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解析事例

構造解析

株式会社JVCケンウッド 様

株式会社JVCケンウッド 様:ツールでより良い「音作り」に取り組む Ansysを活用した製品開発

概要

今回のインタビューでは株式会社JVCケンウッド様にご協力いただきました。
同社八王子事業所ではモビリティ&テレマティクスサービス分野の事業に取り組み、今回お話を伺ったお2人はそのうち車載用スピーカーの設計を担当されています。目に見えない「音」という繊細な対象を扱う上で、Ansysで経験と勘を補い、WAONでこれを可視化することで「音作り」に取り組んでいらっしゃいます。
今回はAnsys導入の経緯や活用の現状、導入による影響などについて同社の黒柳様、重田様にお話を伺いました。

モビリティ&テレマティクスサービス分野 技術本部 
第2技術部 第4設計G
黒柳 和志様
モビリティ&テレマティクスサービス分野 技術本部 
第2技術部 第4設計G
エキスパート 重田 朗様

100年間ほぼ同じスピーカーの作動原理

御社の事業、お2人の担当業務についてお話しいただけますか。

黒柳

当社八王子事業所が進めているのはモビリティ&テレマティクスサービス分野の事業ですが、その中で私たちは車載用スピーカーの設計・開発を担当しています。以前はほとんど市販向け製品でしたが、最近では自動車メーカー様に納入するOEM製品やディーラーオプション用製品も手掛けています。

図1 JVCケンウッド様が提供するスピーカー製品

重田

また弊社が扱う車載用スピーカーは二つのブランドがあります。ケンウッドブランドでは国内と海外の製品を、JVCブランドでは海外専用の製品を扱っており、その全ての設計・開発を当部門で行っております。スピーカーは部品点数が非常に少なく、磁石、プレート、ヨーク、フレーム、振動板、ボイスコイル(電線)など大体20点ぐらいあれば作れます。電線の中に電流を流し、磁器回路内でできた磁場によってフレミングの法則で振動板が動き音を出すという非常にシンプルな製品です。スピーカーは振動によって音を出すので、例えばボイスコイルを支えるダンパーに力がかかった際、どれぐらい振動したら壊れてしまうのかの強度や、入力に対して振動板がリニアにどれぐらい動くのか、といった点を設計時には検討します。スピーカーの駆動原理である、磁場を作り、電流を流し、コイルを動かして音を出すという作業は、実はこの100年ほど変わっていません。その中でより良い音を出すため、今まで分からなかったことなどを検証するのに Ansys やWAONを使用しております。

図2 Ansys による解析実施例

Ansys で経験と勘を補う

活用の現状についてはいかがでしょうか。

黒柳

スピーカーへの Ansys やWAON使用の成果実績、費用対効果に関する資料を毎年社内で作成しています。磁気回路で生み出される磁束強度を確認するための磁場解析、振動板で発生した音が製品形状よりどのように放射されるか検証する音場解析、周波数応答解析では周波数の応答を見た上で形を変えることで音作りに活用しているほかに、最近では「信頼性」という観点から使用する機会が増えてきております。また当部署だけではなく、たまたま一緒に仕事をした他の部署もだんだんと Ansys の使い方を身につけて、活用し始めています。

重田

導入したころと比べると、社内で車載用から家庭用のスピーカーへ、そしてスピーカーでは無い他部門へ、というように、ユーザーがどんどん増えてきているというのは間違いないです。私が若いころは、経験と勘に頼ることが多かったですが、現在ではこういう解析ツールで経験と勘を補えるので重宝しています。

