分野別の課題
フォトニクス回路の設計最適化事例集 ― 単目的最適化・逆設計・多目的最適化による性能向上
性能向上と効率化を両立する最適設計の手法
解析概要
解析分野 : 光学、フォトニクス 業界:光通信
本解析では、マイクロ・ナノスケールのフォトニクスコンポーネントとして、Y分岐導波路およびクロス導波路を対象に、設計最適化手法を用いて性能向上を図る事例を紹介しています。
「単目的最適化」「Adjoint法による逆設計」「多目的最適化」の3手法に焦点を当て、実際の解析モデルと最適化結果を提示します。
解析の概要
背景/課題
シリコンフォトニクス技術は、小型・低消費電力・低コストな光電子デバイスの実現において重要な役割を果たしています。しかしながら、マイクロ・ナノスケールにおける光の振る舞いは直感的に捉えにくく、数値解析が不可欠です。一方で、フォトニクス解析には時間がかかるため、少ない試行回数で精度の高い最適設計を得る手法の確立が求められていました。
解析対象
Y分岐導波路:分岐形状の調整により挿入損失を最小化
クロス導波路:交差構造の最適化により、挿入損失、クロストーク、反射を同時に抑制
解析手法
(1)群知能アルゴリズムによる単目的最適化
Ansys LumericalのGUI上で完結可能
(2)Adjoint法を活用した勾配ベースの逆設計
lumoptにより効率的な勾配計算が可能
(3)進化的アルゴリズムによる多目的最適化
Optimusとの連携により、ロバスト性・信頼性の高い設計を実現
解析モデル・条件及び結果
(1)群知能アルゴリズムによる単目的最適化
まずは、群知能アルゴリズムの一つである、粒子群最適化(Particle Swarm Optimization、PSO)を用いたY分岐導波路の単目的最適化事例についてご紹介します。単目的最適化とは、ある一つの評価指標(目的関数)を最大化または最小化するように設計変数を調整する最適化手法です。
(1)―1 モデル
図1に、Y分岐導波路のモデルを示します。上面図において、左側の導波路から光を入力し、2分岐して出力する構成です。
解析には、Ansys Lumerical MODEのvarFDTDソルバを用い、上面図左側の導波路に特定のモードを励起するMode sourceを、分岐後の上側導波路に特定のモードの電磁場を観測するMode monitorを配置します。励起する光の波長は1500~1650nmです。

図1 Y分岐導波路のモデル
(1)―2 最適化
使用する最適化アルゴリズムは、PSOです。群知能ベースで、個体(粒子)の集合が探索空間内で解を模索します。Ansys Lumericalに標準搭載されており、GUIベースで操作が完結するのが利点です。
PSOのアルゴリズムの詳細については下記リンクをご参照ください。
https://www.cybernet.co.jp/noesis/column_glossary/glossary/particle_optimization/
目的関数
目的関数は、挿入損失:IL(Insertion Loss)とし以下の式で計算します。
ここで、は、それぞれ、Mode sourceから出力されるパワー、Mode monitorで観測されるパワーの、1500~1650nmにおける平均値です。
設計変数
図2において、2um長の分岐部を長手方向に等分割し、各区間の境界における導波路幅:w1〜w13 を設計変数とします。各区間の間の形状はスプライン補間して生成しています。
設計変数の上限、下限設定は表1にまとめました。

図2 Y分岐導波路
表1 設計変数の上限、下限設定

最適化条件
今回使用する最適化アルゴリズムであるPSOの条件は下記の通りです。
- 粒子数:10個/世代
- 世代数:30(合計 300 回の解析を実施)
Ansys Lumericalでは、上記以外のPSOのパラメータは自動決定するため設定は不要です。
(1)―3 最適化の結果
図3に、今回行った合計300回の解析における、挿入損失の推移を示します。細かいところでは値の上下が見られますが、全体傾向として、回数を追うごとに徐々に挿入損失が下がっていることが分かります。

図3 挿入損失の推移
図4に、初期と最適化後のモデルと電場分布を示します。最適化後は導波路外への電場の漏れが抑制されていることが分かります。今回の最適化によって、挿入損失を0.39dBから0.10dBに改善することができました。

図4 初期/適化後のモデル及び電場分布
(2)Adjoint法を用いた勾配ベースの逆設計
続いて、クロス導波路に対して、Adjoint法を用いた勾配法ベースの逆設計事例をご紹介します。
(2)―1 モデル
図5にクロス導波路のモデルを示します。クロス導波路は、2つの光路が交差する構造であり、干渉、反射、クロストーク(隣接ポートへの不要な信号伝達)などの影響が大きな課題です。本事例では、導波路外形を最適化することで、目的ポートへの透過率を最大化しつつ、反射や他ポートへのクロストークを抑制することを目指しました。

図5 クロス導波路のモデル
(2)―2 最適化
勾配法の一種である準ニュートン法を用います。勾配法は、図6のように、目的関数(FOM:Figure Of Merit)の設計変数p𝑛(𝑛=1,2,⋯,𝑁)に対する勾配情報を用いて、関数の極大値や極小値を探索する手法です。

