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分野別の課題

量子ドット太陽電池(QDSC)の設計

解析分野 : 光学解析   業界:エネルギー・環境

こんな方におすすめ

  • 太陽電池の設計者
  • 太陽電池開発においてコスト効率をご検討されている方
  • フォトルミネッセンス事例にご興味がある方

解析概要

光の現象のひとつに「フォトルミネッセンス」があります。これは、光が物質に入射した際に、そのエネルギーが吸収された後、より長い波長の光として再放出される現象です。このフォトルミネッセンスを活用し、エネルギー利用効率を高めている製品の一例が、量子ドット太陽電池(以下QDSC:Quantum Dot luminescent Solar Concentrator)です。
本稿では、光学設計ソフトウェアAnsys Zemax OpticStudio(以下OpticStudio)を用いて、QDSCモデルおよびフォトルミネッセンス現象の再現を行った事例をご紹介します。なお、本機能はOpticStudioのPremiumおよびEnterpriseエディションでご利用いただけます。

使用ソフトウェア

Ansys Zemax OpticStudio 2025 R1 (PremiumおよびEnterpriseエディション)

背景/課題

量子ドット太陽電池(QDSC)

QDSCは、光起電力(PV)システムへの組み込みを目的として設計されています。一般に、PVモジュールはコスト面が課題となることがありますが、QDSCを活用することで、出力と設置面積の比率を高め、モジュール全体のコスト効率を向上させることが期待されます。
図1に示すように、QDSCの構造は高屈折率材料で構成された透明な長方形基板を中心としており、その内部には高密度に配置された半導体ナノ粒子(量子ドット)が組み込まれています。これらの量子ドットは、通常300~450nmの波長の光を吸収し、できる限り効率的に長波長の光へと再放出するよう設計されています。PVモジュールは、この長方形ブロックの側面の一部に配置され、再放出された光を電力へ変換します。

図1 : QDSCの構造

図2および図3は、太陽電池用途におけるQDSCに入射した太陽光の挙動を、それぞれフロー図とイメージ図で示しています。太陽光は集光器の上面から入射し、内部でバルク散乱やフォトルミネッセンスを引き起こすか、あるいは底面を通過してそのまま失われる可能性があります。散乱または再放出された光は、エスケープコーンを通じて外部に漏れることもありますが、多くは全反射によって内部に閉じ込められます。
多くの設計では光の閉じ込め効率を高めるため、側面および底面に反射コーティングが施されています。うまく閉じ込められた光は、集光器内で繰り返し反射を起こしながら移動し、最終的に側面に設置された小型のPVモジュールによって効率的に集光されます。

図2 : QDSCにおける太陽光の振る舞いのフロー

図3 : QDSCにおける太陽光の振る舞いのイメージ図

OpticStudioにおけるフォトルミネッセンスの仕様

事例のご紹介に先立ち、OpticStudioにおけるフォトルミネッセンス機能の仕様についてご説明します。
OpticStudioのフォトルミネッセンスモデルは、光子レベルの現象を逐次的に再現するものではなく、ユーザーが指定した一連のスペクトルに基づき、吸収、ダウンコンバージョン、散乱といった現象が確率的に光線へ適用される仕組みです。
フォトルミネッセンス材料に単一の光線が入射した際には、以下のアルゴリズムに従って処理が行われます。

1.    入射する光子に相当する光線の経路長に基づいて、その光線が次の挙動のどちらを発生するかを確率論的に判断

①    吸収 (光子の波長と材料の吸収スペクトルに依存)
②    入射先材料によるミー散乱

2.    光線が吸収される場合は、材料の励起スペクトルに基づいてフォトルミネッセンス遷移が励起されるかどうかを確率論的に決定

3.    励起が発生する場合は、材料の発光スペクトルを使用して、ダウンコンバートされた光子の波長を確率論的に計算し、その光子が 4π の球の範囲で各方向に均一に散乱
        励起が発生しない場合は、散乱粒子の平均半径に基づいて光子がミー散乱

さまざまなシミュレーションニーズに対応するため、OpticStudioのフォトルミネッセンスモデルでは「吸収スペクトル」「発光スペクトル」「量子効率スペクトル」の3種類のスペクトルを指定します。これらはいずれも専用の拡張子を持つテキストファイルとして保存されます。
吸収スペクトル(.zasファイル)は、特定波長の光子が分子によって吸収される確率を示すもので、光線の強度に適用する係数の計算に使用されます。スペクトル範囲外の光は吸収されず、ミー散乱を起こします。
発光スペクトル(.zesファイル)は、フォトルミネッセンスによる発光の波長分布を表し、ダウンコンバージョンによって生成される光線に割り当てられる波長を確率的に決定します。
量子効率スペクトル(.zqeファイル)は、ダウンコンバージョンの効率を示しますが、光線の強度への影響は内部的に計算されます。具体的には、入射波長と発光波長の比を用いて、変換後の光線強度が補正されます。
各ファイル形式の詳細については、末尾に記載の関連記事「OpticStudio によるフォトルミネッセンス シミュレーションの概要」をご参照ください。

解析の仕様

解析のゴール

本事例の目的はOpticStudioでQDSCをモデル化し、集光されていないシステムと比較してその効率を評価することです。仮想の太陽電池モジュール上で取得された波長ごとの放射照度データは、実際の太陽電池セルの応答特性データでスケーリングされ、シミュレーションされた集光型QDSC太陽電池システムの効率を概算するために使用されます。

モデル

図4 : OpticStudioで再現したQDSC

上の図4は本事例で使用するQDSCモデル内を光線が伝搬している様子を示しています。光線は各オブジェクトにぶつかり、透過や反射、散乱を発生すると光線の色が変わるように描画しています。なお、実際に解析で使用する光線の本数はもっと多いですが、ここでは見やすさのため少ない本数を描画しています。

