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水素利用のためのシミュレーション事例

水素利用のためのシミュレーション事例の概要

SDGs-持続可能な開発目標

SDGsは2015年に国連加盟国の全会一致で採択された「2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標」のことで、本邦も国連加盟国であることから当然これを遵守して国家運営を行う必要があります。日本政府はSDGsを達成する道筋として2023年に「SDGsアクションプラン2023」を策定しました。アクションプランの中に、「Planet 地球:地球の未来への貢献」と題して2050年を待つことなくカーボンニュートラル達成を実現する脱炭素先行地域を2030年度までに創出するという目標があります。
これはすなわち、2050年よりも前にカーボンニュートラルを達成するエネルギーシステムの実証が産業界に求められているということになります。具体的には、脱炭素の加速、熱利用効率化及び未利用熱活用、水素及びアンモニアへの燃料転換、原子力の活用などが挙げられます。
本稿では、カーボンニュートラル達成に向けて、水素の活用に有効な技術と事例をご紹介します。

図1  SDGs持続可能な開発目標(出典:国際連合広報センター https://www.unic.or.jp/files/sdg_poster_ja_2021.pdf)

水素利用における課題

水素はカーボンニュートラル実現のために重要な燃料です。
しかしながら従来の炭化水素燃料とは物性や燃焼特性等が異なり、今まで培ってきた知見が通用しない部分があります。
例えば、水素は単位体積当たりのエネルギー量が低くさらに常温では液化しないため極低温での扱いを考慮する必要があります。
また、着火しやすいため安全対策が必要です。そうした性質を持つことから、実機での検証が容易ではありません。水素を燃料にした燃焼器等の開発やその輸送時の取り扱いにおいては、デジタルツイン、MBD(モデルベース開発)などでシミュレーションを活用した革新的な技術開発が必要であると考えられています。

SDGs達成に欠かせないDX、 デジタルツインとMBDとは

図2 V字プロセス

DXとはデジタルトランスフォーメーションの略で、デジタル技術を導入しビジネスや生活を変革することです。
ものづくりにおいては、従来、経験則や試行錯誤で行われていた工程をデジタル化し、定性、定量的な予測に基づいて製品の生産性や性能を向上させることを意味します。エネルギー関連一つとってもSDGsを達成するために要求される技術的なハードルは高く、既存の知識や経験の単純な外挿ではそれを超えることは難しいと考えられます。そのため、技術的な変革をもたらすDXはSDGs達成のための重要な手段の一つとなります。
デジタルツインはDXを推進する上で欠かせないキーテクノロジーの一つで、現実の環境をコンピューター内に再現し、現実の環境の変化をリアルタイムでモニタリングしながらシミュレーションを行う技術です。
図2に示すV字プロセスにおいて、その初期段階では「システムシミュレーション」によりシステム全体の最適化が行われます。
「要求&仕様」「システム構築&アーキテクチャ設計」のパートです。

図3 システムシミュレーションモデル(火力発電所の流体解析における全体システム)

そして設計が進むにつれ、システムを構成する個別機器に対する形状や制御、電気関係の設計最適化が行われていき、V字右側の実物試作、実物システム試作と続きます。初期段階における「システムシミュレーション」とは、図3に示すように個別のシステム要素の機能を空間1次元(若しくは0次元)的な数式によりモデル化し、それらを結合してシステム全体を表したモデルを用いたシミュレーションのことを意味します。
主に空間1次元的なシミュレーションを行うため、「1D CAE」といった呼ばれ方もされます。
図3はその例で簡略化されたコンバインドサイクル方式の火力発電所の流体関連における全体システムを表しており、圧縮機、タービン、燃焼器、ボイラー、熱交換器、配管類などの1次元の流体モデルで構成されています。

