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ホログラフィックカプラーを利用した曲面導波路
解析概要
本事例では、曲面形状を有する導波路における光学設計および解析手法をご紹介します。ARやHUDなどに用いられる曲面導波路では、平坦な導波路とは異なり、全反射による光の伝搬過程において曲率に起因した収差や光学パワーの影響が生じます。そのため、設計段階でこれらの影響を考慮した対策が不可欠です。
そこで本モデルでは、収差補正を目的としたホログラフィックカプラーを導波路内に組み込み、その光学性能をシミュレーションによって評価しています。具体的には、Ansys Lumerical(以下、Lumerical)を用いてホログラフィックカプラーを構成する体積ホログラフィックグレーティング(VHG:Volume Holographic Grating)の屈折率変調を詳細にモデリングし、その設計結果をAnsys Zemax OpticStudio(以下、OpticStudio)と連携します。OpticStudio上では、ホログラフィックカプラーを含む曲面導波路全体に対して光線追跡解析を実行し、導波路内を伝搬した後の映像の見え方を評価します。これにより、微細構造レベルの回折特性と、システム全体の光学性能を一貫して検証できるマルチツール連携解析の有効性を示しています。
背景/課題
導波路の形状選択と懸念点
導波路は、光が媒質内部で全反射を繰り返しながら伝搬していく光学デバイスです。一般的には平坦な面形状が用いられますが、導波路を曲面形状とすることで、製品設計上の自由度が高まります。例えば、人の頭部に装着するスマートグラスやHMD、自動車のフロントガラスに組み込まれるHUDでは、外形形状に沿った曲面導波路を採用することで、筐体への搭載性や意匠性を向上させることができます。
一方で、導波路を曲面形状とした場合、光が全反射によって伝搬する過程で、曲率に起因した光学パワーや収差が発生します。これにより、導波路内を伝搬した光が理想的な結像状態からずれ、最終的に結像品質の劣化や像の歪みにつながります。こうした曲面導波路特有の課題に対する有効な対策の一つが、ホログラフィックカプラーの利用です。
ホログラフィックカプラーでは、曲面導波路内で発生する光学的な影響を補正するように、あらかじめ設計された光学機能(回折方向や光学パワー)を持つ干渉縞をホログラムとして記録します。これにより、導波路の曲率によって生じる収差を補正し、所望の光線伝搬や像品質を実現することが可能となります。
体積ホログラフィックグレーティング ―VHG
一般に回折というと、表面レリーフ型グレーティング(SRG : Surface Relief Grating)で代表されるような、面に彫られた溝や、ノコギリの刃のようにギザギザしたものに光線が入射することで発生するものを想像しやすいと思います。一方今回のモデルでは、回折を発生させる仕組みとして、ホログラフィックカプラーを体積ホログラフィックグレーティング(VHG)で構成します。VHGは平坦な形状で、SRGの溝のような微細構造はありません。内部で屈折率が正弦波関数状に変化しており、ブラッグ回折を発生させます。ブラッグ回折は入射角に対して敏感で、少しでも条件からずれれば回折を発生させないので、任意の入射角で発生させる回折光に対して非常に回折効率が高い仕組みです。
また、VHGはホログラムとして干渉を記録させることで回折効果を生み出します。普通のホログラムでは目的通りの方向に進む光だけでなく、他の方向に回折する光も発生しますが、VHGではブラッグ回折の仕組みから、特定条件の光のみが高効率で回折されるため、導波路への結合効率と不要光の抑制を両立できます。

