分野別の課題
車載カメラにおける温度依存性の3D見栄えシミュレーション
解析概要
車載カメラには高い結像性能に加え、過酷な使用環境に耐える信頼性も求められます。
幅広い温度・湿度変化や激しい振動といった自動車特有の条件下でも性能を維持し続けることが、製品としての品質確保において欠かせません。
本稿では、光学設計ソフトウェア Ansys Zemax OpticStudio(以下、OpticStudio)で作成された車載カメラレンズモデルに対して、3次元光学解析ソフトウェア Ansys Speos(以下、Speos)の3D見栄えシミュレーションを実行するというフローを、複数の温度環境下のレンズモデルに対して行います。温度による結像性能の変化を3Dモデルに対するカメラシミュレーションで確認することで信頼性を評価します。
背景/課題
車載カメラの信頼性評価の重要性
自動車業界において光学製品が活躍する代表的な分野の一つが、センシングや自動運転を支える「車載カメラ」です。これまでドライバーが目視で車両周辺を確認していたものの、死角の存在や瞬時の判断が求められる場面では限界があります。事故を未然に防ぐためにも、広範囲を高精度に捉える性能は、車載カメラにとって極めて重要な要素です。
車載カメラは、自動車が置かれうるあらゆる環境下で安定して機能することが求められます。もし環境の影響で性能が低下すれば、運転支援機能としての役割を果たせなくなってしまいます。中でも結像性能に大きく影響を及ぼすのが温度変化です。温度によってレンズやその保持機構が膨張・収縮したり、レンズの屈折率が変化したりすることで、画像の見栄えが著しく損なわれる可能性があります。
カメラシミュレーション
一般的なレンズ設計ツールでは、たとえば常温を20℃と想定して光学設計を進め、設計を確定させていきます。その上で、使用環境の温度変化を反映させた結像性能の評価も可能な機能が搭載されています。本事例ではさらに、3Dモデルを撮影した際の見え方をシミュレーションし、実際の映像イメージを確認しています。
この解析の大きな利点は、光学設計の専門家でなくとも、レンズ性能の良し悪しや温度変化による影響を視覚的に把握できる点にあります。これにより、課題の共有や技術的な議論がスムーズに進めやすくなります。
解析の仕様
解析のゴール
OpticStudioを用いて、低温-40℃から高温80℃まで、20℃刻みで計7パターンの温度環境下における設計データを作成します。各温度条件のデータに対して、Speosを用いた3Dモデルに対するカメラシミュレーションを実施し、温度変化によって生じるレンズ性能の変動を評価します。
モデル
表1および図1に示す車載リアビューカメラを用いて検証を行いました。本モデルでは、メカマウント部材に一般的かつ低コストな樹脂を想定してシミュレーションを実施しています。そのため、例えば凸面同士の組付けのためにマウントが必要とされる箇所には、樹脂の線膨張係数を適用しています。Speosでは、図2に示すように複数のポールと壁で構成された3Dモデル上で駐車シーンを再現し、シミュレーションを行っています。
構成 | 球面ガラスレンズ10枚 |
F# | 2.0 |
焦点距離 | 3.68mm |
全画角 | 200° |
線膨張係数 | 72×10−6 |
表1 : サンプルモデルの仕様

図1 : サンプルレンズのレイアウト

図2 : Speosでのシミュレーションシーン
解析条件
OpticStudioの設計データを基に、Speosで迅速なカメラシミュレーションを実現するために、低次元化モデル(Reduced Order Model:ROM)を活用したデータ連携を行います。ROMは、光学系を通過した光線経路情報を記録するセンサーとして機能し、必要な光線情報のみを抽出・低次元化した.OPTDistortionファイルを生成します。このファイルは設計データのディストーション、被写界深度、入射瞳の位置、そしてコマ収差や像面湾曲といった幾何学的収差を持っており、これをSpeosにインポートすることで、3Dレンズモデルに対して時間を要する光線追跡を行うことなく、短時間で視覚的な評価結果を得ることが可能です。
本事例では、低温から高温まで計7パターンの温度環境に対応したROMを作成し、それぞれに対してカメラシミュレーションを実施、温度変化による見栄えの違いを可視化しています。図3はその解析プロセスの概要を示しています。

図3 : 解析フロー
解析結果
実際の解析
Ⅰ : OpticStudioで複数の温度環境を設定してROMを作成
今回は、常温20℃モデルを基準とし、空間周波数60lp/mmの軸上画角におけるMTF値が最大となるように像面位置を設定しています。
図4に示すスルーフォーカスMTFからも確認できるように、カメラのピントが合った状態を表しています。

