コラム
AR/VR ―光学技術が支える没入型インターフェイスの最前線

近年、AR(Augmented Reality:拡張現実)やVR(Virtual Reality:仮想現実)は、エンターテインメント用途にとどまらず、製造業、医療、建築、教育など幅広い分野で活用が進んでいます。これらの技術の中核を担っているのが光学技術です。本コラムでは、AR/VRの基本概念から、光学系の役割、設計上の課題、そして光学シミュレーションの重要性について解説します。
1. 現実世界とデジタル世界の融合
AR・VR・MRといったバーチャル技術は、その特性や体験の違いに基づいて分類されます。ここでは、それぞれの分類と特徴について解説します。
AR (拡張現実)

現実世界の映像にデジタル情報を重ね合わせて表示する技術です。代表例としては、スマートグラスによる作業支援、ナビゲーション表示、保守・点検支援などが挙げられます。
- 現実世界がベース
- 透過型ディスプレイが多い
- 実環境との整合性(位置・明るさ・歪み)が重要
VR (仮想現実)

ユーザーの視界を完全に仮想空間で覆い、高い没入感を提供する技術です。ヘッドセットを装着してのゲームやシミュレーション、設計レビュー、トレーニング用途などで利用されています。
- 仮想空間がベース
- 非透過型ディスプレイ
- 広視野角・低歪み・低遅延が重要
MR (複合現実)
現実世界と仮想世界を密接に融合させ、リアルタイムで相互に影響し合う空間を構築する技術です。ARの「重ねる」を一歩進め、デジタルオブジェクトが現実の壁や床に隠れたり、手で触れるように操作したりできるのが特徴です。
- 現実空間と仮想空間の融合
- 空間マッピング(環境の立体的な把握)
- デジタル情報との双方向な操作性が重要
- 主な用途:製造業での設計レビュー、医療現場での3D手術支援、遠隔会議など
XR (エクステンデッド・リアリティ)
AR、VR、MR、さらには今後登場するであろう新しい空間認識技術をすべて含んだ包括的な総称です。「X」は変数を意味しており、物理的な境界を超えて体験を拡張する技術のセットを指します。
- 全ての技術の総称(アンブレラ・ターム)
- 技術の境界が曖昧になっている現在のトレンドを象徴
- 「現実とデジタルの融合度合い」によって個別の呼び方が変わる
2. AR/VRを実現する仕組み
ARやVRといった体験を実現するためには、ユーザーの目に対して適切に光を届ける高度な光学技術が不可欠です。これらのシステムでは、小型化と高画質を両立するために、従来のレンズによる屈折光学に加えて、回折光学やナノ構造を利用した新しい光学素子が広く利用されています。
光学モデルの構成
AR/VR製品を構成する光学技術は屈折や回折、全反射など、様々な現象を組み合わせて映像を人眼に届けています。ここではAR/VR光学システムの構成の概略をご説明します。

- 表示素子
ARデバイスで映し出す映像の元です。LED、OLED、あるいはレーザー走査型(LBS)などが使われ、電気信号を「光の画像」に変換する、いわば超小型のモニターです。外光に負けないように、非常に明るいものが使用されます。 - 投影レンズ
表示素子から出射される光はバラバラな角度を持っています。これらの光を投影レンズで平行光にして次のインカプラーへ入射させます。これにより、インカプラーが考慮する入射光の角度は平行光のみとなり、設計が容易になります。さらに、平行光が入射することで人眼は離れた位置にAR映像を観測することができます。 - インカプラー
導波路の入り口として設置され、表面レリーフ型グレーティング(SRG)や体積ホログラフィックグレーティング(VHG)、プリズムなどで構成されます。導波路の外部から入射する表示素子からの光を導波路内に導きます。このとき、回折効果を利用して、導波路内で全反射する角度で出射させます。 - 導波路
ARデバイスにおける光の通り道です。高屈折率のガラスやプラスチックの薄い板で構成され、スネルの法則に基づき、内部で全反射を繰り返しながら進みます。これで表示素子の映像を目へ届けます。 - アウトカプラー(アイボックスの拡大)
導波路の出口として設置され、導波路から人眼へ光を届けます。導波路内で閉じ込められていた光がアウトカプラーに入射すると、ここで全反射の条件から解放し、導波路の外にある人眼に向けて出射します。またこのとき、単に光を出射するだけでなく、光を縦横に広げる(アイボックス、視野の拡大)機能も兼ねており、目の位置が少しズレても映像が見えるように工夫されています。 - 人間の眼
ARデバイスで投影された光が人眼の網膜上で光線が結像し、人間は虚像として表示素子からの映像を観測します。

