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人体モデルを用いたX線撮影のシミュレーション: 画像再現と線量評価

解析概要

現代の医療現場において、X線撮影は欠かせない診断技術として広く利用されています。臓器や骨の状態を非侵襲的に確認できるため、外科的処置を行うことなく病変を早期に発見できる点が大きな利点です。短時間で撮影ができ、そのデータは三次元的な解析にも活用できることから、治療計画の高度化にも貢献しています。

一方で、X線を使用するため被ばくの影響を避けることができません。近年は装置の高性能化により被ばく量が低減されているものの、患者の安全性を確保するためには、常に撮影条件や照射量を適切に管理し、装置の動作を高い信頼性で保証することが求められています。また、人体の構造は複雑で個人差も大きいため、理論値や単純化したモデルだけでは十分な検証が行えないケースもあります。

このような背景から、X線撮影装置の性能確認や撮影条件の最適化を事前に行う手段として、仮想空間でのシミュレーションが重要性を増しています。そこで有効なのが、光学設計ソフトウェア Ansys Zemax OpticStudio(以下OpticStudio) のノンシーケンシャルモードを用いたシミュレーション手法です。複雑な人体モデルを構築し、材質ごとの吸収や散乱、検出器への入射分布などを解析することで、実際のX線撮影に近い条件での事前検証が可能となります。

本稿では、OpticStudioを利用して人体をモデル化し、胸部X線撮影のシミュレーションを再現する方法をご紹介します。

 

背景/課題

なぜX線で撮影するのか

人体の内部を観察するためには、人体を通過できる特殊な光を利用する必要があります。一般的な可視光は人体を透過しないため、通常のカメラのように内部を撮影することはできません。そこで医療分野で広く利用されているのがX線です。X線は放射線の一種で、高いエネルギーを持つため、人体を構成する分子に阻まれることなく透過する特性があります。この特性により、体内の構造を影として撮影することが可能になります。

同じく放射線であるα線、β線、γ線が撮影に利用されない理由も整理しておきます。

・α線、β線

これらは可視光より強いエネルギーを持ちますが、人体を透過できるほどではありません。そのため、人体に照射すると体の表面で止まり、体内組織を損傷するリスクが高く、撮影用途には適していません。

・γ線

γ線は非常に透過力が強く、人体はもちろん骨まで通り抜けてしまいます。その結果、X線撮影のような「影」を得られず、内部構造の描出には向きません。また、照射量の制御も容易ではないという課題があります。

一方で X線は、

  • 人体を適度に透過して影を形成できる
  • 電源のオン・オフで照射を容易に制御できる

といった利点があり、安全性と実用性を両立した撮影手段として広く使われています。

図1は、各種放射線の物質に対する透過のしやすさを比較した図です。α線は紙さえも通過できないほど透過力が弱い一方で、γ線やX線はアルミニウムを通り抜けるほど高い透過力を持っています。しかし、これらの放射線も鉛を通り抜けることはできません。そのため、放射線防護の観点から、鉛は遮へい材として広く利用されています。

図1 : 放射線物質の透過のしやすさ

設計の仕様

X線光源

医療分野でX線を使用する際には、主にキロボルト領域のX線とメガボルト領域のX線というエネルギーの大きさがそれぞれ異なる光源が用いられます。一般に、キロボルト光源は撮影用途に、メガボルト光源は治療用途に使用されます。

本解析では、X線撮影を再現することを目的として、キロボルト光源のうち 80 kV 光源を採用しています。光源モデルは人体から約1.6 m離れた位置に配置しており、2 mm角の矩形面からX線を放射します。放射角はX軸・Y軸方向それぞれに対して半角5度の広がりを持つ設定としています。

人体のモデリング

人体のX線撮影を高い再現性でシミュレーションするため、OpticStudio内に詳細な人体モデルを構築しました。本モデルは、身体構造や主要臓器の形状だけでなく、それぞれに対応する生体組織の材料特性についても忠実に再現しています。

本解析では胸部X線撮影を対象としており、上半身を中心に、胸部およびその周辺に位置する主要臓器を正確にモデル化することに特に重点を置いています。人体モデルは、平均的な成人男性を代表する公開データに基づき作成していますが、生体組織の特性には個人差が存在する点には留意が必要です。そのため、特定の対象集団を想定する場合は、シミュレーション条件に応じたモデルの調整が必要となる場合があります。

可視光とは異なりX線の波長領域では、物質に対する屈折率の値は1に近いため、今回再現するような透過による影の撮影結果は、屈折ではなく材料(人体)での吸収と内部透過の差に依存します。

本解析では、人体を構成するモデルに対して屈折率や吸収および透過をあらかじめ準備してある.ZTG(Zemax Table Glass)ファイルで与えます。Zemax Table Glass 形式では、材料に対して、ミクロン単位のサンプリングされた波長リストと、それに対応する屈折率および内部透過率データをテキストで記述できます。

