電動化にともなう自動車開発の変化と解析技術 
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電動化にともなう自動車開発の変化と解析技術

EV推進の背景

脱炭素社会に向けた各国のロードマップ など

自動車業界はいま、100年に1度の大変革期を迎えているといわれます。その状況は、「CASE(ケース)」という言葉で表現されます。CASEとは、Connected(つながる)、Autonomous(自動化)、Shared & Service(利活用)、Electrified(電動化)の略であり、自動車という存在が、従来の「輸送機」や「乗り物」という役割を超えた「サービス」や「社会インフラ」へと変遷していくことを示しています。そうした激動期において重要なキーワードが「電動化」や「自動運転」です。

また全世界共通の課題であるのが、地球温暖化の最大の原因とされる温室効果ガスに対する施策「カーボンニュートラル」です。カーボンニュートラルとは、温室効果ガスそのものの排出を完全にゼロにすることを目指すのではなく、排出せざるを得なかった分については、排出した温室効果ガスに相当する量をなんらかの方法により「吸収」もしくは「除去」することで、「正味ゼロ(ネットゼロ)」を目指すという概念です。そして日本を含む先進国を中心に多くの国では2050年までのカーボンニュートラル実現を目標として掲げています。

カーボンニュートラルへの取り組みの背景には、2015年12月にフランス・パリで開催された「第21回気候変動枠組条約締約国会議 (COP21)」で採択された「パリ協定」があります。パリ協定の条文には、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つと共に、1.5℃に抑える努力を追求する。(第2条)」とあり、その「努力」がカーボンニュートラルの施策になります。

パリ協定の根拠となっているのが、国連環境計画(UNEP)によるレポート「排出ギャップ報告書2021(Emissions Gap Report 2021)」にある「現行対策のみの実施では2100年に気温が2.8℃上昇する」という予測です。またUNEPは、「各国提出のNDC(温室効果ガス削減目標)が全て完遂され、なおかつネットゼロ目標を導入した場合、2100年の気温上昇が2.2℃以内に高確率で抑制できる」と試算しています。

世界に先行してカーボンニュートラルへの取り組みを表明したのが「環境先進国」とも言われる欧州諸国(EU)であり、欧州委員会は2018年に「2050年のカーボンニュートラル経済実現」を目指す「A clean planet for all」を公表しています。

米国は、2035年までに発電部門の温室効果ガス排出をゼロにすることを目指しており、さらに2050年までには温室効果ガス排出を実質ゼロにする計画を進めています。同時に、2030年までに洋上風力による再エネ生産量を倍増し、国土と海洋の少なくとも30%を保全することも目標としています。

中国の習近平主席は、2020年の国連総会で「2030年までにCO2排出を減らし、2060年までに炭素中立を達成するよう努める」と表明しています。同年12月の「気候野心サミット」においては、「2030年にGDP当たりCO2排出量を65%以上(2005年比)削減」と発言しつつ、行動計画策定を目指しています。具体的には、2030年までにCO2排出のピークを迎えることが目標とされています。

そして日本においては、菅総理大臣が2020年10月26日の所信表明演説で、「2050年のカーボンニュートラル」を宣言しています。また、地球温暖化対策推進本部及び米国主催の気候サミットにおいて、2030年度までに温室効果ガスを2013年度比で46%削減し、50%の目標に向けて挑戦を続けると表明しています。

内燃エンジン駆動である自動車から発生するCO2が、社会全体で排出されるCO2の多くを占めるといわれています。例えば日本においては、CO2排出量のうち、自動車を含む運輸部門からの排出が17.7%を占めています(2020年度)。カーボンニュートラルへのプレッシャーを受け、世界の自動車業界で、エンジン車から電気自動車や燃料電池車など電動車へのシフトを余儀なくされている現状です。

参考:経済産業省 資源エネルギー庁 Web サイト「第2節 諸外国における脱炭素化の動向」

電動化による自動車構造の変化

エンジン車

エンジン部品 駆動(トランスミッション等)/電動部品など
エンジン駆動の自動車は、エンジンとトランスミッション、シャシー、サスペンション、ブレーキ、ステアリングといった機構で構成されています。エンジン車はガソリンや軽油を燃料とし、燃料を燃焼させた際のガスによって動力を生み出すことで車輪を動かします。

EV

電池 モーター インバーター など
電気自動車(EV)は、バッテリー、モーター、インバーター、制御装置、ブレーキといった機構で構成されています。動力源はバッテリー(電気)となり、モーターを駆動して車輪に直接動力を伝えます。

なお、「電動車」は電気自動車(EV)に限定されるものではなく、ガソリンと電気を併用する「ハイブリッド車(HV、HEV)」および「プラグインハイブリッド車(PHV、PHEV)」、水素を使って電気を生み出す「燃料電池自動車(FCV、FCEV)」も含まれます。

構造変化に伴う開発課題

電動パワートレインの高性能化、低価格化等
高性能蓄電池の開発
革新技術を活用した、小型で高効率なモーターシステムの開発 など

エンジン車から電気自動車に替わることで、車の設計構造には大きな変化が生じます。この変化に伴い、電気自動車の開発における主な課題には以下のようなものがあります。これらの技術課題を解消すると共に、市場で普及させるためにコストダウンにも取り組まなければなりません。

