事例紹介
熱制約を踏まえたスマートな衛星設計
衛星パネルの熱モデリング:異なるトポロジーに対する 3D 深層学習

2020年時点では、5kgの衛星を打ち上げるたのにおよそ25万ドルのコストものコストがかかるため、軽量化や設計最適化を目指し積極的に研究開発が行われています。衛星は非常に強力かつ複雑な熱交換を受けるため、電子部品の配置と冷却システムの効率的な設計が不可欠です。
Neural Concept 社は、エンジニアが無制約かつリアルタイムで無数に存在する構成案を探索できるようにすることで、衛星パネルの設計方法を根本から変えうるソリューションを提供します。このページでは、衛星パネルの熱シミュレーションにおける Neural Concept Studio (以下NCS) の有用性と、このツールが設計ワークフローにもたらす影響について簡単に考察します。
Neural Concept を用いた近似シミュレーション
数値シミュレーションは、この数十年で産業界にとって最重要の技術の一つになりました。しかし、設計形状を変更するたびにシミュレーションを再実行する必要があるため、探索プロセスは時間とコストがかかります。そのため典型的には、候補を網羅的に探索するのではなく、少数の設計案だけを試す運用になりがちです。これは大きな制約であり、これを克服する試みは数多くなされてきましたが、いまだ完全に成功したとは言えません。
計算量を下げる古典的アプローチとしては、低次元モデリングソフトウェア(ROM)の利用や、ガウス過程(GP)回帰器によるサロゲートモデリングがあります。これは、形状空間を低次元でパラメータ化し、その上で性能(目的関数)を補間するモデルを学習し、真の目的関数の代わり(代理)として使うことで計算を高速化する考え方です。
ただし、この種の回帰器が有効なのは、少数かつ事前定義されたパラメータで表現できる形状変形に限られます。その結果、回帰器は特定のパラメータ化に依存し、設計に「パラメータ化を選び、最後まで固定する」という制約を課します。さらに、学習に用いる設計のトポロジー(部品の数や接続関係など)は、サンプル間で変えられないことが多く、探索可能な設計バリエーションが狭まるという課題を抱えています。
近年開発されたソフトウェア・NCSは、数値ソルバのサロゲートモデルを構築するための新しいツールとして、幾何学畳み込みニューラルネットワークをエンジニアに提供します。従来のサロゲート/ROM 手法が抱えていた欠点は一切ありません。設計のメッシュ表現を直接処理するため、形状パラメータに依存しないのに加え、最初から最後まで特定のパラメータ化に固執する必要がないため、予測結果をエンジニアの通常のワークフロー(CAD → シミュレーション)へ自然に組み込めます。
この記事で示すように、対象量がさまざまなトポロジーを持つ複雑な物体表面上のフィールドとして定義されている場合、NCSは非常に有効です。これは、他のどのソリューションでも対応できないことです。
NCSは現在のところ、産業規模の非構造化かつ複雑な3D生データを前処理なしで直接処理できる唯一のCAE指向の深層学習ソフトウェアです。測地線などのサーフェスネットワークとユークリッドネットワークアーキテクチャを組み合わせた、マルチスケールの幾何学的ニューラルネットワークを採用しています。 シミュレータを模倣学習し、抗力や消費エネルギーのような統合スカラー値だけでなく、圧力や温度のような表面/体積フィールド値も含めた複数の出力を再現できます。
目標
本プロジェクトの目標は、衛星パネル内の熱伝達シミュレーションのため、NCSを用いた近似シミュレータを構築することでした。従来のシミュレーションでは実行に約20分かかりますが、NCSでは数十ミリ秒で結果を得られることを想定しています。本記事では、トポロジーが変化する状況でも NCS がシミュレーションをどの程度の精度と速度で模倣できるかを、より詳しく分析します。
また、性能の評価を通して、実稼働環境におけるフルシミュレーションの代替としてNCSを使用することの実現可能性を評価します。さらに、単一のデータベース内で異なるトポロジーを扱う能力もテストします。
CAD モデルの生成
衛星パネルの設計には、クラウドホスト型 CAD ソフトウェアである OnShape を使用しました。最大 27 個の変数を変化させて形状を生成します。

