A君のレンズ設計物語第2回:A君、近軸論を学び、収差係数を試用する

博士「さて、今回からレンズ設計の勉強を始めるわけだが、まずは近軸論から始めてみようかの。光学系を評価計算する場合には、勿論、スネルの法則に基づいた実光線追跡を行う必要があるが、スネルの法則にはsinθの計算が含まれている。そのため、計算機が発明される以前には、非常に時間のかかる作業であったのじゃ。物の本(※1)によると、数学者ペッツバールがペッツバールレンズを設計したときは、工兵隊一個小隊が借り出されて、計算を行ったということもあったそうじゃよ。
※1:元ネタは、高野栄一(1993)『レンズデザインガイド』写真工業出版社 82ページ

そこで、少ない計算量でも光学系の性能を把握することができるようにと、近軸論や収差論が考えられたのじゃ。近軸光線追跡で使用されるのは足し算と掛け算だけだから、格段に計算が楽になるのじゃ」

A君「近軸光線追跡というのは、スネルの法則で出てくるsinθをTaylor展開して、1次の項だけを考えた計算なんですね」


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博士「左様。右の図が、近軸光線追跡で使用するレンズのパラメータなどの様子を表している。ri,di,niは、レンズパラメータそのものじゃが、これらのパラメータから、各面のパワーφiと換算面間隔ei'を、以下の式により予め計算しておく。

そして、各面での光線の換算傾角αiと入射高hiを、φiとei'を使用した漸化式のような以下の計算で求めていくのじゃ。物体距離が無限遠の場合、初期値は、α1=0、h1=1とする。

A君「なるほど、単純な計算ですね。これなら、簡単なプログラムを組んだり表計算ソフトを使ったりすれば、楽勝です」

博士「勿論、計算機を使うのが効率的じゃが、一度は、枚数の少ないレンズデータを使って全てを手計算(電卓は使ってもよいぞ)でやってみることをお勧めする。同じパワーφであっても、hの大きさが異なれば、αに与える影響も違ってくる、などが意識できると更に良い。これらの近軸追跡値は、焦点距離などの全系の近軸量計算に使われるだけでなく、収差係数の計算にも使用される、非常に重要な量なのじゃ」

A君「なるほど。近軸論を使って、レンズ系の解析を行うなんてこともできるのですか?」

博士「そうじゃな・・・収差補正には凸レンズと凹レンズの両方が必要なのじゃが、例えば、トリプレットレンズの場合、真ん中に強い凹レンズが配されておる。この理由は分かるかな?」

A君「さぁ・・・見当もつきません」

博士「収差補正の重要な要件であるペッツバール和を考えると、レンズ系全体の凸レンズパワーと凹レンズパワーの和が小さくなるのが理想的じゃ」

A君「でも、全系のパワーφって、各群のパワーφiの単純和、つまりφ=買モiじゃありませんでしたっけ?強い負のパワーがあると、全系のパワーも、弱くなってしまう(焦点距離が長くなる)のではないですか?」


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博士「うーむ。A君、それは近似し過ぎじゃ。確かに、"レンズ系全体を薄肉系"として考えた場合はその通りじゃが、部分系を薄肉として考え、個々の薄肉系は離れていると考えると、次式のように各群パワーにhが掛かった形になる。

或るトリプレットに対して、近軸追跡を行ってみると、右のような値となっている。物体近軸光線の第2レンズでの入射高hが、他のレンズのそれに比べて、小さくなっていることが分かるじゃろ。近軸論(前述の式)から、hが小さい面のパワーは、全系のパワーへの影響が少ないことが分かる。そこで、収差補正のために、hが小さいところにある負レンズのパワーを強くすることができるような配置になっているのじゃ。他には、ダブルガウスレンズでも同様の構成となっているといわれている(後日の講義にとっておくぞ)。こういった考察が得られるのが、近軸論や収差論なのだよ」

A君「へぇ〜。パワー配置の解析っていうのも面白いものですね。でも、最近のPCの計算スピードはものすごいから、実光線追跡も簡単に行えるんですよ。近軸論や収差論は、所詮近似計算ですよね。やっぱりスポットとかMTFなどの精密な計算には敵わないんじゃないですか?」

博士「勿論、精密正確な評価が必要であるのは言うまでもないが、精度の高い計算を行うことと設計の洞察を得ることとは別次元の話じゃよ。
例えば、A君。或るレンズのMTFが左図のようになっているとしよう。あまり性能が良くないみたいだね。同じレンズデータの横収差図を見てみると、右図のようになっている」


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A君「うわぁ、すごい収差ですね」

博士「さて問題です。どのレンズパラメータをどう変えれば、この性能が改善されるでしょうか?」

A君「え?そんなこと分かるわけ無いじゃないですか。パラメータを変数に採って最適化するしかないでしょ」


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博士「うーん。"計算機がなければ何も分からない"世代じゃな。A君、この状態は収差が発生しているわけではない。見る人が見れば、単なるデフォーカス(ピントズレ)だということが分かるのだよ。つまり像面を動かすだけで性能は、ほれ、この通り→」

