分野別の課題
応力複屈折を考慮したレンズ性能の解析
レンズ内部の応力が引き起こす光学特性変化を、構造解析と光学設計の連成解析で正確に評価。
解析概要
解析分野 : 熱解析、材料特性解析 業界:カメラレンズ
レンズは製造工程や使用環境において、避けがたく外力の影響を受けます。近年では、こうした力に起因してレンズ内部に生じる「応力」に注目が集まっており、それに伴う光学的な現象として「応力複屈折」が知られています。応力複屈折は、光学系における波面収差や偏光状態に影響を及ぼす要因となります。
しかしながら、光学設計ツール単体では応力の影響を直接解析することはできません。構造的な応力の解析には、専用の構造解析ツールが必要です。Ansysは複数の物理領域を網羅したプラットフォームを提供しており、レンズに加わる力とそれに伴う性能変化の連携解析を実現します。
本稿では、光学設計ソフトウェアAnsys Zemax OpticStudio(以下、OpticStudio)を活用し、レンズ内部に生じた応力複屈折の解析事例をご紹介します。なお、STARモジュールはOpticStudioのEnterpriseエディションでのみご利用いただけます。

背景/課題
応力複屈折
応力複屈折とは、レンズに加わる応力により光弾性効果が生じ、光の屈折挙動が方向によって異なる現象です。これにより、光学系における波面収差や偏光状態に変化が生じます。レンズを保持する機構など外部からの圧力によって引き起こされる機械的応力、材料加工変数を伴う一次製造プロセスの影響や、研削、切断、加熱、曲げといった二次製造プロセスによって加わる追加の応力が含まれます。さらに、取り扱い中の物理的損傷(欠け、ひび割れ、傷など)や、気泡や介在物といった材料の不均一性も複屈折の原因となります。さらに、製造プロセスにおける熱的影響(温度差の発生)や、プラスチック成形時に加えられる圧力も、材料内に応力を生じさせる要因となります。
応力複屈折が発生すると、レンズ内部の屈折率分布が不均一となり、光学性能に悪影響を及ぼす可能性があります。そのため、レンズ設計においては応力複屈折の評価が重要な検討項目となります。
応力複屈折の解析
これまで、応力複屈折の具体的なシミュレーション手法は確立されておらず、構造解析により応力を求めることは可能であっても、それを応力複屈折に変換し光学設計に反映させる手段が存在しませんでした。そのため、設計現場では試作や実測に依存せざるを得ない状況が続いていました。現在では、有限要素法解析ツールであるAnsys Mechanical(以下、Mechanical)の構造解析結果とOpticStudioのSTARモジュールを組み合わせることで、応力複屈折のシミュレーションが可能となりました。Mechanicalで取得したレンズ内部の応力テンソル(主応力およびせん断応力)の分布をSTARモジュール経由でOpticStudioに取り込み、応力複屈折を考慮した光線追跡を実現します。
OpticStudioにおける応力複屈折の計算
OpticStudioの材質カタログ(図1)に登録されている応力光学係数と、Mechanicalから出力された応力テンソル分布で応力複屈折を再現します。応力光学係数は機械的応力から導き出される複屈折の比率で、2つの光弾性係数K11, K12 [10-6mm2/N]を用いてK=K11-K12という数式で計算されます。K11は応力方向に対して平行に振動する光に対する光弾性係数で、K12は応力方向に対して垂直に振動する光に対する光弾性係数です。OpticStudioにおいて、単一波長のみ応力光学係数が定義されている場合は、すべての波長においても応力光学係数が一定とみなし、複数波長について定義されている場合は補間されます。

図1 : 材質カタログと応力光学係数
解析の仕様
解析のゴール
本事例では、OpticStudioを用いた応力複屈折の解析手法をご紹介します。Mechanicalで得られた応力テンソルのデータをOpticStudioの光学設計モデルに反映させ、光線追跡を行うことで、応力による複屈折が生じた状態での光学性能を評価します。
モデル
下図2に示すように、凸レンズとメニスカスレンズで構成された1組のダブレットレンズを用いて、応力複屈折の現象を再現します。光線の入射画角は、軸上およびY方向2.5°の2方向で設定しています。

図2 : ダブレットレンズのレイアウト図
ダブレットレンズのうち、凸レンズの方はSCHOTT社のLF5G19、メニスカスレンズの方は同じくSCHOTT社のN-KZFS4を使用しています。それぞれの応力光学係数を下図3に示します。

図3 : 本モデルで使用するガラスの応力光学係数(左 : LF5G19, 右 : N-KZFS4)
解析条件
今回は、Mechanicalでの構造解析を終え、応力テンソルデータが準備された状態から解析を開始します。2枚のレンズそれぞれに応力テンソルデータを適用し、偏光瞳マップ解析および波面収差の変化を確認します。
ダブレットレンズを構成するそれぞれのレンズには下図4,5に示す通り、Mechanicalから得られた応力分布を適用します。

図4 : ダブレットレンズの凸レンズの応力分布

図5 : ダブレットレンズのメニスカスレンズの応力分布
解析結果
解析結果
下図6~9は応力複屈折の影響を考慮する前後の偏光瞳マップと波面収差です。軸上画角と2.5°入射画角の2つの視野について示しています。

図6 : 軸上画角における偏光瞳マップの変化

図7 : 軸上画角における波面収差の変化

図8 : 2.5°画角における偏光瞳マップの変化

図9 : 2.5°画角における波面収差の変化
解析結果の評価
応力テンソルから応力複屈折を再現しました。たしかに、両画角で影響が見られました。次に、パフォーマンス解析機能で、各面について具体的な応力の影響度の違いを確認してみます。下図10がその結果です。これを見ると、1枚目の凸レンズがRMSリターダンス位相差をより大きく発生させています。つまりこの解析からわかることとして、光学系全体として応力複屈折の影響を抑えたい場合は、まず凸レンズについて対処するとよいことが考えられます。材質やメカ部品の受け方などの考察につながります。

図10 : パフォーマンス解析機能で確認するRMSリターダンス(位相差)
まとめ
本事例では、Ansys Zemax OpticStudioでレンズに加わる応力をレンズモデルに取り込み、応力複屈折を再現しました。今回は単純化したモデルでの事例をご紹介しましたが、樹脂レンズの成型の際に発生する残留応力など、多岐にわたる光学レンズと内部応力に対する課題解決が見込めます。
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