A君のレンズ設計物語第3回:A君、色収差に迷う

博士「さて、A君。ガラスの組み合わせの話じゃったな。なぜ、両方のレンズにBSL7という材質を使っているのかな?」

A君「BSL7(SBSL7)は、非常に一般的な硝材で、何よりも安いからです。レンズ設計では、光学性能だけでなくコストも重要でしょ」

博士「それは勿論じゃが、ガラス(や光学用プラスック)材質には分散という現象がある。屈折率が波長に依存して光が分離してしまうのじゃ。これは、どんなに高価な材質を使っても避けることができない」

A君「え?じゃあ、色収差は補正できないってことですか?」

博士「ガラスマップというのを見たことがあるかな。硝材は、その種類によって屈折率やアッベ数(分散の度合い)が異なっているのじゃ。そこで、異なる硝材を"上手く"組み合わせると色収差を小さくすることができる」

A君「"上手く"っていうのが分かりません」

博士「まずは定性的に考えてみるとしようか。殆ど全ての光学材料は短波長側の屈折率が高くなる。したがって単レンズでは、短波長の光がレンズに近い側に、長波長の光はレンズから遠い側に集光する(下図左)。一方、凹レンズは光を発散させるわけだから、長波長側の光よりも短波長の光の方をより発散させる(下図右)」

A君「そうですよね!だから、凸レンズと凹レンズを組み合わせれば色収差が補正できるのではないかと考え、自動設計を使って周辺光線の波長によるズレが小さくなるような制約をかけてみたんですよ」

博士「どうなったのかな?」

A君「下図のように、どんどん、集光しなくなっていきました・・・」

博士「うむ。同じ硝材ということは分散の度合いも同じわけだから、色収差を打ち消すためには、両レンズのパワー(屈折力)の絶対値が同じになるのではないかな?つまり合成系のパワーが弱くなっていくのは当然の道理じゃ。究極の形は平行平板になるのかもしれんぞ」

A君「レンズの意味ないじゃん!・・・で、色収差の補正を諦めたら、球面収差を補正しつつもちゃんと集光するようになった、というわけです」

博士「なるほど。では、凸と凹に異なる硝材を割り当ててみたらどうかな。各硝材の分散の観点から組み合わせを考えると、
   (a) 凸レンズに高分散・凹レンズに低分散の組み合わせ
と、
   (b) 凸レンズに低分散・凹レンズに高分散の組み合わせ
があるが、どちらが良いのかな?ヒントを挙げると、全体としては凸(平行光が集光する)の光学系を凸と凹の2枚密着で構成する場合、凹レンズよりも凸レンズの方が、パワーが強くならざるを得ない」

A君「各レンズのパワーと分散に着目するわけですね。凸レンズの方がパワーが強いのだから、高分散材質を用いると、波長毎の光線ズレが強調されてしまうし、弱いパワーの凹レンズが低分散だと、そのズレを戻すことができない・・・ので、(a)の組み合わせは良くないですね。(b)はその逆だから、上手くキャンセルできそうな予感がします。(b)の方が良いです!」

博士「その通り。強い凸レンズに低分散、弱い凹レンズに高分散とすることで、右図のように、2つの波長で焦点位置を揃えることができる。これが色消し(軸上色収差の補正)じゃ。
なお、色消しといっても全波長域で焦点位置が揃っているわけではなく、焦点位置の波長依存性が下図右のようになるため、何処か2つの波長で揃っているだけなのじゃが、単レンズに比べると色収差量が格段に小さくなっているのが分かるじゃろ」

A君「確かに色消しレンズの方が小さくなっているのは分かりますが、どの程度良くなったのか、ピンとこないですね」

博士「では小ネタとして、望遠鏡の歴史を見てみようか。17世紀初にガリレオやケプラーが屈折望遠鏡を作り、天体の観測が行われるようになった。このときのレンズは色消しされていなかったが、倍率も低かったため、なんとか実用に耐えた。それから数十年後のニュートンの時代になっても未だ色消しレンズは無かったのだが、彼はもっと性能の良い望遠鏡を作りたかった。そこで、ニュートンはプリズムの実験を行って、ガラスの分散による光のスペクトル分析などで業績を残した。光学では有名な話じゃな。しかし、この結果が逆に、ニュートンをして屈折系の色収差は補正できないと思わせ、彼は反射型望遠鏡を作ったのじゃ。色収差の無い反射型の登場により、望遠鏡は、ガリレオの頃からの主流であった屈折型から反射型へと移行した・・・ところが、18世紀後半に色消しレンズが発明されると、再び屈折型が脚光を浴び、反射型と肩を並べるまでに復活したのじゃ。現在でも、2枚構成の色消しレンズは、屈折型望遠鏡の対物レンズとして広く用いられており、反射型とも共存しているのじゃ。 閑話休題」

