CYBERNET

コラム

回折光学が拓く新しい光学デバイスの世界

近年、光学製品の小型化・高性能化の要求が急速に高まる中で、回折光学の技術が再び注目されています。特に、メタレンズやウェーブガイドを用いたAR/VR、センシング用途の光学系など、従来の屈折光学では難しかった自由度の高い波面制御が求められる分野で活躍が広がっています。

1. 回折光学が実現する新しい光学製品

一般に光学製品というと、カメラのようにレンズで光を屈折させて焦点を結ばせる仕組みや、リフレクターで光を反射させて広範囲を照らす照明装置、あるいは光通信のように情報を遠方へ届ける技術が思い浮かびます。これらの多くは、レンズの曲率や材料の屈折率といった“光線の進む道筋”を制御することで機能を実現してきました。
しかし近年、こうした従来技術に加えて、光が持つ波の性質のひとつである「回折」を積極的に利用した光学製品が、急速に存在感を高めています。本来、光は波として振る舞うため、微細な構造を通過すると回折し、進行方向を自在に変えることができます。つまり、レンズの形状ではなく、表面に刻まれた微細パターンによって光を“設計通りの方向へ”導けるわけです。
この原理を応用した「回折光学素子(DOE)」は、極めて薄く、軽量でありながら複雑な波面制御を実現できるため、

  • 小型で高性能なセンシングデバイス
  • AR/VR用の超薄型光学系
  • LiDAR向けのビーム整形素子


といった新しい光学製品の実現に大きく貢献しています。
従来の屈折光学では到達が難しかった自由度の高い光制御を、回折技術が可能にすることで、光学デバイスの設計領域が大きく広がりつつあるのです。

2. 回折とはの仕組み ~光が持つ波としての性質

回折

光をイメージした際、大抵は真っ直ぐに飛んで行き、壁に当たって反射してまた直進していく様子を思い描くかもしれません。この光が、非常に小さい隙間が空いた壁に当たるケースを考えてみます。直進する光であれば、穴が開いた箇所のみ通過して壁の裏側へ行きますが、実際はこのようにならず、光は隙間から壁の裏側に回り込むように波面状に伝搬します。これが「回折」と呼ばれる現象です。
光の正体は「光子」と呼ばれる非常に小さな粒子で構成されており、実は「波」としての性質を持っています。波としての光は空間を伝わる際に、直進するのではなく、一定の周期で振動し、その振動の面(波面)が進むことでエネルギーを運びます。波は回折を引き起こす性質を持っているので、スリットを抜けた光は壁の裏側でも伝搬していきます。

このスリットが規則的に並んでいる構造のものを「回折格子」といいます。光が回折格子に入射すると、各溝を起点としてそれぞれで回折して複数の波面が広がるように伝搬します。さらに、それらの複数の波はある方向では互いに重なると、強め合って明るくなったり、別の方向では打ち消し合って暗くなるといった「干渉」を起こします。この干渉の結果、特定の方向にだけ強い光が進むようになります。この仕組みを利用することで、光を目的とする方向へ効率的に導くことが可能になります

回折光学がもたらすメリット

従来の光学製品はレンズによる屈折を利用して光線の進行方向を操作していました。レンズ1枚を通過する光線は、波長によって屈折の仕方が異なります。高性能な結像性能を得るには、どの波長の光にも同様な結像状態を実現する必要があるので、様々な形状や材質のレンズを複数枚組み合わせなければいけません。しかし、それだと同時に製品サイズが大きくなりがちです。このジレンマは光学に限らずあらゆる製品に求められる小型化と高性能を同時に達成するには高いハードルとなっています。
そこで注目される光学技術が回折です。回折構造が施された素子である回折光学素子(DOE : Diffractive Optical Element)は、薄い板に微細な溝が彫られた形状で、レンズのような曲率や厚みはありません。回折構造は波長によって干渉の仕方、つまり強め合う方向が異なるので、多色光が入射すれば波長が分散します。それだけでは出射の際に色が分かれてしまいますが、裏を返せば波長ごとに進行方向をコントロールできるとも考えられます。例えば、球面レンズで発生する色収差でも、DOEを加えれば、色の進行方向をコントロールし、色収差を小さくすることも可能です。これはレンズのような厚みのある部品を追加するのではなく、薄い部品の追加で済むので、サイズの拡大化を抑えられます。回折光学は、小さい部品ひとつで高性能な結像状態を実現するのに大いに役立つ技術です。