昨今ではこの初期段階において開発したシステムシミュレーションモデルをデジタルツインとして使用し、運用時のデジタル空間における逐次的なシミュレーションモデルとして活用する事例が増えています。
MBDとはモデルベース開発の略で、製品のデジタルモデルを作成しそのモデルが設計要求を満たすように、まずデジタル空間のみで設計を行う開発手法のことです。当然このデジタルモデルは現実に準拠したものが構築されているため、それを実現する実物モデルを開発することで現実での設計の手戻り特にそれによる試作品の製造を大幅に減らすことが可能となります。
図2に示す設計プロセスとして標準的なV字プロセスにおいて、V字の左側の工程がMBDのパートです。これらの工程では、製品の要素設計において3次元の解析である構造FEMやCFD、システム全体に対して1D CAEが用いられます。

Flownexによる1D CAE

図4 Flownex全体イメージ図

DXやデジタルツインの構築に極めて有用な、熱流体に特化した1D CAEソフトウェアであるFlownexについて紹介します。
Flownexには、配管、バルブ、圧縮機、ポンプ、タービン、熱交換器などの熱流体機器の数理モデル化された要素が事前に準備されグラフィカルに実装されています。使用者はそれらの要素を画面内でパズルのように接続することでネットワークを構築し、その解析を行うことが可能です。構築されたネットワークは各要素における1次元の熱流体方程式を全ての要素に対して連成した連立方程式を解くことで解析されます。
また、熱流体機器だけではなく機械要素や制御機器なども実装されています。これらを熱流体要素と組み合わせてネットワークを構築することによりさまざまな分野の熱流体システムの設計を詳細かつ実用的な計算時間で検討できます。複雑なシステムの最適化や安全性の向上、省エネルギー、ライフサイクルコストの低減を実現します。

加えて、Flownexは空間3次元の熱流体シミュレーションソフトであるAnsys CFX 、Fluent 、構造シミュレーションソフトであるAnsys Mechanicalとの連成解析が可能であり、1D-3D連成解析が行えます。例えばガスタービンシステムに対する解析において、乱流などの3次元的な物理現象が支配的となる燃焼器においてはFluentによる3次元燃焼シミュレーションを利用し、圧縮機、タービン、冷却抽気系統、燃料系統においてはFlownexによる1次元シミュレーションを利用することで、システム全体のシミュレーションを高精度に現実的な時間で行うことが可能となります。

Flownexは、定常解析はもとより非定常解析も可能なソフトウェアです。
さらに、ウォーターハンマー現象のように時定数の小さい高速の過渡現象のみならず、プラントの立ち上げ過程や1年を通しての稼働状況予測などの数時間から数日、数か月かかるような長期にわたる事柄に対しても高速にシミュレーションを行うことが可能です。
またFlownexでは水のような非圧縮性の液体、空気のような圧縮性の気体、複数の化学種からなる混合気体、気体と液体の混合流体、湿り蒸気のような2相流体、スラリーのような非ニュートン流体等が作動流体として扱え、一部流体の対応する状態範囲は亜臨界にとどまらず超臨界にまで及びます。
これら様々な流体の物性データはデフォルトで豊富にプリセットされており、加えてNIST(NationalInstitute of Standards and Technology: アメリカ国立標準技術研究所)、ASME(The American Society of Mechanical Engineers:アメリカ機械学会)、DWSIM※の外部データベースをインポートすることもできます。

図5 NQA-1の認証

Flownexは非常に高機能なソフトウェアであると同時に高い信頼性も有します。その証左の一つとしてASMEからNuclear Quality Assurance(NQA-1)の認証を得ていることが挙げられます(図5)。
この認証はFlownexが原子力施設アプリケーションの品質保証要件に準拠した品質を有していることを示し、すなわちFlownexの解析結果を原子力施設の設計根拠として使用できるということを意味します。

解析事例

以下に1Dと3Dによる解析事例を紹介いたします。

5-1 航空機用水素燃料供給ネットワーク

地上と同様に空の上においても航空機による二酸化炭素放出を抑制する方針が国際民間航空機関(ICAO)により打ち出されています。
それにより水素を燃料とした航空機の開発機運が国際的に盛り上がりつつあり、小型機レベルでの実証飛行や欧州の大手航空機体メーカーによるコンセプトデザインの発表等が行われています。
本稿で紹介する事例はこのような航空機に使われることを想定した液体水素燃料供給システムのネットワークシミュレーションです。
航空機では質量エネルギー密度を増やすため極低温の液体水素が用いられますが、そこで問題になるのが燃料システム内での極低温流体の挙動や相変化です。Flownexは極低温状態の水素に対応し、貯蔵タンクでのボイルオフガスや配管内での相変化及び気液二相状態を考慮しながら1D CAEを行うことができます。

