コラム
水素エネルギー普及の課題とシミュレーション技術による解決事例7選
水素エネルギーは持続可能な社会の実現に向けて期待されている次世代エネルギー資源です。しかし、その普及にはコストや安全性といった課題があります。これらの問題を克服するためにシミュレーション技術が注目されており、この技術は、設計や運用の効率を高め、水素エネルギーのコスト削減や安全性向上に寄与します。
なぜ水素エネルギーが期待されているのか

水素はカーボンニュートラルの実現につながる重要なエネルギー源
化石燃料が燃焼時に二酸化炭素などの温室効果ガスを排出するのに対し、水素は燃焼時に水のみを生成します。そのため水素エネルギーは、他のエネルギー源と比較して環境負荷が低く、持続可能な社会の実現に向けた重要な選択肢とされています。
さらに、再生可能エネルギーとの連携においても、水素エネルギーは優れています。太陽光発電や風力発電による電力で水を分解することで作られる水素は、CO2を排出せずに生成できることから「グリーン水素」と呼ばれます。再生可能エネルギーから得られる余剰電力を水素に変換して保存することも可能であり、再生可能エネルギーの需要調整という役割も期待できます。未来のエネルギー社会を築く上で欠かせないリソースとも言えるでしょう。
水素エネルギーの用途と利用分野

水素エネルギーは、発電や自動車、航空・海運業など多岐にわたる分野で注目されています。
水素発電
水素発電は、クリーンで持続可能な次世代の電力供給源として注目されています。
既に実用化が進む水素ガスタービン発電では、天然ガスと水素を組み合わせして使用することで、従来の発電手法よりも温室効果ガス排出量を削減できた事例が報告されています。こうした技術が普及すれば、エネルギーシステムが大きく変わり、脱炭素社会への前進が期待されます。さらに技術革新により水素の製造コストが下がれば、水素発電の経済競争力が高まり、より多くの地域で導入が進むでしょう。
燃料電池自動車(FCV)
燃料電池自動車(FCV)は、燃料電池を用いて水素と酸素を反応させることで発電し、その電力でモーターを駆動する仕組みを持っています。走行中に排出されるのは水のみで、二酸化炭素を出さない点が特長です。
燃料電池車の動作の仕組みを詳しく見てみると、まず、車内の水素タンクに保存された高圧水素が燃料電池内に供給されます。ここで電解質膜と酸素との化学反応が起こり、電気が生成されます。この電気がモーターを駆動し、車を動かします。ガソリン車がエンジンでガソリンを燃焼させて動力を得るのに対して、FCVは直接生成した電気を使用するため、燃料の燃焼そのものを必要としません。
自動車産業においてもカーボンニュートラル実現は重要な課題であり、FCVは環境に配慮した次世代の自動車の一つとして注目されています。
航空・海運業
航空業や海運業では、水素エネルギーが持続可能な動力源として注目を集めています。
航空業界では、ゼロエミッション航空機に対する研究と開発が進行中です。既存の航空エンジンを改良して水素燃料で稼働させる技術が模索されており、長距離フライトへの対応可能性についても議論されています。水素燃料を使用することで、従来のジェット燃料に比べて温室効果ガスの排出量を大幅な削減が可能になります。また、革新的な設計の航空機で、液化水素を安全に搭載・活用するシステムの開発も行われています。
一方、海運業界でも水素燃料を利用した船舶の試験運行が始まっています。特に国際輸送がCO2排出の大きな要因として注目される中、水素エンジンが重油やディーゼルエンジンの代替として期待されています。さらに、アンモニアなどの水素由来燃料を併用するシステムによって、効率の改善と排出削減が進められています。
水素エネルギーの製造方法

水素エネルギーの製造方法はいくつかありますが、その選択により環境負荷やコストが大きく異なります。
- グリーン水素:太陽光発電や風力発電による電力で水を分解し、生成される水素。CO2排出を伴わないプロセスで生成されるため、クリーンエネルギーとして注目されている
- ブルー水素:石油、天然ガスあるいは石炭といった化石資源から抽出されるが、その際にカーボンキャプチャ技術によりCO2排出を抑えて生成される水素。グリーン水素に比べてコストや生産量の面で優位性がある
このほか、バイオマスからの水素抽出技術も進歩しています。これらの技術は、将来のカーボンニュートラル社会を目指す上で欠かせないものとなっています。
水素エネルギー普及への課題

