コラム
「自動化」から「協働」へ - AIエンジニアリングの世界で人間に残るものとは
エンジニアリングは転換期を迎えています。AIがますます複雑なタスクを自動化する中、エンジニアリングにおいて何が人間の仕事として残るのか、多くの人々が疑問を抱いています。
本稿では、エンジニアリングの単純な自動化を超え、人間と AI Copilot との協働がいかにして実現できるかを考察します。
Neural Concept社とNvidia Omniverseの最近の統合は、人間とAIの共生的な相互作用を基盤として構築されました。これはSP80(スイスのカイトを動力源とするヨットで時速150kmの航海速度実現を目指すプロジェクト)のような実例で具現化されています。
本記事では、Neural Concept社創業者ピエールが、AIとエンジニアリングの未来像を語っていきます。
なぜAIがエンジニアリングの常識を書き換えているのか
エンジニアリングは史上最も重要な変革期を迎えています。近年、先進製造技術へのプレッシャーは激化しています。企業は製造スピードの向上とコスト削減を追求しながら、より高度な製品を生み出さなければなりません。さらに、エンジニアに求められるスキルは機械学習へとシフトし、AIツールの進歩が新しいアプローチを次々に可能にしています。
あらゆる分野において、AI駆動型のエンジニアリング変革は「生き残り」を左右するテーマです。企業はAIをエンジニアリングプロセスに組み込み、AI主導のハードウェア設計を牽引する存在になろうと競争を加速させています。しかし、AIがより多くの設計業務を担うようになるほど、ある重要な問いが浮かび上がります。――この新しい枠組みの中で、人間のエンジニアには何が残されるのでしょうか?
その答えは、人間の創造性とAIの分析能力の“共生的な協働”にあると私たちは確信しています。当社のNeural Conceptプラットフォームは、その未来に向けた大きな一歩です。NVIDIA Omniverseプラットフォームを活用し、エンジニアとAIが協働しながら試行錯誤できる、動的でインタラクティブな環境を構築します。そこでは両者が力を合わせ、製品設計の可能性の限界をさらに押し広げていけるのです。

エンジニアリング AI Copilot とは?
エンジニアリング AI Copilot とは、共生的な協働を通じてエンジニアを支援するドメイン特化型AIアシスタントを指します。この Copilot は、生成AI、ハイブリッドAIと物理ベースシミュレーション、リアルタイム協働を活用し、自動最適化と人間の創造性の間のギャップを埋めます。
AIは製品設計を単に加速するだけではありません。設計空間の探索のしかたやトレードオフの見極め方そのものを変え、プロセスのあらゆる段階で意思決定の質を底上げしています。
そして、エンジニアリングの性能は数式だけで語り切れるものではありません。だからこそ、人間の感覚や経験に裏打ちされた判断が決定的に重要になります。
人間とAIの協働、現場では実際どう動いているのか
AI×人間の強力な協働ワークフローは、一般に以下の流れで展開されます。
- まず、AIエンジニアリングに精通した担当者が、自社の課題領域に合わせて「生成設計向けのエンジニアリング AI Copilot 」を用意します。たとえば、ガスタービンの高圧段を設計する、といった具体的なテーマを想定します。
- 次に設計者が、製造上の制約や設計上の制約を指定しつつ、具体的な設計目標をAIシステムに提示します。
- エンジニアリング AI Copilot は、物理ベースの評価指標に沿って最適化しながら、数千もの設計バリエーションを生成します。
- 人間の設計者は、それらを視覚的に見比べて評価し、好みや経験則、言語化しにくい暗黙の制約まで含めて調整します。
- その人間の判断をフィードバックとして入れ、パラメータを更新すると、AIは再び生成を回し始めます。
この「機械の探索」と「人間のフィードバック」が回り続けるループによって、より賢く、より速く、よりインパクトのある意思決定が可能になります。
実世界での応用
これは机上の空論ではありません。すでに多くのチームが、AIと人間の協働によって物理と設計の限界に挑んでいます。
