A君のレンズ設計物語第5回:A君、望遠レンズの収差補正を行う

博士「さて、前回は、薄肉レンズとして構成して光路図を見たところまでじゃったな。収差係数の値や収差図は、どうなっているかな?」

A君「収差係数は目標値通りになっていますね。収差図で見ても、球面収差が大きいようですが、他の収差はかなり良好な感じに見えます。軸上色収差も、C線とF線では焦点位置が揃っています!」

博士「球面収差は、3次収差をゼロに補正しているので5次収差が顕わになっていて、収差図的には補正過剰(オーバー)という状態じゃ。一般的には、瞳の端で丁度ゼロになる、フルコレクションという状態にするために、3次の球面収差を少し残しておくようにする。これは、最終結果で確認してみることにしようか。
では、次に、厚肉化を行う。凸レンズの場合、エッジ部が尖ったりしない程度(1mm程度)に。凹レンズの場合は、中心面間隔が外径の5%以上になるように、レンズに厚さを与えてやるのじゃ」

A君「各レンズには、こんな感じの厚さを設定してみました。

光路図で見る限りでは、大きな収差は出ていないようですね。でも、収差係数が、目標としていた値からズレてしまいましたよ」

博士「レンズの厚さを変えたので、収差係数が変化するのは当然じゃな。そこで、目標値を変えて形状を求め直してみようか。つまり、厚肉化によるズレ分を見越した目標値を設定して、厚肉化後に収差係数が小さくなるようにする、ということをやってみる」

A君「なるほど。今の場合、レンズを厚くしたことにより、Iが0から1.5に増えたから、最初の目標値を-1.5にしてみるということですね。他の収差係数も夫々、厚肉化後にゼロになるように、目標値を変えて形状を計算し直して、さっきど同じ厚さを設定してみると・・・

ほほう、結構上手くいくものですね。球面収差係数はゼロから少しずれていますが、それが逆に5次収差と上手くバランスしているみたいです。
ん?収差係数の制御って、この作業を繰り返して収差補正を行っていくんですか?」

博士「いや、収差係数の目標値を変えて形状を求めなおす・・・というのでは手間がかかり過ぎる」

A君「じゃあ、いよいよ自動設計の出番ですか?」

博士「まぁ、待ちなさい。自動設計は電子計算機が出現してからの産物じゃ。もう少し先人の知恵を学んでみようかの。
ところで、電子計算機の黎明期に、米国ではミサイルの弾道計算に使われたのに対して、日本ではレンズ設計に使われたのが最初というのは有名な話じゃ。それほど、こういった単純かつ膨大な計算に計算機の使用が待ち望まれていたということじゃな。それ以前のレンズ設計者はどんな方法を採っていたか、分かるかな?」

A君「うーん。原始的な方法ですが、形状などの光学パラメータを少し変えて性能が良くなるのか悪くなるのかを見るしかないんですかね」

博士「その通り。それがレンズ設計の宿命なのじゃ。といっても、手がかりが必要じゃな。じゃじゃーん、変化表!

これは、曲率半径など各パラメータを変化させたときに、収差係数や焦点距離がどう変化するかを計算した表じゃ。 例えば、以下のような収差状態になっているとして、まず、どの収差を補正するのか方針を立てる。球面収差が若干アンダーになっており、最大画角での非点収差も大きいようだね。そこで、面の形状(曲率半径)を変えて、これらを改善することを考える」

A君「え〜と・・・具体的には、どうしたら?」

博士「変化表は、敏感度を表していると考えても良い。敏感度が低い面で補正しようとすると、曲率半径を大幅に変化させなければならないので、他の収差への影響も大きくなってしまう。球面収差係数と非点収差係数の列に着目してみると、第1面と第5面の敏感度が高いのが分かる。そこで、二つの面の曲率半径の変化量ΔR1、ΔR5に関して、以下のような連立方程式が立てられる。

A君「ん?左辺の数値は変化表から持ってきたのは分かりますが、右辺の数値はどこから出てきたんですか?」

博士「収差図を見て、変化させたい収差量[mm]を見積もり、収差係数Tと収差量[mm]の関係式から、球面収差係数の目標変化量を計算した値じゃ。非点収差の方も同様に、収差量[mm]の目標変化量から、収差係数の目標変化量を求めたのじゃ。さて、この連立方程式を解くと、二つの面の曲率半径の変化量が計算で求まる。
ΔR1 = +0.93、 ΔR5 = −2.2」

