事例紹介
AI(サロゲートモデル)とVR連携による 設計プロセスの高速化

1.はじめに
近年、SDGsへの取り組みやDX推進の広がりなどを背景として、ものづくりの現場におけるシミュレーション技術(CAE)の活用はますます重要になっています。特に設計プロセスにおいて、製品のエネルギー効率や安全性の向上が至上命題となる中、デジタルモックアップとシミュレーションによる性能検証は不可欠になりつつあります。
しかし、設計者にとってシミュレーションの実施には解析専任者との連携が必要ですし、形状作成・メッシング・設定・計算・ポスト処理といった一連の追加作業が必要となります。その作業には1ケースあたり数時間から数日かかるという現実があります。製品の設計工程で多数の設計案をシミュレーションで試したいと希望する一方で、実際には非常にハードルが高いことが設計に携わる多くの方々の課題ではないかと思います。
本記事では、この課題に対するソリューションとしてNCS(Neural Concept Studio:深層学習AI構築ツール)とVDR(Virtual Design Review:VR設計レビュー支援システム)の連携ソリューションをご紹介します。
2.NCS-VDR連携ソリューションとは
NCS-VDR連携ソリューション(以下、NCS-VDR)は、VDRが提供するVR空間での直感的なインターフェースによるコンポーネント、部品の配置変更の簡易さとNCSが構築するサロゲートモデルによる予測出力の即時性を背景に、設計案の検証計算を簡単化、高速化します。
例えば設計案1点の検証計算の結果が返ってくるまでの時間について、ソルバーを利用する既存の方法とNCSVDRで比較すると、既存の方法ではどうしても数時間から数日といった期間を要します。対して、NCS-VDRはユーザーがVR空間中で直接部品を持ち、任意の場所に配置して、コントローラのボタンを押すだけで数秒~1分以内にその形状に対する解析の予測結果をVR空間中に可視化処理された形で出力できます。
以下は、実際に流体空間中の整流板の配置のあたり付を実施した例ですが、ユーザーはVR空間中で整流板を手で任意の場所に配置し、その結果を流線で即座に確認することができます。

図1 VR空間中での部品の配置移動と解析結果の更新
処理の一連の流れを説明します。VR空間中で部品の配置が決定された時点で、中心座標のシフト量とオリエンテーションなどの幾何変換情報がCAEソフトウェアに渡され、幾何変換された形状が予測用サーバに送信されます。予測用サーバでは形状がサロゲートモデルに入力され、予測結果が3次元の点群やサーフェス上のフィールドデータで出力されます。そして、予測結果はCAEソフトウェアに送信され、可視化処理が終わるとVR空間に投影されます。

図2 NCS-VDRの形状の移動から結果表示までの一連の処理フローの概要
表示用のソフトウェアでの可視化処理については、受け取った予測結果が点群である場合にはそのままではポスト処理ができないことがあるため、予測結果は元のメッシュにマッピングされます。この事例でいうと流速ベクトルがメッシュにマッピングされて、これにより流線や等値面の生成が可能になります。
NCS-VDRは複数人数で共同作業を実施できるのも特徴の一つです。VDRにはネットワークを介した遠隔地とのコラボレーション機能があります。参加者全員がVR空間に入り込み、他の参加者との意思疎通を図りながら検討作業を行うことが可能です。
こういったVRシステムは、とかくデータの準備、設定など事前準備が煩雑で手間がかかる、かつ使いたいときに使えないのが大きな問題でしたが、NCS-VDRはある程度の広さと可搬性のあるマシン※1さえあれば手軽に起動して利用することができます。
3.NCS( Neural Concept Studio)の 特徴
NCSは、CAEのためのディープラーニングプラットフォームで、サロゲートモデルの構築、ならびにモデルを利用した予測処理を提供するAIソフトウェアです。
NCSは、以下の3つの特徴を持ちます。
●形状データのダイレクトインポートと予測値の即時の出力
●サロゲートモデルの対象となるソルバー、物理場は無制限
●Web経由のサロゲートモデル構築と利用
1つ目の特徴は、形状と一部ソルバーデータのダイレクトインポートです。形状は3DCADのネイティブ形式、Parasolidなどの中間フォーマット、STLなどの汎用フォーマット、またソルバーの解析結果中の形状をサポートしています。サロゲートモデルの構築にはNCSのコアテクノロジーであるGCNN(Geometric Convolutional NeuralNetwork)は3次元形状を直接扱うことが可能で、読み込まれた形状の幾何学的特徴を捉えながら解析のサロゲートモデルを構築します。そのため、作成されたCADの形状ファイルに対する予測がほしいときは、ファイルをそのまま入力でき、それに対する予測値を即時に得ることが可能です。
2点目の特徴は、NCSは物理的なロジックを使用しないため対象のソルバー、物理分野を限定しないことです。どのような解析結果も形状とデータ定義点の座標値、変数値さえ用意すれば学習データとして利用できます。そのため、CAEの結果に限らず計測データも学習することができます。
3点目の特徴は、基本SaaS形式で提供されるサービス形態です。NCSの計算資源の全てはクラウド上に展開され、サロゲートモデルの学習、ならびに利用に伴う計算処理はクラウド上のサーバで実行されます。
したがって、モデルの構築、ならびに利用に伴う操作はWebアプリケーションを介して行われます(図3)