代表的な例が、風力推進速度の世界記録更新を目指すスイスのエンジニアリングチーム「SP80」です。SP80はNeural Conceptを用いて数十万回規模の設計最適化を回し、1万件を超える設計案を探索しました。しかし、計算上はすべての要件を満たしていた水中翼でも、実際に水上でテストすると、操縦士はボートの挙動がしっくりこないと感じたのです。
ここから重要な知見が得られました。「AI生成設計には人間の判断が必要だ。」そこでSP80は、Neural Conceptの新機能と NVIDIA Omniverse の技術を活用し、超高精細で現実に近いシミュレーション環境を構築しました。最終案を決める前に、数千の設計候補を可視化し、インタラクティブに検証できるようになったのです。
このように、人間が意思決定の輪の中に入り続ける反復型のアプローチによって、物理ベースの最適化だけでなく、人間の判断も加味しながら設計を磨き込めます。その結果、パイロットのような非技術系の関係者から得られる「感覚的だが重要なフィードバック」を、より速く設計に反映できるようになりました。

AIとシミュレーションで世界記録を塗り替える:SP80の挑戦
- 前述したスイスのプロジェクト・SP80は、世界記録級の80ノット(約150km/h)達成を目標に掲げています。これは従来の記録を18%上回る挑戦です。
- 物理学の限界に挑戦するため、チームはキャビテーション(構造崩壊や深刻な不安定性を招く極限現象)を抑えるハイパーベント式水中翼を設計しました。
- 以前の記録保持者は、初回の挑戦で命に関わる事故に見舞われました。SP80は「記録更新」と「安全最優先」の両立を掲げ、スピードだけを追って安定性を犠牲にしない設計思想を徹底しています。
- Neural ConceptとNVIDIA Omniverseを活用し、従来比1万倍以上の設計案を検証。パイロットのフィードバックを迅速に反映し、極限環境下での艇体挙動を最適化しました。
そして、SP80で培われたこの能力は、より一般的な産業にも応用できます。自動車・航空宇宙・消費財開発などでも、AI主導のワークフローに「物理」「シミュレーション」「現場の知見」を統合することで、部品やシステム設計の協働を最大10倍のスピードで進められるようになります。
創業者ビジョン:なぜエンジニアリングがAIの最後のフロンティアなのか
Neural Concept社創業者兼CEOであるPierre Baquéは次のように語っています。
「AGIにとって最後のフロンティアは、エンジニアリングかもしれない。でも、いずれそこも突破されるだろう。」
AIによるエンジニアリングの自動化
このことを考えるたびに驚かされます。人が作った機械が、家族を乗せて1000kmを休むことなく数時間で走り切り、最小限の修理で20万〜50万kmも走れる。平均年収に近い価格で手に入るのに、細部への気配りや快適性がしっかり感じられる。そんなものが、ほぼゼロから設計され、たった数年で量産されてしまうのです。
この10年、自動車サプライヤーやメーカーと関わるほどに、こうした成果を可能にしている「人の専門知」「デジタルの工程」「複雑な相互作用」の精妙さに圧倒されてきました。プロセス全体は体系化され、個々の部品設計はかなり自動化されている。それでも最終的な成果は、AI、人間、製造機械が絡み合うネットワークから立ち上がってくるものです。
AIがこのプロセス全体を段階的に担えるようになるには、標準化と学習に膨大な時間が必要でしょう。白紙の状態から、巨大な単一AIモデルで全部を置き換えるのも、考慮すべき制約や物理現象があまりに多様で複雑な以上、同じくらい難しい。だからこそ私は、エンジニアリングは今後もしばらく、人間の意思決定が不可欠な領域であり続けると考えています。
とはいえ、AIは今後数年で設計プロセスに大きな効率向上をもたらします。そこにこそ Neural Concept の使命があります。伝統的なエンジニアリング業務の中で、人が担ってきた膨大な知的作業を、AIへと置き換えていく。その方向に技術は確実に進んでいきます。
では、人間に何が残るのか?