A君「ほほう! じゃあ、その分だけ形状を変更してみます!」

博士「歪曲収差は少し悪化してしまったが、補正の対象としていた球面収差と非点収差はちゃんと改善されているね」

A君「自分が補正したい収差が意図した通りに動いてくれると、気持ちいいです!」

博士「このレンズの場合、形状に関わるパラメータが8つで、制御対象の量として、焦点距離、色収差係数2つ、3次収差係数5つを考えると、以下のような行列計算が考ええられる。8x8の逆行列をかけてやることで、8つのパラメータの変化量を一気に求めることも可能じゃ」

A君「昔のレンズ設計者は、こんな作業を延々と繰り返していたんですか・・うわ・・・気が遠くなりますね」

博士「古の設計者の苦労には頭が下がるが、こういった単純な計算には、コンピュータの使用が効果的なのも分かるじゃろう。
では、ここから自動設計を使ってみる。ただし、焦点距離と収差係数だけをターゲットに取って行うのじゃぞ」

A君「設計変数は、各面の曲率半径とレンズ群の間隔なので自由度は9。
制約条件は、焦点距離、T、U、V、P、X、L、Tと8つなので、収差係数の制御は容易ですね。目標値にぴったり一致します!」

博士「何度も言うようじゃが、制御しているのは3次収差係数なので、収差係数の値だけでなく、"収差図を見て、高次収差と上手くバランスできるような値にする"ことが重要じゃ」

A君「その辺は、第2回で訓練済みです。ちょ、ちょいっと・・・左の条件で最適化してみて、これでどんなもんでしょう?」

博士「球面収差係数を若干プラスにすることでフルコレクションになっているし、ペッツバール和も非点収差係数も小さいから、像面湾曲・非点収差も良好、歪曲収差もほぼゼロ、う〜む、なかなかいい感じにまとまっているね。
ときに、A君。君が以前に最新のツールを使って最適化に頼った設計値を覚えているかな。これ↓じゃが・・・」

A君「いや、お恥ずかしい。最適化を使う場合でも初期値が重要だということが、身に沁みて分かりましたよ。でもですね・・・最新ツールには、グローバル最適化があるんですよ。ちょっとだけ、それを使って設計したのが、これです。なんか、2群に分かれて良さそうな感じになってきましたよね!

MTF性能を評価してみると、ほら、解析的設計に勝るとも劣らないでしょ!」

博士「なるほど。設計値の性能としては同等のようじゃな。では、これらのレンズの敏感度(公差)はどうなんだろうね?」

A君「え?製造後の性能を考えるということですか。それは・・・レンズを偏芯(シフト)させたり傾けたり(ティルト)させた状態をモデル化して、性能変化を計算して評価する方法しか無いですよね?」

博士「いやいや、A君。そんな計算機パワーに頼らずとも、偏心収差論があるのじゃよ」

A君「変身衆サロン?なんですか?」

博士「共軸光学系のレンズがシフト・ティルトしたときの収差を解析する理論じゃよ。特筆すべきことは、計算で使用するのは共軸状態の近軸光線追跡値と3次収差係数なので、偏心状態のレンズモデルを作る必要は無い。で、わしの慧眼によると・・・A君が今回設計したレンズの方が、素性が良さそうじゃよ」

A君「え?見ただけで分かるんですか?」

博士「いや、実は、偏心収差係数を計算してみると以下のようになっており、A君の設計の方が偏心収差係数が小さかったのじゃ」

A君「うわ・・・見たことの無い係数がいっぱい・・・」

博士「試しに二つの設計に"同じ公差値"を設定して公差解析をしてみたのが以下じゃ

設計性能は同等でも、A君の設計値の方が、誤差に強いことが確認できたね」

A君「収差論すげっ」

博士「では、次回は偏心収差論のお話じゃ」


今回の話で使用したCODE V用のレンズデータやコマンド操作などは、ダウンロードできます。

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