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解析事例

電磁界解析

MBD/MBSE/デジタルツイン

東洋大学 様

磁気ヒステリシス損を考慮したモータのモデル化を1D-CAE(Ansys Twin Builder)で可能に

~開発時間の短縮と電力消費量の削減で、持続可能な社会を実現する~

概要

今回のインタビューでは東洋大学様にご協力いただきました。東洋大学 理工学部 電気電子情報工学科の電磁エネルギー変換デバイス研究室では、磁気回路法の一つであるRNA(リラクタンスネットワーク解析)によりヒステリシス損※1をモデル化し、1D-CAE ツール「Ansys Twin Builder」(以下、Twin Builder)で構築したモータモデルに活用しています。この取り組みにより、モータ効率の向上、高精度解析を実現する成果を上げています。研究室を主宰する羽根吉紀様[1]に、Twin Builderの採用に至った経緯やその成果、今後の展望などについてお聞きしました。

今回お話をお伺いした方

東洋大学 理工学部 電気電子情報工学科

講師 羽根 吉紀 様

1.世界の省電力化の鍵になる、モータの効率向上を研究

電磁エネルギー変換デバイス研究室の研究内容や目的をお聞かせください。

近年、地球環境保全や省エネルギーの観点から、太陽光や風力をはじめとした再生可能エネルギーの普及や、ガソリン車から電気自動車などへの移行に代表される動力の電化が進んでいます。そのため、電力系統で用いられるトランス(変圧器)や、電気自動車の動力源となるモータの、さらなるエネルギー効率向上が強く望まれています。
当研究室では、モータやトランスなど電磁エネルギー変換デバイスの高効率化に関する研究を行うことで、地球環境問題やエネルギー問題の将来的な解決を目指しています。具体的には、機器設計に欠かせない電磁気現象や制御回路などをシミュレーションする解析技術の高度化や、新構造デバイスの設計などを行っています。
私たちが取り組む研究テーマは、電力消費量の大幅な削減につながる可能性を秘めています。モータの電力消費量は、日本全体の電力消費量のうち約半分を占めると言われており、仮に日本国内のすべてのモータの効率を平均1%上げたとすると約100万kW、つまり原発約0.5~1基分に相当する発電量を削減できると試算されています。

Twin Builder を導入いただいた背景を教えてください。

当研究室では、磁気デバイス向けの独自の高速解析手法の研究に取り組んでいます。とくに磁気回路法を発展させた解析手法であるRNA(リラクタンスネットワーク解析)をベースとしてヒステリシス損をモデル化する手法について研究しています。
従来の3D-CAEにおけるモータ解析では、ヒステリシス損を考慮すると莫大な計算時間を要します。
一方、SPICEを使ってヒステリシス損をモデル化するのは、アルゴリズムが複雑なため非常に難しいです。そこで、そこでSPICEではなくC言語を使ってヒステリシス損をモデル化することを検討しました。またC言語を容易に実装できる回路シミュレーターを探していたところ、当時東北大学の学生として所属していた研究室でTwin Builder(当時はAnsys Simplorer。以下、Simplorer)がすでに導入されていたため、これを使用して解析に取り組むことにしました。Twin BuilderにはC言語をインポートして使う機能が搭載されている点が魅力でした。
2019年にSimplorerからTwin Builderと名称が変わり、以前よりも計算が高速になったこともあり継続して使用しています。

モデル化にあたり、どのような苦労がありましたか?

RNAという手法は一般的な回路シミュレーターの使い方とは異なります。RNAでモデル化するにあたり職人技のようなノウハウが必要で、先輩たちがSPICEで積み上げてきたノウハウをそのまま当てはめることができませんでした。そのため自分でゼロからノウハウを蓄積していく必要があり、この点が非常に大変でした。

2.Twin BuilderにRNAを用いたヒステリシス損モデルを組み込み、計算値と実測値の誤差10%未満を達成

Twin Builder の活用で得られた成果を教えてください。

2023年に「Reluctance Network Model of IPM Motor Representing Dynamic Hysteresis Characteristics for High-Accuracy Iron Loss Calculation Considering Carrier Harmonics」という論文で日本磁気学会の論文賞を受賞しました。PM(永久磁石)モータ※2は一般的にPWMインバーターによって駆動し、高効率、小型・軽量、省エネというメリットがありますが、一方でキャリア高調波※3が生じるという課題があります。従来の3D-CAEである電磁界解析では計算コストが膨大になってしまうため、キャリア高調波を考慮することは困難です。そこで私の研究では、1D-CAEにRNAを活用したヒステリシス損モデルを導入することにより、キャリア高調波を考慮した解析を実現することができました。

