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事例

WAONがあったこと、またWAONの解析結果を製品開発にフィードバックできる我々の技術がなければ不可能でした。

ヤマハ株式会社様 〜世界初の24kHz保証HRTFを用いた音響システムの開発に、WAONの大規模音響解析が活躍〜

今回のインタビューでは、ヤマハ株式会社様にご協力いただきました。
「感動を・ともに・創る」をブランドスローガンに、市場をリードし続ける総合楽器メーカー、ヤマハ様。長年の音響技術を結集させた高性能のAV機器もまた、世界中のファンを魅了し続けています。
そして2008年4月、世界初の24kHz保証HRTFを採用したホームシアターシステム「DVX-1000」が発売されました。この技術の開発にはヤマハ様の音響技術と、音響シミュレーションのノウハウが凝縮されています。本インタビューでは、その開発経緯と、開発にご利用いただいた大規模音響解析ソフトウェア「WAON」についてお話を伺いました。

左から塩澤様、三木様、片山様、鬼束様、末永様。

今回お話いただいた方々

サウンドテクノロジー開発センター
開発担当技師 鬼束博文様
技師補 三木晃様 末永司様 塩澤安生様
AV機器事業部 技術開発部 第二開発グループ
技師補 片山真樹様

皆様のお仕事の内容をご紹介ください。

鬼束博文 様

私はサウンドテクノロジー開発センターに所属しており、音響・振動に関する解析評価や計測評価の基盤技術開発とその実務展開、および人材育成などを主なミッションとしています。また、音響解析のほかに、音響と構造、流体、電磁場などの連成を含む物理特性の評価にたずさわっています。

三木晃 様

私は、以前はホール等の音響の測定や設計を担当していたのですが、一年ほど前から現在のアコースティックモデリングのグループに入りました。最近は、ホール用のスピーカー等を扱っている部署から依頼を受ける形で、WAON等のCAEを使ったトラブルシューティングや解決策の提案などを中心に業務を行っています。

末永司 様

私も去年から解析関連の業務を行っています。それ以前は信号処理やDSPに載せるモデルの開発等を行っていたのですが、今はそうした信号処理と、WAON等による音響解析の二本立ての業務です。MATLABも良く使っています。

塩澤安生 様

私は要素技術の研究開発を担当しています。大学の研究室との共同研究や楽器の振動音響解析などを実施しています。

片山真樹 様

私はAV機器事業部に所属しており、DSPのアプリケーション開発を担当しています。アプリケーションは、ホームシアターのAVアンプやシステム製品に利用されています。このアプリケーションは、サウンドテクノロジー開発センターで開発した要素技術をベースに、民生市場のニーズに最も合ったアプリケーションから開発し製品化しています。
手近な例が、今年4月にリリースしたホームシアターシステム「DVX-1000」(図1)ですね。ここには鬼束さんと10年もの歳月をかけて実現させたヤマハ独自の技術が採用されています。

図1 DVX-1000

※音元出版「ビジュアルグランプリ 2008 SUMMER」で銅賞を受賞
http://www.yamaha.co.jp/product/av/prd/cinema_st/dvx-1000/index.html

DVX-1000に採用されている、次世代型バーチャルサラウンド技術についてご紹介ください。

片山

映画館に行くと、四方八方をスピーカーに取り囲まれます。そのスピーカーの音によって、観客はあたかも自分が映画の世界に埋没したような感覚を楽しむことができます。これをサラウンドと呼びます。

図2 次世代型バーチャルサラウンド技術 「AIR SURROUND XTREME」 概念図

ホームシアターシステムも原理は同じで、自分の周りを複数のスピーカーで取り囲みます。5.1chという一般的なシステムでは、正面に1本、フロント(左右)とサラウンド(視聴者の左右)、さらにサブウーファーの計6本のスピーカーを配置します。さらに高級な7.1chシステムでは、背後に2本のスピーカーが追加されます。
しかし、スピーカーを設置するスペースが無かったり、スピーカーケーブルが掃除の邪魔をするといった問題もあり、ご家庭によっては、これらのシステムは現実的ではないかもしれません。そこで、何とかバーチャル技術によってサラウンドシステムを実現できないか、ということで開発が始まりました。このDVX-1000は正面の2本のスピーカーとサブウーファーで、高級ホームシアターと同じ7.1chシステムに匹敵するサラウンドを実現しています(図2)。これが可能なのは世界でヤマハだけです。

