A君のレンズ設計物語第14回 ヘルムホルツ - ラグランジュの不変量

A君「前回はレンズの周辺光量比を見てみましたけど、ネットで検索してみると色々な記述が見られますね。ナレッジコミュニティサイトでも、『レトロフォーカスにすると、周辺の光の入射角度が小さくなるので、周辺光量不足が減ります』というのもありました」

博士「利用者同士での質問・回答が行なわれていて確かに便利なのじゃが、どこぞのページから単純にコピーペーストされている答えも多く見られる。その結果、誤った情報がどんどん拡がってしまう危険性もはらんでいる」

A君「そういえば僕も、教えて○○のサイトで、P偏光とS偏光の説明が逆になっているのを見たことがあるんですけど、ネット上で更に検索してみると、全く同じ文章が大学の先生のWEBにありました。盲目的にそこからコピペで回答したのでしょうね。先生の方にはメールで連絡したところ、恐縮されていましたけど」

博士「こうなると、高度情報化時代による利便性の弊害とも言えるね。インターネット上には真偽いずれとも分からない情報があふれているが、これらを頭から信じてしまうのは考え物じゃ。この連載の内容も含めてな」

A君「読むだけでなく、実際に確認したり考えたりして身につけることが大事ですよね」

博士「改めて言っておくと、(物体側入射角度で考えた場合)コサイン4乗則自体は入射角度で決まるため、レンズタイプで云々できることではないが、周辺光量比の方はコサイン4乗則以外に開口効率(瞳の収差)や歪曲収差も影響するため、レンズタイプにより変わる。凹-絞り-凸というレトロフォーカス構成にすると、像面への入射角度が物体側の角度より小さくなるのは事実じゃが、レトロフォーカスタイプで周辺減光が緩和されるのは、その所為ではなく、絞りよりも物体側の負レンズ群による効果で軸外の入射瞳が大きくなるためじゃ。たとえば、下に2種類のレトロフォーカスタイプ (a)(b)がある。一般的なレトロフォーカスタイプでは(a)のように軸外の入射瞳が広がる傾向があるが、(b)の方は非球面を使って強制的に各画角の入射瞳の大きさが等しくなるようにしたものじゃ。像面への入射角度や歪曲は(a)と同レベルに補正している」

A君「(b)の周辺光量は(a)よりも低下して、ほぼコサイン4乗にしたがっていますね。」

博士「前回少し触れたが、周辺光量比を物体側の角度θや像側の角度θ’で考えると下記のような関係がある。
------------------------------------------------------------------------
物体側:周辺光量比 ∝ (cos4θ)*(物体側開口効率)*(歪曲収差の影響)
像側 :周辺光量比 ∝ (cos4θ’)*(像側開口効率)
------------------------------------------------------------------------
像側開口効率は、射出瞳の投影立体角に関連(比例)していることは推測できるかな?」

A君「たしかに、軸外画角の光路図で、(a)の方が像点から見た立体角が大きいですね」

博士「A君、良いところに気が付いたね。光路図を見ることは非常に重要じゃ。結局のところ、周辺光量比の計算は、透過率の影響は無視すると、コサイン4乗・歪曲収差・物体側開口効率の影響も全て含めて、射出瞳の投影立体角(Projected Solid Angle、以降PSA)に帰着させることができて、
周辺光量比∝ (射出瞳のPSA)
となる。これが、透過率解析(TRA)オプションでの計算原理として使われているが、この原理に関連していそうな次のことを見てみようというのが今回の趣旨じゃ。」

  • 結像倍率の違いでPSAが変化する現象
  • ディストーションの有無でPSAが変化する現象
  • 入射瞳の収差でPSAが変わる現象

A君「また、前置きが長くなりましたね」

博士「ところで、A君、さきほどからカチャカチャと何をやっているのかな?」

A君「ディスプレイの検査システム用の撮像系を設計しているんですよ。 対角長1000mmの被写体(ディスプレイ)を、イメージサークルφ10の撮像素子に結像させるという仕様なんですけど、ディスプレイの視野角を考慮して、表示面から出てくる、±1°の範囲の光を取り込むようにしたいんです。

最適化を使って設計しているのですが、上手くいかないんですよ。サンプルレンズのダブルガウスからスタートして、倍率を徐々に下げていってる(0.1→0.01)のですが、マクロレンズのように倍率が高い仕様じゃないから、簡単にできると思ったんですけどね。なんだか、CODE Vの自動設計が上手く動いてくれないみたいで、わざわざ収差補正が難しい方向に進んでしまっているみたいなんですよ。どんどん明るくなってきちゃって・・・こんなに明るくならなくて良いのに」