単レンズのみでは波長が分散してしまう

DOEの波長により回折方向が異なる性質を単レンズに組み合わせて色分散の補正

3. 回折を利用した光学素子

回折を発生させる技術はスリットのイメージだけではありません。狙い通りの回折を発生させるために、様々な形状が活躍しています。

色々な形状の回折格子

回折格子の形状は単なるスリットの羅列のほかに、構造が形作られたものがあります。代表的なものは台形形状や、ブレーズド型と呼ばれるのこぎりの刃のような形状、階段状のものなどです。形状のタイプだけではなく、これら各形状を構成する角度や高さといった各種パラメータに変化を加えることでも、回折の仕方が変わります。
回折光学素子は、ガラスやプラスチック、Siなどを基板として、微細な回折構造のパターンを描き(リソグラフィ)、薬液で溶かしたりプラズマで削る(エッチング)などして製品になります。

台形形状

のこぎりの刃のような形状(ブレーズド)

階段状

メタレンズ

近年、回折を利用した代表的な応用技術の一つとして、メタサーフェスが注目されています。メタサーフェスは、ナノスケールの人工構造(メタ原子)を周期的または非周期的に配置した薄膜で構成されます。各メタ原子は、入射する光に対して局所的に位相(場合によっては振幅や偏光も)を制御する役割を持ちます。
このように空間的に位相分布を精密に設計することで、従来のレンズと同様の波面制御を極めて薄い構造で実現できます。さらに、メタ原子の形状や材料分散を適切に設計することで、DOEのみでは問題となりやすい波長依存性(色収差)を低減・補償することも可能です。その結果、メタサーフェスは小型・薄型でありながら、高い結像性能を持つレンズ(メタレンズ)として応用が進んでいます。

4. 光学CAEによる回折光学へのアプローチ

サイバネットシステムでは、光学CAE製品群を中心に、設計スケールや物理モデルの異なる複数のソフトウェアを組み合わせることで、回折光学を含む幅広い光学課題に対応できる環境を提供しています。回折現象は、対象のサイズや目的に応じて「電磁場としての厳密解析」、「波動光学的な評価」、「幾何光学的な近似」という段階的なアプローチが可能です。

Ansys Lumerical:電磁場解析による回折光学の厳密評価

Lumericalは、ナノ〜マイクロスケールの光学デバイスを対象としたフォトニクス解析ソフトウェアであり、回折光学に対して最も本質的なアプローチを担います。FDTD法やRCWA法などの電磁場ソルバーを用いることで、回折格子、フォトニック結晶、メタレンズ、マイクロLED構造などにおける回折・干渉・偏光特性を厳密に解析できます。
特に、周期構造やサブ波長構造に起因する回折現象は、幾何光学では扱えないため、Lumericalによる電磁場解析が不可欠です。また、Ansys Zemax OpticStudioやAnsys Speosと連携することで、デバイスレベルで設計した回折素子の特性を、光学系全体や製品レベルの評価へと展開することができます。

PlanOpSim:回折光学・メタサーフェス設計に特化した平面光学CAE

PlanOpSimは、メタサーフェスや回折光学素子といった微細構造を有する平面光学素子の設計・解析に特化した光学CAEソフトウェアです。ベルギーのPlanOpSim社により開発されており、サイバネットシステムを通じて国内提供・サポートされています。
本ツールは、 メタ原子(微細構造)設計からメタサーフェスなどの配列設計、伝搬解析までを、一貫したGUI環境で実行できます。
また、OpticStudioと連携するためのファイル出力にも対応しており、PlanOpSimで設計した回折光学素子を、幾何光学ベースの光学系設計・評価へ組み込むことが可能です。これにより、回折光学素子単体の性能評価と、光学システム全体での性能検証を分担して行うという、実践的なCAE活用が実現されます。

