A君のレンズ設計物語第13回 レンズ系の周辺光量比(コサイン4乗則の呪縛)

A君「博士、この写真をみてくださいよ」

博士「レトロな感じの写真じゃな。これがどうしたのかな?」

A君「おじいさんの家に在ったフィルムカメラに超広角レンズを付けて撮ってみたのですが(※)、ものすごい周辺光量落ちですよね。今のデジタルカメラのレンズならテレセントリックだから、こんなことも無いのに」

(※)筆者注:実際は最大画角41°のピンホールカメラの写真です

博士「ん?待ちたまえ、何か勘違いしているのではないかな?」

A君「え?博士、知らないんですか?デジカメは、撮像素子へ斜めに入射するとシェーディングが発生してしまうから、テレセントリックに近くなっているんですよ」

博士「いや、それは知っておるが、テレセントリックと“レンズの周辺光量比”とどういう関係があるのかと・・・」

A君「え!じゃあ、ひょっとして、あの有名なコサイン4乗則を知らないと!?
周辺光量比はcosθの4乗で低下するって奴ですよ。このθって像面への入射角ですよね。像側テレセントリックということは、像面への主光線入射角度は0。だから、cosθ=1となり周辺光量は低下しない、ということじゃないんですか?」

博士「“周辺光量比はコサイン4乗で低下する”という考え方は、覚えやすいためか、一人歩きしている感があるが、このθは非常に誤解が生じやすい。物体側の入射角で記述しているものもあれば、像側の(像面への)入射角で式を立てているものもある」

A君「え?じゃあ、どっちでも良いというのなら、さっきの僕が言った事も間違ってないでしょ?」

博士「うむ、全く間違っているというわけではないが、正しいわけでもない。要は理解不足じゃ。CODE V開発元のSynopsysでさえ、或る資料で、“コサイン4乗を軽減するための方法として、テレセントリック(像空間でのθを小さくすること)を挙げている”くらいじゃからな。
ということで、今回のテーマは、周辺光量比(像面照度比や周辺減光とも言う)じゃ」

A君「博士、WEB上で検索してみましたところ、コサイン4乗にも色々な説がありますね。中には、やっぱり、像側の角度で考えてテレセントリックにすると周辺光量低下が発生しない、というのもありましたけど・・・」

博士「結像系のコサイン4乗則に出てくる"角度"は曲者じゃ。本来は、物体空間での光軸と主光線のなす角度なのじゃが、巷に広まっている勘違いの原因は、薄肉単レンズの絵(左図)が説明で用いられているからじゃろうな。
薄肉単レンズの場合は、瞳も主点もレンズの位置にあるため、物体側の入射角度θと像面への入射角度θ’が等しくなる。そこで、物体側入射角度θのコサイン4乗の計算が、像面への入射角度θ'のコサイン4乗に置き換わってしまう。確かに、像面へ斜めに入射すると暗くなりそうな気にもなるので、像側で覚えてしまいがちなのかもしれんな。
さらに、フィルムではなく固体撮像素子を使った場合は、像面への入射角も光量低下の一要因となるため、紛らわしい」

A君「なんだ、さっき僕が言った事も当たらずとも遠からずですか?」

博士「固体撮像素子の場合は、受光素子の前に構造があるため、斜めから入射する(θ’≠0)と変換効率が落ちて画像周辺部が暗くなる現象があるが、これは“光学(レンズ)系の特性”とは別のモノとして考えたほうが良い。
コサイン4乗則を像面への入射角度θ’で覚えてしまうことが、テレセントリックにすれば像面照度が一様になると思い込んでしまう人が多い一因と思うぞよ」

A君「じゃあ。像側テレセントリックでθ’=0としても、コサイン4乗則には関係しないということですね?」

博士「いや、厄介なことに、実は、像側の角度θ’のコサイン4乗を含む式でも像面照度比を記述するすることができる」

A君「じゃあ、像側で考えた場合は、cosθ=1だから、やっぱり像面照度は一様になるんじゃないですか?」

博士「そこじゃ!物体側の角度θを使うにせよ、像側の角度θ’を使うにせよ、周辺光量比はコサイン4乗だけで決まる量ではないのじゃ!cos4乗の部分が1になったとしても、それ以外にも影響を与える要因がある」

A君「そういえば、“超広角レンズでは瞳の収差を出して周辺光量の低下を防いでいる”という記述を見たこともあります。そういうことだったのですね」

博士「周辺光量比(コサイン4乗則)の導出等は様々な文献で触れられているが、わしの知る限りでは、物体側と像側とでの考え方を最も詳しく述べて参考になる書籍は、以下と思うぞよ」
早水良定(1989)『光機器の光学U』日本オプトメカトロニクス協会

A君「では、テレセントリックの場合に照度が一様にならないのかどうかを確かめてみましょうよ」

博士「実際のレンズ系では、薄肉レンズとは異なり、絞りの位置によって射出瞳が決まるため、像空間の主光線角度は物体側の角度とは異なるのが一般的じゃ。この現象は、第10回でも出てきたアッベが見つけたそうで、テレセントリックという名前も彼が命名したようじゃ。像側テレセントリックというのは射出瞳が無限遠にある状態じゃから、物体側焦点位置に絞りを置けば、近軸的には実現できる」