図5 : 光源

次に、各オブジェクトについて詳しく見ていきます。上の図5でオレンジ色にハイライトしたのは光源です。矩形型で、QDSCと同サイズの光源とします。この光源からはコリメート光が出射されます。

図6 : QDSCの直前に配置されたディテクタ

図6でオレンジ色にハイライトされているのは、光源とQDSCの間に配置された矩形型のディテクタです。これでQDSCに入射する光線の分布を取得します。

図7 : QDSC

図7でオレンジ色にハイライトされているのは、QDSCです。材質がPMMAの直方体のブロック状です。側面および背面には理想的な99.5%の反射コーティングが施されており、前面にはコーティングがされていません。また、このモデルの直前と+X側の側面はQDSCモデルの再現度を高めるためのモデルが施されていますので、次にそれらを説明いたします。

図8: QDSCの直前で散乱を発生

図8でオレンジ色にハイライトしたのは、QDSCの直前(1.0μm離れた位置)に配置した矩形の面です。これは物理的に存在するオブジェクトではなく、ランバート散乱を再現するために追加しています。ランバート散乱モデルを適用したこの矩形の面により、入射光線のごく一部を散乱させて、太陽放射の入射角を正確にシミュレーションします。これにより、大気中の粒子によって散乱された光線を考慮して、一部の光線の入射角がランダム化されます。

図9 : PVモジュール

図9でオレンジ色にハイライトしたのは、QDSCの+X方向側の側面で、この面はPVモジュールの結晶シリコン(c-Siセル)を模しており、集光を確認するために矩形型のディテクタを配置しています。この面に到達した光線の放射照度データを、このQDSCモデル全体の効率計算に利用します。

解析条件

OpticStudioのノンシーケンシャルモードでの解析は「光源から光が出射し、オブジェクトを通過して、ディテクタに到達する」ものを確認するのが一般的な流れです。本モデルでもこれに倣って解析をします。そのための各オブジェクトの解析条件を下記に示します。

光源

OpticStudioでフォトルミネッセンスを再現するには、モデリングされている光源の色をすべてシステム波長にする必要があります。したがって、本来この項目では黒体スペクトルを設定して太陽光を再現することができますが、フォトルミネッセンスを再現したいので今回はこの設定は使用できません。システム波長側で太陽光の波長帯を再現します。(図10)

図10 : 太陽光を再現する波長設定

QDSCモデル

上述の通り材質がPMMAの直方体のブロック状で再現しており、このオブジェクト内で光線がフォトルミネッセンス散乱を発生させます。下の図11が本モデルにおけるフォトルミネッセンスの設定です。

図11 : フォトルミネッセンスの設定

吸光波長0.4[μm]において吸光係数を1.0E+05[M-1cm-1]としており、この波長における平均自由光路は0.52308です。したがって光がこの物質内をおよそ0.52mm移動すると散乱が発生します。また、このモデルにおいてフォトルミネッセンスが発生した場合の吸収と発光のスペクトルを下の図12に示します。短い波長が吸収され、長い波長が発光します。

図12 : 吸収および発光スペクトル

量子効率は参考論文より、約81%としています。つまり、吸収された光のうち約81%が発光されます。さらに、ミー散乱も含んでいます。フォトルミネッセンスを発生させなかった光はミー散乱します。このモデルでは参考にした研究結果、およびフォトルミネセンスモデルで選定された密度に基づいてミー散乱のパラメータを設定しています。

解析結果

1.0E+06本の光線を出射して光線追跡しました。その結果である、PVモジュールを模したディテクタに到達した光線で表した、波長[μm]に対する光束[Watts]のグラフを下の図13に示します。

図13 : 波長に対する光束

図12の吸収と発光のスペクトルと比較しても、ディテクタに到達した光の波長帯は妥当なものと考えられます。短い波長の光がほとんど存在しないのは、フォトルミネセンスの平均自由行程が短いためです。吸収スペクトルが約575nmでゼロになる箇所では、強い強度のピークが観察されます。さらに、発光スペクトルが約710nmより長い波長ではゼロになるため、その範囲においてグラフのカーブがほぼゼロにまで低下しているのが確認されます。これは、長い波長の光は、QDSCシステムによって捕捉されるために Mie 散乱およびランバート散乱のみに依存しており、これらの効果が本システムにおけるフォトルミネセンス効果よりも弱いためです。

解析結果の評価

本事例では、集光型QDSC太陽電池システムの変換効率を評価しました。検出器で得られたデータを結晶シリコン(c-Si)太陽電池の応答曲線と重ね合わせることで、対象波長帯におけるPVモジュールの概算累積効率を推定できます。また、同様の手法により、1[W]の入射光に対して集光を行わない「コントロール」状態を再現し、比較が可能です。
入射光の総強度を1[W]とした場合、検出器に集光されるエネルギーは約0.0712W(1.08E-6 W/mm²)で、集光率は5.21に相当します。光束の波長依存性とPV応答曲線の重ね合わせにより、(シミュレーションで用いた減衰太陽スペクトル条件下において)集光システムの出力/入力電力比に基づく効率は6.11%と算出されました。これは予測値と整合し、実際にこの種の集光器では、全太陽スペクトル下で3~8%の効率が実証されています。非集光システムとの比較においては、集光によってシステム効率が約585%向上することが示されました。

まとめ

本事例では、Ansys Zemax OpticStudioのノンシーケンシャルモードを用いて、量子ドット太陽電池(QDSC)におけるフォトルミネッセンスを活用した集光の様子を再現しました。発光および吸収の設定は、光線追跡によって得られた照度データの波長帯と整合しており、OpticStudio上でもフォトルミネッセンス現象を忠実に再現できることをご確認いただけます。

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