水素エネルギーは持続可能で環境負荷の少ないエネルギーとして注目を集めていますが、安全性や経済性の課題が普及への障壁となっています。
まず、水素は引火性を持つため、安全に十分配慮して取り扱う必要があります。また質量が小さく拡散性が高いことや、密度が低いことから、貯蔵や輸送に専用の設備が必要となり、導入や維持管理に膨大な費用がかかります。
安全性を担保しながらコストを抑えて製造・利用できるようになることが、水素エネルギーの普及に向けて求められています。
貯蔵に関する課題
質量が小さく引火性をもつ水素を効率的かつ安全に貯蔵するためには、高性能なタンクが必要です。高圧ガスの形で貯蔵する場合、300~700バール(約300~700気圧)の圧力に耐えられるタンクが必要になります。こうしたタンクは特殊な素材を使用して製造することが求められますが、設備やメンテナンスにかかるコストが高くつくため、大量の貯蔵には不向きです。
液体水素として貯蔵する方法もありますが、極低温(約-253℃)での保存が前提であり、その膨大な冷却エネルギーを得るためには高度な技術が求められます。
輸送に関する課題
水素を輸送するためには専用の設備が必要となり、その設備の導入コストや運用維持費も課題となっています。
例えば、液化水素を運ぶ場合には、極低温設備を搭載した特殊な輸送船が不可欠です。この液化水素とその輸送設備一式は、導入はもちろん設備の維持管理にも膨大な費用がかかります。
水素発電のコストの課題
利用コストも課題であり、現在の主要なエネルギー源と比較すると依然として高いといわれています。これは、水素の生成、貯蔵、輸送に必要なインフラ設備や技術開発に莫大な費用が掛かるためです。特に再生可能エネルギーを利用したグリーン水素の生成には、電気分解装置や風力・太陽光による発電設備の導入など、初期投資が多岐にわたることからコストが膨大になります。
エネルギー効率の課題
現行の水素生成や利用プロセスでは多くのエネルギー損失が発生しており、効率性を高めるための技術開発が求められています。
課題解決を手助けするシミュレーション技術

シミュレーション技術は、水素エネルギーの課題解決において欠かせません。安全性や効率性の向上には様々な条件下でテストを行う必要がありますが、現実世界での試行には限界があります。そこで、仮想環境で開発製品の詳細な性能予測が可能になるシミュレーション技術が活用されています。
水素は非常に軽く、引火性をもつ気体であるため、安全性の確保が特に重要です。シミュレーション技術を使って構造設計や検査プロセスを改良できれば、安全基準の確立にも役立ちます。
熱流体シミュレーションを用いた設計・開発プロセスの効率化
水素エネルギーの生成や貯蔵に用いられる流体機械(ポンプやタービン)を設計する際に、熱流体シミュレーションが用いられています。ツールによっては、流体機械単体ではなく、ボイラーなどの機器やそれらを組み合わせたシステムレベルでのシミュレーションも可能です。システム全体の流れや圧力損失、熱伝達を検討でき、省エネルギーや環境規制に配慮した最適化や安全性の向上に効率よく取り組むことができます。
その他、液体水素燃料をエンジンと燃料電池に供給する配管系の概念設計や、水素の輸送時に使用する水素圧縮機の設計、最適化に活用可能です。
シミュレーション技術の活用事例7選
シミュレーション技術を活用した、水素エネルギー普及の課題解決につながる具体的な事例を紹介します。
水素発電

水素・アンモニア燃料に関するCAEシミュレーション事例(1Dシステムシミュレーション編)
1D熱流体シミュレーションソフトを使用した、航空機の液体水素燃料供給システムの概念設計と、水素・アンモニア燃料によるガスタービンの概念設計事例を紹介します。

水素・アンモニア燃料に関するCAEシミュレーション事例(3Dシミュレーション編)
燃焼器の3次元解析による、水素希薄予混合燃焼の吹き消え現象に対する解析妥当性検証方法と、水素/極低温ポンプの設計と最適化に活用できるシミュレーションの事例を紹介します。
水素貯蔵

