分野別の課題
構造・熱の影響を考慮したレンズ設計の感度解析に対する自動化
解析分野 : 光学解析 業界:航空宇宙・防衛
こんな方におすすめ
- 光学製品に対する構造・熱の影響にお困りの方
- 光学設計に対して、複数パラメータを振る繰り返し計算の自動化にご興味がある方
解析概要
光学性能に影響を及ぼす面変形や温度分布を考慮するため、プロセス自動化・設計最適化ソリューションAnsys optiSLangを活用して有限要素解析ソフトウェア Ansys Mechanicalと光学設計ソフトウェアAnsys Zemax OpticStudioを連携し、オプトメカニカル解析の自動化を実現します。さらに、光学モデルにランダムなパラメータを与えて複数回の解析を行い、感度解析により光学性能に影響を及ぼす主要因の特定を可能にします。
使用ソフトウェア
Ansys optiSLang 2024 R2
Ansys Mechanical 2024 R2
- Workbench内で拡張機能Export to STAR.wbexを読み込んでおくこと
- MechanicalとWorkbenchの単位はmmに設定しておくこと
Ansys Zemax OpticStudio 2024 R2.02 (Enterpriseエディション)
背景/課題
光学製品の開発においては、実使用環境下での光学性能を正確に把握・評価することが重要です。なかでも専門的な検討事項として挙げられるのが、オプトメカニカル解析(光学機械解析)です。これは、光学部品と機械部品の構造的・熱的な相互作用を考慮する解析であり、たとえばレンズを保持する筐体がレンズに応力を与えることで形状が歪むケースや、システム内部の熱が筐体からレンズに伝わることで温度分布が発生し、性能に影響を及ぼすケースなどが挙げられます。こうした要因は光学性能の低下を引き起こす可能性がありますが、従来の光学設計ツールだけでは、構造や熱といった異なる物理領域の影響を十分に解析することができないのが現状です。
解析の仕様
解析のゴール
本事例では、Ansys製品群を活用し、光学製品に対する構造・熱の影響と、それに伴う光学性能の変化を包括的に解析します。システム全体を含む光学モデルに対して、構造・熱解析はAnsys Mechanicalで、光学性能解析はAnsys Zemax OpticStudioのSTARモジュールを用いて実施します。STARモジュールは、構造・熱解析の結果を光学モデルに反映し、影響を加味した状態で高精度な光学解析を可能にする機能です。今回これらの解析フローは、各ツールを個別に操作するのではなく、最適化ツールであるAnsys optiSLangを用いて一括で自動実行します。さらに、この自動化された解析フローを活用し、光学モデルに対してランダムにパラメータを設定したオプトメカニカル解析を繰り返し行い、光学性能に影響を与える主要因を抽出する感度解析も実施します。
モデル
図1は本事例で対象とするレンズの外観を示したものであり、図2は筐体を含めたレンズシステムの断面構造を示しています。本解析では、筐体の脚部に熱源が存在するという条件を設定し、そこから筐体およびレンズへと熱が伝導する環境を想定しています。

図1 : レンズ設計データ

図2 : 筐体を含めたレンズシステムのYZ断面図
解析条件

図3 : 解析フローの概要
上の図3は解析フローの概要を示しています。本解析の開始時点で、レンズ設計と筐体設計は完了しているものとします。
Step1 Ansys Mechanicalで構造・熱解析
Ansys Mechanicalでモデルに対して構造・熱解析を実行します。このときの入力パラメータを下の図4に示します。

図4 : Mechanicalへの入力パラメータ
- 曲率半径
- レンズの厚み
- レンズ同士の間隔
- レンズの径(半径)
- RWCE : RMS波面収差(波長数で表示)
- REAX/REAY : 像面上における光線の到達座標X,Y
- BSER : 軸上画角の主光線の角度偏差(0度入射からのズレ量)
- DSAG : 各レンズ面におけるサグのRMS値
Step 3 Ansys optiSLangで繰り返し計算の自動化

