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コラム・用語集

CAEデータサイエンティスト誕生の背景:これからのエンジニア像を考える

1. はじめに:CAEデータサイエンティストとは何者か

近年、「CAEデータサイエンティスト(CAE Data Scientist)」という職種が欧米を中心に注目を集めています。
CAE(Computer Aided Engineering)のシミュレーションや実験データを分析し、機械学習や統計学的手法を駆使して効率的な設計開発プロセスを構築するスペシャリストのことを指します。自動車、航空宇宙、重工業など、多くの分野でCAEの活用が進む一方、企業が蓄積するデータ量は爆発的に増加しています。
一方で、日本国内の製造業では「データドリブン」「デジタルトランスフォーメーション(DX)」といったキーワードがしばしば叫ばれるものの、実際にはデータの収集・整理・活用に課題を抱えたままの組織も少なくありません。従来のCAEエンジニアがカバーしてきた業務とデータサイエンティストが得意とする技術との“重なり”を意識しながら、新しい役割を担う人材が「CAEデータサイエンティスト」です。

2. CAEデータサイエンティストが台頭する理由

2.1 設計開発の現場が抱えるデータ課題

従来、CAEエンジニアは解析ソフトウェアを使って構造解析や流体解析を行い、その結果をレポートにまとめるのが主な業務でした。
しかし近年、

  • 解析実行回数が増加(複数の設計案を一気にシミュレーション)
  • データの種類が多様化(CADモデル、CAEシミュレーション、IoTにより取得された実測データなど)
  • 意思決定スピードの要求が高まる(市場の変化や製品ライフサイクル短縮に対応する必要性)

といった要因が重なり、もはやCAEエンジニア一人の力だけでは膨大なデータを扱いきれなくなっています。
そこで登場するのが「データサイエンティスト的アプローチ」を身につけたCAEエンジニア=CAEデータサイエンティストなのです。

2.2 欧米と日本の現場比較

Maksym氏が所属する欧州のスタートアップでは、設計初期からAIやデータサイエンスの要素を積極的に組み込み、独自の解析フローを構築しています。欧米企業では「とにかく多くの設計をシミュレーションし、その結果をすぐMLモデルに学習させ、最適解を素早く探索する」文化が根付いているところも多いようです。
一方、日本企業は堅実さが特徴でもあるため、データ活用に対して「精度が不十分なら使えないのでは」「誤差があるAIモデルに依存するのはリスクでは」などの慎重論が強い傾向にあります。しかし、CAE解析も本来は数値解法に基づくシミュレーションであり、実測値とは差があるもの。それでも時間とコストを削減できるメリットが認められて普及してきた経緯があるわけです。AIや機械学習を活用するCAEも、同様の段階を踏んで徐々に定着していくと考えられています。

3. CAEデータサイエンティストがもたらす価値

3.1 データ駆動型イノベーション

CAEデータサイエンティストの存在価値は、一言でいえば「データを武器に、設計開発の新しい可能性を拓くこと」です。
具体的には以下のようなメリットが考えられます。

(1) 設計探索の拡張

これまで手動で選んでいたパラメータや条件を、機械学習モデルで自動探索できるようになると、「思わぬデザインの可能性」や「従来の常識を超えた効率化」が生まれる可能性があります。

(2) 作業負荷の軽減

組織内に散在するCAE結果、実験データ、過去の報告書などを統合し、自動レポート生成や可視化を行うことで、エンジニアの手間を減らし、クリエイティブな業務に集中できるようにします。

(3) 企業全体のデジタル変革加速

上流工程の設計だけでなく、製造現場や品質保証のデータとも連携すれば、製品ライフサイクル全体の最適化に寄与できる可能性があります。

3.2 エンジニア個人のスキル価値の向上

CAEエンジニアは元々、物理や数値解析の深い知識を持っています。ここにデータ分析や機械学習のスキルが加わると、
1.「組織に不可欠なデータ活用人材」
2.「設計・解析・データ活用の橋渡しができる希少な存在」
として、エンジニア個人の市場価値が飛躍的に上がることが期待されます。
日本企業の多くがまさに「属人的ノウハウを脱却してデータ活用を促進したい」と考えている今、CAEデータサイエンティストはキャリア形成において非常に魅力的な選択肢と言えるでしょう。