図6 勾配法による最適解探索のイメージ図
デメリットは、設計変数の数が多いと、その分だけ勾配を求めるのに必要な解析回数が多くなることです。今回は、勾配を求めるためにAdjoint法を用いました。
Adjoint法
Adjoint法は、勾配法において、目的関数の設計変数に対する勾配を効率的に求める手法です(Adjoint法自体は最適化手法ではありません)。この方法では、設計変数の数に関わらず、2回の解析で目的関数の各設計変数に対する勾配を求めることが可能です。一から実装するにはAdjoint法のアルゴリズム理解やコーディングが必要ですが、pythonモジュールであるlumoptにアルゴリズムが実装されています。
lumoptでは、マクスウェル方程式を解くのにAnsys Lumericalを、最適化を行うのにSciPy(Pythonの科学技術計算ライブラリ)を使っており、解析から最適化まで自動化してくれるモジュールです。詳細については、下記のリンクをご参照ください。
https://optics.ansys.com/hc/en-us/articles/360049853854-Photonic-Inverse-Design-Overview-Python-API
目的関数(FOM)
透過と反射、クロストークのバランスを考慮した次の式で定義します。ポート番号については図5をご参照ください。
FOM = S31 − S21 − S41 − S11
(SijはPort i → Port j への伝送特性)
上式は、対向ポートへの透過率を高めつつ、他ポートへのクロストークや自ポートへの反射を抑制するための定義式となります。
設計変数
クロス導波路の外形の輪郭点(図7における橙色の点)のy座標を設計変数とします。各点のx座標は固定となります。点間はスプライン補間によって連続曲線を生成します。対称形状となりますので、同じアームにおけるマイナスy側の外形や、他の3つのアーム外形は座標変換して設定します。

図7 クロス導波路の形状定義
最適化条件と結果
図8の通り、繰り返し回数20回程度で収束しました。繰り返し1回毎に、2回の解析で勾配計算を行っているため、解析回数としては合計40回となります。

図8 目的関数:FOMの推移
図9に、初期と最適化後の形状及び電場分布を示します。最適化によって電場分布が整い、反射による干渉や他ポートへのクロストークが低減されていることを確認できます。この事例では、少ない解析回数でも精度の高い勾配情報を取得できるAdjoint法の優位性が顕著に示されました。

図9 初期/最適化後の形状及び電場分布
(3)進化的アルゴリズムによる多目的最適化
進化的アルゴリズムの一つであるNSEA+を使って、Y分岐導波路の多目的最適化を行います。多目的最適化とは目的関数が2つ以上ある場合の最適化で、今回は挿入損失と導波路の全長を目的関数とします。最適化の処理やデータの可視化にはNoesis社のOptimusを使用します。
(3)―1 モデル
モデルは(1)で作成したY分岐導波路(図2)です。
(3)―2 最適化
今回、最適化やデータ可視化には、Noesis社の最適設計プラットホームOptimusを使用しました。Optimusは、GUI上でAnsysを始めとした色々なソフトウェアと簡単に連携構築することができるプラットホームで、豊富な最適化アルゴリズムセットを有し、データ分岐のスキームも充実しています。
最適化アルゴリズムには、多目的最適化手法であるNSEA+を採用しました
目的関数
挿入損失と導波路の全長を目的関数とします。
設計変数
設計変数は、導波路幅を示すw1~w13と導波路の全長です。導波路の全長は設計変数でもあり、目的関数でもあることにご注意ください。設計変数の上限、下限設定は表2にまとめました。
表2 設計変数の上限、下限設定

最適化の結果
図10に、最適化の過程で実行した各回の解析の結果を、横軸を導波路の全長、縦軸を挿入損失としてプロットしました。

図10 最適化の結果
挿入損失、導波路の全長共に、小さい方が望ましいので、グラフの左下にいけばいくほど、よい結果となるのですが、トレードオフが発生していることが分かります。赤線で示しているのが最適解の集団となるパレートフロントとなり、通常は、この中から設計者が目的に応じて解を選択することになります。図11に解の一例として、右に、初期及び最適化後における導波路形状及び電場分布を示します。導波路の全長が2ミクロンから1.76ミクロン、挿入損失が0.39dBから0.08dBと、多目的最適化によって両方の性能指数を改善することに成功しました。

図11 初期/最適化後の形状及び電場分布
まとめ
本解析では、Ansys Lumerical単体機能の活用や、Pythonモジュール(lumopt)、Optimusとの連携などにより、多様な目的に応じた設計最適化が可能であることを実証しました。それぞれの手法は用途に応じた柔軟な活用が可能であり、解析精度の向上や設計時間の短縮につながる有効なアプローチです
本解析の効果
- 設計パラメータの最適化によるデバイス性能の向上
- 試行回数の削減による解析効率の向上
- 設計の自動化による人的コストの削減
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