- 表示素子
LCD(液晶)、OLED(有機EL)が使われています。VRデバイスは、VRゴーグルのように外光が入らない密閉された構成なので、AR用途ほどの明るさは必要ありません。 - 接眼レンズ(パンケーキレンズ、フレネルレンズ)
VRデバイスの接眼レンズは、表示素子からの光を整えて目に届ける役割を担います。ARデバイスのような導波路は必要なく、ディスプレイの直前に配置されます。このレンズにより、人眼は数センチ先にある表示素子の映像を虚像として数メートル先にある大きな映像として感知します。
接眼レンズの方式は主に2種類で、パンケーキレンズとフレネルレンズが使用されます。- パンケーキレンズ
VRデバイスには、物理的な「焦点距離」を確保するための空間が必要ですが、パンケーキレンズは光を偏光に変換し、ハーフミラーや円偏光板(1/4波長板)を組み合わせ、光を内部で折り返すことでその距離を稼ぎます。これにより、光学的な距離を維持したまま、物理的に非常に薄いデバイスを実現できます。 - フレネルレンズ
同心円状の溝(プリズム)を配置した形状のレンズです。普通の凸レンズにおいて光を屈折させているのは「表面のカーブ(傾斜)」のみであることに注目し、その傾斜だけを残して中身の厚みをバッサリと削ぎ落とした構造をしています。1枚の薄いプラスチック板で済むため、デバイスの軽量化が可能であり、製造が容易で安価に大量生産できるというメリットがあります。
- パンケーキレンズ
- 人間の眼
ARと同様、レンズが作った像が網膜上に結像し、人眼は虚像を観測します。VRの場合、現実の景色が見えないため、眼は完全に「デジタルで作られた虚像」の世界のみを観ています。
回折光学による光の制御
上記の仕組みから成るAR/VRデバイスでは、光の進行方向や波面を精密に制御する必要があります。そのために活用される重要な手法の一つが回折光学素子(DOE: Diffractive Optical Element)です。従来のレンズのような「厚み」による屈折ではなく、微細構造による回折を利用することで、極めて薄い素子での制御が可能になります。回折光学は、微細な周期構造によって光の位相を制御し、光を特定の方向へ分配・導波する技術で、特にARグラスなどでは、導波路内に光を取り込むインカプラーや、眼に向けて光を取り出すアウトカプラーとして、回折格子(グレーティング)が用いられます。
メタサーフェスとメタレンズ
さらに、近年注目されている技術が、ナノメートルスケールの微細構造を用いたメタサーフェスおよびメタレンズです。メタサーフェスは、「メタ原子」と呼ばれる微小構造を多数配置することで、光の振幅・位相・偏光を自在に制御する平面光学素子です。このメタサーフェスを並べてレンズとして光線の制御に利用したのがメタレンズです。これにより、従来のレンズのような曲面形状を持たずに、波面を直接制御することが可能になります。
メタレンズでは、この技術を利用して以下のような特性を実現できます。
- 極めて薄いレンズ構造
- 高い設計自由度による収差補正
- 波長分散の制御(広帯域での色収差補正)
特にAR/VR用途では、デバイスの軽量化・薄型化が重要であるため、メタレンズは次世代の光学素子として期待されています。
3. AR/VR設計における課題
AR/VRデバイスの光学設計は、従来のカメラやディスプレイ光学とは大きく異なり、複数の光学原理と物理現象が密接に関わる高度な設計課題を含んでいます。特に、小型・軽量化と高画質化を同時に実現する必要があるため、設計・解析の難易度は年々増しています。
小型化と高性能のトレードオフ
AR/VRデバイスでは、装着性の観点から極めて高い小型・軽量化が要求されます。一方で、没入感や視認性を確保するためには、広視野角や高解像度、低歪みといった光学性能も不可欠です。
しかしながら、
- 光学系を薄型化すると収差が増大しやすい
- 視野角を広げると像質や均一性の維持が難しくなる
といったトレードオフが存在します。このため、従来のレンズ設計だけでは対応が難しく、自由曲面や回折光学、さらにはメタサーフェスの活用が検討されています。
ミクロ(波動)とマクロ(幾何)を融合した光学
AR/VR光学系では、複数の光学現象が同時に関与します。
- 幾何光学:レンズ・ミラーによる結像
- 波動光学:回折、干渉、ホログラフィー(DOE、VHGなど)
- 偏光光学:パンケーキレンズによる偏光制御
- 材料特性:屈折率分散、吸収、散乱
特に導波路型ARでは、
- 全反射による光伝搬
- 回折格子による入出力カプラー
- 多重反射による像の重畳
といった現象が同時に発生します。このような複雑な挙動を正しく評価するには、単一の解析手法では不十分であり、幾何光学と波動光学を組み合わせた解析が必要となります。