開発の経緯と、本製品の特徴をお教えください。

片山

開発を開始したのは10年前になります。当時からバーチャルサラウンド自体は数多くありましたので、他社を圧倒的に差別化するために7.1chに着目しました。
DVX-1000では、本当に音が後ろから到達するように聞こえます。スピーカーを後方に設置しても、実際は後ろから音が聞こえないようなサラウンドシステムもある中で、普通では考えられないことです。この臨場感を実現するためには、「様々な方向で発せられた音が、左右の鼓膜にどのように到達するか」を表したHRTF(頭部伝達関数)を正確に数値化することが鍵となります。

従来のバーチャル技術には2つの課題があると言われていました。1つは、画一的な頭部モデルを用いて求めたHRTFを使用するので、視聴者の頭部形状の個人差を十分に考慮できていなかった点です。そこで、多種多様な頭部モデルを作成してシミュレーションを重ねたのです(図3)。その結果、汎用性の高い新型頭部モデルを開発し、どなたでもリアルな定位(音の到来方向と遠近感)を感じていただけるような次世代HRTFを得ることに成功しました。
この際、実測ではなくシミュレーションを使ったことも重要でした。実測の場合は、ダミーヘッドを使って録音したりするのですが、頭部形状の個人差にあわせて幾つものダミーヘッドを作成するのは困難です。ところがシミュレーションの場合は、多数の頭部形状を作成し、すぐに解析してHRTFを算出することができます。この結果、ほぼ万人に共通するHRTFを算出可能な頭部モデルを開発できたのです。

様々な国の方に、このHRTFを用いたバーチャルサラウンドを聞いていただいたのですが、皆さん後方から音が聞こえることに一様に驚かれます。このモデルは使えると、そうした方々の反応を見て確信しました。シミュレーションによる開発を始めて3年で、ようやく実現しました。

またもう1つは、これまでのHRTFは20kHzという人間の可聴帯域をカバーできていなかった点です。
 実際に人の耳に「音」として聞こえる帯域は10数kHzと言われていますから、そこまでの帯域は必要ないと思われるかもしれません。しかし、バーチャルサラウンドを実現するには音データの演算処理が必要になり、演算する上で、必要な帯域が全て保証されたデータを使う場合と、保証されないデータを使う場合では大きな違いがあります。保証されないデータを使い演算する場合は、未保証の領域に対して何らかの「人的な介在」が入ります。我々はこの介在が、例えば生の楽器が生らしく聞こえなかったり、人の声が機械的になったりといったような、バーチャルサラウンド特有の音質劣化の元凶になっていると考えています。
 しかしWAONにより、高周波の領域まで全て保証された精密なデータが得られましたので、介在が必要なくなり、非常に精度良く音場を再現できました。DVX-1000にはミュージックモードという機能があるのですが、まさに生の楽器に取り囲まれているように感じます。これはヤマハだけの技術ということで、お客様からも高い評価をいただいています。

これらは、我々の長年にわたる音響技術やシミュレーションのノウハウを集大成したものですが、それだけでは実現しませんでした。WAONという、大規模モデルを解析可能なソフトウェアがあったこと、またWAONの解析結果を製品開発にフィードバックできる我々の技術がなければ不可能でした。双方の技術があってはじめて開発されたのです。

頭部近傍の空間音圧分布

両耳近傍の空間音圧分布

頭部表面の音圧分布

図3 HRTF(頭部伝達関数)の算定 手法:WAON FMBEM(高速多重極境界要素法)

鬼束

構想はかなり以前からあり、今までの経験から大体の予測は付いていました。しかし、それを実現するための道具が存在しなかった。他のツールで試みていた時期もあったのですが、せいぜい12kHzまでの解析を行うのがやっとで、その先はとても無理だと感じていました。そういうときに、サイバネットさんからFMBEM(高速多重極境界要素法)を採用したWAONを紹介いただいて、まさにぴったりだと思いました。これを活用して形になったのが今回ご紹介したDVX-1000なのです。

では、今後の計画についてお聞かせ下さい。

片山

今はHDの時代で、高画質、高音質が求められています。HDのサンプリングデータの基準は96kHzですから、そこまでのデータを考慮したシステムを実現したいですね。これは聞くというより、肌で感じる音です。サラウンドの世界だと、空気感というか、音にならない空気を伝えるには96kHzが必要だと言われています。今まで以上に大変なことですが、ぜひ実現したいですね。

