1. はじめに
近年、Automotive、次世代通信(5G/6G)、半導体市場の拡大に伴い、電子デバイスの数は増加の一途をたどっています。電子機器の安定性の向上や電磁干渉防止の観点から、電波吸収体・透過材は必須であり、その需要がよりいっそう高まっています。図1の左に示すのは、室内空間における電磁波の吸収、遮蔽、透過のイメージです。例えば、電子機器に対してはさまざまな電波吸収シートがノイズ対策として使用されています。また、屋内外からの電磁波が出入りする窓などは電波の高性能な透過特性および遮断特性が求められます。図1の右に示すのは、先進運転支援システム(ADAS:Advanced Driver-Assistance Systems)用のミリ波レーダーやスマートフォンのイメージです。これらのアプリケーションにはアンテナが内部に搭載されており、適切なアンテナの放射特性を得るには透過材の評価が重要となります。
こうした背景を踏まえて、電波吸収体および透過材は、高性能かつ複数の周波数帯における特性が要求されます。しかしながら、実試験を繰り返しながら設計評価を行う従来法では、コストや時間がかかり、効率的な材料開発が困難になりつつあります。また、近年はメタマテリアルのような新しい材料の研究開発が盛んに行われており[1, 2]、アンテナやフィルタの原理を応用して設計されるため、机上計算だけでは限界があります。以上を踏まえると、今後の材料開発を加速するためには、3次元電磁界シミュレーションの活用がよりいっそう重要になってきます。
本稿では、電波吸収体・透過材を対象に3次元電磁界シミュレーションが可能なAnsys HFSSを使った設計評価から応用例までを紹介します。
2. 3次元電磁界シミュレーションツールAnsys HFSSの特長
Ansys HFSSは部品レベルから電波伝搬およびシステムまでを対象とした3次元電磁界シミュレーションツールです。業界標準の3次元フルウェーブ電磁界解析ツールで、電磁界現象に合わせて自動でメッシュを最適化するアダプティブオートメッシュは強力な機能です。また、形状と材料定数、給電条件を定義するだけで、高精度な結果を取得できます。Ansys HFSSがサポートしている解析ソルバーを図2に示します。主力のソルバーである、有限要素法(FEM: Finite Element Method)をベースとしたFEMソルバーは複雑な形状をもつ構造物に対しても、効率よく柔軟にメッシュを生成し、3次元電磁界解析において威力を発揮します。また、積分方程式(IE:Integral Equation)ソルバー、過渡解析ソルバー、物理光学近似(PO: Physical Optics)を利用するPOソルバーなど、さまざまなソルバーをサポートしておりますが、大規模な電波伝搬の解析を対象とする場合はレイトレース法をベースとしたAnsys HFSS SBR+(Shooting and Bouncing Ray+)ソルバーが有効です。図3に、Ansys HFSSが解析対象とするアプリケーションを示します。部品レベルから屋内外の電波伝搬まで幅広い電磁界解析が可能で、解析ソルバーを変えることによって、電波の波長に対する構造物の大きさを指す電気サイズの小さいものから大きなものまで効率よく解析することができます。
図2 Ansys HFSSがサポートする解析ソルバー
3. 電波吸収体
3.1 電波吸収体の種類
電波吸収体にはさまざまな種類が存在しますが、大まかには、①誘電体損失を利用するもの、②磁気損失を利用するもの、③反射損失を利用するもの、の3つに分類されます[3]。①誘電体損失を利用した電波吸収体は、電波暗室等で使用され、ピラミッドのような構造が一般的です。広帯域で良好な特性を得たい場合は小型化が困難となります。一方、②磁気損失を利用するものは、磁性材料の磁気損失によって電磁波を吸収し、シート状で形成されます。誘電体損失のものとくらべてサイズの小型化、軽量化が可能です。最後に③反射損失を利用した電波吸収体は、反射損失によって特定周波数近傍に大きな減衰量を持つことが特徴です。電波吸収体の裏面に金属板を設け、吸収体表面と裏面の金属板からの反射波どうしが打ち消しあう性質を持ちますが、狭帯域となります。
3.2 電波吸収体の基本設計
近年需要が拡大している反射型の電波吸収体を例に、電波吸収体の基本設計について示します。図4に反射型の電波吸収体を示します。吸収体の厚みを、波長の四分の一とすることで、吸収体の表面からの反射波(図4:青線)と金属板からの反射波(図4:赤線)の位相が180°ずれるため、互いに打ち消しあって電磁波が減衰する仕組みとなります。なお、吸収体内の波長λeffは誘電率の影響により波長が縮退します。よって対象とする周波数帯と使用する材料に合わせ、吸収体の厚みを設計する必要があります。
3.3 Ansys HFSSを使った電波吸収体の評価