波長依存性と色収差の制御
小型化と高性能を両立するのに有効な回折光学素子や導波路構造は、原理的に波長依存性が強いため、それだけでは色収差が大きな課題となります。
- 異なる波長で回折角が変化する
- 波長により光路や結像位置がずれる回折光学を微細構造ではなく、回折光学を採用したシステムレベルで検証することができます。
- 視野内で色ずれが発生する
このため、
- 複数の回折構造の組み合わせ
- 従来レンズとの組み合わせ
- 位相設計の最適化
- メタサーフェスによる分散制御
など、従来とは異なる設計アプローチが求められます。
効率と迷光の問題
AR/VR光学系では、光利用効率と迷光の制御も重要な設計課題です。
- 導波路内での散乱や反射によるゴースト像
- フレネルレンズのステップで発生する散乱光
- パンケーキレンズにおける偏光損失(原理的に75%以上の光量損失が発生)
- 回折素子で目的以外の回折次数が発生する
特にARデバイスでは、外界光と合成されるため、わずかな迷光でもコントラスト低下や視認性悪化につながります。
このため設計では、
- 回折効率の最適化
- 不要光の抑制
が不可欠となります。
実際のAR/VRシステムではこれらの課題を解決するために、従来の構成に回折光学やメタ技術を盛り込むだけでなく、従来の屈折レンズやミラーとも組み合わせたハイブリッド光学系が多く採用されています。
例えば、
- 初段でレンズにより像を形成
- 導波路内で回折格子により光を伝搬
- 最終的にメタサーフェスで微細な波面補正を行う
といった、多段的な光制御が行われることもあります。このような既存と新規の光学技術を組み合わせることで、高い結像性能の確保を実現します。
4. 光学CAEによるAR/VRへのアプローチ
サイバネットシステムでは、光学CAE製品群を中心に、設計スケールや物理モデルの異なる複数のソフトウェアを組み合わせることで、AR/VR製品のシミュレーションを提案しています。
Ansys Lumerical:電磁場解析による回折光学の厳密評価
Lumericalは、ナノ〜マイクロスケールの光学デバイスを対象としたフォトニクス解析ソフトウェアであり、回折光学に対して最も本質的なアプローチを担います。FDTD法やRCWA法などの電磁場ソルバーを用いることで、回折格子、フォトニック結晶、メタレンズ、マイクロLED構造などにおける回折・干渉・偏光特性を厳密に解析できます。
特に、周期構造やサブ波長構造に起因する回折現象は、幾何光学では扱えないため、Lumericalによる電磁場解析が不可欠です。また、Ansys Zemax OpticStudioやAnsys Speosと連携することで、デバイスレベルで設計した回折素子の特性を、光学系全体や製品レベルの評価へと展開することができます。
PlanOpSim:回折光学・メタサーフェス設計に特化した平面光学CAE
PlanOpSimは、メタサーフェスや回折光学素子といった微細構造を有する平面光学素子の設計・解析に特化した光学CAEソフトウェアです。ベルギーのPlanOpSim社により開発されており、サイバネットシステムを通じて国内提供・サポートされています。
本ツールは、 メタ原子(微細構造)設計からメタサーフェスなどの配列設計、伝搬解析までを、一貫したGUI環境で実行できる点が特長です。
また、OpticStudioと連携するためのファイル出力にも対応しており、PlanOpSimで設計した回折光学素子を、幾何光学ベースの光学系設計・評価へ組み込むことが可能です。これにより、回折光学素子単体の性能評価と、光学システム全体での性能検証を分担して行うという、実践的なCAE活用が実現されます。
Ansys Zemax OpticStudio:波動光学を取り入れた光学設計による回折評価
OpticStudioは、結像光学・照明光学を中心とした光学設計ソフトウェアであり、幾何光学を基盤としながら、回折や干渉といった波動光学効果を考慮した解析機能を備えています。導波路内を光線が全反射伝搬する様子を幾何光学的光線追跡で検証できます。それをベースにして、Lumericalで設計した回折構造を取り込んだ光線追跡ができます。バックグラウンドでLumericalが起動した状態でツール間連携させることで、複雑な回折構造を含んだAR/VRシステムに対して、回折構造パラメータをタイムリーに変化させながら光線追跡ができるだけではなく、回折構造の最適化設計も行えます。さらに、メタ原子のデータを並べた大面積メタレンズに対する幾何光学光線追跡で、メタレンズの結像性能の解析もできます。
Ansys Speos:システム視点での回折影響の取り込み