鬼束

ヤマハは色々な形で音に関わる会社ですので、さまざまなテーマでの解析利用の話が出てきますが、連成解析評価が必要になる場合が多くあります。WAONに連成機能が搭載されれば、利用はより広がっていくと思います。また、ANSYSは連成解析が優れていると思いますので、WAONと組み合わせて、いろいろな分野の連成解析評価を実施して、よいものづくりに役立てたいですね。

構造-音響の連成解析機能は、2008年9月にリリースされましたので、ぜひご活用ください。その他、WAONの機能についてご意見はありますか?

末永

解析スピードもありますが、何よりメモリが現実的な容量で済むのが大きいです。計算時間の問題以前に、メモリが収まらないことには始まりませんから。

鬼束

ヤマハでは音楽系の音が多いので、低帯域から高帯域まで、全ての情報が揃っている必要があるのです。そのため演算量は大きくなりがちです。

末永

また、使ってみてまず思ったのはシンプルだということですね。海外の製品は多機能ですが、選択肢が多すぎて逆に袋小路に入ることもあって。WAONの場合はその心配がないです。

鬼束

社内でCAE技術者を育成する際、一番重要なのが最初の立ち上がりです。利用者がソフトのGUIやマニュアルを見たときに多少でも違和感を覚えてしまうと、習得するまでのスピードが遅くなったり、習得意欲に悪影響を及ぼしたりします。しかしWAONの場合は、殆どの人がすんなり入れるようです。自分にも出来そうだ思えるのでしょうね。これは育成する側にとっても助かります。今までは手取り足取り教えることが多かったですが、WAONに関しては何も言わなくても、立ち上がりは結構自分でやっていけるようです。

三木

私は音響解析はほぼ初心者に近かったのですが、最初から取っ付きやすかったです。選択肢に悩むこともなく、とにかく最後まで進んで結果も出ましたし。そのうえ、今までの経験則と解析結果が良く合っていたので、信頼性も問題がないと思いました。

開発当初から、マニュアルを読まなくても直感的に操作できることを目標にしてきたつもりです。機能が増えても、解りやすさを損なわないように注意していきたいと思っています。他にご要望はありますか?

鬼束

例えば、従来の波動方程式で省略していた成分を含めた解析ができるとか、他社に無いようなプラスαの機能がどんどん入ってくるといいと思います。実験データと解析データを、簡単に比較できるような機能もあると便利ですね。カスタマイズ機能が充実するのもいいと思います。

塩澤

アニメーションや断面表示といった、結果表示の機能がもう少し充実するといいと思います。

鬼束

ベクトル関係の結果を、もっと直感的に理解できるような表示方法があるといいですね。

ご意見ありがとうございます。これからもお客様の要望をお聞きしながらWAONの機能開発を進めていきたいと思います。では当社についてご要望はありますか。

鬼束

サイバネットの技術サポートはたいへん良いと思いますので、引き続きお願いしたいです。


最近、やはり日本のメーカーは日本のメーカーらしくあるべきだと強く思っています。国際化は非常に重要ですが、「日本らしさ」は損なわずにいたい。日本らしさのひとつは、ある技術なら、その技術の非常に細かい部分まで気配りしながら製品を作り上げるといった点だと思います。ソフトウェアも同じで、全体から見ると細かすぎると思えるような部分まで考え抜いて、心を込めて開発する。そこで生まれるのが日本らしい良いソフトウェアであり、サービスなのだと思います。


サイバネットのサポートが良いと思う理由もそこにあります。我々の要望に対して丁寧に目を向けてくれる。ぜひ今後もそれをお願いしたいし、日本らしさを一層発揮しながら、商品作りやサービスを続けて欲しいと思います。そして、我々のようなメーカーとともに、皆で日本発のいいものを作っていけるといい。そう願っています。

 なかなか至らない点も多いですが、まさにその通りと思いますし、これからも実践していきたいと思います。今後ともぜひ宜しくお願いします。

ヤマハ株式会社 鬼束様、片山様、三木様、末永様、塩澤様には、お忙しいところインタビューにご協力いただき誠にありがとうございました。
この場をお借りして御礼申し上げます。 

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