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インタビュー

スポーツ工学の知見で
「世界最先端のものづくり」を目指す

西脇 剛史 氏 インタビュー

株式会社アシックス
スポーツ工学研究所
所長/フェロー


Tsuyoshi Nishiwaki

1986年
大阪大学理学部高分子学科卒業。
株式会社アシックス入社、スポーツ工学研究所に配属され、現在に至る。
現、スポーツ工学研究所所長。工学博士(1996年)
2004、5年
日本機械学会ベストテクニカルプレゼンテーション賞
2005年
国際バイオメカニクス学会フットウエアグループ アプライドリサーチアワード
2007年〜
現在 Sports Technology (英文雑誌 編集ボードメンバー)
2009年
国際バイオメカニクス学会フットウエアグループ イノヴェーションアワード
2010年〜
現在 日本繊維機械学会誌編集委員長、日本複合材料学会理事
2013年
日本繊維機械学会 技術賞

主な研究テーマ 

使う人にやさしいスポーツ用品の開発
高速荷重下における不均質材料の力学的挙動の解明

主な著書

「足と靴の科学」(日刊工業新聞社)

今回の特集は、当初「スポーツ工学」にしようかと思っていたのです。しかし、まだ、特に学会的な観点からは「スポーツ工学」というものが認知されていない、といったことも漏れ聞きまして、それで、間に「と」を入れて「スポーツと工学」という特集タイトルに落ち着けたのですが、実際のところどうなのでしょう?

「スポーツと工学」でも問題ないと思います。

もともとスポーツに特化した学術会議は1つしかなくて、それは、「スポーツアンドヒューマンダイナミクス」という学会です。これがスポーツ工学関係では唯一の学会で、これまでスポーツ産業学会に所属し、一昨年から「専門会議」という位置づけで、日本機械学会の傘下に移りました。その際、5年後には部門化を、という目標を立て、今もそれを目指して活発に活動中です。機械学会は大きな学会ですので、その一部門になることで、学会発表などにもより多くの方に来ていただけると期待されています。

ただ、「スポーツ工学会」という名称を冠したものこそ無いですが、スポーツ工学的なテーマの発表会などはいろいろあるんですよ。実際、そのオーガナイズをよく頼まれたりします。ですから、私の周囲を見る限り、「スポーツ工学」というものがあるのだ、という認識は結構広く共有されていると思います。

それに、私は学会の活性度は企業の参加数に比例すると思っているのですが、「スポーツアンドヒューマンダイナミクス専門会議」には企業の参加がとても多いんですよ。

スポーツ関連の製造業と学会との関係というのは、結構密接なのですか?

私は製品として靴やウエアを作っていますが、そうすると、本当に様々な学会との関係が生じてきて、実際いろんな学会に参加しています。例えば、外底=アウターソールの研究をすれば、ゴムやトライポロジー(摩擦)の学会。摩擦は元々ベアリングや軸受けなど、機械系で問題になることが多いのですが、我々が使っているのはポリマーです。なので、新しい視点を持ち込んでくるからか、我々の参加は非常に喜ばれています。

中底=ミッドソールだと、高分子学会。エラストマーやもちろん材料学会、それに、衝撃吸収材を軽く作るため発泡材料などを使うので、プラスチック成形加工学会、また、ゲルも使っていますので、減衰メカニズムの研究という点でレオロジー学会や、機械学会だと振動減衰をあつかっている部門などとも交流があります。

アッパーは主にファブリックなので繊維学会、また、快適性といった点に目を向ければ家政学会とも関係があります。ポリエステル繊維を使うことも多いので、高分子学会や化学関係の学会ともお付き合いがあります。

更に、「走る・歩く」といった動作に着目すれば、当然、バイオメカニクスや、運動・生理系の学会。と、関係している学会を挙げていくとキリがないくらいです。

しかし、いわゆる「学界」の方々とは違う我々の強みは、何と言っても、現実に製品を作っているというところにあります。大学だけでの研究がどことなく偏りがちになるのは、アウトプットに限界があるからで、つまり、供試材(テストサンプル)が作れないからだと思うんです。我々は、実際にモノを作り、もっと重要なのは、その過程で試作を行うので、様々な試行錯誤ができることです。試作力こそ、まさに工学の力とほぼ同じものだと、私は考えています。試作し、そのフィードバックを正しく評価し、また試作し、最終製品に結実させるという筋道は、工学のプロセスそのものなのです。

