事例紹介
宇宙機タンク内部の液体推進薬挙動
東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻 姫野 武洋 様
宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部 野中 聡 様
宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部 成尾 芳博 様
宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部 稲谷 芳文 様
東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻 渡辺 紀徳 様
はじめに

図1 : 再使用ロケット実験機の試験風景(2003年10月);宇宙航空研究開発機構(JAXA)提供
飛行中の航空機やロケットは、機体の姿勢変更やエンジンの始動停止および推力変動に伴って、様々な加速度変化を経験します。この時、機体内部のタンクに貯蔵された液体燃料や液体酸化剤(液体推進薬)が大きく揺れ動いてしまうと、機体の姿勢制御やエンジンへの推進薬供給に悪影響を与えると懸念されます。
我々の研究室[1]では、様々な加速度環境に置かれた液体の挙動を実験と数値解析によって詳しく調べ、航空機やロケットの設計と運用に役立つ予測手法の確立に取り組んでいます。ここでは、図1に示すような小型ロケット(宇宙航空研究開発機構で研究されている再使用ロケット実験機[2])が比較的低高度の大気中でエンジンを停止して弾道飛行をする場合を想定し、計算から予測されるタンク内部の液体推進薬挙動を、対応する実験結果と比較した研究例を紹介します。
液面の観察実験
弾道飛行をする小型ロケットの内部は完全な無重力環境ではなく、空力抵抗に伴って0.02G程度の加速度が機体垂直方向に加わると予想されています。運悪く、この秒時に機体が突風を受けると、水平方向にも同程度の抵抗を受けてしまい、加速度の向きが機体軸から傾き、タンク内部の液体推進薬が大きく揺動する心配があります。
このような、縦横の加速度が同程度となる環境を実験的に再現するため、まず、図2に示す加振装置に実機タンクの縮小模型を搭載し、水平加速度を図3のように時間変化させ、内部の液体挙動を高速度カメラで撮影しました。結果、図4に示すように、急激な加減速に伴う液体揺動と、勢い余ってタンク上部に達する波、それに続く砕波が観察されました。


自由表面流の数値解析と可視化
続いて、我々の研究室で開発された数値解法[3]を用い、実験結果を計算機の中で再現することを試みました。一般に、数値流体解析の手順は、対象とする流れ場を有限個の微小な検査体積に切り刻んだうえで、流体の運動を記述した偏微分方程式を検査体積の相互関係と検査体積の内部変化を記述した差分方程式に近似し、そこに含まれる圧力や温度および速度といった未知数を解くというものです。加えて、今回のように、液面が流れに乗って時々刻々変形しながら移動する(自由表面流)問題の場合、上述の未知数以外に気相体積分率(検査体積が気体に占有される割合)も未知数とします。気相体積分率が1ならその検査体積は完全に気体、0ならば完全に液体、その中間であれば検査体積と液面が交わっていることになります。
図5に示すのは、模型タンク内部の流れ場を、実験と同様の条件を課して計算した結果です。可視化にはMicroAVS (Ver.7.0)[4]を用い、液面は気相体積分率が0.5となる等高面として表現され、着色および透過処理を施して見映えを良くしています。図4の実験結果と比較すると、液面の形状に注目する限り、砕波まで含めてよく再現できています。図6は、計算結果を動画にしたもので、同じくMicroAVSのスクリプト機能を使って各時刻の可視化画像をGIF形式にするバッチ処理により作成されました(Pentium 4の2GHzマシンで数時間程度を要します)。砕波過程の液膜破断に大きな模様を見出せることや、飛沫や気泡が計算途中で非物理的に消失しないことを目視確認できることは、近年長足の進歩を遂げている計算機性能と可視化技術の恩恵だと言えるでしょう。


図6 : 動画で表示しています
更に、外部発表などの場で、聴衆に計算結果と実験結果の一致を印象づけるため、フリーのレンダリングソフトであるPOV-Ray[5]を用い、図7に示すような、より視覚に訴える可視化画像と動画を作成しました(動画については参考文献[6]をご覧下さい)。POV-Rayにもバッチ処理機能が備わっており、計算結果を時系列に可視化して動画にする際の人的労力はさほど大きくありませんが、一枚一枚の画像を作成する計算機負荷が大きいため、参考文献に挙げた動画を作成するのに、Pentium 4の2GHzマシンで1週間以上を要します。あくまで、レンダリングソフト(POV-Rayなど)は計算結果の外部発表用、汎用可視化ソフト(MicroAVSなど)を計算結果の分析用と使い分けています。

むすび
低重力環境における流動や伝熱の予測技術を確立することは、航空機やロケットの液体推進薬管理に関係するだけでなく、軌道上での推進薬再補給ステーションや発電システムなど、地球圏宇宙を持続的に開発利用していく足がかりの実現にとって重要です。今後とも、関連する研究成果やアイデアの理解を助けるだけでなく、様々な専門分野に跨る研究者や技術者そして学生の関心を集め、協力を得られるよう、可視化技術を活用していきたいと考えています。
謝辞
参考文献[6]に挙げたPOV-Rayによる可視化に際し、東京工業大学機械物理工学専攻矢部研究室の滝沢研二様より大変丁寧な指導をいただきました。ここに記して、著者らの謝意を表します。