「信頼性」とは具体的にはどういうことですか。

黒柳

市場トラブルからの原因究明に使用する事が多いです。「製品が壊れた」という品質保証部門への情報を基に、それは本当に壊れるような形で使われるものなのか、壊れるには理論的にどれぐらいの力が必要なのか等を解析によって数値化します(図3)。その結果を客観的に判断する事により、市場や製品へ正しいフィードバックが出来ます。例えば製品の問題でしたら仕様・品質・試験状態の見直しを実施しますし、また市場の問題だった場合は、当社に起因する不具合や設計の不備ではなく、例えば輸送状態・使用状況が想定外だったためというフィードバックをします。いずれにせよ過剰品質によるコスト高騰を防ぐために有効です。

重田

当初はトラブルシューティングのための使用が多かったですが、事例が増えてくると設計初期段階で「こうなるだろう」と盛り込むこともできるようになってきて、あらかじめ検証しておくことも増えてきました。始まりはトラブルシューティングがほとんどなのですが、最近ではツールをうまく活用できるようになってきたかな、と思っています。

図3 材料破壊した実物と Ansys による応力分布の解析結果

軽量小型・省電力化進む車載用スピーカー

車載用スピーカーの技術開発にトレンドはあるのでしょうか。

重田

車載用スピーカーで言うと軽量・小型化です。車体が重いと燃費が悪くなりますので、より軽いものが求められます。また、同じぐらい重要なのが省電力・高能率化です。少ない消費電流でどうやって大きな音を出すか、各社さまざまに取り組んでいます。このときに磁場計算をして、より磁力の出やすいものを使用し、小さな力で大きく動かせる軽い振動板にすれば、それだけ少ない電力で大きな音が出ます。振動板は強度と軽さ、そして内部損失を兼ね備えたものでなければいけません。スピーカーはパーツが少ない割には、各部品の特性がいろいろと相反するところがあり、その最適な解を求めるのに解析は有効です。

重田

またハイエンド製品の場合は音質・性能も重要ですが、それぞれのパーツが高級感を持っていることも重要です。例えばスピーカーの振動板に用いる材料は主にコストと音質両面の良さを併せ持つ「紙」を用いる事が多いですが、紙以外にも様々な樹脂や金属の振動板などを、そのスピーカーの用途によって選択します。振動板はそのスピーカーの音質の大半を色付けてしまうため、常に新しい素材を探しています。

黒柳

まず紙は燃えやすいというデメリットがあります。スピーカーのコイルには電流が通っているので、場合によっては発火して延焼し燃えてしまうリスクがあり、車載では発火の可能性を極力減らす必要があります。スピーカーの構造変更により対応することは可能ですが、その分コストが上がってしまいます。「この構造だと燃える可能性があるから、紙の振動板は使わないでほしい」と伝えてくる自動車メーカーもあります。加えてコーティングなどでなるべく影響が出ないようにはしますが、水や湿気などの環境に強くありません。ただもちろんメリットもあり、紙は軽くて安価なうえ、プレス方法、どれぐらい繊維を細かくするか、どんな添加物を加えるかなど、先人たちが見つけ出したノウハウも豊富にあり、音が非常に作りやすいです。いずれにせよそのスピーカーが求める性能に最適な材料を選択する事が重要です。

材料は社内で開発されるのでしょうか。

黒柳

CYBERNET Solution Live 2020で発表した内容は、大手企業と提携して具体的な材料開発に取り組んだ一つの例です(図4)。但しその材料を使った振動板の音色は実際に聴かなければ分かりません。CAEで得た数値や特性ではどうしても判断できず、最終的には現物評価になることが多いですね。

図4 樹脂振動版と超軽量振動版の周波数帯ごとの音圧分布

「CAEだけで音色を聴く」ということに対してはどうお考えですか。

黒柳

検討は進めているのですが、実際に業務に携わっている身からすると、正直難しいと思っています。人間の耳の音感はすごい精度です。無響室で測定すると特性差は出ないのですが、聴いてみると少し違うということを経験し「これはちょっと聴感には及ばないな」と感じることが何度もありました。実際に測定で使っているのはサイン波なのに対し、最終的に聴いているのはミュージックソースです。今の測定ではその聴感の差を表現しきれていない部分もあると思います。今では基本的な測定に加え、ラウドネスなどの心理音響評価指標の活用なども模索しています。そしてそのような測定で差分を検出出来れば、同じ手法から解析で音色を評価出来ると考えています。