A君「なんだ。ものすごく特別な設計かと思ったら、それだけですか」

博士「勿論、非テレセン用レンズとして設計されたものに対して絞り位置を変更するだけでは、軸外の収差が全く変わってしまい使い物にならんがな。サンプルレンズの接眼レンズ(eyepiece.seq)は、かなりテレセントリックに近いレンズデータなので、これを少しいじってみたのが、左のレンズじゃ。
果たして周辺光量落ちはどうなっているかな?CODE Vの“周辺光量比”を使って計算してみようか」

A君「あれ?均一照度ですよ!やっぱりテレセントリックは照度一定になるんじゃないですか?」

博士「早合点してはいかん。これは歪曲収差の影響が出ているのじゃ。」

博士「左図のように大きな負の歪曲収差があると、周辺部の像が圧縮されるため周辺光量比を向上する効果がある。実は、周辺光量比の計算には、θ(或いはθ’)の他にも、開口効率(軸上画角と軸外画角の入射(或いは射出)瞳の面積比)、歪曲収差といったファクターも関係しており、結構複雑なのじゃ。詳しい式は専門書を参照して欲しいが、 物体側で考える場合は、
周辺光量比 ∝ (cos4θ)*(物体側の開口効率)*(歪曲収差の影響)
像側で考える場合は、
周辺光量比 ∝ (cos4θ’)*(像側の開口効率)
となる」

A君「うわ、面倒そうですね。どの項も画角に依存する量でしょ」

博士「これら以外に、材質の透過率も当然影響するが、定性的なことを考えるだけであればそんなに複雑なことはない。周辺光量比と聞くと、コサイン4乗だけで考えてしまいがちじゃが、こういった要素の影響も見落としてはいかん」

A君「ようし!じゃあ、別のレンズデータを用意しましたよ。これならどうですか?」

博士「ほほぅ、像側テレセントリックで、今度は歪曲収差も補正されているようじゃな。

博士周辺光量比は以下の通りじゃ。」

A君「ん〜ちょっと待ってください。この”周辺光量比”って、射出瞳の投影立体角(Projected Solid Angle)とかいう量を基に計算されてるんですよね。今更ですけど、それって当てになるんですか?」

博士「自分の考えとは違う結果になったときに、CODE Vの計算を疑りたい気持ちも分かるが・・・ それでは、CODE Vの別の機能を使って検証してみようか。より根源的な方法として、照明解析を使ってみようか。ランダムに光線を追跡する原始的、もとい非-解析的な方法なので、文句の付けようもないじゃろ」

A君「その方法なら分かり易いです。早速やってみましょう」

A君「あ!一様照度になっていますよ!やっぱりテレセントリックは、そうなるんですよ!」

博士「そ、そんな筈は・・・これは、CODE Vのバグではないかな?」

A君「自分の思った通りにならないからって、CODE Vの計算を疑っているんですか?」

博士「・・・マニュアルを確認してみたぞ。LUMを使って検証する場合には注意すべきことがある。
光源の輝度を与える際に、“光源が無限遠と判断される場合は”光学系の入射アパチャー(S1)での放射照度を与えて計算する仕様になっているようじゃ。この無限遠か否かの判定は、解析オプションによって異なるかもしれないが、LUMの場合は物体距離が1e8以下か、それを越えているかで見ているようじゃ。今、物体距離は100,000,001になっていたので、これを100,000,000にして、再度LUMで解析してみたのが、以下じゃ。」

博士「どうじゃ!周辺光量比が低下しているのが分かるじゃろ!」

A君「へぇ〜、物体距離が100kmから1mm短くなるだけで結果がこんなに変わっちゃうなんて、バグのようにも思えますが、これはそういう仕様なんですね。でも、最初の物体距離を100,000,001に設定していたなんて、始めから知っていたんでしょ」

博士「因みに、LUMと周辺光量比の結果を比較したのが左図じゃ。良く一致しているのが分かるね。LUMは計算時間がべらぼうにかかるので、これ以降は”周辺光量比”で評価を行なうことにする。ただ、LUMは非結像系に対しても用いることができるが、“周辺光量比”の方は収差量が中程度以下の光学系であれば十分な精度が得られるということも、頭の隅においておく必要があるじゃろう」

A君「“周辺光量比”の方は、結像系が前提ということですね」

博士「さて、ここに4枚構成の“テレセントリックではない”光学系がある。」

博士「物体側の開口効率はほぼ一定で、歪曲収差もかなり小さく抑えられている。このレンズ系での像面照度比は下図のようになっている。最大画角は30°なので、コサイン4乗は0.5625。ほぼコサイン4乗に従った落ち方をしているのが分かるね」