ナイキとかアディダスといった大きなメーカーは、普通に試作は自前でやっているのではないのですか

いやいや、それがそうでもないんですよ。多分、試作品を本部組織の中で作っているのは、ウチくらいじゃないかなあ。もっとも、調べたことはないのですけどね。スポーツ用品を設計開発している会社で、いろんな分析装置を持っているという話も余り聞きませんしね。アシックスではそういう装置を全て自前で揃えて、製品を開発し分析し、試作品を作っています。

やはり、一足あたりそこそこのお値段はする製品ですので、買って下さるお客さまのために、我々ができることは全て、責任を持って自分たちでやるというのが我々のスタンスで、当社の創業者である鬼塚喜八郎以来ずっと、アシックスに受け継がれている思想なのです。

なるほど、そうなんですね。

ですが、他にも大事なことはいろいろとあって、例えば、靴のアウター/ミッドソール、アッパー部は、今は接着剤で貼り合わせています。なので、最近、接着剤の開発というのがとても重要になってきているんですね。接着剤の研究は、結局は接着剤の剥離という問題に行き着き、そこは接着学会などもあるのでいろんな知見が発表されてもいるのですが、通常は、機械部品の貼り合わせが問題になることが多いのですよ。接着学会の研究も、多くは、固いものと固いものを接着するという話です。ところが、靴の場合は、接着剤より柔らかい部材を貼り合わせます。そこで、機械系での接着とは全く異なる破壊力学を考えなければならない。これはもう完全に非線形の世界で、ひずみ速度依存性がきわめて大きい(ゆっくり引っ張ったときと、早く引っ張ったときでは挙動が違う)。

まあ、これは一例で、悩ましい問題というのは常にいろいろと出てくるんです。しかし、我々はB to Cの業界ですので、一番大事なのは、どのレベルまでをお客さまが求めているかということ。お客さまは、S-Sカーブを認識しなければ買ってくれないのか、と言うとそんなことはない。その代わり、我々としては、お客さまが真に求めていることは何かを、的確に理解しなければならない。本当に難しいのは、そこなんです。

インターフェースが重要ということですね。

その通りです。インターフェースの意味するところを一言で言えば、それは、履く人の主観評価をいかに数値解析で算出できる物理量に変換するか、ということになります。お客さまが「これは足にフィットしますね」と言われたとき、どの数値がどんな値を示しているのか、ということですね。どこの計測値がどの値になったときに、人はそれを「フィットしている」と感じるのか。それを調べ、かつ定式化していかねばならない。まさに、ここが、スポーツ工学の面白さであり、難しさでしょう。

機械の世界では耐加重がいくらか、といったことは、ある程度明確に決まっているわけです。ところが、スポーツ工学の世界では、主に人の感覚が相手ですから、そういった明確な数値が無い。スペシャルなものであれば、ある程度は決められます。スペシャルなものほど使う人が決まってきますからね。究極はある選手用で、その場合は、その選手の動きだけを分析すればいい。それによって必要な指標数値は得られます。

図1  スポーツシューズのミッドソール部分。ところどころ黄色に 見えているのは衝撃吸収のために挿入されるゲル。

ところが、一般品の27センチのランニングシューズとなると、それを体重50キロの人も使うし、100キロの人も使う。とすると、どこを計測してどんな数値を 指標にするのかも、一様には決められないということになるわけです。

一般には、トップアスリート用のものづくりの方が難しいと思われているようです。しかし、こうした事情で、実は一般品を作る方が難しいんですよ。もちろん、カスタマイズ品にもそれなりの難しさはありますが、それにしても、誰が履いてもOKでなければならない一般製品を作る方が、遥かに難しいのです。

考えてみればその通りですね。どんな人が使用するかわからないのに、どんな人にも 一定のレベル以上と満足してもらえる製品を作らなければならない・・・。

そうなんです。それに、トップアスリートは身体訓練を積んでいますから、製品としてはその能力を引き出し向上させることを第一に考えておけばいい。これに対し、一般製品で大事なのは運動能力向上よりは、まず、ケガや故障の予防です。「こうはならないように、ああもならないように…」と考え始めると、必然的に盛り込む機能は多様化し数も多くなる。履いている間に足に痛みが出ないよう衝撃を抑えるためゲルを入れたり、過度なソールの変形を抑制するためにプラスチックを入れたり、といったことになるわけです。

これがプロ用の、例えばマラソンシューズであれば、考えるのはまず軽さ。次に通気性くらい。耐久性もそれ程考える必要は無い。軽くすることに技術的な難しさはあるけれど、メカニカル的にはそれ程難しくないんですよ。