「電動パワートレインの高性能化、低価格化」
電気自動車の駆動力源である電動パワートレインの開発においては、モーターやインバーターの技術が肝となります。走行距離を伸ばすための効率向上や、高速走行のための出力向上、効率や出力の向上に関わる車体の軽量化、電力制御の安定化といった技術課題があります。

「高性能な蓄電池の開発」
電気自動車において最も重要な部品であるバッテリーにおいては、軽量化や充電時間の短縮、高出力の確保といったことが課題になります。

「革新技術を活用した小型かつ高効率なモーターシステムの開発」
電気自動車には小型かつ高効率なモーターシステムが必要です。小型であれば車両設計に柔軟性が生まれ、高効率であればバッテリーでの駆動時間、航続距離を延ばすことが可能になります。

求められる解析技術

「高度なシステム検証」をAnsys(マルチフィジックスツール)による複合/連成解析で実現可能です

モーター動力により発生する「振動騒音検証」

動力であるモーターの回転やトルクによって発生する振動が車体や室内空間に伝わり、運転者や乗客に不快な振動や騒音として感じられる恐れがあります。モーター動力によって発生する振動騒音を抑制するためには、モーターやドライブトレイン、駆動輪、シャシー、ボディなどの各部品の設計や材料選定、各部品の組み合わせ方などに関する検証を行います。有限要素法を用いたシミュレーションによって、モーターやドライブトレイン、駆動輪、シャシー、ボディなどの各部品の振動や騒音の挙動を予測し、問題があれば設計や材料の改善を行います。

インバーター制御から発生する「熱問題」

車載インバーターは、バッテリーからの電力を直流(DC)から交流(AC)に変換し、制御回路によって電圧と周波数を制御することでモーターを駆動します。インバーターは高周波でのスイッチング処理を行っていることから、電磁ノイズや振動、騒音、熱を発します。さらに、車体の小型化と高性能化を追求する中で、車載インバーターにおける出力パワー密度が高まる傾向にあります。

インバーター自身が高熱になると、それが破損につながることから、スイッチング損失発熱による伝熱評価と、効率的な冷却システムを設計する必要があります。しかしインバーターの性能向上においても、故障原因特定においても、熱だけに着目すればよいわけではありません。熱、振動、電磁ノイズなどが絡み合ってインバーターに対して影響を及ぼすため、複数の物理現象を統合して取り扱うマルチフィジックス解析が必要です。また、開発期間やコストを減らすため、そうした解析を設計フェーズから取り組み、手戻りを減らす努力が重要です。

バッテリー性能に関わる電気⇔熱⇔化学分野における「異なる事象変化の同時検証」

EVを購入する消費者が重視する性能は「航続距離」や「燃費」です。航続距離を伸ばすためには、バッテリー性能をいかに高めるかが重要です。バッテリーは、電気化学的反応によって電気エネルギーを蓄えて放出します。この反応には、電気的、熱的、化学的な現象が密接に関わりあっており、これらの現象がバッテリーの性能に影響を与えます。

現在主流となっているリチウムイオンバッテリーは、高出力化と軽量化を実現するための重要な要素であり、適切な材料選定とマイクロスケールでの検討が必要です。一方で、リチウムイオンバッテリーは高エネルギー密度を持ちながらも、発火や破裂といった事故の危険性が比較的高いことが知られています。

車載バッテリーは多数のセルをまとめたモジュールを複数配置したバッテリーパックで運用されるため、加熱による熱暴走が生じるリスクがあります。適切な冷却システム設計と併せ、バッテリーマネジメントシステムでの熱対策も必要です。

車載バッテリー開発での解析を詳細に行うには、セル、モジュール、パックといった複数のスケールにまたがりながらも、電気、熱、電気化学などのマルチフィジックスで取り組む必要があり、複雑で大規模なモデルになります。

解析ツールの紹介

モーター

Ansys Motor-CAD」は、電動モーターのマルチフィジックスシミュレーションに特化した、電動モーター設計用ソフトウェアです。

インバーター

・「CADFEM Ansys Extensions」は、流体軸受けの計算や1Dシミュレーションソフトウェアです。CADFEM社が開発したAnsys Workbenchのアドオン製品です。

・「Ansys Sherlock」は、エレクトロニクス信頼性予測ソフトウェアで、設計初期においてコンポーネント、ボード、システムレベルで電子ハードウェアの寿命を高速かつ正確に予測できます。

バッテリー

・「Ansys Fluent」は高度な物理モデリング機能と業界トップクラスの精度で知られる、業界をリードする流体シミュレーションソフトウェアです。

・「Ansys Twin Builder」は仮想システムのプロトタイプのモデル化、シミュレーション、および解析に対する強力なプラットフォームです。

まとめ

世界中がカーボンニュートラルという目標に向かう中、自動車業界ではエンジン車から電動車へシフトする動きが強まっています。電動車を世の中に早く普及させるためには、高性能かつ高品質な製品をできるだけ早く、できるだけ安くリリースしなければなりません。そうした厳しい開発を乗り切るには、解析シミュレーションソフトウェアの活用が必須です。