A君「開口効率や歪曲収差の影響が殆ど無いからですね」

博士「この光学系の像面近傍にフィールドレンズを入れて、テレセントリックにしてみようか。フィールドレンズというのは、結像作用にはあまり寄与せず、瞳の位置を変える作用を持つレンズの総称じゃ」

博士「左の光路図のようにテレセントリックになったのが分かるね。歪曲収差もあまり大きくなっていないし、開口効率も変化していないはずだね。では、果たして、テレセントリックにしたおかげで周辺光量落ちが改善されるのか否か?」

A君「フィールドレンズが無い場合と変わらないんですね。確かに、入射側の光量比に変化がなくて像の伸び縮みも無いわけだから、像面への入射角度を変えただけで周辺光量低下が改善するなんてことはないというのが、この例で良く分かりますね。でも・・・像面照度を像側θ’で記述した場合でもcosθ’の4乗が使われているわけだから、その部分の値が大きくなったのに照度比が変わらないというのが腑に落ちないです」

博士「先ほどの像側で照度比を考えた式の場合、θ’の他に”像側の開口効率”が含まれていたね。このθ’と像側開口効率が、フィールドレンズの有無でどのように変化しているかを見てみようか」

A君「は〜、なるほど・・・フィールドレンズを入れた場合は、コサイン4乗の項はほぼ1になるけれど、像側開口率S’/S0’の低下分が大きくなって、その積としての照度比は結局変わらないということですか。上手くできているというか・・・じゃあ、S’/S0’の低下をなんとか食い止められれば・・・」

博士「確かに、像側テレセントリックでS’/S0’が一定値となれば、像面照度は一様になる。だが、そのためには、入射瞳の収差を上手く利用するなどして、物体側開口率が画角に応じて大きくなる必要がある」

A君「結局のところ、像側テレセントリックにするだけでは一様照度は実現できなくて、やっぱり、入射画角θのコサイン4乗で低下するということですか」

博士「最後に、照度が一様となる光学系の例を二つ見てみようか。まず、物体側と像側の両方がテレセントリックの光学系はどうだろうか」

A君「検査光学系や半導体露光装置の分野で使われているやつですね。これならθもθ’もゼロだから、さすがに均一照度になるんでしょう」

博士「その通り。今回最初に、負の歪曲ありの像側テレセン系が出てきていたね。これを、反対向きに二つ組み合わせてみよう。物体側と像側の両方でテレセントリックになるし、完全対称型なので歪曲収差もゼロになる。」

博士「開口効率100%も保たれている。さて、周辺光量比は?」

A君「今度こそ、均一でしょう?」

博士「はい。お待ちかねの一様照度分布じゃ。僅かに低下しているのは材質の吸収やレンズ面での透過率が影響しておる」

A君「いや〜、両側テレセントリック系、素晴らしいです。こういうレンズで写真撮ってみたいですけど、なんで無いんですかね?」

博士「“周辺光量落ちもレンズの味”と言われていた時代もあったが・・・今は画像処理で補正できてしまうんじゃろ。それに、カメラレンズに両テレセン系が無いのは、広範囲のピント合わせができないからじゃろうか。両テレセン光学系全体の焦点距離は非常に長くなるからな」

A君「主光線が光軸と平行に入射して、出てくるときも平行だからですね。ステッパーのレンズ系なんて、ものすごくごっつい感じがしますが、パワーゼロなんてなんか不思議な感じです」

博士「もう一つ、照度一定となる例は、ある種の魚眼レンズじゃ。周辺光量比は歪曲収差の影響を受けるという話をしたが、魚眼レンズなど歪曲収差が有る(射影方式が異なる)レンズでは、照度はコサイン4乗から大きくずれる。特に、正射影の魚眼では均一になるということじゃが、それを確かめてみよう」

博士「このレンズ系は、通常の縦収差(FIE)オプションで見ると中図のように大きな負の歪曲と評価されてしまうが、射影方式を正射影に変えて評価するマクロを使用したのが右図じゃ」

A君「正射影を基準に評価すれば歪みは無いということになるんですね」

博士「そして、“周辺光量比”の評価がこちらじゃ。大きな負の歪曲により周辺部では像が圧縮されるために、照度が一様になる」

A君「なるほど。周辺光量比についてだいぶ理解が深まりました。ん?でも・・・正射影魚眼レンズでも、入射画角90°だと、コサイン4乗の部分がゼロになりますよね。ゼロに何を掛けたってゼロになるのでは?」

博士「正射影の場合には、歪曲収差のファクターが1/(コサイン4乗)で無限大になるため、打ち消しあうのじゃよ。詳しくは、下記の資料の記事を参考にするように。他の射影方式の特長に関しても説明されているので、参考になると思うぞ」

荒木敬介(2013)「像面照度解析と収差論」,『光設計研究グループ機関紙』No.52(2013)p.21-26, 光設計研究グループ

今回の話で使用したCODE V用のレンズデータやコマンド操作などは、ここからダウンロードできます。

CODE Vに興味を持たれた方は、トライアル版(無料)にて今回の事例や他の機能確認を行うことも出来ます。詳しくはこちらをご覧ください。

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