ニーズに一番マッチしていたWAON

Ansys を導入した経緯について教えていただけますか。

重田

導入した当時は私も入社前ですが、Ansys がバージョン4のとき、1993年に導入したと聞いています。スピーカーは磁石を使っているので、どうしても磁場解析をする必要がありました。当時いろいろ検討した結果、電磁場などをシミュレーションするのに有効だということで Ansys を導入したとのことです。WAONについては、初回リリースされた2006年に導入が決まりました。日本の会社が運営している点にも安心感がありましたが、一番の要因は、高い周波数領域の挙動を見るというニーズにWAONが一番マッチしていたということだと思います。周波数が高くなると、どうしてもメッシュ数が多くなってしまうので、当時のPCスペックではとても解析出来ないとあきらめていたものが計算出来ましたので。また導入に当たっては、上司の理解があるというのはすごく大きかったですね。予算立てする人が解析ソフトの内容を把握しているので、社内的には導入のハードルが非常に低かったというのはあります。

導入後目に見えない部分で好影響

Ansys を導入したことによる効果はいかがでしたか。

黒柳

お話ししたように、設計者の使用が増えた点から考えると、「こういう要素の考慮が不可欠だ」といった、目に見えない部分で設計者の成長に役に立っているのではないかと思います。特に私たちの部署では、若手のうち、2 、3年目で Ansys の講習に行かせています。すると、磁場解析、静解析、動解析に対する学びをスタートできます。やはり理論的に物事を考え、使えるようにしてくれるツールだと思います。信頼性試験で問題のなかった製品が市場でトラブルになるというのはよくあることです。例えば100時間駆動し試験には合格したものの、市場に出してみると不良率が高く、実際は製品にはバラつきがあるため90時間で壊れる耐久力であったりすることもあります。このように試験によるOK 、NG判定だけでは、製品の安全率に対する意識が低くなります。解析を使用すると嫌でも数値として製品の安全率と向き合わなければいけなくなります。また全ての設定条件を正しく設定することができなければ解析結果で再現できないため、設計者が事象を正確に把握できるようになることが大きいです。

御社では現象をしっかり確認し、知見を深めるためにツールを活用しているという印象を受けますが、そうなるまでにどういう工夫をされたのでしょうか。

黒柳

実際にその業務を担当する設計者がいつも解析検証をできているかというと、実はそうでもありません。時間に追われるとやはり試験優先の結果論になってしまいます。ただ要所では解析データを含めて先人たちがマニュアルを作成し、残してくれています。どれぐらい時間が掛かるか分からない仕事量であれば手を付けづらいのですが、そうしたマニュアルが浸透して誰もが触れるようになると、それを使ってみようという気になります。この辺りの取り組みがうまく回ったのではないでしょうか。

重田

マニュアルなどいろいろ残してはいますが、教育プログラムで完璧なものというのはなかなか難しいですね。サイバネット様主催のCAEマネジメントセミナーに1度出席させて頂いた事があります。そこで多くの議論が出ていたのが「CAEは設計者がやるべきか、専門家がやるべきか」という内容で、他社の事例を聞きながら、いろいろな方法があるなと思いました。良い悪いは一長一短でしょうが、私は教育の観点で言えば、技術者のレベルアップも含め、設計者にCAEを触ってもらいたい、というスタンスです。そのためにも「初めての人はまずは触ってみよう」、「担当しているモデルの磁場解析からやってみよう」という体系的なプログラムを状況に応じて組んでいます。その辺りは使ってきたなりのノウハウがあると思います。

