A君のレンズ設計物語第12回 非球面の話(2)

博士「A君、わしの話を聞いてくれ」

A君「なんですか、突然に?」

博士「わしの友人の話なんじゃが・・・いや、ほんとのこというと、わし自身のことじゃが、最近、物覚えが悪くなったような気が・・・いや、正確に言うと、物を覚えようという意識が低くなったような気がするのじゃ」

A君「今は、ネットで検索すれば、欲しい情報が得られますもんね(齢のせいもあるかもしれないよね)。便利な時代ですよ」

博士「ITの進化は恐ろしいほどじゃが、わしが思うに、人間の脳に記憶しておくということが重要なのではないかな?」

A君「何言ってるんですか。コンピュータが、博士の衰えつつある脳の代わりをしてくれるんですよ。正確無比・無尽蔵のメモリーですから」

博士「確かに、それはそれで便利には違いないが・・・コンピュータやネットを使うよりも、脳内記憶の方が瞬時に出てくるのは明らかじゃろ。そういう知識・記憶の積み重ねによって、人間独特の直観力が育成されるような気がするのじゃよ。知識の引き出しを検索(コンピュータ)に頼っていては、そのような直観力が養われないのではないかな?既に色々な分野でコンピュータが人間を凌駕しているように感じるが、最後の砦のような気もするのぅ」

A君「なるほど、一理あるような気もします。でも、最近はコンピュータもそういう風に”自分で学習する”みたいですよ」

博士「あぁ・・・昔(30年前)読んだジョークの本みたいになってきたな・・・」

A君「どんなのですか?」

博士「米国で新しい農業機械が開発されているが、場所を取りすぎるので改良が必要。その機械は、畑を耕して、じゃがいもの種をまき、水遣りや肥料の面倒も見てくれる。さらに、収穫まで自動で行ってくれて、茹でて、最後に食べちゃうそうだ・・・人類が不要な世界にならんことを祈りつつ、今回の話に入ろうか」

A君「前回はコーニック定数により、面中心と周辺の曲率のバランスが変わるということを学びましたね」

博士「その実例を示しておこうか。
以下のレンズ系では、アンダーの像面湾曲が発生しているが、この補正を考えてみよう。

光路図を見ると、都合が良いことに、最後のレンズでは各画角の光線束が分離している」

A君「瞳から離れたところにある面は、歪曲収差や像面湾曲・非点収差への影響度合いが高いんですよね」

博士「この最後のレンズをコーニック面にして、kの値だけで像面湾曲を補正してみよう。勿論、kを変数に採って自動設計!ではないぞ。考えるのじゃ」

A君「像面湾曲がアンダーということは、軸外画角の結像点が近軸像面よりもレンズ側に来ているわけですよね。最後の面は凹面なので、この面の周辺の負のパワーを強くすれば、結像点を遠くに、つまり像面側に近づけられるのではないですか?」

博士「それでは、試してみようか。
前回のkの値による面形状のグラフから分かるように、面の周辺部のパワーを強くするには、kには正の値を入れる。最終面をコーニック面に変更して、kを少しずつ増やしていくと、縦収差図は以下のような動きをする。

M像面がオーバー方向に移動してS像面と一致(左端)、さらに移動してM像面がほぼ平坦に(真中)、さらに移動して行き、S像面がほぼ平坦(M像面はかなりオーバー) (右端)になる」

A君「M(T)像面とS像面は別々に動いて、Mの方がSよりも敏感なんですね」

博士「収差論を思い起こせば、あきらかじゃな。M像面は3*V+P、S像面はV+Pで決まるから、非点収差係数Vの変化に対する動作そのものじゃ。kだけを変化させたので、近軸パワーで決まるPは変わらないからな。因みに、歪曲収差も改善している様子が分かるかな」

A君「像面と歪曲の両方に対して良い方向に動かせるんですね。同じ様に考えて、最終レンズの前側(凸)面のkに負の値を入れて、周辺の正パワーを弱くした場合も、上手くいきますね」