図1 : 表面レリーフ型グレーティング(左)と体積ホログラフィックグレーティング(右)の構造例
設計の仕様
曲面導波路
まずはOpticStudioで理想的なシステム形状をモデリングします。これには曲面導波路とホログラフィックカプラーから構成されています。この理想的なモデルから、VHGがどのような光学パワーを持てばよいかの予測を立てます。
ホログラフィックカプラー
LumericalのRCWAソルバーでホログラフィックカプラーを設計します。体積内部における屈折率変調の周期性を活用し、レイヤー反復機能を使用することで計算を高速化しています。理想的な導波路システムで得たVHGに必要な光学パワーを付加するため、VHG要素の表面全体にわたる応答を計算する目的で、RCWA計算をループ処理で実行します。各空間位置において、誘起したい機能に一致するように、記録時のkベクトルが調整されます。
システムの解析
Lumericalで設計したホログラフィックカプラーの応答情報を.jsonファイル形式でエクスポートし、OpticStudioの曲面導波路に取り付けられたホログラフィックカプラーに適用してシステム全体での光線追跡を実行し、理想的なシステムとの差異を確認します。確認方法として、アルファベットのFの文字を光源として光線を出射し、導波路内を伝搬したあと、外部にあるディテクタへと結像した結果を比較します。
解析結果
実際のモデル
Ⅰ: 理想的な曲面導波路モデル ―OpticStudio ノンシーケンシャルモード
下図2は本事例における理想的な曲面導波路モデルです。下方より光線が導波路と反射型VHGに入射し、導波路内を全反射で伝搬したのち、透過型VHGから出力されて結像します。このとき、導波路の上面と下面それぞれの曲率で光学パワーが発生しますが、上面の凹面と下面の凸面で、ある程度は打ち消し合います。これを考慮した上で入力用ホログラフィックカプラーによって与えられる初期の回折角を調整する必要があります。入力用ホログラフィックカプラーで光学パワーを抑えた状態で光線が導波路内を伝搬したのち、3つのホログラフィックカプラーで導波路の外へ出力され、像を結びます。

図2 : 理想的な曲面導波路モデル
まずはOpticStudioのトロイダルホログラムオブジェクトで理想的なホログラフィックカプラーを再現します。入力用ホログラフィックカプラーにおいて、トロイダルホログラムオブジェクトの上面にホログラムの干渉が記録されるようにモデリングしています。出力用ホログラフィックカプラーにおいては、トロイダルホログラムオブジェクトの下面について同様です。
また、このトロイダルホログラムにも曲率を持たせることで光学パワーを補正します。下図3はその検証結果です。曲率を正しく設定していないモデルでは導波路内を伝搬する各光線の角度が同じでなく、最終的にディテクタに到達する光はうまく結像していないので、入力画像が鮮明に得られません。一方曲率を正しく設定できている理想的なモデルにおいては光線の伝搬角が統一されており、像も鮮明に結べています。

図3 : ホログラフィックカプラーの曲率による結像の差異
Ⅱ: VHG ―Lumerical RCWAソルバー
ⅠではOpticStudioでモデリングできる範囲で理想的なモデルを構築しました。次に、ホログラフィックカプラーの効果でさらなる補正を実現するため、ホログラフィックカプラー内の屈折率変調をLumerical RCWAソルバーで解析します。RCWAソルバーは、ホログラフィックカプラーの応答をシミュレーションするために使用できます。このソルバーにはレイヤー繰り返し機能が含まれており、伝搬軸方向における屈折率変調の周期性を利用することで、計算を高速化することが可能です。本事例では、RCWAソルバーを用いてループ計算を行い、VHGの異なる位置における応答をシミュレーションします。その際、ホログラフィックオブジェクトの曲率を考慮し、所望の応答が得られるように記録時のkベクトルを調整します。
◆入力用カプラー
入力用カプラーの場合、法線入射した入力光線について、導波路内を角度𝜃で伝搬するように回折させたいと考えます。VHG上の位置(𝑥,𝑦)に対して、記録角は次のように調整されます。

ここで、

であり、𝑅は界面における曲率半径を表します。

図4 : ある位置(𝑥𝑖,𝑦𝑖)に対応する記録用kベクトルの模式図
RCWAソルバーで計算された一連の応答は、Lumerical Sub-Wavelength Model(LSWM)を用いて.jsonファイル形式でエクスポートされます。本事例では、すべてのVHGのサイズは9mm × 9mmで、5 × 5点のグリッドでサンプリングしています。LSWMでは、このグリッド点の間に位置するすべての場所での応答を推定するために線形補間が用いられます。主にコリメート光を扱い、かつ曲率の変化が緩やかなため、この方法でも十分に許容可能な結果が得られます。より高い精度が必要な場合や、プロファイルの変化がより急峻な場合には、より細かいグリッドが必要となります。
VHGをサンプリングするグリッド上でy座標が同じ点は、サジタル方向にのみ光学パワーを付加しているため、同一の関数(同一の応答)を与える点に注意してください。そのため、これらの点の集合はまとめてグループ化され、1から5までのインデックスマップとしてラベル付けされます(図5)。この方法により、25回の独立したRCWA計算を行うのではなく、5種類のRCWAシミュレーションのみを実行すればよくなります。