図2は波長に対する透過を表したグラフです。例として厚さ10mmの海綿骨(青線)、皮膚骨(緑線)、筋肉(赤線)のそれぞれがどれだけ透過するか、逆に言うとどれだけ吸収しにくいかを表しています。筋肉と比べて骨は透過が小さいです。つまり、X線撮影では骨がある位置では光が受光面にあまり届かないので、影になるというのがここからも推測できます。

図2 : 波長に対する内部透過(青 : 海綿骨、緑 : 皮膚骨、赤 : 筋肉)

解析条件

本解析では、人体を対象としたX線の光線追跡シミュレーションを実施します。内部でのX線吸収を考慮する一方、X線領域では屈折率がほぼ1であり屈折率差が極めて小さいため、フレネル反射は無視できるものと仮定しています。

シミュレーションでは、X線光源・人体モデル・ディテクタを直線的に配置し、胸部X線撮影に相当する結果を取得します。さらに、胸部を囲むように箱状のディテクタを配置しています。これはOpticStudioのディテクタ(体積)の機能で、人体内部で吸収されたX線の吸収光量を測定できます。

解析結果

実際のモデル

図3には、光線追跡シミュレーションに用いる人体モデルとディテクタの構成を示しています。胸部を囲むように配置した箱状ディテクタでは、人体内部で吸収されたX線量を取得します。また、最も後方(図の右上側)に配置したディテクタは、実際のX線撮影で得られる影像を再現するためのものです。

図3 : X線胸部撮影の様子

また、本解析で使用する人体モデルは、生体組織を非常に高い精度で再現しています。図4では、図3では見えない内部構造の一部を示しています。これらの生体組織ごとにX線に対する光線の振る舞いが異なるため、人体内部の撮影が可能となります。

図4 : 人体のモデル一部詳細 (全身の骨格)

(肺)

(あばら骨と背骨)

結果の評価

X線撮影で得られる画像では、X線がディテクタに到達した部分は暗く、逆にX線が遮られて届かない部分は白く表現されます。つまり、人体によって形成される影の領域は白く映し出されます。

図5は、図3に示した人体モデルと光源の間に配置されたディテクタです。人体を通過する直前の位置にあるため、すべてのX線がディテクタに到達し、均一に暗い画像が得られます。

図5 : 人体通過前のX線受光

図6は、胸部X線撮影をシミュレーションによって再現した結果を示しています。左側は対数スケール、右側は線形スケールで表示した画像です。骨はX線を吸収しやすいため透過量が少なく、結果としてディテクタに届くX線が少ないため白く映し出されます。一方、臓器は骨に比べてX線の吸収が少なく、多くのX線が透過するため暗く表示されます。

図6 : 胸部X線撮影のシミュレーション結果 (対数スケール)

(線形スケール)

図7には、人体におけるX線吸収量を評価したシミュレーション結果の一部を示しています。こちらも表示形式は、左側が対数スケール、右側が線形スケールとなっています。また、吸収光量の解析結果はX線撮影画像とは見え方が異なり、X線が多く吸収される箇所ほど暗く表示されるため、骨は暗く、臓器は白く表現されます。

このような吸収光量の解析を行うことで、生体組織がどれだけX線を吸収するかを解析的に確認できるので、X線が人体に及ぼす影響を事前に予測することが可能となり、シミュレーションとして非常に有意義なものとなっています。

図7 : 人体がX線を吸収した光量(対数スケール)

( 線形スケール)

この結果を図8のアニメーションで示します。こちらも左側が対数スケール、右側が線形スケールとなっています。背中から胸にかけて25分割して表示しています。

図8 : 人体内部でのX線吸収量の様子(暗いほど吸収) (対数スケール)

(線形スケール)

まとめ

本事例では、Ansys Zemax OpticStudio を用いて人体モデルを構築し、胸部X線撮影のプロセスをシミュレーションしました。あわせて、人体内部におけるX線の吸収光量(線量分布)を取得しています。このアプローチにより、検査時に被写体が受ける放射線量を事前に予測することが可能となり、放射線検査における利益とリスクのバランスを考慮した、適切なスクリーニング頻度の検討に貢献します。同様に放射線治療の分野においても、シミュレーションと線量推定は、病変組織に対して最大の治療効果を得つつ、正常組織への影響を最小限に抑えるための放射線量設計において、極めて重要な役割を果たします。

このように、人体への影響を事前に可視化・定量評価できるシミュレーション技術は、安全で信頼性の高い医療技術を提供する上で不可欠であり、今後もその重要性は一層高まっていくと考えられます。

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[発行日] 2026 年 3月

[発行元] サイバネットシステム株式会社 技術開発本部 デジタルエンジニアリング第1統括部

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