高圧水素漏洩と自着火の数値解析 -狭小部より漏洩した高圧水素の数値流体解析による着火予測-
高圧水素漏洩時の安全評価にシミュレーションソフトを活用し、様々なタンク圧力での水素漏れ・自着火挙動を高精度で予測する事例を紹介します。

水素システムのモデリングとシミュレーション ~水素(メタン、アンモニアを含む)エネルギーシステムのシミュレーション~
シミュレーションソフトを活用した水素に関連する解析事例を3つ用いて、システムの解析を実施するソリューションを紹介しています。

インタビュー:国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 様 次世代のエネルギーとして期待高い水素液化システムの開発に Ansysシミュレーションを活用
NIMSの液体水素材料研究センターでは、高効率での液体水素の製造を可能とする磁気冷凍技術に関わる材料、システムの開発が行われています。センターのミッションや技術の実用化、社会実装を目指した取り組みや展望、また活用されているシミュレーションソフトにおける成果や課題などについてお話を伺いました。
回転機器

熱流体システムシミュレーションによる環境規制対応、省エネの検討
ボイラー、空調、発電プラントなどの大規模システムや流体機器システムの設計において、省エネルギー化のためのシステムレベルの解析を実現するソリューションを、事例を交えて紹介します。

ポンプやタービンをはじめとした流体機械の省エネ・高効率化を実現するために ~Ansys回転機器流体ソリューション~
ポンプ、タービン、コンプレッサ、ファンといった回転機械の、省エネ・高効率化・低騒音を実現するソリューションを、事例を交えて紹介します。
その他、水素エネルギーに関する分野のソリューションについては、こちらよりご覧ください。
事例で使用されているシミュレーションソフトウェア
Flownex:1Dシミュレーションソフトウェア
「Flownex」は、タービン、ポンプおよびボイラー循環システムや燃焼器の循環システムに特化した1Dシミュレーションソフトウェアです。
製品開発の上流段階で、システム全体の最適化を図ることが可能であり、産業界で急務となっている環境関連規制や省エネルギーに配慮した設計を支援します。
Ansys Fluent:3次元流体解析ソフトウェア
「Ansys Fluent」はハイエンド汎用流体解析ソフトです。
一般的な熱流体解析以外にも、熱輻射、混相流、反応/燃焼、移動変形メッシュ、最適化などの解析機能も搭載しており、多彩な乱流モデル、混相流モデル、燃焼モデルなどが使用可能となっています。
また、Pythonでの制御、C言語をベースとした多種多様なカスタマイズも可能です。
私たちは35年以上の歴史で培った経験と、豊富なシミュレーション技術で課題を解決します
サイバネットでは世界シェアトップクラスのCAE製品をご提供しています。取り扱いベンダーは35社以上、お取引先は 2,100企業、300大学・研究機関の実績があります。国内大手製造業の92%が当社のお客様です。
1985年に事業を開始してから今までの歴史で培った経験をもとにお客様の課題を解決します。



サイバネットが提供するシミュレーション技術

よくある質問
Q.自社でのシミュレーションが難しいのですが、委託できますか?
A.サイバネットにてシミュレーションの業務委託も承っております。詳しくは 「エンジニアリングサービス 」をご覧ください。
Q.課題がありますが、何から手をつけたらよいか分かりません。
A.どのような現象をシミュレーションしたいかを、フォームよりお知らせください。経験豊富なサイバネットのエンジニアが適切なアプローチ方法をご提案させていただきます。
Q.自社と似た事例を詳しく知りたいです。
A.製造業を中心に様々な導入事例がございます。詳しくはお問い合わせください。
Q.費用はどのくらいかかりますか?
A.お客様の希望や目的によって変わってまいります。まずはお客様のお話をお聞かせください。
カーボンニュートラル実現に繋がる取組みを一緒にはじめませんか?
サイバネットが提供するシミュレーション技術で、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みのお手伝いをさせてください。製造業・研究機関を中心にサポートをしておりますが、その他の業種についてもご相談を承っております。
「自社に適したアプローチ方法は何か」「より具体的な事例が聞きたい」「どのくらいの費用がかかるのか知りたい」など、疑問に思うことがありましたら フォームよりお問い合わせください。担当者よりご連絡しヒアリングをさせていただきます。