術は多様な技術へ の架け橋

Ansys HFSS 導入のきっかけは、国際的な共同研究のためのプラットフォーム

Ansys HFSSの導入のきっかけは、米国ダートマス大学との国際共同研究でした。当時、放射線被ばく線量の測定技術開発をテーマとした研究をしておりましたが、研究室間でデータをやりとりするには同じ解析環境を整える必要がありました。先方がAnsys HFSSを使用していたことから導入しましたが、ツールというのは単なる利便性だけでなく、国際的な研究ネットワークの基盤でもあるので非常に重要でした。

計測技術は基礎研究。生物・医学の研究へ計測工学の分野から貢献する

私自身はもともと電気・電子工学の出身で、超音波工学が専門でした。これまでさまざまな測定技術開発に携わってきましたが、今研究しているEPR分光というのは、通信技術とよく似ています。例えばAMラジオなら、AM変調された信号を受信して、音に変換します。EPR計測では、電磁波の吸収を検出し、増幅・受信し、イメージング(画像化)しています。こうした測定技術自体は基礎研究です。「10年後に病院で実用化されます」といった類のものではなく、医学や有機化学など異分野の研究者と連携することで大きな広がりが生まれます。非常にニッチな研究ではありますが、応用が広がるブルーオーシャンでもあります。

イメージングされた腫瘍と細胞外pHの解析例

Reprinted from R. Nakaoka et al., 2023, Electron paramagnetic resonance implemented with multiple harmonic detections successfully maps extracellular pH in vivo. Anal. Chem., volume 95, pp. 3940-3950, licensed under Creative Commons Attribution (CCBY-NC-ND 4.0) license

4.感度や可用性を高め、応用研究の発展へ貢献したい

小さな腫瘍でも計測できるより高感度な共振器の開発を目指す

より高感度な共振器開発に取り組みたいと考えています。高感度とは、より微弱な電磁波のエネルギー吸収を検出できる能力のことで、初期段階の小さな腫瘍や、不対電子濃度の低い組織からでも明瞭な信号を得られることを意味します。



私の研究は、がん研究だけでなく獣医学部や薬学部の研究分野とも関連しています。計測技術の発展により応用研究も進展します。がん研究を含む基礎研究分野で役立つ技術を確立できれば、大きな社会的意義があると考えています。

学生の使用を前提としたサポート体制に期待

(サイバネットのサポート体制について)以前のアカデミック利用を対象としたサポートは非常に助かっていました。メールサポートのような形でも構いませんので、解決困難な問題に対する指導機能の復活を期待しています。学生が将来独立した際にも同じソフトウェアを使いたくなるような、アカデミック向けの配慮をお願いしたいと思います。

「私自身の強みは、がんの実験そのものではなく、見えないものを測ることなんです」と語る平田先生。EPR測定に限らず多様な計測技術の研究に携わってこられたことを、とても楽しそうに話されていたのが印象的でした。その探究心と前向きな姿勢に強く惹かれました。こうした基礎研究こそが、日本の医療や幅広い分野の応用研究を支える原動力になっているのだと実感します。私たちも、その活動を精一杯サポートさせていただきたいと思います。また、ANSYS,Inc.より共通プラットフォームとして「Ansys innovation Space」という無償のカスタマーラーニングとサポートのご提供をスタートいたしました。今後ますます充実させていく予定です。ありがとうございました。

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