図5 : optiSLangのワークフロー
このステップが本事例のメインになります。上の図5はoptiSLang上でのワークフローです。optiSLangで各ツールが行う下記の解析を包括しています。
①-1 構造・熱解析 (Step 1の内容)
①-2 構造・熱を考慮しない光学解析 (設計状態)
② 構造・変形を考慮した光学解析 (Step 2の内容)
これら一連の解析のフローをoptiSLangで指示し、実行するだけで各ツールが自動で計算を行います。
さらに、レンズの各種入力パラメータに指定範囲内の値をランダムに与えて設計形状を変化させ、同様の構造・熱解析との連携を実行するという流れを複数回行います。そこから、感度解析の統計処理を行います。下の図6は今回行うoptiSLangによる感度解析のフローです。本事例では300回パラメータを変更して解析フローを繰り返します。その結果から応答曲面(メタ)モデルを作成し、それを利用して統計処理を行います。この方法により、メタモデルが新たな入力値に基づいて出力を予測する「もしも」のシナリオ分析が可能となります。
なお、optiSLangには応答曲面上で最適化を実行することができますが、本事例では触れません。

図6 : optiSLangによる感度解析のフロー
解析結果
解析結果
optiSLangの解析フローによって作成されたCoPマトリックスを図7に示します。CoPマトリックスは、入力パラメータと出力パラメータの相関性を「予測係数(CoP:Coefficient of Prognosis)」という指標で可視化したものです。CoPの値が高いほど、入力と出力の相関性が高く、パラメータ変化による影響を的確に捉えていることを示します。一方で、CoPの値が低い場合は、入力の変化に対して出力のばらつきが大きく、予測精度が低いことを意味します。

図7 : CoPマトリックス
本解析で得られたCoPマトリックス(図7)を確認します。縦軸には出力パラメータが、また「_new_STAR」の添え字は構造・熱の影響を加味した状態での光学性能を示しています。横軸は入力パラメータを表しており、右端の「Total」列ではすべての入力パラメータを考慮した場合の各出力に対するCoP値を確認できます。多くの出力パラメータでCoP値が100%近くとなっており、良好な予測が行えていることがわかります。ただし、「REAX_5_new_STAR」については例外で、予測精度が低くなっています。この要因としては、非線形性を捉えるためのサンプル数不足や、解析時のソルバーノイズなどが考えられます。
続いて、最適予測メタモデル(MOP:Metamodel of Optimal Prognosis)を用いて、入力パラメータに対する出力の応答傾向を可視化した結果を図8に示します。図8左は構造的な影響がない状態(設計値)におけるREAY(光線が像面に到達した際のY座標)の変化を示しており、レンズ3の曲率半径が変化しても、REAYに大きな影響がないことが確認できます。一方で、図8右は構造・熱の影響を含む条件で、内部発熱量とレンズ1前面の曲率半径を入力としています。この場合、REAYは内部発熱量に対して高い感度を示しており、光学性能に大きな影響を与えていることがわかります。

図8 : 光線が像面に到達した際のY軸座標のメタモデル
図9は、REAYに対する予測係数(CoP)の結果のみを抜粋して示したもので、影響度の大きい入力パラメータを下から順に棒グラフで可視化しています。この結果から、REAYは主に内部発熱量およびレンズ1の前面の曲率半径の影響を強く受けることが予測されます。実際に、図8右の結果と照らし合わせると、これらのパラメータによる光線の到達Y座標の変化が大きく、相関性の高さが確認できます。

図9 : 光線が像面に到達した際のY軸座標についてのCoP
続いて、図10では構造・熱の影響の有無における波面収差のメタモデル結果を確認します。入力パラメータには、図7のCoPマトリックスから予測精度が比較的高いと判断されたレンズ3の2つの曲率半径を採用しています。図10の結果からは、構造・熱の影響の有無にかかわらず波面収差に大きな変化は見られず、本出力パラメータはこれらの物理的影響を受けにくいことがわかります。