図4 : 20℃におけるスルーフォーカスMTF(60lp/mm)
このモデルに対して、OpticStudioのマルチコンフィグレーション機能を活用し、複数の温度環境を設定します。この機能により、ひとつの光学モデルに対して一部のパラメータが異なる複数の構成を定義できます。温度変化に伴ってレンズの形状・厚み・屈折率が変化する複数のモデルができあがりますので、それぞれに対してROMを生成します。なお、今回のセンサーサイズは7.5332mm×5.6351mmとして、その対角の長さに基づいて光線経路情報を作成します。

図5 : マルチコンフィグレーションで複数の温度環境を作成

図6 : ROMの作成
Ⅱ : Speosでカメラシミュレーション
次に、Speosでのモデリングについてご紹介します。今回は、あらかじめ作成済みの3Dモデルを使用しています。Speosは3D CADモデラー「SpaceClaim」のアドオンツールであり、独自に3Dモデルを作成できるほか、他の3D CADツールで作成したモデルを中間ファイル形式でインポートすることも可能です。今回のシミュレーションでは、自動車の駐車シーンを再現しており、自動車本体、路面、格子状のライン、7本のポール、3枚の壁を配置しています。さらに、自動車後部の車載カメラとして、OpticStudioで作成したROMをインポートしています。なお、インポート可能なROMは1種類のみのため、異なる温度条件下でのシミュレーションを行う際は、それぞれの温度に対応したROMを都度インポートする必要があります。

図7 : Speosにおける駐車シーンの3Dモデリング
3DモデルとROMのインポートが完了したら、シミュレーションを実行します。Speosでは、外観を確認する「見栄えシミュレーション」に加え、カメラの画角をグリッドで投影するシミュレーションも可能です。図8は、常温20℃における画角グリッド投影の結果を示したものです。例えば、路面には広範囲にわたってグリッドが投影されており、7本のポールもすべて画角内に収まっていることが確認できます。ただし、ポールの裏側はカメラから見えない死角にあたるため、グリッド線は描画されていません。このように、設計データ上の画角が3Dモデルに対してどのように適用されるかを視覚的に確認することが可能です。次に、この画角通りに撮影できるかどうかを、見栄えシミュレーションで検証します。

図8 : 画角のグリッド投影(20℃モデル)
解析結果の評価
図9は常温20℃における見栄えシミュレーションの結果です。図8のグリッドで見たとおり、ポールの陰は当然見えませんし、車体の手前にある両側のポールは画角内に収まって映っています。
なお、Speosで得られた画像はポストプロセッシング後のシミュレーション結果です。Speosの外観シミュレーションでは、まずセンサーに到達する放射照度をもとに露光マップを生成し、その後、センサーのスペクトル特性やピクセル配列に基づいて、実際のカメラで撮影したかのような画像を再現します。

図9 : カメラシミュレーションの結果(20℃)
低温(-40℃、-20℃、0℃)、常温(20℃)、高温(40℃、60℃、80℃)の計7種類の温度環境における、Speosを用いた見栄えシミュレーション結果、およびOpticStudioによるスルーフォーカスMTFならびに視野に対するMTFの解析結果を表2に示します。スルーフォーカスMTFは空間周波数60lp/mm、視野に対するMTFは60lp/mm(青線)、50lp/mm(緑線)、40lp/mm(赤線)の3条件でプロットしています。20℃環境下で軸上画角にピントを合わせたモデルを基準に比較したところ、温度によってスルーフォーカスのピーク位置が前後に移動しており、視野全体においてもMTFの変動が顕著に見られました。



表2 : 各温度モデルにおけるシミュレーション結果
MTFの結果から、軸上画角のMTFの変化が顕著なので、シミュレーション画像の中心当たりのポールに注目してみます。下の表3は、低温-40℃、常温20℃、高温80℃について中心のポールのみを拡大して比較したものです。60lp/mmにおける軸上画角のMTF値も記載しています。

表3 : ポールの解像を比較
図10のアニメーションでは、低温から高温にかけての解像度の変化をご覧いただけます。実際の使用環境において車載リアビューカメラが温度の影響を受けると、シミュレーションのとおり解像性能が変化することが確認できます。

図10 : 低温から高温までの解像の推移
まとめ
本事例では、Ansys Zemax OpticStudioで設計したレンズモデルに対し、Ansys Speosを用いて3D外観シミュレーションを実施し、車載カメラの画質における温度特性を視覚的に確認しました。OpticStudioでは設計データの結像性能を解析的に評価できますが、Speosを活用することで、専門的な光学知識がない方でも、設計したレンズが実際の使用環境下でどのように画像を再現するかを直感的にご確認いただけます。
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