A君「なるほど・・・長いお話でしたが、2枚の色消しレンズで実用的な性能が実現できるということは分かりました」

博士「では次に、色消し(色収差補正)に関して収差論を使って考えてみようか。だた、軸上色収差は、波長による焦点(距離)のズレだから、3次収差ではなく近軸量と考える方が自然かもしれん」

A君「確かに他の収差の場合は、球面収差は口径の3乗、コマ収差は口径の2乗×画角の1乗・・・という具合にRやωの3次式に比例する形になっているのに、軸上色収差は口径にも画角にも依存しませんもんね」

博士「左様。前回、A君が言っていたように、"2枚の薄肉レンズを密着させた"場合には、全体のパワーは両薄肉レンズのパワーの単純な和として表される。つまり、

となるが、このときに

を満たすようにν1とν2を選べば、色収差が補正される」

博士「νは、アッベ数と呼ばれ以下の式で定義される量じゃ。

なお、添え字により基準となる波長が変わることもあるので、注意が必要じゃ。また、アッベ数は硝材の分散に関係した量なのじゃが、アッベ数が大きい材質は低分散(屈折率の波長依存性が小さい)で、アッベ数が小さい材質は高分散であることにも注意する必要がある」

A君「う〜ん。紛らわしいですね。さっきの色収差補正の式を解釈してみると、パワーが強い方が色収差が出るのでφが分子に在り、アッベ数が小さい方が色収差が出るのでνは分母に来る。つまり、パワーをアッベ数で割った量が各レンズで発生する色収差を表している、と考えれば良いんですかね」

博士「色収差係数に変換するには近軸光線追跡値を乗じたりする必要があるが、概ねA君の考えている通りじゃ。ν1もν2も屈折レンズの場合は常に正の値なので、上記の式を満たすためには、φ1とφ2が異符号でなければならないということが分かる。つまり、凸レンズと凹レンズの組み合わせが必須なのじゃ。因みに、凸と凹に同じ硝材を使った場合はν1=ν2だから、φ1=−φ2という解しか無いのも分かるじゃろ。この場合、合成系のパワーがゼロになるのも明らかじゃな」

A君「おおっ!最適化で上手く行かないと悩んでいたのに、そんな簡単に解けるとは・・・」

博士「ところで、今まで考えてきた色消しレンズは全体として凸レンズだから、凸に低分散、凹に高分散の硝材を用いている(下図左)が、全体として凹レンズの場合はどうなるかな?」

A君「凸の場合とは逆にすれば良いんでしょ。つまり、下図右のような状態ですね」

博士「正解!さて、A君が気付いているように、凸レンズと凹レンズを組み合わせると、色収差だけでなく球面収差やコマ収差にも補正効果があるのだが、その効果の具合は硝材の組み合わせ(屈折率の違い)に依存する。単レンズでは、ベンディングによりレンズのパワーを変えずに収差の状態を変えることができるね。"張り合わせレンズ"で同じようなことをしてみると、以下のようなグラフを作成できる。球面収差とコマ収差が変化している様子が分かるね。なお、二つの波長で"色消し"かつ、一つの波長で"球面収差補正"かつ"コマ収差補正"がなされているレンズをアクロマートレンズと呼ぶ」

A君「あれ?凸レンズと凹レンズを組み合わせても、球面収差がゼロになる解が無かったり、球面収差とコマ収差の両方がゼロとなる位置がずれる場合もあるんですね。凸と凹で材質が異なってさえいれば良いというわけじゃなくて、良い組み合わせ・悪い組み合わせというのもあるみたいですね。ところで、この検討ではCODE Vのマクロを用いているようですが、こういった検討は計算機があるから簡単に出来るんですよね。昔の人はどうやって上手い組み合わせを探していたんですか?」

博士「19世紀末にHartingの表というものが示された。これは、"張り合わせレンズ"においてアクロマートを実現するために、二つの硝材の屈折率と片側の硝材の分散を与えると、もう一方の硝材の分散および各面の曲率半径そして各レンズの厚さが、表から求められるという便利なものじゃ。ただ、かなり昔に作られたためか、屈折率は、1.50から1.66までしか扱われていないし、表から求めた分散を持つ硝材が実在しない、ということも起こり得る。現代においては、昔の技術者の努力を偲ぶ程度の意味しかないのかもしれん」