Speosは、光線追跡をベースとした3次元光学解析ソフトウェアで、製品全体の見栄えや照明性能、センサー応答などを評価することに強みを持っています。基本的には幾何光学的なアプローチを採用していますが、Ansys Workbenchを介して他のAnsysソフトウェアと連成することで、波動光学の影響を含めた解析が可能とされています。
このため、回折そのものを詳細に解くというよりは、回折を含む光学的な振る舞いがシステムレベルの性能(照度分布、像品質、迷光、センサー入力)にどのように影響するかを評価する用途に適しています。例えばLumericalで設計した回折格子の回折効率データを取り込むことで、回折光学を微細構造ではなく、回折光学を採用したシステムレベルで検証することができます。
5. AR/VR製品のシミュレーション事例
Ansysの光学CAEは、様々なスケールでの設計解析シミュレーションを可能にします。設計スケールによって最適なツールが異なりますが、ツール同士を組み合わせた連成解析によってAR/VRアプリケーションを包括的に設計解析できます。
シミュレーション事例
ホログラフィックカプラーを利用した曲面導波路
導波路を曲面形状にすることで、製品設計における利便性や意匠性を高めることができます。一方で導波路の曲面により発生する光学パワーの補正も必要です。こちらの事例では、光学パワーを補正するためのホログラフィックカプラーの設計と導波路内の光線伝搬をOpticStudioとLumericalでシミュレーションする手法をご紹介しています。
OpticStudioを用いてAR向け光学シースルー型ヘッドマウントディスプレイを設計した事例です。ヘッドマウントディスプレイは頭から装着してレンズを通して眼前の現実空間にデジタル情報を映し出すデバイスです。頭に装着するのでユーザーへの負担が懸念されますが、自由曲面形状を採用することで少ないエレメント数で高性能を実現します。
Lumericalで回折格子の解析を実施した事例です。Lumericalでは、Maxwell方程式を解いて電磁場分布および電磁場の時間変化をシミュレーションするソルバーを保有しています。これを扱うことで微細な回折構造を透過または反射する光がどのように振る舞うのかを解析することができます。
Ansys Zemax OpticStudioでのメタレンズモデルの幾何光学的解析
OpticStudioとLumericalやPlanOpSimを連携させることでできるメタレンズの結像性能解析についてご紹介しています。メタ原子の微細構造のみでは製品として機能しません。メタレンズというアプリケーションに近い形での結像性能のシミュレーションは必須です。
Lumerical-Ansys Zemax OpticStudio連携によるメタレンズの設計解析手法
メタレンズの設計解析における、LumericalとOpticStudioの連携に注目した手法をご紹介しています。Lumericalではその操作性や自由度の高い独自のスクリプト言語により高度なマクロを作成することが可能であり、効率的なシミュレーション環境を構築できます。
オンデマンドWebセミナー
近年開発と実用化が進歩しているAR/VR製品の設計事例です。映像を見えるようにするには光学技術が必要不可欠です。その中でも、回折光学技術を採用することで小型かつ高性能な光学モデルを実現できます。
回折デバイス -光学システム連携のための電磁場光学- 幾何光学解析ワークフロー
Lumericalによる微細な回折構造を設計し、SpeosやOpticStudioでその回折構造を取り込み、回折光学素子という製品スケールでの解析を実施した例をご紹介しています。回折光学に必要な電磁場解析と幾何光学解析の連携事例になります。
サイバネットシステムでは、AR/VRの光学設計にとどまらず、実際の現場での活用まで見据えたソリューションを数多く提案しています。設計から実装・運用に至るまで、お客様の課題に応じた幅広いご支援を提供しています。ぜひお気軽にご相談ください。
AR/VR製品の開発にお困りの方は、ぜひサイバネットにご相談ください
サイバネットでは、光学設計・解析に関する豊富な知見とシミュレーション技術を活用し、AR/VR光学系における構成検討から性能評価、最適化までを一貫して支援しています。光学設計・解析、光源・材料特性の評価、さらには教育・コンサルティングに至るまで、幅広いエンジニアリングサービスを通じて、お客様の開発課題解決をサポートいたします。
AR/VR光学設計に関するお悩みや導入検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。