図3 NCSの計算資源と利用のイメージ
サロゲートモデルの利用は、主にWebアプリケーションと専用のREST APIを用いた他ソフトウェアへの組み込みの2通りの方法があります。今回のソリューションではREST APIを用いてVR空間への投影対象であるCAEソフトウェアとクラウド上に展開する予測用サーバとの通信を実装しています。
もちろん、構築されたモデルの信頼性担保はサロゲートモデル運用の大前提ですが、NCSにはモデルの内挿領域における精度検証の機能はもちろんのこと、モデルの外挿領域での予測結果に警告を与える機能もあり、予測精度の低い結果が設計に反映されることを防ぎます。

図4 NCSのWebインターフェース (左)サロゲートモデル構築用のインターフェース (右)予測用のWebインターフェース
4.VDR( Virtual Design Review)の 特徴
VDRは、3次元CADなどの設計データをバーチャルリアリティ(VR)空間で再現し、場所の離れた複数メンバーでレビューできるソリューションです。
本製品は、以下の特徴を持ちます。
● CAEソフトウェアで表示される内容をそのままVR空間に投影
● 遠隔地に散在する複数人が参加できるコラボレーション機能
1つ目の特徴は、「CAEソフトウェアで表示される内容をそのままVR空間に投影すること」です。これはOpenGLで実装されたレンダラーを持つCAEソフトウェアであれば、専用モジュールがソフトウェアのグラフィックスパイプラインから描画情報を抽出して、VR空間に表示をそのまま投影します。

図5 遠隔したユーザー同士のコラボレーションのイメージ
この機能により事前のデータの変換処理などは一切不要で、ソフトウェアとVDRのプロセス、HMDなどの投影装置を起動するだけでVR空間への投影が完了するため、低コストのバーチャルレビューを実現します。
これまでVRにつきまとった事前準備の煩わしさがなくなり、使いたいときに使うことができます。また、CADソフトウェアで変更された内容はVR空間にそのまま反映されます。
2点目の特徴は、「遠隔地に散在する複数人でのコラボレーション」です。VDRのプロセスはネットワーク通信を介して他のVDRプロセスと接続、協調動作することで参加者はVR空間内の部品移動、アノテーションの作成などさまざまなイベントを同時に共有できます。
これまで、VRというと周囲がベタ塗りの空間で、使う場所をよく選ばないと脚がケーブルや他の障害物にかかり転倒したり、センサー類を倒して破損させたり、配線を断線させるなど、とかく使いづらいイメージが伴いました。
しかし、昨今のHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)は周辺形状をマーカにした自己位置とオリエンテーションの推定を用いることで外部の補助機器が不要になり、ビデオシースルーにも対応することから、一昔前のような閉塞感と危険性が大きく緩和されつつあります。

図6 ビデオシースルーを伴う利用シーン
NCS-VDRでは、VDRの機能を利用することで、位置の変更対象となる形状は手持ちのコントローラのドラッグにより物体を掴んで移動する要領で位置変更を行うことができます。これらの操作の結果生じる物体の移動、ならびに予測値の可視化オブジェクトの表示などの視覚情報の変化は参加者全員にリアルタイムで伝達されることから、これまでの報告書ベースの情報伝達を上回る情報量を短時間のうちに参加者間で共有することが可能になります。
5.まとめ
本記事では、設計プロセスの効率化ソリューションとしてNCS-VDR連携とその構成要素であるNCS, VDRをご紹介しました。NCSというCAEに親和性のあるAIソフトウェアにより構築されるサロゲートモデルとVDRという設計レビューに特化したVRシステムの連携は、設計のあたり付を従来にないスピードと簡易性で実施することで従来の設計プロセスを大きく改善する可能性を持っています。
このソリューションにご興味がある、また似たようなソリューションの構築を考えている方は、ぜひ弊社までお気軽にお問い合わせください。
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