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RGBカラーに対応したAR光学システム

解析概要

現代のウェアラブルARデバイスは一般に眼鏡やゴーグルの形で設計されており、使用者の視界を妨げることなく、現実世界とそこに投影された仮想イメージを同時に見ることを可能にします。それを実現している光学技術が、導波路と回折素子です。導波路はARデバイスにおける光の通り道で、表示素子からの映像光は導波路内で全反射を繰り返すことで伝搬していきます。回折素子は導波路の入り口(インカプラー)と出口(アウトカプラー)の役割を果たしています。インカプラーに入射した光は、導波路内に向けて全反射する条件で出射され伝搬していき、アウトカプラーに到達すると、人間の眼の中で結像するように導波路の外へ取り出されます。この仕組みで注意すべきなのは、波長によって伝搬の振る舞いが異なることです。回折素子や導波路の屈折率は波長に強く依存します。
本事例では、この色の分離に着目して、複数の導波路に各色チャネルに合わせて調整された回折素子を組み合わせることで色を補正したARデバイスのシミュレーションをご紹介します。

背景/課題

ARデバイスにおける色のにじみ

ARデバイスで表示される映像はマイクロディスプレイから光が出射されます。このとき、映像によっては複数の色、つまり複数の波長が出射されますが、ここで注意しなければならないのが色の分離です。カプラーでは入射光を全反射する角度の回折光に変換する役割を果たしますが、回折の式𝑛𝜆=𝑑sin𝜃からわかるとおり、同じ回折構造に対して回折の角度𝜃は波長𝜆によって異なります。また、導波路が同じであれば、導波路の材質の屈折率は波長によって異なるので、全反射の条件(臨界角)も波長によって異なります。したがってこれらの点に注意しなければ、表示素子から出射されたカラーの映像は、最終的に人間の眼に届くころには色が分かれて焦点位置もばらばらになります。さらに、回折効率によってはある色だけ失われて届かないということも起こりえます。

色のにじみを解消

上述の通り、小型で光線の伝搬角を制御しやすい回折素子を扱う場合、波長依存性に起因する色分離は避けて通れない課題となります。そのため、複数波長に対応した伝搬システムの設計が不可欠となります。例えば、回折構造自体に広帯域特性を持たせるように設計する方法や、レンズ系を組み合わせて色収差を補正する方法などが一般的に検討されます。 本事例では、色の分離を抑制するのではなく、あえて波長ごとに分離させ、それぞれを独立に伝搬させた後、最終段階で再結合するアプローチを採用します。この手法は、各波長に対して最適化された回折素子を組み込むことで実現され、高い色再現性と効率の両立が可能となります。

設計の仕様

ARデバイスの全体構成

表示素子からの映像は投影レンズを通過してインカプラーへ入射します。インカプラーからはRGBの3波長それぞれの光が別々の導波路へと接続され、導波路内を伝搬します。導波路内を伝搬後、アウトカプラーに到達した光は導波路の外へ取り出され、人間の眼で結像します。人間の眼は届いた光を、目線の先に虚像として映像を見ることになります。

導波路伝搬システム

Ⅰ : 投影レンズ

製品としては、表示素子から出射された光が投影レンズを通過し、インカプラーへ入射します(以下、正方向)。一方、レンズの設計時には、その逆方向であるインカプラー側から表示素子側へ向かう方向でモデリング・最適化を行います。正方向で設計すると、レンズの設計対象としてはインカプラー面を像側として扱うことになり、インカプラーへ入射する光線の位置や角度分布を制御していくことになります。これに対し逆方向で設計する場合は、インカプラーをシステムの第一面および絞り面として定義できるため、インカプラー上で要求される瞳サイズや光線分布を設計条件として直接与えることができます。そのうえで、像面に相当する表示素子上で良好な結像性能を実現するよう最適化を進めることが可能です。AR用導波路では、インカプラーへ到達する各視野の光線が適切な角度・位置で入射しなければ、導波路内での全反射伝搬やアウトカプラーでのアイボックス形成に影響を及ぼします。そのため、インカプラー側の光線条件を直接与えることができる逆方向設計が非常に有効です。

Ⅱ : カプラーと導波路

投影レンズによりインカプラーへ届いた光線は、カプラーの回折構造で導波路内へ導入されます。光線は導波路内を伝搬したのち、アウトカプラーに届いて導波路の外にある人間の眼へ出射されます。カプラーはRGB各チャネルに最適化された回折効率を持つ回折格子で構成されています。

Ⅲ : 観測(人間の眼)

アウトカプラーから出射される光の範囲は、人間の眼が置かれることが想定される範囲であるアイボックスで決定されます。アイボックスがある程度のサイズを持っていれば、顔の位置が多少移動しても映像を見続けることができます。本事例では、Speosでアイボックスの範囲内に人間の眼を模してセンサーを配置し、実際の映像の見え方を再現します。