解析精度はどの程度向上しましたか。

従来のヒステリシス損を無視した3D-CAEでは、計算値と実測値の誤差が30%程度ありました。それに対してTwin BuilderにRNAを用いたヒステリシス損モデルを組み込んだ場合、すべての計算点で誤差10%未満を達成できました。
高効率な機器を設計するためには、シミュレーションの時点で損失を高精度に算定する必要があります。例えば効率を90%から91%に上げる機器を設計するのであれば、最低でもシミュレーションの誤差を10%未満に抑えないと、効率を1%上げる設計はできません。今回のシミュレーションではこの精度をクリアしたことになります。

図2 Twin Builderを活用した解析画面

計算時間はどのように変化しましたか。

計算時間については、通常のRNAでは15秒程度ですが、ヒステリシス損を考慮すると約60分と長くなります。しかし3D-CAEでヒステリシス損を考慮する場合と比較すると、約290倍高速になると試算しています。
60分という計算時間は、モータの初期設計で活用できるシミュレーション時間としてはギリギリ使えるレベルだとは思いますが、もう少し短縮することを目指したいと思います。
キャリア高調波を考慮した損失の算定精度の向上は、モータ効率の算定精度の向上につながりますので、この研究を従来よりも高効率なモータ開発につなげていきたいと思っています。

3.今後の展望:MBDへの適用や、がん治療用など加速器運転への応用を目指す

今後どのような領域に展開していく予定ですか。

開発した高精度なモータモデルを、MBD(モデルベース開発)へ適用することを目指しています。Twin Builderでプラントモデル(制御対象モデル)を構築し、コントローラモデル(制御モデル)とつなげた、システムレベルのシミュレーションに適用したいと考えています。
MBDにおける課題の一つに、システムシミュレーションと3D-CAEのパラメータのやり取りがあります。私が開発したモデルは3D-CAEよりもある意味精度の高い1D-CAEですので、そのようなMBDの課題はある程度解決できるように思います。そうなれば、開発の効率化による競争力の強化、さらにはよりよい製品を世の中に送り出すことにもつなげられると期待しています。

図3 MBDの展開イメージ

研究を進められる中で、サイバネットに期待することはありますか?

プラントモデルについて、情報交換をさせていただきたいと思っています。またHILS(ハードウェア・インザ・ループ・シミュレーション)にもチャレンジできればと思っています。サイバネットさんには、制御設計やHILS開発のノウハウなどを教えていただけるとうれしいです。

新たな取り組みなどがありましたらお聞かせください。

放射線治療や素粒子の実験などで活用されている加速器の電磁石に着目しています。加速器のビーム調整は、励磁※4する電流を調整し磁場の大きさを変えることで行います。現状は現場の装置を立ち上げて調整していく現物合わせによってビーム調整を行っており、初期化運転に半年くらい掛かってしまっています。これは加速器分野での電磁界解析技術が、電気機器と比べると十分に発展していないことが原因です。そこで、ヒステリシス損を考慮した解析技術を用いることによって、磁場制御のシミュレーションを高精度に行い、ビーム調整期間を2、3ヶ月くらいに短縮することを目標に研究を進めています。ただし、加速器では磁気余効※5という新たな問題が発生するため、これをモデル化する必要があると考えています。
がん治療用加速器であれば、シミュレーション技術の進歩はビーム照射の精度向上につながりますし、調整期間の短縮によりコスト削減も可能です。そうすれば多くの患者さんもその恩恵を受けられるでしょう。またこの加速器に関する技術は、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の処理にも活用できる可能性があると期待しています。

お忙しいところ、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました。1D-CAEであるTwin Builderを活用し、電力消費量の大幅な削減につながる先進的な研究をされていて、大変貴重なお話をお聞かせいただきました。今後の取組みもさらに楽しみです。

参考

注釈

※1ヒステリシス損:鉄心を磁化する際に発生する損失のこと。
※2 PMモータ:回転子に永久磁石を使用したモータのことで、高効率を実現する。
※3 キャリア周波数:モータのキャリア周波数は、インバーター駆動時に使用される周波数のこと。高調波とは「ひずみ波交流の中に含まれている、基本波の整数倍の周波数をもつ正弦波」と定義されている電流のひずみで、電路や接続機器に悪影響を及ぼす性質がある。
※4 励磁:電磁石のコイルに電流を通じて磁束を発生させること。
※5 磁気余効:磁区の構造が安定するまでに時間を要すること。

2024年10月取材
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