(出典)筆者作成

4. そもそもCAEデータサイエンティストはどんなことをするのか

CAEデータサイエンティストの実務は多岐にわたりますが、一般的には以下の流れをイメージするとわかりやすいです。

  • データ収集・統合CAE結果、実験結果、CAD情報、製造工程データなど)
  • 前処理・クリーニング(欠損値や異常値の補正、座標系整合、テキストレポートの機械可読化 など)
  • 探索的データ分析(統計的手法や可視化を通じた理解)
  • モデル構築・学習(回帰モデル、分類モデル、深層学習、サロゲートモデルなど)
  • 結果の評価・検証(既存シミュレーション結果や実測データとの比較、ロバスト性検証)
  • 設計へのフィードバック・改善(設計パラメータ最適化、感度解析、最終的には意思決定支援)

「ここまでやるのか」と思われる方もいるかもしれませんが、実際には複数人や複数部門で分担するケースも多いです。ただし“CAEの知識とデータ分析の知識を兼ね備えた中核人材”がいないと、どこかの工程で手戻りが発生しがちです。そうした手戻りをなくすためにも、CAEデータサイエンティストの役割が重要視されています。

CAEデータサイエンス活用事例

5. CAEデータサイエンティストの役割

ここで、CAEデータサイエンティストの役割を視覚的に捉えるうえで最適なチャートがあるのでご紹介します。

(出典)Maksym Kalaidov氏のLinkedIn投稿より。

このチャートを見ると、CAEデータサイエンスが扱う情報の幅広さがわかるはずです。
CADデータやCFDシミュレーションに限らず、試験レポートや風洞実験の結果、さらには技術図面やPDFで保管されている過去資料なども、可能な限りデータ化・集積して分析の土台にします。その“ハブ”として機能できるのが、CAEデータサイエンティストの強みであり、新たな付加価値を生む源泉です。

6. CAEデータサイエンティストの成長が加速する背景

6.1 ソフトウェア・ツールの充実

以前はCAEとデータサイエンスを結びつけるハードルが高かった大きな理由の一つに「適切なツールが少ない」ことが挙げられます。
しかしここ数年で、

  • Pythonライブラリ(NumPy、Pandas、PyVista など)の普及
  • クラウド環境の充実(大規模並列計算が手軽に)
  • 汎用機械学習フレームワーク(scikit-learn、TensorFlow など)の成熟

といった土壌が整備され、CAEソフトウェアともAPIで連携しやすくなりました。

6.2 組織のDXニーズと人材不足

また、製造業界全体で進むデジタルトランスフォーメーション(DX)の流れも後押ししています。単に「アナログ作業をデジタル化する」だけではなく、今まで眠っていたデータを活用してビジネスに変革をもたらすことが企業の命題になっています。
一方で、データ分析の専門家(データサイエンティスト)が不足している現状から、「CAEをよく知る人」にデータ分析スキルを習得してもらいたいという企業ニーズが急増中です。

7. 日本のエンジニアが今踏むべき一歩

ここまで読んでいただいた方の中には、「確かに必要性はわかったが、具体的に何から始めればいいのか」と感じている方も多いでしょう。
結論からいえば、「Pythonやデータ分析の基礎」を一歩ずつ学ぶことが第一歩です。
CAEに馴染みのあるエンジニアなら、既に数値解析や線形代数の素養があるはずなので、IT・プログラミング未経験者よりもスムーズに習得できる可能性が高いです。

第3回では、この学習プロセスを「1000時間ロードマップ」という形で具体的に提示する予定です。
先んじて触れておくと、まずは以下のようなステップを踏むとよいでしょう。

  1. Pythonの基本文法と代表的な科学技術ライブラリ(NumPy、Pandas、Plotlyなど)に触れる
  2. シンプルな機械学習(回帰・分類)を学ぶ
  3. 自分が扱っているCAEデータを用いて、前処理・モデル化のプロトタイプを作ってみる

まとめと次回予告

本コラムでは、「CAEデータサイエンティスト」とは何者で、なぜ今注目されているのかを大きな視点から解説してきました。欧米を中心に広がりつつあるこの新しいエンジニア像は、日本企業でも確実に需要が高まっています。CAEを理解するだけでなく、データサイエンスの視点を組み合わせることで、大量のデータを活用した設計革新や業務効率化を実現し、企業の競争力を大きく高められる可能性があるのです。

次回のコラム(第2回)では、「日本のCAEエンジニアが乗り越えるべき壁:スキル変革と組織文化への対応」をテーマに、より具体的な課題と、その乗り越え方を深掘りしていきます。海外での成功事例を日本に適用するには、社内文化や意思決定プロセスなどを考慮する必要があります。どういった準備をするとスムーズに導入できるのか、またエンジニア個人としてどんなスキルセットを優先的に身につけるべきかなど、実践的なポイントを紹介予定です。

どうぞお楽しみに。

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