博士「よくできました。では、次の問題です。このレンズデータじゃ。」

像面湾曲がアンダーに出ているので、この補正を考える。ただし、さっきと違って、歪曲収差はオーバーになっているが、この両方の収差を一つの面で補正してみようか」

A君「え?でも、さっきは像面湾曲と歪曲が同じ方向だったから良かったけど、今回は、逆向きでしょ。それは出来ないんじゃないですか?」

博士「収差の発生要因を考えてみると分かるのじゃが、面のパワー変化が各々の収差に与える影響としては、一般には以下のような傾向が強い」

A君「なるほど、歪曲は、絞りの前後で影響の仕方が反転するんですね。これを踏まえると・・・像面湾曲と歪曲収差に逆向きの補正をしたいなら、絞りよりも前の面を操作するのが良さそうですね」

博士「いいぞ、A君。では、第1面(凸面)に負のkを与えて周辺の凸パワーを弱めてみようか・・・」

A君「よっしゃあぁ!!像面湾曲はほぼ平らになって、歪曲収差も(僅かですが)減る方向へと、意図した方向に収差が動いてくれましたよ。まさに、自分がレンズを設計しているという実感が持てますね。あれ?でも球面収差が悪化しちゃいましたね。さっきの例では、球面収差は殆ど影響受けなかったのに・・・何が違うのかな?」

博士「先の例のように、絞りから遠く各画角の光束が分離しているような面であれば、周辺部の形状変更による球面収差やコマ収差への影響は小さいのじゃが、この例では、第1面での第3画角の主光線位置は、軸上画角光束よりも内側にある。そのため、第3画角主光線を補正しようとすれば、軸上画角への影響は避けられないのじゃ」

A君「やはり、様々な収差を考慮する場合には、単面での補正では難しいんですね。でも、面の形状・配置と収差との関連性が見えた気がします」

博士「では、次の話題じゃが・・・非球面の形状式としては様々なタイプがあるが、奇数次非球面というのは効果があるのかな?」

A君「え?何をいまさら・・・CODE Vにも入っていますし、みんな使っていますよ」

博士「もちろん、オフアキシャル系のようなタイプで、面原点から離れた領域を使うという場合には有効じゃろう。言いたいのは、共軸系において効果があるのか?ということじゃ。確かに、形状自由度が高まる、偶数次の係数では表現できない形状が作れる、といった特徴があるのは事実じゃが・・・」

A君「奇数次非球面といえば、工芸大の渋谷先生が有名ですよね。論文の参考文献として挙げられている書籍の中にも以下のような記述がありましたよ」
“最近になって奇数次項を有する非球面が現れてきた。収差補正に有効であると思われる”

博士「中川治平さんの『レンズ設計工学』のことじゃな。20年前の本じゃぞ。A君、若手かと思ってたら結構古い人か?ただ、そこで引用されている特許(特開昭56-94317)では奇数次項の効果に関しては触れられておらん」

A君「そういえば、レンズに奇数次項を用いている他の特許を見ても“自由度が上がるから”といった、今一つ根拠に薄い記述にとどまっていますね」

博士「そこで、今回の後半は、奇数次非球面の特徴を見てみよう、ということじゃ。
まずは、A君が絶大な信頼をよせる最適化を使って、球面収差の補正を行ってみようか」

A君「球面収差だけの補正に最適化を使うなんて・・・鶏を裂くのに牛刀を用いるみたいなものですよ」

博士「軸上画角のみの単レンズの前面を奇数次非球面(SPS ODD)にして、4次の非球面係数のみで最適かした場合と、3次+4次の両方を使った場合で、どうなるかな?」

A君「そりゃ、普通に考えたら自由度の高い3次+4次の方が良くなるでしょ」

博士「さて、どうかな?最適化での評価関数の推移を示したのが下の図じゃ」

A君「ありゃりゃ、3次と4次の係数を使うよりも、4次だけの方が良い結果になっていますね」

博士「あまりにも簡単な問題で、蚤を潰そうとしても牛刀では的を絞れないということかな?