博士「喝!最適化にまかせればなんでもできると未だに思っているのかね?それは自動設計の動作がおかしいわけではないかもしれんぞ。今回のテーマには格好の例じゃが、ちょっと近軸量を確認してみようか。
1000mmを10mmに結像させて、±1°の開き角を持つ物点という情報から、これをCODE Vのパラメータで表現すると、
RED 0.01 NAO 0.017 (=sin 1°)
に相当する」

A君「ですよね。特に高スペックとは思えませんけど。NAOや物体高はシステムデータとしてちゃんと設定してあるし、最適化では倍率の代わりに像高の制約をかけているから、問題ない筈です」

博士「NAOは物体側のNAじゃが、像側のNAはどれほどになるかな?」

A君「さぁ・・・それは分かりませんけど、最適化では特に制約はかけてないので、いくつにでも自由に変化できるんじゃないですか?」

博士「ところがどっこい、なのじゃ。具体的な計算はちょっと置いておいて、直感を養うための演習をしてみようか。以下の光路図では光学系の部分を隠してあるが、このような結像状態は果たして実現できるかな?」

A君「縮小系ですよね。歪曲収差が無いとすると、見た感じ、倍率は1/4倍ぐらいですよね。どこかに問題があるのですか?」

博士「物体側と像側の光束の開き角(NA)は、どうかな?」

A君「同じくらいに見えますが、NAもそんなに明るくなさそうだから難しい設計では無いと思いますよ」

博士「レンズモジュールを用いた適切な結像状態で、倍率をいくつか変えてみたときの光路図は以下のようになる。

分かるかな?像サイズ(横倍率)が小さくなれば、それに反比例してNAは大きくなるのじゃ。つまり、さっきの光路図では、倍率と物体側・像側のNAとが矛盾していたのじゃ」

A君「そういう原理があるのですか」

博士「この原理を使ってA君が設計している対象を検証してみようか。ヘルムホルツ・ラグランジュ(以降HL)の不変量というものがある。光学系全体を通じて、αとyの積が一定に保たれるというものじゃ。」

A君「α、yというのは、近軸での量ですね」

博士「近軸光線追跡の計算ではαとhを用いるのじゃが、yとhは異なる量であることにも注意しておくように。hは面上の高さで、yは像の大きさじゃ。HLの原理から考えてみると、像サイズ(y’)が小さくなるように結像させると光束の広がり角(α)が大きくなるし、その逆も言える。
この不変量から、CODE Vのマニュアルにも載っている重要な関係式
   NA=NAO/RED
を導くことができる。

今回の場合、NAO=0.017で、RED=0.01じゃから。先の式に当てはめると・・・像側のNAは、優に1を超える!」

A君「え!そんな!・・・でも、それって近軸計算ですよね。非球面とか使えばいくらでも制御できるのではないですか?」

博士「非球面は収差の補正には一定の効果があるが、近軸領域の制御には無力じゃ。仮に、出来たとしても、収差補正に無理が生じた状態になる。 ん?CODE Vの最適化を信奉しているA君は納得できないみたいじゃな。
では、自動設計にて、NA≠NAO/REDという制約条件を入れてみるとどうかな?」


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A君「像側のNA(M SI F1 R2)を重み付き制約条件で制御していますが、全く近づく気配がないです。現状値0.13に対して目標値0.15だから、すぐ到達すると思ったんですけどね。

ありゃりゃ、非球面使っても全然目標値に届かないです!」

博士「画角を軸上だけにしてみたらどうかな?」

A君「博士、ナイスアドバイスです!上手く行きました!」

博士「本当に上手くいったのかな?
軸外画角も見てたら、どうなっている?」

A君「・・・コマ収差が出まくりです・・・」

博士「つまり、軸上画角だけにして最適化をかけると、NA≠NAO/REDを実現することも可能じゃが、正弦条件が満足されないため実際的には使い物にならない。
また、先ほどの図(レトロフォーカスの図)で、物体側の画角(入射角度θ)が大きくなるにつれて、像側でのPSAが細くなっていたね。これは、コサイン4乗に起因する適切な結像状態じゃ。通常の設計では、このような原理原則に反するような状態にすることはできない。さっき、A君は、近軸の関係だから非球面を使えばなんとかなると考えていたね」

A君「いや・・・さっきの言葉は撤回したいです」

博士「まぁ、やってみようじゃないか。非球面を使ったからといって、軸外の光束の太さを軸上と同程度に太くできるか?