図5は、Ansys HFSSを使った電波吸収体の評価モデルとなります。電波吸収体に対して平面波を照射するシンプルなモデルで特性を評価するため、空気で満たされている解析空間の上面から電磁波を平面波として励起します。また、平面波を模擬するために、解析空間の側面に完全導体、完全磁性体を模擬できる境界条件を適用しています。解析空間の底面には吸収体のモデルがあり、その裏は金属を模擬した完全導体が設定されています。評価する周波数帯に関しては9GHzから11GHzとし、電波吸収体の厚さは1.4㎜としています。電波吸収体の材料定数は初期値として、比誘電率(εr)は 28.7、誘電体損(tanδ)は0.039としています。
電波吸収体の厚みを決定する際に用いた計算例を以下に示します。10GHzにおいて、波長が四分の一になるように設計しています。なお、電波吸収体の中における波長の縮退も考慮しています。10GHzにおける真空中の波長λ0は以下のように表せます。
λ0 = c f = 30㎜・・・・・・(1)
電波吸収体内部の実効波長をλeffとすると、
λeff = λ0 √εr = 30 √28.7 = 5.6㎜・・・・・・(2)
となります。よって、電波吸収体の厚さtは
t = λeff 4 = 1.4㎜・・・・・・(3)
となります。ここで、fは周波数、cは光の速さです。
Ansys HFSSでは、解析対象の構造の寸法だけでなく、材料定数などもパラメータとして与えることで、最適化解析が可能です。今回の評価では比誘電率と誘電体損を対象とした最適化解析も実施しています。図6に評価結果を示します。横軸を周波数とし、縦軸は反射係数を示しています。黒線は最適化前の特性、赤線は最適化後の結果を示します。反射係数は値が小さいほど、その周波数における吸収性が良いことを示します。
10GHzにおいて最適化前でも-10dBと良好な結果を示しましたが、最適化により比誘電率を27.92、誘電体損を0.049とすることで、10GHzでの特性が-40dB以上向上しました。
3次元構造をそのままモデル化して電磁界解析を行う場合や、構造が複雑な場合は、モデリング時間や計算コストが増大します。Ansys HFSSでは3次元オブジェクトの表面および2次元シート上に、電磁界の性質を規定できるLayered Impedance境界条件が適用できます。Layered Impedance境界条件は2次元シート上へ材料定数だけでなく材料の厚さも模擬できます。Layered Impedance境界条件を活用することにより、モデルの簡易化が可能となり、3次元モデルでそのまま電磁界解析を実施するより、効率よくモデル化および解析が可能になります。図7の評価モデルでは、先ほど最適化した電波吸収体の材料定数や厚みを、解析空間の底面へLayered Impedance境界条件として適用します。
図7 Layered Impedance境界条件を用いた電波吸収体の評価モデル
図8に横軸を周波数、縦軸を反射係数とした評価結果を示します。黒線はLayered Impedanceの境界条件を適用した2次元シート、赤線は3次元モデルでの結果を示します。解析結果を比較すると、結果はよく一致します。このようなモデルの簡易化によるアプローチは、解析時間の短縮に繋がるため、複雑な3次元モデルや室内の大規模電波伝搬の評価時に有効となります。
図8 Layered Impedance境界条件を用いた電波吸収体の評価結果
3.4 室内空間における電波吸収体の活用例
前節で評価した電波吸収体の応用例を説明していきます。アンテナ、テーブル、棚、支柱が含まれる室内空間において、電波反射および散乱を確認し、前節で評価した電波吸収シートを適用した場合における電磁波抑制の影響を評価します。評価には、2章で紹介したレイトレース法をベースとしたSBR+ソルバーを使用し、室内空間の電場を可視化することで、電波吸収体の効果を確認します。室内空間の大きさは、長さ2000mm、幅2000mm、高さ1500mmとし、室内壁面と支柱をコンクリート、テーブル及び棚をアルミ、室内には、10GHz帯の送信アンテナと2.4GHz帯の受信アンテナが設置されています。電波吸収体は前節で最適化した比誘電率が27.92、誘電体損が0.049を用い、電磁波の反射および散乱が多く発生しそうな、棚の側面、テーブル表面、支柱側面に適用し、効果を確認します。図9に評価モデルを示します。