これに対して、素人の方用ですとクッション性と安定性が大事。それと屈曲性かな。屈曲性は、これもよく誤解されるのですが、固すぎない、曲がり易いということではありません。人間の足と同じ場所で曲がるということがポイントです。

こうした多くの評価指標を、当社では全て、実際に履いた人の応答を基に作成しています。例えば、クッション性とは、すねのところにつけた加速度計の低周波成分をいかに無くすかという指標で判断する。安定性とは履いて走ったときにかかとの骨が何度倒れるかという関節挙動を基準に判断する、といった感じです。これらの指標をオリジナルに、具体的かつ明確なものとして、出し続けること。それがこの研究所の大切な役目なのです。

そのためにも、当研究所で作っている評価指標が客観的にも正しいと言えるか、常に検証するようにしています。学会などでの発表を奨励しているのは、主にそのためです。「この評価方法はこの論文で発表され、広く正しいと認められた方法なんですよ」ということを、いつも言えるようにしているのです。

なるほど。ところで、最近のスポーツ界の大きな話題と言えば、東京オリンピックの開催が決まったことですが、業界はやはり活気づいていますか?

いや、最近よくそれを聞かれるんですが、我々としては、東京の前にまずリオの五輪がありますので、現在はそちらに向けてスタートダッシュを切っているところですね。オリンピックが例えば8月にあるとすると、1月にモノができていても遅いんですよ。その頃には店頭に並んでいなければならない。一部の商品では使用器具認可の規則上そうなっているんです。

店頭に並んでいる必要があるんですか。選手だけが使ったり、そのときしか使わないという道具もあると思うのですが。

確かにそういうものもあるかもしれませんが、しかし、逆に、私は一試合しかもたない、使わないものづくりというのはスポーツ工学ではないと思っています。

まず、誰もが使えること。そして、使う人がそこそこ長く使えて、その道具を使う中で健康面やスポーツの技能面に良い影響が出てくる。そういうものが本当のスポーツ用品だと思いますし、そういう製品に活かされる知見こそがスポーツ工学と呼ばれるべきものではないかと思います。

なるほど。ところで、素朴な疑問ですが、オリンピックは4年ごとですが、そんな短期間に次々と、新機軸の製品を出せたり、改良したりといったことができるものなのですか?

それは、せざるを得ないと言うに尽きますね。前回の五輪で使ったものをそのまま使うということはありません。何かしらは改良します。もちろん、使ってくれた選手からもフィードバックが上がってきますから、改良ポイントというのはどこかに必ず見つかるものです。まあ、常に大きな改良点を見つけるということは、初期段階に比べれば難しくはなります。

私の経験から言ってもそうです。私は1996年にスポーツシューズの設計を始めたんですが、それまでは複合材料を研究していて、手がける製品もテニスラケット、ゴルフクラブといったFRP製品だったんですよ。ところが、異動になってこの世界に来てみると、当時は、スポーツシューズの設計というのは、ほとんどがバイオメカニクスの範疇でやっていました。人の動きにいかにマッチするか、ということを主に考えて製品設計していたんです。しかし、バイオメカニクスを専門にしている人には、当時は、材料に対する知識があまりなかった。逆に、私はバイオメカニクスのことはよく知りませんでしたが、元々が材料屋ですから、材料屋の目で見ます。すると、スポーツシューズの改良点をいろいろと見つけることができたのです。

そうすると、他のメーカーさんとは全く違うアプローチができることにも気づきました。材料の提案、構造の提案、デバイスの開発など、バイオメカニクス主導の従来の当社製品や他社製品とは別の視点からする、全く新しい製品提案ができたわけです。

その頃から考えれば、ずっと改良を続け性能も向上してきていますので、新しい改良点を発見し続けることが難しくなってきているのは確かです。しかし、とにかく新しい製品は出していかねばならない。

では、どうするか? それには異業種の技術や材料を積極的に利用することでしょうね。そこを考えないと、進化を続けるのは難しいと思います。

これは、スポーツ工学自体にも言えることだと思うんですよ。スポーツ工学はまだ日が浅い学問分野です。しかし、これを今後大きく発展させていくには、純粋なスポーツ工学者を育てて、というやり方よりは、何か別のことを大学で研究していた人をたくさん呼んでくる方がいい。スポーツというのはいろんな要素を含んだものなので、いろんな業種の人々の知見を持ち寄ってビルドアップしていくという方向が、よりその性格にマッチするのではないでしょうか。