サイバネットへの期待や要望についてお話しいただけますか。

黒柳

今回は測定と解析という形で突き合わせて作業を進めたのですが、もう少し測定器に対して近いデータで解析できればと感じました。例えば、WAONでは今のところ、3分の1オクターブまでの設定しかありませんが、私たちは12分の1で測定することもよくありますので、もう少し細かく測定できればいいですね。測定機器の測定条件に合わせた解析設定の選択肢が初めからあれば、私たちとしても使いやすくなるかと思います。これもデータを自前で処理してしまえば解決する問題なのですが、そのひと手間がなくなると楽になります。

重田

プラットフォームに様々なカスタマイズがあると聞いてはいますが、もう少し簡単な使い方ができればいいですね。ツールの充実度を私たちユーザー側がうまく活かせていない気がしますので、勉強していきたいなと思います。またWAONの構造的、技術的な内容のセミナーがあると、後進の指導に非常に有益です。私たちが求めているのがニッチなのかもしれませんが、当方の日程や予算に合わせたセミナーを開催していただけないか、と思っています。

見えない「音」を可視化できる価値

今後取り組む予定のことや取り組みたいことについてお話しください。

黒柳

これからは自動車の自動運転が進むことにより、エンターテインメント空間としての要求が進むと考えております。そのうえで車室内空間の変化も進むと考え、従来のスピーカーの取付位置からのレイアウト変更を含めた上での、新しい快適な車室内空間の構築を考える必要があります。ただ当社は自動車を作っているわけではないので、自動車メーカーに提案するにしても、車体が無い状態で伝える必要があります。その点、モノがなくても検証が進められる解析は非常に有効です。試作無しに、スピーカーの数量、配置などを含めた音響空間を可視化して提案出来るところには大きな可能性を感じます。しかし車室内空間というのは非常に複雑な要素を含んでいます。まずは簡易モデルから解析と実測の整合性を高め、最終的には実車両とのマッチングが可能なように検証中です(図5)。先は遠いと感じながらも、やはり小さい事象からコツコツとやっていく事が重要ではないでしょうか。最終的に車室内空間の具体的な音作りを「これはWAONでシミュレーションしたものです」という実績になれば最高ですね。

図5 実機の測定結果と解析結果の周波数帯ごとの音圧分布の比較

重田

私たちはスピーカーを商売としているのですが、その最終商品は音だと考えています。「空気の疎密波」という見えないものを売っている以上、Ansys 、WAONはそれを可視化できるだけでも大変価値があります。ただ汎用ソフトなので、もっとまだいろんなことができるはずですし、私たちとしてももっといろんな活用方法があると思っています。私たちは Ansys の性能の3割も活かせていないと思っていますので、残り7割を活用できるよう、がんばっていきたいですね。

特にAnsysやWAONにこだわらない内容でかまわないのですが、将来的にこういうものがシミュレーションで可視化できれば、と期待されるものはありますか。

重田

スピーカーの疲労や劣化などの耐久性について、精度良く可視化したいです。スピーカーの場合、長い寿命試験では最大4000時間の試験を実施した事もありますが、試験結果が出るまで5か月半もかかってしまいます。「将来的にこう劣化するからこの耐久性であれば大丈夫」ということを、もうちょっと精度良く、明確に示す方法はないのかな、と常々考えています。

黒柳

破壊応力を設定できるのと同様に、「この値になると壊れる」というある程度の一般的な指標をサイバネットシステム様から提供していただけると、設計者としては使いやすいかなと思います。GRANTAのようなものに入っていて「OK」、「NG」まで仮に判定してくれるソフトがあれば、導入が増えると思います。使用のイメージとしては、経験の少ない未熟な設計者が「いえ、解析ソフトではOKでした」と判断を委ねたい場合があるのかもしれません。疲労、劣化も含め、そういう判断材料は何かしらあると思いますので「OK」、「NG」を判定してくれると、設計者は自分で判断しなくてよくなり、負担も減るかもしれません。

株式会社JVCケンウッド黒柳様、重田様にはお忙しいところインタビューにご協力いただき誠にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。

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