図10は室内空間における電界強度分布の評価結果を示します。図10(a)は電波吸収体を適用しない場合、図10(b)は電波吸収体を適用した場合の結果を示します。Incident(入射波)は送信アンテナから放射する電磁波となり、散乱物のない理想的な電場を示すため、図10 (a)および図10 (b)のIncidentの結果は同じとなります。一方、Scattered(散乱波)は室内を散乱する電場を示し、TotalはIncidentとScatteredの合算した電場を示します。Scatteredの電場の結果を電波吸収体の有無で比較すると、電波吸収体を適用した場合において、赤矢印近辺の電界強度が、7dBから15dB低くなっており、電波吸収体の効果により散乱を抑制できていることが分かります。またTotalの結果をみても、Scatteredの変化に伴い、電波吸収体を適用した場合では、電界強度も低くなっているのが分かります(赤矢印近辺)。また、10GHz帯のアンテナから2.4GHz帯のアンテナへの干渉量を比較したところ、電波吸収体を適用した場合では、6dB低い値を示しました。結果より、今回適用した電波吸収体による効果が得られていることが確認できました。
4. 透過材
4.1 透過材の基本設計
透過材の特性は、入射する電磁波をより多く透過させ、反射波をより少なくすることが求められます。図11に透過材の設計例を示します。透過材の厚みと材料定数は特性に大きく影響を与えます。例えば、レドームの設計では、透過材の厚みを波長の半分にすることにより、反射型の電波吸収体と同様に、透過材表面からの反射波(図11赤線)と透過材内部の反射波(図11青線)の位相が180°ずれることで、材料表面での反射波を打ち消しています。なお、透過材の厚みは、透過材内部における波長の縮退も考慮する必要があります。
4.2 Ansys HFSSを使った透過材の評価モデル
図12に、Ansys HFSSを使った透過材の評価モデルを示します。電波吸収体の評価と同様に、透過材が挿入されたシンプルな構造に対して、電磁波が入射される面および出力される面に、電磁波を励起するポートを設定し、平面波を照射します。具体的な評価項目は、周波数に対する電磁波の反射特性(S11)と透過特性(S21)になります。今回の例では、周波数帯は、1.0GHz~3.0GHzとし、透過材の厚みは37.5mmに固定しました。透過材の比誘電率εrは2、3、4と変化させて評価します。透過材に対する誘電体損は0にしています。なお、透過材の厚み(37.5mm)は比誘電率を4とした場合において、2GHzで反射・透過特性が最も良好となるよう設計しています。
4.3 評価結果
図13に透過材の反射特性(S11)および透過特性(S21)の結果を示します。横軸は周波数としています。図13(a)の反射特性を見ると、特定の周波数で鋭い落ち込みが確認できますが、それはこの周波数において、入力ポートに戻る反射波が小さいことを意味します。一方、図13 (b)の透過特性を見た場合、この周波数では、透過量が多いことが確認できます。ここで、比誘電率εrが4の場合の特性を確認すると、2GHzにおいて反射特性および透過特性が良好な結果となり、計算通りに透過材の厚みが設計できていることが確認できます。また、比誘電率の値を変化させた場合、厚さに対して透過材内部の実効波長が半分となる周波数が変化するため、反射特性および透過特性も変わります。今回の評価モデルにおける反射特性が良くなる理論値は、比誘電率が2の場合で2.8GHz、比誘電率が3の場合で2.3GHzとなります。結果として図13の評価結果でも概ね理論値通りの結果が得られたことが確認できます。
5. メタマテリアル
5.1 メタマテリアルとは
近年、自然界の材料特性を超越する人工的な材料であるメタマテリアルが注目されており、研究開発においてAnsys HFSSが積極的に利用されています。電磁波を応用するメタマテリアルは、基板上の金属の配線が周期的に配置された構造が一般的で、ある特定の周波数で電磁波の振る舞いを制御することが可能になります。例えば、マイクロ波においては、スプリットリング共振器をベースにしたメタマテリアルによって、実効屈折率が負になることが実験的に示されました[4]。次世代通信技術の台頭や電子機器の進化に伴い、メタマテリアルの適用領域も拡大の一途をたどっており、電波吸収体や透過材にも応用されています[5, 6]。
5.2 電波吸収体への応用
メタマテリアルにおける電波吸収体への応用として、基板上に金属パターンを周期的に配列した構造[5]が提案されています。パッチアンテナの理論式を応用することで簡単に設計可能で、製造も容易で、通常の電波吸収体より薄くできるのが特徴と言えます。図14に円形パッチ配列型の電波吸収体の解析モデルおよび評価結果を示します。周期性を持つ3次元構造を解析する場合、Ansys HFSSでは、周期境界条件を使ってモデル化が可能です。これにより、計算コスト(解析時間と消費メモリ)を削減できます。図14(a)に示すようにユニットセルの周囲に周期境界条件を適用し、無限周期に配列された円形パッチのモデルに、解析空間上部から平面波を入射させて、電波吸収特性を評価します。基板の厚み(h)は600μmとし、基板の比誘電率(εr)および誘電正接(tanδ)は、それぞれ4.2と0.02としています。パッチ間隔(w)は24mmとしました。パッチの半径(r)を可変にさせた場合の電波吸収特性を図14(b)に示します。横軸を周波数とし、縦軸を反射係数(S11)としています。結果より、パッチ半径を変えただけで、電波吸収体の周波数特性が変わり、所望の動作周波数の電波吸収体を簡単に設計できます。