図10 : 波面収差の構造・熱の影響前後
このように、各出力パラメータについて個別に、複数の入力パラメータとの組み合わせによる影響を確認できます。次に、図11の平行座標プロットを用いて、システム全体の性能傾向を俯瞰します。本図は感度解析で得られた出力パラメータ同士の関係を線で結んだもので、色の違いによって挙動の傾向を分類しています。図中では、構造・熱の影響を考慮していない結果(左端)と、影響を加味した結果(右端)を赤枠で強調しています。たとえば左端では、レンズの各種パラメータが変化しても、光線の像面到達座標(REAY/REAX)の変動は極めて小さく抑えられています。一方で、構造・熱の影響を加味した右端では、これらの座標が大きく変化していることがわかります。ただし、右端の波面収差の分布は左端と同じ色の並びとなっており、両者には高い相関関係があることが読み取れます。
さらに図12では、これらの相関を散布図として可視化しています。色がきれいに整列している様子から、波面収差に関しては、構造・熱の影響を受けても設計値から大きく逸脱せず、近傍の値に留まる傾向が確認できます。すなわち、内部発熱の影響をほとんど受けない出力パラメータであることが、本分析 からも明らかになりました。

図11 : 平行座標プロット

図12 : 波面収差の構造・熱の影響前後の散布図プロット
図11の右側にある2つの出力パラメータ、REAY_4_new_STARとRWCE_2_new_STARに着目すると、それぞれの線の色の並びが逆になっていることがわかります。これは、両者がトレードオフの関係にあることを示しており、一方の値を小さくしようとすると、もう一方が大きくなる傾向にあることを意味します。すなわち、両方を同時に最小化するような最適化は難しく、どちらを優先するかを設計方針に応じて判断する必要があります。
平行座標プロットでは、特定のパラメータ範囲を限定することで、それに対応する他のパラメータの傾向を視覚的に確認できます。図13はその一例であり、波面収差と到達Y座標を最小値近傍に絞り込んだ結果を示しています。図中の赤枠部分を見ると、レンズ1の後面の曲率半径が比較的大きく、内部発熱量が小さい値に集中していることがわかります。このことから、波面収差と到達Y座標の両方において高い性能を実現するには、レンズ1後面の曲率半径を大きくし、かつ内部発熱を抑えることが有効であると予測されます。

図13 : 波面収差と光線の像面に到達した際のY座標を絞り込んだ場合の平行座標プロット
解析結果の評価
レンズ形状に関する複数の入力パラメータを変化させながら、感度解析と構造・熱解析を同時に実行した結果、すべての出力パラメータに変化が見られました。その中でも、波面収差は他の出力と比較して変化が小さく、構造・熱の影響を受けにくい特性を持つことが確認されました。さらに、波面収差と光線の像面到達Y座標との間にはトレードオフの関係があることも明らかとなりました。これらの出力値を小さく抑えるためには、レンズ1の後面の曲率半径がある程度大きく、内部発熱量が小さいことが重要な要素であることがわかりました。
まとめ
本事例では、光学解析と構造・熱解析を一つの自動化ワークフロー内で統合し、構造的な入力が光学性能に与える定量的な影響や、各パラメータ間の相互作用を明らかにしました。加えて、感度解析を通じて光学性能に大きな影響を及ぼす入力パラメータの特定が可能となり、設計において注視すべき要素を抽出できました。さらに、感度を高めるために考慮が必要なパラメータの選定も行うことができました。
optiSLangによる繰り返し解析を活用することで、単一条件下の評価にとどまらず、複数の使用条件下における性能変動を統計的に把握し、影響の大きい要因を効果的に抽出できます。これにより、より信頼性の高い製品設計プロセスの構築が可能になります。
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