A君「歪曲収差補正の条件も入れた状態だと出来ませんでしたが、それを外したら簡単にできました。何故でしょうか?」

博士「ディストーションの影響は、軸外のPSAに現れるのじゃ。負のディストーションがあると、PSAを増加する作用がある。HLの関係に照らし合わせてみると、負のディストーションによりy’が小さくなってα’が大きくなることに相当する、と考えるのが自然じゃろう。負のディストーションが在ると周辺の像が圧縮されて光量低下を防ぐ効果が出てくる。前回見たように、(中心射影方式y’=f*tanθに対して)負の歪曲収差を大きく発生させているのは魚眼レンズが特徴的じゃが、Orthographicの場合は瞳の収差がゼロ(開口効率100%)でも、画角90°にわたるまで像面照度比は一定となる」

A君「像面近傍を拡大してみると、画角によらず像側のPSAが一定になっている様子がわかりますね!」

博士「それに加えて、像面として描かれている面よりもだいぶ低い位置に光線が結像しているのも分かるかな。像面の大きさは、特別に指定しない場合は、近軸(理想)像高の大きさで描かれるから、光路図から歪曲収差の正負も分かる」

A君「なるほど。ところで、超広角レンズでも周辺光量比があまり落ち込まないレンズもありますよね。あれはどういう仕組みですか?」

博士「レトロフォーカスのところで説明した瞳の収差じゃよ。こちらは収差領域の話なので、HLとは直接関係はないのじゃが、ちょっと見ておこうか。 ここに超広角レンズがある。魚眼レンズと違って、中心射影方式に対しての歪曲収差は補正されている。

最大画角は45°なので、コサイン4乗に従うとすると周辺光量比は中心に対して1/4に低下するはずだが、実際に評価してみるとほぼ均一で最大像高で95%を超えている」

A君「どひゃー、一体どうなっているのですか?」

博士「最大画角の開口効率(≒入射瞳の面積比)が軸上に対して約4倍のため、コサイン4乗による低下をキャンセルして、ほぼ均一照度を実現しているのじゃ。因みに、軸上・軸外でPSAも殆ど変化していないことが光路図からも分かる。」

A君「光路図を見れば凡その周辺光量低下の具合が推測できるし、その要因(歪曲や瞳の収差)も見分けることができるんですね」

博士「最後に、あまり触れられることもないがHLの不変量の第2の形式(下式)について考えてみよう。

松居さんは『レンズ設計法』の中で、“y,y’の結像系列とは別の結像系列の量t,t’を導入した場合の関係式として導出した”みたいなことをさらりと書いてその意味合いについては詳しくは触れていないが、ここでtという表記を使っているので、見る人が見るとピンと来るね」

A君「すみません、ピンと来ないです・・・」

博士「tは『レンズ設計法』では瞳に関する量に対して使われている。つまり、上の式は入射瞳と射出瞳の位置や大きさに関しても不変量があるということを言っているのじゃ。物-像だけの関係に着目して物体空間と像空間が空気としてみると、以下のように変形することができる。」

A君「へぇ〜、物体の結像と瞳の結像って全く独立しているのかと思っていたのですが、関係性があるのですね。実際のレンズで計算してみましょうよ。

サンプルレンズ'or00565'に対して、絞り位置を変えながら上の量を計算してみました。ただ、『レンズ設計法』とCODE Vでの距離や倍率の符号の定義の違いを考慮して、下の表の左下の計算式で比較しています」

博士「絞りの位置が何処にあっても、HL第2形式の不変量は保たれているね。Fナンバーを一定にしている場合は、絞り位置を変えても不変量の値も変わらない」

A君「ふーん、近軸といえども奥が深いものですね。こういうことを知っておくと、“最適化で上手く制御できない”場合に、その原因が何処に在るかを調べる際に役に立つのでしょうね」

博士「まとめると、HLの不変量は近軸の話じゃが、正弦条件も満足されて歪曲収差も補正されているような一般的な設計解においては必ず満足されるべきもの、と考えてよいじゃろう」

A君「レンズ系の設計検討では、近軸の考えも重要なのですね」

博士「近軸は骨組みに相当するからな。このセミナーでも、近軸論が光学系の骨組みに相当して収差論が肉付けに相当すると言っているが、骨組みのしっかりしてない(近軸的に成り立たない)状態でそこにいくら肉を付けても(収差でコントロールしようとしても)上手くはいかないのじゃ!」

今回の話で使用したCODE V用のレンズデータやコマンド操作などは、ここからダウンロードできます。

CODE Vに興味を持たれた方は、トライアル版(無料)にて今回の事例や他の機能確認を行うことも出来ます。詳しくはこちらをご覧ください。

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