5.3 透過材への応用
航空機などには、電子機器やレーダーが多数設置されるため、機体を覆うレドームの電波の透過特性を評価することは設計段階で重要になってきます。特に、周波数選択制の特性を持たせたレドームは、一般的な材料では実現するのが困難であるため、メタマテリアルが応用されています。図15に、レドームに適用するメタマテリアルの基本構造の解析モデルとその透過特性を示します。図15(a)に示すように、メタマテリアルは誘電体とリング状の金属で構成され、解析空間の側面には、周期境界条件が適用されており、メタマテリアルの単一素子が無限に続く構造を模擬しています。このメタマテリアルの構造は、12GHz帯で電磁波が遮断され、16GHz帯で透過するような高周波フィルタのような特性を持つように設計しています。図15(b)の透過特性(S21)を見ると、S21は12.4GHzで小さくなり、一方で16.4GHz以上で大きくなっているのが確認できます。このような特性を持つメタマテリアルをレドームに適用することで、周波数選択制を持つアンテナに応用できます。
図15 メタマテリアルを用いたレドームの基本構造およびその特性
メタマテリアルの周期構造をそのままレドームに組み込み、3次元モデルとして作成する場合、モデルの作成工数や計算規模も膨大になります。Ansys HFSSでは、設計したメタマテリアルの反射特性および透過特性を電気特性として模擬し、レドーム表面に適用可能な境界条件(フレネル境界条件)を使用することでこの課題を克服しています。図16に、図15のメタマテリアルの基本構造の特性をフレネル境界条件として、レドーム表面に適用したホーンアンテナの解析モデルを示します。図17に、12GHz帯および16GHz帯のアンテナの放射パターンの結果を示します。比較のため、レドームがある場合の放射パターンを図17の赤色の実線で示し、レドームがない場合の放射パターンの特性を図17の青色の点線で示します。結果より、アンテナから放射される電磁波は12GHz帯では透過せず、16GHz帯では透過するため、 周波数選択制を持つレドームとして動作していることが確認できます。
図16 フレネル境界条件をレドーム表面に適用したアンテナの解析モデル
図17 メタマテリアルを適用したレドームのアンテナの放射パターン
6. まとめ
本稿では、電波吸収体・透過材を対象に3次元電磁界シミュレーションが可能なAnsys HFSSを使った設計評価から応用例までを紹介しました。電波吸収体および透過材の高機能化・高性能化の要求条件を満たすためには、さまざまな観点から課題にアプローチする必要があります。特に、実試験を繰り返しながら行う従来法の設計開発には限界があり、メタマテリアルのような新しい材料開発にも追従する必要があることを考えると、今後の材料開発を加速するためには、3次元電磁界シミュレーションの有効活用が欠かせません。Ansys HFSSは、そうした用途に向けた最適なシミュレーションツールといえます。
参考文献
[1] メタマテリアル周期構造の電磁波反射・透過係数制御技術を用いた無線装置ケースの透明化に関する研究 https://www.taf.or.jp/grant-a/report/35/02.html
[2] 株式会社KDDI総合研究所プレスリリース 世界初、5G本格展開時代に向けた28GHz/39GHz帯デュアルバンド透明メタサーフェス反射板の開発に成功 https://www.kddi-research.jp/newsrelease/2021/012001.html
[3] 橋本 修:電波吸収体入門、森北出版(1997).
[4] Shelby, R. A.; Smith, D. R.; Nemat-Nasser, S. C.; Schultz, S. (2001). "Microwave transmission through a two-dimensional, isotropic, left-handed metamaterial". Applied Physics Letters. 78 (4): 489.
[5] 芳泉ほか “パッチアンテナの設計理論に基づいた円形パッチ配列吸収体の設計とその有効性の検証”, IEIE Technical Report MW2014-151(2014-12)
[6] Shiv Narayan, Gitansh Gulati, B. Sangeetha, et al. Novel Metamaterial-Element-Based FSS for Airborne Radome Applications. IEEE Transactions on Antennas and Propagation. 2018, Vol.66, No.9, p.4695.