何度も言っていると思うが、設計自由度が高いほうが良いといっても、効果の低い設計変数に関しては、むしろ無い方が最適化は上手く機能する。最適化機能を使って求めたのだから最適解が得られたと頭から信じてはならん」

A君「自動設計において“設計変数を増やす”⇒“より良い解へ到達する”は、必ずしも真ではない、ことを肝に銘じます(あれ?前にも言ったかな?記憶力低下は僕の方?)」

博士「この例のように、(軸上画角のみの単レンズで)無収差を実現しようという場合には、3次係数は不要のようじゃが、一般の光学設計での目標としては、無収差ではなく収差のバランスをとることが重要じゃ。そういった場合には、奇数次の係数も有効かもしれんぞ」

A君「そうですね。3次の係数がどういった収差を発生する(補正する)のか教えてください」

博士「前回、非球面係数と収差との対応を考えたね」

A君「はい。4次の非球面係数で3次の球面収差が制御できること、その3次の球面収差は、球面収差図上ではR2の成分として表れるんですよね」

博士「それを踏まえると、3次の非球面係数は2次の球面収差、つまり、球面収差図上でR1の成分となって出てくるのでは?という予想もたつじゃろ」

A君「なるほどね。ペッツバールレンズを使って、球面収差に効きそうな面(S1)と歪曲収差に効きそうな面(S8)で、3次の非球面係数による収差図の変化を見てみましたよ。

たしかに、3次係数を入れる前の収差に対して1次成分が加わって全体の傾きが変わるような感じですね」

A君「なるほど、3次係数がこういう収差を出すと知っていたら、無収差を目指す場合には不要ということが直感で分かりますね。CODE Vには分からないみたいですけどね」

博士「歪曲収差の方も1次成分が加わることにより絶対値としては小さくなっているが、素直な形ではないな。この特徴が極端に出てしまうと、陣笠歪みのような好ましくない歪となりそうじゃ。
ただ、さっきも触れたが、収差補正ではバランスをとることが肝要じゃ。最近のレンズ系のように非球面を多用すると、どうしても収差がうねうねとしてしまう。そのバランスをとる(全体の傾き調整などの)ために、奇数次を使うというのは有効かもしれんな」

A君「ところで、工芸大の渋谷先生が『光学』で発表されていた論文の結論の一部(下記)の解釈をお願いします」

(2) エアリーディスクあるいはその10倍程度の光線収差の光学系の場合,奇数次非球面は2次偶数次非球面を含めたうえで高次の偶数次非球面まで使用すれば十分に近似できる.2次を用いると近軸量は変わるが,像高の変化を許容内に収めることはできる.しかし,非常に高次(少なくとも20次以上) まで使用しなければならないので,奇数次非球面は非球面係数のパラメーター節約に有効であると考えられる.
(3) 軸対称で無収差な光学系の場合,理想球面波形状は偶数次のみで展開されるので,奇数次があると球面収差が発生する.そのため奇数次非球面は有効ではない.

博士「(3)に関しては、さっきの球面収差図で3次係数が発生する収差を見れば、とくに説明は要らんじゃろ。(2)の「偶数次のみでは高次まで使用しなければならないような面も、奇数次を使用すると、より少ない項で表せる」に関して、次のような検 討を行ってみた。
前回、k≦-1の面(双曲面)を、k=0の偶数次非球面への置き換えることが出来ない場合があったね。つまり、kの使用に意味がある場合じゃが。
このような面をべき級数多項式面に変換することは、解析的にはできないため、フィッティングを使うことになる。極端な双曲面の形状(k=-99)を意図的に作成して、これを、k=0の多項式でフィッティングし、どのくらい形状再現ができるかをみてみたのが次の表じゃ。

A君「双曲面をべき級数多項式で表現する場合も、使用する項を増やせば近似精度が上がるんですね」

博士「注目するところは、もう一つある。奇数次(3次)を使用することで、比較的低次の項だけでも近似精度が高められることじゃ」

A君「最近の携帯電話用レンズなどでは、双曲面ベースの面が頻繁に使われていますけど、そういう面を扱う場合には、奇数次項も有効なようですね」

博士「奇数次非球面の存在意義が見出せたみたいじゃの。非球面の面タイプというのは、設計対象に応じて使い分ける必要があるのだが、そこは、CODE V任せにはせずに、技術者の直感・経験が本領を発揮すべき部分じゃな」

A君「いや〜、非球面は奥が深いわ」

 

今回の話で使用したCODE V用のレンズデータやコマンド操作などは、ここからダウンロードできます。

CODE Vに興味を持たれた方は、トライアル版(無料)にて今回の事例や他の機能確認を行うことも出来ます。詳しくはこちらをご覧ください。

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