A君「おおぉ!」

博士「ま、これは収差図の見方の話で、ちょっと極端な例だったかもしれないが、言いたいことはじゃな・・・」

A君「"設計の初期段階では、厳密・正確な評価を行うことよりも、近似であったり精度の低い計算ではあっても、見通しが得られることの方が重要"ということですね」

博士「A君、その通りじゃ!それが非常に大切なことなのじゃ。
MTFやスポットでの評価では、最終的な性能がどうなっているかは分かるが、どのようにしてその最終性能を実現しているのか、全く情報が得られない。収差係数による評価では、全系での値を見れば最終性能がどうなっているのかを凡そ掴むこともできるし、各面分担値を見ればどのレンズがどの収差をどれ位発生(補正)しているのかも一目瞭然なのじゃ」

A君「なるほど。よく、新製品のレンズの解説で、"このレンズで非点収差を補正して・・・"というような説明を聞きますけど、そういったことも分かるんですね」

博士「それに、収差補正を行って光学性能を上げていくと、最良像面位置はどんどん近軸像面に近づいていく。完全に無収差な状態では、近軸焦点位置と一致するわけだから、"所詮は近軸量でしょ"などと馬鹿にするわけにもいかないのじゃよ」

A君「近軸論すげ」

博士「計算系を使った一般的な最適化も、ローカル最適化と呼ばれる開始時点の設計解から手近の局所解へと向かうようになっている。そのため、最初のパワー配置が不適切な状態だと、いくら素晴らしい最適化機能であっても、良い解は得られないのじゃ。そんな場合にはグローバル最適化を使うという手もあるが・・・これはA君にはまだ早いな」

A君「そういえば、sinθって展開すると、1次以外に、3,5・・・次といった項も出てきますよね。その扱いはどうなっているんですか?」

博士「うん。それが、近軸(1次)からのズレ、つまり収差として扱われるのじゃ。sinθを展開して出てくるうちの、3次の項を評価するのが3次収差論であり、収差の性質別に整理したものが3次収差係数といわれるものじゃ。式の導出自体は見ておく必要は無いが、収差係数を使用した設計を行う上では、収差係数と収差図との対応を理解することが非常に重要なのじゃよ」

A君「収差係数の値だけでなく、収差図も見ながら設計するということですか」

博士「その通り!"収差係数の値を○○にすれば、どんな場合でもOK!"といったことは無く、残存収差を確認して、どの収差をどれ位補正しよう、そのためには、収差係数はこれくらい大きくしよう小さくしよう、という具合に方針を決めながら進めていくことになる」

A君「なんか、面倒くさいな・・・」

博士「まぁ、そういわずに。対応の一例を見てみようか。収差係数(FAQ「3次収差係数を使いたい」)として、以下のような値が得られたとする。このとき、球面収差図において、3次の球面収差がどのようになっているかを示したのが、右の図じゃ。緑の実線が実光線追跡により求めた球面収差、黒点線が3次球面収差係数から求めた球面収差曲線じゃ。これは、収差係数と瞳径や全系の焦点距離から計算することができる」


A君「あれ?緑の球面収差図と黒点線の3次球面収差とが、瞳の端の方では、ずれてきていますね」

博士「"3次"の球面収差係数だからじゃ。実際の収差は、3次成分だけではなく、5次成分、7次成分・・・も含まれており、明るい(Fnoの小さい)レンズや、画角の大きなレンズだと、そういった高次成分も無視できなくなってくるのじゃ。では、収差係数の値と収差図との対応が確認できたら、球面収差係数の値を変えてみて、収差図がどのように変化するかを見てみると良い」

A君「どうやって、収差係数の値を変えるんですか?」

博士「うむ、昔の設計では変化表なるものを使って、曲率半径などのパラメータと収差係数の対応を見て変えていたのじゃが、流石に大変なので、そこは自動設計を使ってもよろしい」

A君「どれどれ・・・うわ、すごいですね。球面収差係数を変えると、球面収差がアンダーになったりオーバーになったり、ビュンビュン動きますね。CODE Vのデフォルトの最適化だと、スポットを小さくする方向にしか動かないのに(それができれば十分かもしれませんが)、3次収差係数を使った最適化だと、いかにも自分が収差をコントロールしているという実感が持てますね!
あれ?でも、2つ目の例では、収差係数がゼロになるように最適化したのに、収差はゼロになっていないですよ」


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博士「さっきも触れたように、レンズの収差は、3次成分だけでなく、高次収差成分も含んでいるのじゃ。最適化で手軽に使用できるのは3次収差係数で、5次、7次といった高次収差は扱うのが大変なのじゃ。ただ、3次収差係数が小さければ高次収差も小さいという特徴があるので、各面分担値を抑えることで間接的に高次収差係数を制御することも可能じゃが、それはまた別の機会にの・・・」

数日後・・・

博士「どうかな、A君、収差係数を使った設計は上手くいっているかな?」

A君「あぁ、博士、丁度良いところに。博士の言われたように、凸レンズと凹レンズを組み合わせることで、球面収差とか他の収差は上手くコントロールできたのに、色収差が小さくならないんですよ」


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博士「どれどれ・・・うーん、A君、このまま最適化を続けていては、100年経っても色収差は補正できんぞ」

A君「え〜!あ、そうか!ろーかる最適化じゃなくて、ぐろーばる最適化を使えば良いんですね?」

博士「そんな、最近覚えてきたようなキーワードを唱えても無駄じゃ。じゃあ、次回は、ガラスの組み合わせの話じゃな・・・」


今回の話で使用したCODE V用のマクロファイル・レンズデータやコマンド操作などは、ダウンロードできます。

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