OnShapeを用いて生成した衛星パネル形状の例
各形状について、27個のパラメータを所定範囲内でランダムに選び、サンプルごとに固有となるようにして、形状の多様性を確保しました。27個のパラメータは、パネルのサイズや厚み、ボックスの位置、3 次元それぞれの寸法、配管の形状や本数などに対応しています。全体形状のトポロジーが変化可能なのは、ボックス数が 1〜3の間で変化し、配管本数も 2〜8の間で変わるためです。
このパラメトリック空間により、パネルに対して非常に細かな設計変化を与えられ、最終的には各パラメータが形状の熱挙動に与える影響を評価できます。学習用データセットを生成するため、OnShape API を用いて形状生成を自動化しました。各パラメータについて下限値と上限値を定義し、各反復でランダムな値を選びます。この方法により、サンプルが重複しないことを保証しながら、1,000件の形状データベースを構築できました。
ESATAN-TMSによる数値シミュレーション
欧州宇宙機関(ESA)は、数値シミュレーションに ESATAN-TMS を使用しました。これはESAが開発し利用している熱モデリング用シミュレーションソフトウェアです。 この熱シミュレーションでは、パネル上面のボックスは衛星ミッションで使用される電子モジュール部品を表しています。各ボックスは、与えられた熱流束に従って発熱し、その熱は配管内の熱伝導を通じて全体へと散逸していきます。
NCSの構成
この仕組みはパラメータ化を意識しません。他のパラメータ化で作成された形状でも、簡単に予測したりデータセットに追加したりできます。精度に影響するのは、学習データに含まれる形状との類似性だけです。
形状に対して畳み込みを行う部分は以下の図に示します。モデルの最初の部分は入力を前処理し、前述の測地線畳み込み演算を用いて特徴セットを構築します。これらの特徴は、平均プーリングと 2 層の全結合層を通じて、グローバルなスカラー値を予測するために用いられます。
その後は、追加の測地畳み込みと点ごとの演算により圧力場を生成します。この新しいネットワークは、GPU 効率の高い測地畳み込み実装を活用しています。

結果
テストセットにおける精度を評価するため、以下の指標(メトリクス)を算出しました。

誤差の分布を以下に示します(L1相対値を基準指標として選択)。ほとんどのサンプルでL1相対誤差が0.5%から1.5%の範囲に収まっていることが分かります。予想通り、学習済セット(train:青)ではパフォーマンスが向上しています。

予測
全体として、ネットワークは各コンポーネントに対応する熱流束を適切に割り当て、パネル内へ伝播させることに成功しています。また、配管本数が変化する状況でも、配管を通じた熱伝導を検出できています。
ここでは、ニューラルネットワークによる予測と、真値(ESATAN-TMS によるシミュレーション結果)を視覚的に比較します。下の図には、テストサンプルのうち「標準的な性能」を示す例(相対 L1 誤差 = 1.12%)を掲載しています。
※本プロジェクトでは Neural Concept のデフォルトモデルを使用しました。ハイパーパラメータは過去データセットと Neural Concept の知見に基づいて調整されていますが、本ユースケースに特化して最適化したものではありません。

サンプル 961(相対 L1 誤差 = 1.12%)、真値(左)と予測(右)
データセットの学習サンプル数による影響
学習サンプル数に対するニューラルネットワークの頑健性(ロバスト性)を評価するため、学習データ数を変えて実験しました。ここまでで示してきた結果は、学習サンプル 900 件の場合です。ただし、以下に示すように、学習サンプルが 750 件や 500 件の場合でも、非常に近い性能が得られています。

学習サンプル 750 件の場合のテストセット指標

学習サンプル 500 件の場合のテストセット指標
一方、学習サンプル 200 件の場合、学習過程で過学習(overfitting)が発生し、性能はやや低下します。それでも、相対 L1 誤差は 1.56%、テストセットの R2Rスコアは 0.880であり、許容範囲内に収まっています。ただし、上記のようなより多い学習サンプルがある時に比べると、汎化能力に優れてはいません。
ここで可視化したサンプルはテストセットからランダムに選んだものであり、データセット全体に対して標準的な性能を示す例です。これらの結果についてさらに詳しく知りたい場合は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
まとめ
本記事では、NCS が複雑な熱シミュレータを高精度に模倣できることを示しました。従来のシミュレーションが 約 20 分かかるのに対し、NCS はミリ秒単位で計算を実現できます。
NCS は、学習サンプル 500 件でも誤差 1.17% という非常に優れた精度を達成し、サンプル数 200件でも誤差は 1.56% へわずかに低下する程度でした。重要なのは、単一のデータセット内でトポロジーが変化するケースを扱いながら、NCS は発熱源を適切に識別し、そのスケーリングも適切に行えたということです。これは精度面に加えて NCS の大きな強みであり、従来手法では実現が難しい点です。
さらに、ネットワークは背後のパラメータ化を意識しないため、別のパラメータ化で生成された形状であっても容易に予測でき、またデータセットに追加することができます。今回の結果は、衛星の熱モデリング問題においてNCSを利用できることを裏付けるものであり、NCSのデフォルト構成でも十分な精度を発揮することを示しています。
この方法を用いると、ESA のエンジニアは、CAD 設計プラットフォーム上で形状を変更した際、その影響についてリアルタイムに直接フィードバックを得ながら設計を進められるようになります。これにより、熱制約に応じた衛星パネル設計のきめ細かな最適化が可能となり、最終的には既存設計を上回る新しい形状を見付け出すことができます。
