A君のレンズ設計物語第8回:偏心(Off-Axial)光学系を設計してみよう

A君「博士!聞きましたか?このシリーズがまた始まるんですって!」

博士「うむ。わしのモデルとなっている方からも続編を期待していると言う声を頂いており、連載再開の運びとなったようじゃ」

A君「でも、収差論をマスターした私が学ぶべきことなんてないと思いますけど」

博士「喝!子曰く、学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し、じゃ」

A君「なんですって?」

博士「論語の一説じゃが、人から学んだだけで、自ら考えてみることをしないと、何もはっきりとわからない。考え込むだけで、広く学ぶことをしないと、狭く偏った学問になる危険がある、ということじゃよ。近年は情報入手がとても容易になったが、それ故に理解がどうしても浅くなりがちじゃ」

A君「はい、気を付けます!」

博士「前回までで、共軸系の収差論や偏心収差論をどのように設計に活かすかという話をしてきたが、今回から2回ほどOff-Axial光学系に関する話じゃ。まずは、簡単なOff-Axial系の設計を行ってみるぞ」

A君「なんか、いきなりハードルが上がった感じがしますけど・・・」

博士「共軸系と同様に、光はスネルの法則に従うだけじゃよ。補正対象の収差は増えるがな」

A君「それが大変だっていうんですよ」

博士「ただし、一般的な設計法というよりは、CODE Vに搭載された関連機能を設計にどのように使うか、という点に重点をおいていることを、予め断っておく」

A君「設計ツールCODE Vのバージョン10.8で、軸上以外の任意画角での近軸量が計算できるようになったみたいですよね」

博士「通常の近軸計算というのは、共軸系の軸上画角に対する計算のため、XとYで対称じゃが、共軸系の場合でも軸外画角ではXとYで非対称になる。つまり、任意画角での近軸計算が可能ということは、Off-Axial系のような任意の光学系に対しての近軸計算も行えるようになった、ということじゃ。
まず、実際の設計の前に、Off-Axial系という呼び方について注意しておこうか。
前回・前々回で見たように、偏心収差論では共軸(回転対称)系の一部が微小偏心した状態の光学系を扱うが、こういった光学系を偏心光学系と呼ぶこともある。一方、面を極端に大きくシフト・ティルトさせた光学系も存在するが、そのような光学系では収差補正のために、回転対称な面ではなく非対称非球面や自由曲面が利用されることが多い。これらも偏心光学系と呼ぶこともあるのじゃが、共軸系の理論や偏心収差論が成り立たない領域になるため、微小偏心の偏心光学系と区別する意味で、Off-Axial光学系と呼ぶことにする。


偏心光学系とOff-Axial光学系

Off-Axial光学系の近軸解析や収差の解析は下記の論文などに詳しいが、2断面の近軸量であれば、CODE Vでも計算が行えるようになったのじゃ」

荒木敬介:“非共軸光学系の撮像系への展開” 光学, 38 (2008) 334.
K.Araki:OPTICAL REVIEW Vol. 12, No. 3 (2005) 219-222

A君「勉強します」

博士「CODE Vの自動設計(AUT)機能が非常に強力なのは知っているね。その強力さゆえに、こういったOff-Axial系の設計も、像面上の主光線座標を制約条件として採った自動設計で、ある程度は出来てしまう。ただし、近軸的に適切ではないパワー配置で設計を進めていくと、へんてこりんな設計解となったり、思うように性能が改善しなかったりすることも多い。これに対して、近軸量を考慮することで効率の良い設計ができることを示すのが、今回の目的じゃ」

博士「さて・・・随分と前置きが長くなったが、下図のような光学系を設計してみようか。Offnerタイプとも呼ばれるが、3つの反射面で構成された素性の良い系として知られている。


Abe Offner:UNIT POWER IMAGING CATOPTRIC ANASTIGMAT,U. S. Patent 3,748,015(1973)

この図は等倍系の場合じゃが、スタートデータとしては、縮小系で物体高も考慮した設計としてみようかの。
球面を平面ベースのXY多項式面に変換したのがこれ↓じゃ。ディストーション格子による歪み(縦横のアスペクト比)も併せて表示している」

A君「像面の倒れが光路図でも分かるほど大きいですし、正方形の格子が横長になっているんですね。でも、このディストーション格子の出力は、昔のバージョンの形式じゃないですか?」