解析結果

実際のモデル

下の図1は本事例で評価するモデルの全体像で、人間の顔にARデバイス(今回はARグラス)が装着されている様子です。さらに図2では、ARデバイスを構成する光学部品のみを取り出して表示しています。表示素子からの光が投影レンズを通してカプラーと導波路へ届けられ、その中を伝搬して最終的には人間の眼へ届きます。図2ではARデバイスの右目側のみを表示していますが、左目側にも反転して同じ構成のものが搭載されています。

図1 : 解析モデルの全体像

図2 : ARデバイスを構成する部品 (右目側のみ)

Ⅰ: 投影レンズ

下の図3は投影レンズをOpticStudioのシーケンシャルモードで設計したレイアウトです。逆方向のモデルなので、光線が出射される物体側がインカプラーに該当しており、像面に該当する表示素子へ向けて光線を伝搬させています。インカプラーが第一面の絞り面になっているため、光線の出射角度(正方向では入射角度)はインカプラーの要件に完璧に合わせています。
投影レンズ設計の注意点は、視野角、F値(明るさ)、色補正、相対照度、歪みなどです。これらを適切な精度で保有していないと、最終的に人間の眼に鮮明な映像は届きません。
後のステップにおいて、Speosで映像の見え方をシミュレーションするため、OpticStudioで設計したデータを.ODXファイルとしてエクスポートします。.ODXファイルは光学情報を保持したSpeos専用3Dモデルです。一般のCADデータを提供するよりも再現度が高く、両ツール間のデータのやりとりを効率的に行います。

図3: 投影レンズモデル

Ⅱ : カプラーと導波路

図4はLumericalで設計した回折構造です。RCWAシミュレーションで複数の層に区切って光の伝搬を評価します。

図4 : カプラーの回折構造

回折構造は下の図5のように導波路の中に組み込まれます。Lumericalで設計された回折効率を.jsonファイルとしてエクスポートし、Speosでは回折格子に該当する面ジオメトリの材質に.jsonファイルを適用しています。
導波路にはインカプラー、射出瞳拡張回折格子(EPE)、アウトカプラーといった3種類の回折構造が組み込まれています。投影レンズからインカプラーに入射した光は、インカプラーで伝搬方向を決められて導波路内に進入していきます。まずはEPEでXY方向へ広く拡張されてからアウトカプラーへ伝搬します。これによりアウトカプラーから外へ光を出す際に、アイボックスを大きくしています。
また、本事例のARデバイスは色補正を実現するためにRGB各チャネルに対応した3枚の導波路を重ねています。したがって回折格子は各単一波長3パターンについて設計されます。

図5 : カプラーと導波路の全体像 (右目側のみ)

Ⅲ : 観測(人間の眼)

Speos上で人間の顔をモデリングし、眼の位置で光を捉えられるよう、これまでに作成したモデルを配置しています。図6のように眼の位置にセンサーを設置することで、ARデバイスと眼との距離関係を考慮したシミュレーションが可能になります。導波路を伝搬してきた光はこのセンサーで検出され、実際に眼で観察される映像の見え方として評価できます。

図6 : 人間の眼にセンサーを配置

ARデバイスを屋外で使用することを想定した場合に注意しなければいけないのはディスプレイの輝度です。例えば太陽光の下であれば、ディスプレイの輝度やシステム効率が十分でない場合、表示画像は太陽光の強い明るさによって白飛びしてしまいます。したがって、様々な環境光を想定した解析が必要になります。Speosでは環境光を再現した光源をモデリングできるので、今回は夜明け(6時)、昼(11時)、夕方(16時)の各時間帯の環境光の下でのシミュレーションを行います。人間の眼が北を向いた状態でモデリングし、環境光とARデバイスによる映像の見え方を再現します。さらに、SpeosのHuman Vision Labを用いることで、環境の明るさに応じた人間の視覚順応に基づき、表示の画像の輝度を自動的に補正することが可能です。これにより、人間の眼での映像の見え方をリアルに再現できます。今回は20歳の人間の眼にどのように映るかを再現します。

結果の評価

このモデルでSpeosの光線追跡を実行した結果が下の図7になります。左から順に、周りの環境の明るさが夜明け(6時)、昼(11時)、夕方(16時)における見え方を再現しています。ここからわかるとおり、ARデバイスの表示ディスプレイの輝度を一定にしておくと、環境光の明るさによって映像の見え方が極端に変化することがわかります。夜明けは太陽の光が弱く、ARデバイスの映像はくっきりと映りますが、昼は逆に明るさが太陽光に負けてしまいはっきりとは見えません。

図7 : ARデバイスの映像の見え方 (左:6時、中央:11時、右:16時)

また、図8でARデバイスの映像のみを映し出してみます。特に色のにじみは見られず、RGBが混ざり合っているのがわかります。

図8 : ARデバイスで作られる映像

まとめ

本事例では、RGBの色補正を行ったARデバイスによる映像が人間の眼でどのように見えるかをシミュレーションしました。また、時間帯による太陽光の明るさの違いも検証事項に入れてシミュレーションすることで、より現実に近い使い方を再現しました。
このように、構造が複雑で容易に試作化できないARデバイスに対しても、現実での利用シーンを詳細にシミュレーションすることができるので、様々なシチュエーションでの性能を確認でき、ARデバイス開発の信頼性も高めることができます。

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