A君のレンズ設計物語第6回:偏心収差論アリマス

博士「さて前回は、製造後の光学性能が重要であるが、そのために偏心収差論が役に立つというところで終わっていたね」

A君「偏心収差論ってナンデスカ?」

博士「偏心時に発生する収差を取り扱うためのものじゃ。偏心収差論自体を学びたい場合は、技術講座も毎年開催されているので、受講するのも良いかもしれんぞ。偏心収差論では偏心時の収差を以下のように分類している。

  • 1次のプリズム作用
  • 偏心コマ収差
  • 像面の倒れ
  • 1次の偏心歪曲
  • 軸上非点収差
  • 2次の偏心歪曲
  • 3次のプリズム作用

A君「3次収差にあるコマ収差や歪曲に、偏心という単語が付いている感じですかね」

博士「うむ。5次収差の"輪帯コマの付加収差"や"矢状収差"といった名前に比べると、どういった収差か想像しやすい名前だね。これらの偏心収差は偏心収差係数により定式化されているが、偏心収差係数は3次収差係数と近軸追跡値(と偏心量)から計算することができる。つまり、偏心を設定した状態のレンズデータを作らなくても計算できるのじゃ」

A君「へぇ〜。CODE V開発元のSynopsysが大好きな"Nodal Aberration Theory"は、実際に偏心した状態の光学系に対して様々な収差を解析するための理論みたいですよね」

博士「おっ、A君、詳しいね」

A君「それに対して、偏心収差論では、共軸状態の計算値のみから偏心時の収差の様子を記述できるなんて、なんか魔法でも見ているような気分です」

博士「それを言うならば、共軸系の3次収差論だって”近軸”光線追跡値から3次”収差”の様子を記述しているのじゃよ。こういうのを、洞察力に富む優れた近似と呼ぶのだろうね」

A君「なるほど。うっかりしてました」

博士「ついでだから、偏心時の収差を扱うための手法をまとめておこうか。共軸状態の光線追跡値を使用する理論としては、偏心収差論、波面微分法がある。一方、偏心した状態の光線追跡値を使用して収差や性能を解析する理論としては、Off-Axial収差論、Nodal Aberration Theory、また、波面微分法も利用できる」

A君「色々あるんですね」

博士「ここでは偏心収差論を説明するが、近軸光線追跡値と3次収差係数から求められる偏心収差係数は、計算負荷が低く、最適化の制約条件としても使い易いものじゃ」

A君「誤差感度低減設計って、誤差を付加した構成を作って最適化したり、製造後の性能を計算して最適化するとか、設定の準備とか最適化に時間がかかるイメージがあるのですが・・・偏心収差係数はそんなことないんですね」

博士「そのとおり。解析対象の収差も、共軸収差論の拡張という見地に立っているので、分かりやすいと思うぞ。さて、偏心収差論で扱う収差には前述の種類があるが、製造誤差程度の微小な偏心では以下の収差が支配的じゃ。

  • 偏心コマ
  • 偏心による像面の倒れ
  • 1次の偏心歪曲

これらを解析するために、偏心時の収差の見方を説明しておこうか」

A君「共軸系と違うんですか?」

博士「共軸の場合には画角の上下で性能が対称なため、片側だけを評価すれば良い。そのため、通常は、片側だけを見ているのじゃ。しかし、偏心時には回転対称性が無くなるため、画角依存の収差は±両側の領域を見る必要がある。そこで、右図のように表示する方法もある」

A君「あぁ、これなら像面が傾いている様子が一目瞭然です。でも、CODE Vだと、両側の画角を設定しても両側を計算してくれないですよね」

博士「うむ。回転対称であることを前提としているからか、最終画角のある側だけを計算・表示するようになっているらしい」

A君「この右の図はどうやって作ったんですか?」

博士「これはCODE Vでマクロを使用して両側の像面をプロットしているのじゃ。その昔・・・偏心レンズの像面湾曲図が変に表示されるという問題が在ったのじゃが、画角の片側ずつの収差図を印刷した紙をひっくり返して重ねるとうまく繋がることに気付いたときは、まさに、ウェーゲナーがアフリカ大陸の西海岸と南アメリカ大陸の東海岸がぴったり合うことを見つけたときのように、興奮したものじゃ」

A君「でも、±画角の像面湾曲図は『結像光学入門』(松居吉哉)に載ってるみたいですよ」

博士「・・・当時はそれを知らず、初めて見つけたのは自分だなどと思い込んでいたのじゃよ・・・
横収差も、画角の両側を見る必要がある。下の図は、偏心時に典型的な偏心コマ収差が生じている状態じゃ。どの画角でも、同方向に同程度のコマ収差が出ている様子が見られるね。