博士「うむ。ディストーション格子マクロは、CODE V 10.6からはUCH機能で描画されるようになったが、縦横のスケーリングが勝手に自動で行われてしまう。Off-Axial系の場合は、X方向とY方向の画角の大きさが異なっていることも多いので、縦横比(アスペクト比)が固定されたプロットの方が望ましい場合もある」

A君「新機能も一長一短ですよね。じゃあ、上のプロットは昔のCODE Vで出力したんですか?」

博士「dist.seqマクロ内のUGR用の処理は削除されたわけではなく、将来のために残してあるそうじゃ。そこで、 C:\CODEV108\macroフォルダにあるdist.seqマクロをテキストエディタ等で開き、822行目(下記)の行頭の"!"を削除すると、以前と同様のプロットも出力されるようになる。旧プロットと新チャートの二つのウィンドウが開くので、TOWをつけて実行するか、WND OPEで二つ以上のウィンドウを開いておくように」

! dpl $file_name

dpl $file_name

A君「ほほう!昔のプロットも出せました。旧プロットでは、偏心歪曲などで結像倍率の縦横比が0.1%以上異なると、Anamorphic Ratioを表示して注意喚起をしてくれるのですが、上の出力でもそれが出ていますね」

博士「スタートデータの反射面は球面(とほぼ等価な面)で構成されているが、近軸量も見ておこうか。EFLが焦点距離、REDが倍率、Img Distanceが最終面から近軸像点までの距離(以下では像距離)じゃ。

面のパワー(屈折力)というのは、面形状(曲率)だけではなく、光線の入射する角度も関係してくるのじゃ。例えば、球面の場合を考えてみると、垂直入射する光線に対しては、パワーもXとYで等しいのは当然じゃが、斜めに入射する光線に対しては、面のパワーがXとYで異なってくる。たとえばYZ面内で面を傾けた場合はY方向のパワーの方が強くなるのじゃ。下図は球面を傾けた場合じゃが、青い光線束よりも赤い光線束の方が反射面に近い側に集光しているのが分かるね。

そのため、Off-axial系では、きちんと補正しないと、XとYとで焦点距離や倍率などが異なることになる」

A君「近軸量がXとYで異なるとすると、基準をどう考えれば良いのか分からなくなりますが・・・一言で言えば、良くないということですよね」

博士「まずは従来の設計手法ということで、AUTを使って集光性能が良くなるように設計してみようか。Y方向の画角だけを設定して、その像高だけを制約条件にとってみようか」

A君「ほい、できました。集光性能を向上する(スポットを小さくする)最適化を行ったため、どの画角も像平面上で結像しているように見えます。

中心画角のXとYの像距離もほぼ等しくなっていますね。でも、x方向の画角は考慮しなかったので、相変わらず正方形が長方形に結像されていますね」

博士「では、その歪み(縦横の倍率の違い)を補正することを考えてみるぞ。一般的な方法としては、先に述べたように、X方向にも画角点を設けて像面上での主光線座標を制御する最適化がある。まずはその方法を採ってみるが、少し作為的な設定で行ってみようか。面形状の2次(Y^2)の係数は固定して、代わりに高次係数(5次、6次)を導入してみるのじゃ。どうなると思う?」

A君「設計変数の数が増えて自由度は増えるのだから、問題ないんじゃないですか?やってみますよ」

A君「ほら、ちゃんと正方形になったじゃないですか!」

博士「確かに、制約条件を課しているので四隅の座標は揃っているのじゃが、X方向・Y方向の結像倍率が中心部と周辺部で異なっているため、不自然な格子になっているのが分かるかな?これが、近軸が不適切なのにも関わらず非球面とAUTのパワー(屈折力ではなく力量の意)でなんとかしようとしている状態じゃ。まあ、上記はわざと不合理な設定での自動設計を行ったわけじゃが、近軸を固定して倍率を制御するというのが”理にかなっていない”ことに気づけることが大事じゃ」

A君「2次の係数が近軸量に密接に関係していることが分りました」

博士「では次に、ABCD関数を利用して近軸量を制御してみる方法じゃ。有限距離の結像なので焦点距離ではなく倍率がXとYで等しくなるように最適化してみようか。ただし、最適化では使用する画角はY方向のみでじゃ」