A君「じゃあ、もっと汎用性の高い現代の方法を教えてくださいよ」

博士「その前に、張り合わせレンズにおけるアクロマートに関してまとめておこうか。前述のHartingの表の使用法からも分かるように、凸レンズ側の硝材(屈折率とアッベ数)及び凹レンズ硝材の分散(アッベ数)を決めると、アクロマートとなるために必要な、凹レンズ側の硝材の屈折率が一義的に決まるのじゃ。そこで、凸レンズの硝材を固定し、凹レンズに求められる屈折率・アッベ数をプロットしてみると、一つの曲線を描く(下図)。

ここから分かるように、張り合わせの場合は、アクロマートを実現するために選択できる硝材の範囲はかなり限られる。実際には、厚肉化によっても変わるし厳密にゼロである必要は無いので、この曲線上から多少ずれても構わないが」

A君「張り合わせレンズだと自由度が低いということですね」

博士「では、先ほどのA君の質問に答えてみようかの。ただし、現代ではなく、古典的でも便利な式があるのでそれを紹介しよう。"張り合わせ"の場合には、二つの硝材の組み合わせによっては、アクロマートが実現できないこともあるが、"張り合わせ"ではなく二つのレンズを分離すると、形状の自由度が増え、任意の硝材(屈折率・分散)に対しても、アクロマートとなる解は必ず存在する。それを解くのが、Hartingの式じゃ」

A君「そういうのが欲しかったんですよ。簡単に使えるんですか?」

博士「計算自体は四則演算と平方根の計算しか含まれていないので、電卓を使用しても計算可能じゃが、何しろ式が長い。途中の色々な計算を変数に置き変えれば効率的に求めることができると思うが。式自体は色々な書籍などに載っていると思うので、ここではHartingの式の使い方を理解することが重要じゃ。Hartingの式の意味するところは、二つの硝材 (屈折率とアッベ数) を決め、色収差、球面収差、コマ収差係数の目標値を決めれば(普通は目標値0)、4つの面の曲率半径が解析的に求められる、ということじゃ。この式は2次式となっているため、解は二つ出てくる」

A君「どっちを選べば良いとかあるんですか?」

博士「曲率の緩い方の解をFraunhofer型(或いはSteinheil型)、曲率のきつい方の解をGauss型と呼ぶらしい。どちらのタイプも、軸上色収差係数(L)、球面収差係数(T)、コマ収差係数(U)がゼロとなっているのが分かるね。しかし、収差で比較すると、どうだろう?」

A君「球面収差の様子が全然違いますね。この二つのレンズタイプは、3次収差の範囲では同等だけど、高次収差も含めると、Fraunhofer型の方が良好ということですかね」

博士「その通り。Gauss型の方も、望遠鏡対物レンズではなく別の用途に用いられると素晴らしいレンズを構成することになるのだが・・・それはまた別の話」

博士「ところで、張り合わせレンズに戻って、張り合わせ面の役割について考えてみようか。A君、右図のレンズの張り合わせ面は、発散面だろうか?それとも収斂面だろうか?」

A君「え?改めて問われると・・・左側の凸レンズからして見れば、当然収斂作用を持つんでしょうけど、右側の凹レンズの立場からすると、発散面?あれれ?レンズ断面図だけだと、どっちか分からないですね」

博士「うむ。両側の材質の屈折率の関係により、張り合わせ面の作用が変わってくるからね。
昔(19世紀末)の硝材は未だ種類も少なく、低分散の硝材は屈折率が低い領域に、高分散の硝材は屈折率が高い領域にしか存在しなかった。そのため、色消しレンズを構成する場合は、凸レンズよりも凹レンズの方が高屈折率になるので、接合面は発散性を持つ。こういったレンズを旧色消しと呼ぶ。反対に、凸レンズよりも凹レンズの方の屈折率を低くすると接合面は収斂性を持つ。新しい硝材が開発されるようになって、このような色消しをすることも可能になったが、これが、新色消しと呼ばれる色消しレンズじゃ」

A君「あれ?でも、さっきの検討の結果からすると、凹レンズの方は凸レンズよりも屈折率が高いところにないと、ダメなのでは?」

博士「A君、良い所に気付いたね。実は、新色消しは色収差は補正されているが、球面収差は補正できず旧色消しよりも悪くなるのじゃ。その代わり、ペッツバール和に関しては、旧色消しよりも新色消しの方が良好な数値を示す」

A君「他のレンズと組み合わせる際に、球面収差とペッツバール和、どちらを重視するかで選べば良いということですかね」

博士「その通り。レンズ設計は結局のところ各収差を上手くバランスさせることに尽きるのじゃが、硝材の選択は一筋縄では行かないことも多く、奥が深い・・・切磋琢磨することが肝要じゃ」


今回の話で使用したCODE V用のマクロファイル・レンズデータやコマンド操作などは、ダウンロードできます。

<< 前へ | 次へ >>

目次

 


お問い合わせ