図6にFlownexによる液体水素燃料供給システムのネットワークを示します。
ネットワークは非定常現象を模擬可能で、液体水素タンク、燃料ポンプ、バルブ、熱交換器、配管から構成されており、ジェットエンジンへの供給路と燃料電池への供給路の2系統に分かれています。
バルブの開度は手動で変化させられるようになっており、それによって各系統への燃料供給量を変化させたときのボイルオフガスの発生量や液体水素タンクの水位、配管内のクオリティなどが時々刻々と把握できるものとなっています。

図6 液体水素燃料供給システムのネットワーク

5-2 核熱による水素製造

原子力は二酸化炭素を排出しないエネルギー源で、現在は主に核分裂による反応熱で蒸気を生成しタービンを駆動して発電するために使われています。
近年この熱を使って水素を生産する計画が各国で立ち上がっています。
図7に示すのはFlownexによる原子炉と高温水蒸気電解装置による水素発生システムの流体ネットワークです。
このシステムは原子炉に高温ガス炉(HTR)を採用しており、1次冷却材としてヘリウムが使用されています。高温高圧となったヘリウムはタービンと蒸気発生器に送られ、それぞれ発電と水蒸気生成のために使われます。
電力と水蒸気は電解槽に供給され電気分解がなされることで水素が生成される仕組みです。高温の水蒸気を電気分解すると水を用いるよりも飛躍的に効率が上昇します。
Flownexでは原子炉、タービン、高圧高温ガス、2相流が入り混じったこのような複雑なシステムを迅速にシミュレート可能です。

図7 原子炉と高温水蒸気電解装置による水素発生システムの流体ネットワーク

5-3 高圧水素のリークとそれに伴う自着火解析

燃料電池自動車等に用いられる水素ガスの貯蔵タンクは充填量をできるだけ稼ぐため非常に高圧です。
現在は約400気圧に加圧することが一般的で、さらに1000気圧に対応したタンクも今後実用化される見込みです。
しかしながら、水素の低い着火エネルギーと広い燃焼範囲により、高圧状態で空気中に漏洩した際は生じる衝撃波の圧縮による熱で自発的に着火するおそれがあります。こういった現象が予測されるため、安全な水素の貯蔵・輸送方法の確立はこれを利用するすべての業界にとって重要な課題となっています。
しかし、このような問題に対しては未解明な部分が多く、いくつか行われた実験的な考察では乱流混合と拡散が重要な役割を担っているものと示唆されています。

図8 3D CFDによる高圧水素自着火解析

図8に示すのは高圧水素の漏洩を模擬したFluentによる3次元のCFD解析結果です。
LESと有限速度化学反応モデルを用いた乱流と化学反応の相互作用を詳細に考慮した非定常解析を行い、タンク圧力の違いによる自着火の有無を検証しています。
これによると250気圧以上では継続的な燃焼が確認され、100気圧では一度着火するもその後消炎、50気圧では着火しないという結果が得られました。この様子は他の実験結果とも矛盾していません。
このような解析を行うことでさまざまなタンク圧力での水素漏れと自着火挙動を妥当な精度で予測することができ、 例えば、タンク壁の厚さや穴の直径、断面形状などの影響も調査することが可能です。

まとめ

以上にDX 、デジタルツイン、MBDの技術を解説し、またFlownexによる1D CAEとFluentによる3D CFDの特徴を紹介し、解析事例を示しました。1Dと3Dの解析を使い分けることでDXに対応し、水素を利用した機器においても革新的なものづくりを行うことが期待できます。

注釈

※ DWSIM:化学工場などのプロセスシミュレーションを行うオープンソースソフトウェア

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