A君「でも、ABCD関数は、入射光線に関する4x3要素の行列を作成しないといけないんで、ちょっと取っつき難いんですよね」

博士「なんだ、A君知らんのか?使い易いように、画角番号だけを指定するだけで計算できるように、マクロも用意されているのじゃよ。その名もfirABCD.seqじゃ。このマクロを実行すると、ユーザー定義関数@firABCDも定義されるので、各種近軸量を最適化で制御可能になる」

A君「ははぁ、そうすると、一般的な(横)倍率REDではなくて、X Yの2方向での量として扱えるんですね。早速行ってみました」

A君「倍率がX,Yで等しくなるように最適化したため、ほぼ正方形に(縦横比が変わらずに)結像するようになっています。Anamorphic Ratioも1.001程度までなりました。なんだ、楽勝じゃないですか」

博士「待ちたまえ。近軸量は倍率だけではないぞ。他の近軸量も確認してみなさい」

A君「あれ?XとYとで焦点距離が異なっていますね。でも倍率は等しくなっているだから問題ないでしょ?」

博士「うむ、この物体距離では倍率や像距離がXとYで等しくなっているが、物体距離が変わると、XとYでずれが出てくるかもしれないぞ。いや、間違いなくそうなる!」

A君「えっ?物体距離が変わると、回転対称的な結像が非対称になるということですか?」

博士「実際に物体距離を変えて試す前に、近軸として重要な焦点位置や主点位置がどこにあるかを確認してみると良い。近軸関係の式を用いて計算すると、今の状態では凡そ以下のような位置に在る。物体側の主点Hや焦点Fが、XとYとでだいぶ離れた位置にあるみたいだね。」

A君「むむ?これは、どのように求めたんですか?」

博士「各断面で考えれば共軸と同様じゃよ。宿題とするので、計算しておくように」

A君「ヒントを貰えたのでなんとなく分かりましたよ。なるほど。物体距離が一定量変わった場合でも、X,Yに対する実質的な物体距離変化率や焦点距離が異なっているので、倍率も異なってしまうということですか。実際に物体距離を変えて試してみます。物体距離を近くして、Y方向の倍率を2倍にした状態を作ってみました」

光路図では、収差はそれほど発生していないように見えますけど・・・」

博士「XとYのずれだから、光路図では分からんじゃろ。横収差図で確認してみようか」

A君「うわっ、ほんとだ。Y像面に合わせるとX方向の収差が出現して、X像面に合わせるとY方向の収差が顕著になりますね。これは・・・偏心収差論でいうところの、軸上非点収差ですね」


物体距離を変えたときの近軸量の変化

博士「そうじゃな、画面全体で均一に発生している非点収差じゃから、そう考えても良い。
Y像面に合わせた位置でのディストーション格子は下図のようになっており、XのREDの方が大きくなっていることを裏付けておる。物体距離が固定されている光学系であれば良いのかもしれないが、物体距離が変わることが想定される場合には不十分じゃな」

A君「なるほど。では次に、倍率と焦点距離の両方がX,Yの2方向で等しくなるような制約条件を与えて最適化してみました。この状態なら、結果的に主点位置も揃っている筈です」

A君「周辺部で非対称な歪みが見られますが、縦横比は揃っていますね。Anamorphic Ratioの表示が無くなりましたよ。焦点距離や倍率および像距離の値も、この程度まで揃えましたよ」

博士「うむ、大事な近軸量はXとYで一致しているようじゃな。では、物体距離を変更してみるとどうなるかな?」

A君「今度はだいじょうぶですよ、きっと」

A君「ほら、物体距離を変えても、X,Yの非対称性は殆ど発生していないです!横収差でも、X像面とY像面がほぼ一致している様子が見られます。ふーん、なるほどね。Off-axial系の近軸量を、xとyとで揃えることが重要なんですね」

博士「その通り。Off-Axial系の光学特性を、回転対称系のそれに近づける場合には、この方法が有効じゃ。ただし、回転対称系とは異なる、Off-axial系特有の特性を使いたいというのであれば、その限りではないがな。これに関しては、次回説明することにする。 また、特筆すべきこととして、今回の最適化ではX方向の画角を設定せずに行っているのじゃ。X方向の画角も設定すれば、近軸ではなく収差領域の制御も行えるようになり、さらに性能向上が期待できるのは、言うまでもない」


今回の話で使用したCODE V用のレンズデータやコマンド操作などは、ここからダウンロードできます。

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