「もう人間は要らないのか?」――そう単純ではありません。私は、エンジニアリングにおける人の仕事は、主に次の2つの方向へ進化すると考えています。
- AIをつくり、育てる人
- 人間の好みや価値観を言語化し、設計に反映する人
AIをつくり、育てる人(AIビルダー)
AIビルダーは、AIを作るだけではなく、信頼性・性能・継続的な改善を担保する役割を担います。スクリプトを書き、設計スタディを回し、物理実験を統計的に分析する――こうした仕事は、特にシミュレーション系のエンジニアにとって昔から重要でした。AIの時代にはこの比重がさらに増し、多くの企業にとって競争力を左右する中核的な専門性になります。
多くのエンジニアリング企業が「ハードウェア設計の会社」から「AIを作る会社」へとシフトする中で、これは“これからの鍵になる仕事”です。Neural Concept は長年この領域のエンジニアと協働し、彼らが企業の中で価値を生み出すためのプラットフォームを磨き上げてきました。通常の10倍のスピードで、より高い付加価値を引き出すことを目指しています。
その一環として私たちは Neural Concept Spark Sessions を始めます。シミュレーションエンジニアがAI駆動の設計ワークフローを試し、導入準備度を見極め、エンジニア向けに最適化したデータサイエンスの実践知を学ぶための“発見型トライアル”です。
人間の嗜好を表現する人(クリエイター)
それだけではありません。最先端の消費者向け製品が人を本当に納得させるのは、技術的な精密さと、人間の好みが持つ繊細さ――その“ちょっと魔法みたいな一致”が起きたときです。だからもう一つの重要な役割は、数値化しにくい「感覚」「美意識」「好み」を設計に注ぎ込むクリエイターです。
完璧なロボットと恋をしたいと思わないのと同じように、人間の魂が宿っていない車やボート、スマホを私は買いたいとは思えません。だからこそ私たちは Omniverse 連携を導入します。AIベースの冷徹な生成設計と、人間の経験や嗜好が持つ“美しさ”を調和させるための次の一歩です。AIが生み出した案を極めてリアルな環境で可視化し、比較し、好みを表明できるようにすることで、より良い製品開発に欠かせないフィードバックループが回り始めます。
SP80と「船乗りの感覚」の力
多くの船乗りが言うように、セーリングは科学であると同時に芸術でもあります。感覚や直感は、パフォーマンスから切り離せません。優れた船の設計者は、力・圧力・運動量を計算するだけでなく、「自分の作った船を操る体験」そのものを思い描きます。
SP80は風力推進速度の世界記録更新を目指す、スイス人船員とボート設計者からなるチームです。私は彼らを間近で追っていますが、必ず達成すると断言できます。
しかし、Neural Concept を使って数十万回規模のマルチフィジックス最適化を回した後でも、彼らには「何か足りない」という感覚が残りました。最新世代の水中翼をテストした瞬間、水上で「挙動が違う」と直感したのです。計算ミスではありません。入力した方程式どおりに最適化されていました。それでも、船乗りの感覚が「この設計は最適ではない」と告げていたのです。
彼らは理解しました。次の性能域に踏み込むには、AI生成設計の圧倒的な計算力と、パイロットの直感をもっと密に結びつけなければならない。そこで私たち・Neural Concept社は、オンラインの設計ループと連動する“現実的な可視化環境”として Omniverse 統合を進めました。NVIDIAとも連携し、顧客の声を集めたところ、これは多くのチームが求める要件であり、欠けてはいけないピースだと確信したのです。
この新たなアプローチにより、SP80は水中翼を改良し、現在は実環境下でのテストを本格化させています。AIの計算能力と船員の直感を融合させ、画期的な性能を達成しようとしています。

エンジニアリングAIの実践を見る
エンジニアとAIが共創する可能性は、まだ入口に立ったばかりです。さらに一歩踏み出すには、Neural Concept Spark Session への参加をご検討ください。
実践形式のガイド付きワークショップで、次を行います。
- 自社の課題に合わせたAI駆動の設計ワークフローを探索
- Neural Concept 上で最初の「Engineering AI Copilot」を構築
- エンジニアのための実践的データサイエンスのベストプラクティスを習得
世界記録級の水中翼から、自動車部品の最適化まで。Spark Session は、AIを迅速に設計プロセスに組み込む近道になります。
AIは、機械が得意なことをさらに加速させます。しかし、人間の役割――創造性、直感、判断力――は、これからも長く不可欠であり続けるでしょう。
AI駆動エンジニアリングの次の時代を、ともに形にしていきませんか。