図5 : RCWA計算における5つのグループからなるインデックスマップのイメージ図

図6 : 各インデックスマップでの回折の違い
◆出力用カプラー
入力用と同様の考え方で3つの出力用カプラーを設計します。出力用は透過型VHGで、干渉が記録される面は下面です。(図7)

図7 : 出力用ホログラフィックカプラー
これら3つのホログラフィックカプラーは同じ出射角にする必要がありますが、それぞれのホログラフィックカプラーの法線は平行ではありません。導波路の曲面に沿って搭載されているためです。入力用のホログラフィックカプラーでは、入射した光を全て回折させられるように、回折効率が高いことが求められます。しかし、結像位置で照度にムラができないように、出力用では3つのホログラフィックカプラーでバランスよく光を出力する必要があります。そこで、全反射の伝搬方向に沿って回折効率を少しずつ高くしていきます。本事例では理想的なモデルとして回折効率が33%、50%、100%となるように屈折率変調を設計しました。VHGの厚みを増やすことで、より高い回折効率を得ることができますが、その一方で角度帯域が狭くなるという影響も生じます。そのため、システムで想定される角度帯域全体にわたる応答の一様性と、回折効率のレベルとの間で、適切な妥協点を見つけることが重要です。
Ⅲ: 設計したVHGを搭載した曲面導波路モデル ―OpticStudio ノンシーケンシャルモード
Lumericalで決定したホログラフィックカプラー内の屈折率変調を.jsonファイル形式でOpticStudioにインポートします。下図8のように、Lumerical-Sub-Wavelength DLLで.jsonファイルをオブジェクトに適用することができます。
Ⅰではトロイダルホログラムオブジェクトでホログラフィックカプラーを再現しましたが、これはあくまでも理想的なモデルを構築するためです。Lumericalで作成した屈折率変調を持つVHGを再現するためにはレンズレットアレイオブジェクトでモデリングします。

図8 : DLLで.jsonファイルをオブジェクトにインポート
結果の評価
ここまでの手順で、OpticStudio内で屈折率変調を詳細に再現した状態で曲面導波路のシステムをモデリングできました。この状態での光線伝搬の様子を下図9、Ⅰの理想的なモデルとⅢのモデルで光線追跡結果を比較したものが下図10です。

図9 : 設計したホログラフィックカプラーを搭載した曲面導波路での光線伝搬の様子

図10 : 光線追跡結果
図10より、左側の理想的なモデルによる結果は、Fの文字がくっきりと映っています。一方右側のホログラフィックカプラーで光学パワー補正を加えたモデルの解像度は、理想的なモデルよりは劣ります。そこで、次は明るさの均一性に注目してみます。下図11はその比較図です。照度の表示スケールを統一しています。

図11 : プロットスケールを統一して明るさの均一性を比較
図11の結果から、結像位置における照度差が小さい、均一な分布を持つのは設計モデルの方で、これは意図した設計を反映できています。
まとめ
本事例では、曲面形状の導波路のモデリングをご紹介しました。導波路では光線が全反射して内部を伝搬しますが、今回のモデルでは平板ではなく曲面なので、全反射の際に光学パワーを持ってしまい、全反射が効率よく行えません。そこで、VHGで構成されるホログラフィックカプラーを搭載することで、導波路の曲面で発生する光学パワーをキャンセルするように光を伝搬させるようなモデリングをしました。システム全体はAnsys Zemax OpticStudioでモデリングと光線追跡を実行し、Ansys LumericalでVHG内部の屈折率変調を設計しました。屈折率変調は.jsonファイルとしてエクスポートされ、OpticStudio内のオブジェクトに適用でき、光線追跡計算に含めることで再現性のある解析を実行しました。