ただ、偏心歪曲収差に関しては通常の収差図では対応できないので、後程別の評価方法を紹介する」

A君「偏心コマ収差が画角に依存しないというのは、どういうことですかね?」

博士「うむ。次の図は、偏心収差と共軸の各収差の画角依存性を示している。

製造誤差程度の微小な偏心量を想定すると、画角の狭い光学系では像面の倒れや偏心歪曲はあまり問題にならないが、偏心コマは、軸上から軸外まで全ての領域で発生する。ちょうど、共軸光学系における球面収差が軸上から軸外まで全ての領域で発生するのに似ているね。そういう意味からも、偏心収差としてはもっとも重要と考えてもよいかもしれん。因みに、CODE Vには、(SNS)というコンストレインツがある。これは"ティルト敏感度"ということじゃが、マニュアルの記述や偏心収差係数との比較の結果、どうも、偏心コマ収差に比例する量と考えて良いらしい。偏心コマ収差は、最も影響の大きい偏心収差なので、これを抑えることは、誤差感度の低減に効果が有ることは言うまでも無いじゃろ」

A君CODE Vの最新版では、(SN2)というコンストレインツが導入されているようですよ」

博士「うむ。しかし、どういった計算を行っているのかは開示できないということじゃ」

A君「単に結果だけ追い求めるのではなく、どうしてそれが実現できたのか、原理的なことを知りたい日本の設計者にとっては、何を計算しているのか分からない機能というのは、ちょっと敬遠してしまう傾向があるようですね」

博士「ただ、非常に有効な機能であることは間違いない。こういった収差の影響により画質がどのように劣化するかを見る場合には、やはり画像シミュレーションが効果的じゃな。CODE Vの2次元像シミュレーション(IMS)を用いると、これらの収差が画像へ与える影響についての理解も深まるじゃろ。以下の図は、各偏心収差が顕著な光学系でのPSFやIMSの結果じゃ」


像面の倒れがある場合の画像

偏心コマがある場合の画像

偏心歪曲がある場合の画像

A君「像面の倒れがあると片ボケが生じるというのは、収差図からも予想がつきましたが、偏心歪曲は、2次元平面内で非対称な歪になるので、断面での性能を見る通常の収差図では分からないんですね。ところで、片ボケの写真っていうのはミニチュア風の写真になるみたいですね。少し前にアオリを使ったミニチュア風の写真が流行っていましたが、ティルトレンズって高価なので買うのを諦めたことがあります」

博士「そうじゃな。レンズが偏心した際に”像面の倒れ”だけ生じるような設計ができれば、よりコンパクトに実現できるのかもしれん。A君、設計してみるのも面白いかもしれんぞ」

A君「うーん、今は画像処理でなんとでもできてしまいますけどね・・・」

博士「では、偏心時に発生する収差に関してその発生メカニズムを定性的に考えてみようか。以下の図は、4番目のレンズがY方向にシフトしている状態と非偏心の光路図を重ねているが、レンズが偏心する前後で何が変わっているかな?」


偏心歪曲がある場合の画像

A君「偏心群及び像側のレンズでの光路が変化していますね・・・ということは、新たに偏心収差として生じるのはその辺りの収差が関連してそうですね」

博士「その通り。最終回が近づいて、だいぶ鋭くなってきたようじゃな。では、具体的な式を見てみようか。ティルトの場合は、回転中心位置というパラメータも入ってきて式が(少しだけ)複雑になるので、シフト場合の偏心コマ収差係数の計算式を以下に示す。

式の簡単化のため、添え字は、偏心群を4、偏心群よりも像側の群を5としている。A君の予想通り、偏心群(4)の3次収差係数と像側群(5)の3次収差係数が計算に使われていることが分るね」

A君「あれ?ちょっと待ってください。偏心収差係数は、(設計値の各面の)3次収差係数に依存するということですか」

博士「おっ、A君、何か閃いたかな?」

A君「設計状態の収差というのは、全面の収差の和ですよね。3次収差が補正されている状態というのは、正と負で打ち消せれば良いので、小さな正と小さな負で打ち消す場合もあるし、大きな正と大きな負で打ち消しあうことも出来るわけですね」

博士「ふむふむ・・・それで?」

A君「大きな正と大きな負で収差を抑えているようなレンズだと、設計状態は良くても、誤差が生じるとバランスが崩れて大きな偏心収差が出る、ということがあるのでは?」

博士「なんということじゃ、以前までのA君とは別人じゃな」

A君「士別れて三日なれば刮目して相待すべし」

博士「では・・実際に偏心したレンズモデルを作って、偏心収差論により予測された収差の発生と対比してみようか」

A君「へぇ〜、かなり一致しているように思うのですが」

博士「そうじゃな。因みに、「手と頭を使うレンズ設計〜偏心収差論編〜」を受講された方も、「実収差との対応がよい」「これほど実収差との一致がよいとは思わなかった」「収差係数と公差解析の結果が対応していることに感動した」といったご感想を寄せられているのじゃ」


今回の話で使用したCODE V用のレンズデータやコマンド操作などは、ダウンロードできます。

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