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特集

スキージャンプの飛型最適化の研究

山形大学 地域教育文化学部システム情報学コース 教授 瀬尾 和哉 氏

1. はじめに

本稿では、まずスキージャンプの4局面(アプローチ・踏み切り・飛行・着地)に対して、空気力学的な考察をしたいと思います。その後、飛行局面の最適化、つまり、飛距離点と飛型点を同時に最大化するにはどのように飛行したら良いか? に応えるべく私たちが行ってきた研究を紹介します。

2. スキージャンプの4局面に対する空気力学的考察

スキージャンプは急斜面を滑り降りるアプローチに始まり、ジャンプ台の先端(カンテ;Kante:独語)での踏み切り(サッツ;Satz:独語)を経て、飛行に移ります。飛行の最後はテレマーク姿勢を取って着地します。

アプローチではより高速な踏み切りスピードを獲得するため、正面投影面積(風が正面から当たる面積)を小さくし、空気抵抗(抗力)の最小化を目指します。ただし、踏み切りへのスムーズな移行を考えると、単に縮こまった姿勢で正面投影面積の最小化を目指すのではなく、踏み切りしやすい姿勢をとりながら滑り降りる必要もあります。

また、人体のような先端の丸い物体は、形状抵抗(抗力の一要素)が大きいため、アプローチにおいても翼型を意識した姿勢(例えば、腕を後ろに組む)を取り、抗力を減少させます。

踏み切りでは、適切な飛び出し角度と頭下げの回転(角速度)が必要となります。高く飛び上がると、高度を稼げるという意味では良いのですが、体が起き上がってしまうため風に対して抗力が増大してしまいます。踏み切りから飛行の初期にかけては、抗力を減少させることが最重要です。

適切な頭下げの角速度を与えると、ジャンパーは飛行軌跡方向に頭から向かっていくことになりますが、これによって、抗力を小さくできます。一方、頭を下げる角速度が大きすぎるとジャンパーは宙返りしてしまい、危険です。飛行中は重力によって、速度ベクトルは徐々に鉛直下方へ向かっていきます。このため、踏み切りで適切な頭下げの角速度を得られなければ失速状態になってしまうのです。失速状態では、抗力が増加し揚力は減少しますので、ジャンパーにとって良いことは一つも無いと言えます。揚力とは、ジャンパーを上向きに持ち上げる力で、飛行後半では、この揚力を増大させることが重要になります。

V字ジャンプは直接風を受ける翼面積が増大するため、パラレルスタイル(2本のスキー板を平行に揃えた一世代前のスタイル)よりも揚力が増加します。着地では両手を左右に開き、両足を前後にしたテレマーク姿勢を取りますが、ここは、両足の間隔や、転倒ラインを越えるまで安定的に滑走できているか等、飛型点に大きな影響を与える局面です。

3. スキージャンプの風洞試験

図1 実物大模型による風洞試験

スキージャンプ飛行の研究では、よく風洞試験を行いますが、その意味は2つあって、(1)パフォーマンスを客観的に評価するため、(2)流体力学的不思議を解明するため、です。

(1)のパフォーマンスの客観的評価とは、数値として飛距離や飛型を表現することです。これは運動方程式の数値積分により、実現可能です(飛型をどのように評価するかは課題ですが)。運動方程式を数値積分する際には、実験で測定した抗力・揚力・ピッチングモーメントの値を使用します。そのため、風洞試験が必要になるのです。

(2)の不思議の解明とは、例えば、なぜV字スタイルの方がパラレルスタイルよりも飛距離が伸びたのか、といったことに答える実験です。風洞試験を行って空気力測定や流れを可視化することにより、そうした不思議を解明できるのです。図1は以前、私たちが行った実物大模型を使った風洞試験の写真です。

4. スキージャンプの飛行局面の最適化

41 目的関数

図2 変数の定義

今回は、飛行局面(踏み切り後0.4秒以降〜着地体制移行前までの安定した滑空局面)における2目的最適化を紹介します。

飛距離はシミュレーションが可能で、数値化できます。本最適化の第一の目的は、飛距離です。一方、飛型の判定は審判の主観に左右されます。一般的に言って、こうした感性に関わる量、例えば、「きれい」、「ダイナミック」、「気持ちいい」等、を数値化することは困難ですが、飛型点もそれに当たります。スキージャンプの飛行局面の主な減点例は、「肩・腕を必要以上に揺らす」、「スキーが揺れる」等とされており、そこで、今回は、「飛型点=安定性」と解釈し、前傾角β(図2)の分散を見積もってみました。前傾角が飛行局面で一定であればあるほど、良い飛型である、と想定しました。

以上より、2つの目的関数は、
F1=-飛距離・・・(1)
F2=飛行局面における前傾角βの分散・・・(2)
としました。最適化では、両目的関数を同時に最小化することになります。

42 制御(設計)変数

ジャンパーが飛行中に制御可能な変数を18個設定しました。詳細は省きますが、例えば、βやλ(図2)の時間変化を表現するための変数が14個、その他には0.4秒の瞬間の頭下げの角速度等が制御変数です。これらの変数を手作業で変えつつ、目的関数F1とF2を同時に最小化することは、困難です。そこで、遺伝的アルゴリズムを使用し、最適解を求めました。

43 結果 -最適な飛行-

図3 2目的関数間のトレードオフ

図4 飛距離最長の飛行

最適化の結果を図3に示しました。横軸はF1、縦軸はF2です。両目的関数が同時に最小になればベストなのですが、そうはなりませんでした。飛距離のみを重視すれば、163mの飛翔も可能であるが、前傾角βの分散が増大します。これは、安定性が失われることを意味します。一方、安定性を重視すれば、飛距離は短くなってしまいます。望ましい解は、両目的関数間にトレードオフのあるパレート解(ある目的を改善するためには、他の1つ以上の目的を改悪せざるを得ない妥協解)となりました。

飛距離最長の場合の最適解(図3の一番左上の解)の飛行軌跡を図4に示します。下の実線が大倉山シャンツェの斜面を表わし、その上の実線が重心の飛翔軌跡、更に横から見たジャンパーの姿勢と、上から見たV字開き角を示しています。前傾角βは飛行全般にわたって小さく一枚板姿勢ですが、中盤から後半にかけて、やや大きくなっています。

この角度変化を空力的に換言すると、前半は抗力を小さくして(揚力も小さくなってしまうが)飛距離を稼ぐ(勢いよく飛び出す)局面、後半は揚力を大きくして(抗力も大きくなってしまうが)落下を防ぐ局面、であるということになります。

5. まとめ

スキージャンプ飛行の最適化研究を紹介しました。現在の最重要課題は、空気力測定です。ジャンパーが実際に制御できる変数は多数あるのですが、重要な変数、例えば腰曲げ角や腕の角度等を変数とした風洞試験を行い、空気力測定をする必要があります。また、踏み切り局面や着地局面の姿勢に対応した空気力測定も必要です。これらは時間もお金もかかる作業ではありますが、やるしかないものと考えています。

第二の課題は飛型点の数値化です。これも丁寧な観察と洞察力により、飛型点をシミュレーション可能な物理量に置き換えるしかありません。これらを解決できれば、その先は、本稿で紹介した手法で、より良い最適解が得られるはずです。

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