Ansys Zemax OpticStudio:波動光学を取り入れた光学設計による回折評価

OpticStudioは、結像光学・照明光学を中心とした光学設計ソフトウェアであり、幾何光学を基盤としながら、回折や干渉といった波動光学効果を考慮した解析機能を備えています。特に、物理光学伝搬(Physical Optics Propagation)機能を用いることで、回折光学素子を通過した直後のビームの振幅と位相を光源ビームとする任意の複素振幅分布が取り扱え、光学系内をどのように伝搬していくかを解析できます。また、バックグラウンドでLumericalが起動した状態でツール間連携させることで、回折構造を含んだ製品レベルの照明解析と、回折構造パラメータに対する最適化が行えます。

Ansys Speos:システム視点での回折影響の取り込み

Speosは、光線追跡をベースとした3次元光学解析ソフトウェアで、製品全体の見栄えや照明性能、センサー応答などを評価することに強みを持っています。基本的には幾何光学的なアプローチを採用していますが、Ansys Workbenchを介して他のAnsysソフトウェアと連成することで、波動光学の影響を含めた解析が可能とされています。
このため、回折そのものを詳細に解くというよりは、回折を含む光学的な振る舞いがシステムレベルの性能(照度分布、像品質、迷光、センサー入力)にどのように影響するかを評価する用途に適しています。例えばLumericalで設計した回折格子の回折効率データを取り込むことで、回折光学を微細構造ではなく、回折光学を採用したシステムレベルで検証することができます。 

5. 回折光学の事例

Ansysの光学CAEは、様々なスケールでの設計解析シミュレーションを可能にします。設計スケールによって最適なツールが異なりますが、ツール同士を組み合わせた連成解析によって回折光学のアプリケーションを包括的に設計解析できます。

シミュレーション事例

FDTD・DGTDによる回折格子解析

Lumericalで回折格子の解析を実施した事例です。Lumericalでは、Maxwell方程式を解いて電磁場分布および電磁場の時間変化をシミュレーションするソルバーを保有しています。これを扱うことで微細な回折構造を透過または反射する光がどのように振る舞うのかを解析することができます。

グレーティングカプラの理論設計・最適化による逆設計手法

グレーティングカプラは、光ファイバとシリコン基板上のSOI導波路を効率的に結合するためのデバイスです。光ファイバから出射される光を導波路へ接続する入り口として回折格子構造が使われています。

オンデマンドWebセミナー

回折デバイス -光学システム連携のための電磁場光学- 幾何光学解析ワークフロー

Lumericalによる微細な回折構造を設計し、SpeosやOpticStudioでその回折構造を取り込み、回折光学素子という製品スケールでの解析を実施した例をご紹介しています。回折光学に必要な電磁場解析と幾何光学解析の連携事例になります。

AR/VR用回折光学素子を搭載した射出瞳光学系の最適化

近年開発と実用化が進歩しているAR/VR製品の設計事例です。映像を見えるようにするには光学技術が必要不可欠です。その中でも、回折光学技術を採用することで小型かつ高性能な光学モデルを実現できます。

AR/VR製品の開発にお困りの方は、ぜひサイバネットにご相談ください

サイバネットでは、光学設計・解析に関する豊富な知見とシミュレーション技術を活用し、AR/VR光学系における構成検討から性能評価、最適化までを一貫して支援しています。光学設計・解析、光源・材料特性の評価、さらには教育・コンサルティングに至るまで、幅広いエンジニアリングサービスを通じて、お客様の開発課題解決をサポートいたします。
AR/VR光学設計に関するお悩みや導入検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。

あなたへのおすすめ

お問い合わせ

サイバネットシステム株式会社
製品お問い合わせ窓口

anssales@cybernet.co.jp

メールでのお問い合わせも承っております。
販売店契約に関するお問い合わせは、こちらからお願いいたします。

お問い合わせフォームはこちら