冒頭のお話からしても、スポーツの製品を作るということは、実に総合的な技術が必要になってくるんだ、と驚きました。

図2  アウトソール部分。表面の切れ込みも靴底面への力のかかり方を細かく計算した上で入れられている。

金属の世界などにはそれだけをやっている人が、たくさんいます。一つのことを一筋にやってきた人たちで、それは大切なことですし、否定するつもりは全くないですが、スポーツ工学に限らず、自分の分野と他分野をうまくマージしたり、マネジメントしたりする能力こそ、今後は重要になってくると感じますね。

面接試験などでも、「私の専門は・・・」という学生がよくいるけれど、大学で研究した時間なんて、せいぜい3、4年。僅かな時間なわけですよ。だから、そこでの専門などあまり問題じゃないし、過度に拘る必要はないと思いますね。それに、何であれ一生懸命勉強してさえいれば、やったこと身に着けたことはどこに行っても必ず役に立つものです。それは、元々、複合材料屋で、門外漢としてスポーツシューズの世界に入った私の経験からも断言できますね。

スポーツ工学的知見で、今後の製品へのフィードバックが期待されているのはどんなことなのですか?

それは、やはり「軽くする」ということについてでしょうね。用具が軽いと、疲れにくくなります。靴も軽いと長く走れたり歩けたりしますよね。また、使用材料が少なくなれば環境負荷低減にもつながります。今後、サスティナブルなものづくりを考える上でのキーワードは、間違いなく「軽くする」こと、製品の「重量軽減」だと思います。

先ほどのマラソンシューズなど、100グラムを切っているとなると、もう充分軽いと思うのですが・・・。

「もうこれ以上はできんやろ」と思った段階で、思考停止です。なので、考え続けなければならない。でも、幸い「これでOK」と思うようなことは永遠に無いと思います。なぜなら、靴も最適化を行っていますが、一般向きの靴は、前にも言ったように、50キロの人が使うのか100キロの人が使うのか決められない。これは決まらないパラメータがあるということで、最適化するにも限界があります。全体最適はそれなりに考えるにしても、それ以外に、考えどころが、実はたくさん残っているということです。

では、いっそ体重別で靴を分けるというのはどうですか? 体重50キロ以下の人用、それ以上の人用といった感じにしたらどうでしょう?

なるほど。現状は、足先の長さ(サイズ)、かかとの地面への付き方、速度(歩く/走る、そして、走る速度)、この3つでスポーツシューズを分類しています。あとは性差ですね。男性と女性では骨格構造が違いまして、身長に対して女性はお尻の幅が男性より大きい傾向にあるのでO脚気味になりやすい。また、関節の可動域は女性の方が大きいのですね。そこで、レディース用の靴というのは、そういう女性特有の構造要因を加味して作っています。

今後、体重別というのも考えられるし、やれば、部分最適を図りやすくなるのは確かでしょう。しかし、50キロの人は100キロの人より、走る速度はおそらく速いでしょう? そうすると地面から受ける反力は強いはず。 とすると、どちらの人用の衝撃吸収材を多くするか、といったことすら、ほら、細かくカテゴライズしたからといって簡単に決められるものではないと、わかりますよね。

結局、ある目的を達するために「どこまでやるのか」ということで、それを判断できる力こそ、エンジニアリングセンスと言えるものでしょうね。

なるほど!納得できます。では、年齢ということで、高齢化に向けての対策という点はどうですか? 今後は、年をとってからスポーツを始める人も多くなってくると思うのですが。

図3  日本人の足型の模型。日本人の足は欧米人に比べ、幅広・甲高の傾向がある。

高齢者向けの商品研究は随分前から始まっていて、既に商品化もされています。高齢者は早く走ったりはしないので、障害予防という点は比較的ラクなのですが、その代わり、段差を超えるときなど、自分が思うほど足が上がっていないためつまずいて転ぶといったことが起こりやすい。そこで、高齢者用の靴ではつま先を滑らかにしてひっかかりにくしたり、という工夫を取り入れています。「ライフウォーカー」という名称で、もう販売もしています。

また、高齢になると膝に故障、多くは変形性膝関節症を抱えている方が多いので、そうした方用の靴も販売しています。これは、先にオーストラリアで発売して大変好評で、日本でも販売を始めたものです。歩くときの膝の内反モーメントを低減させて、歩行時の痛みを緩和させるという発想で作られた靴です。

最後に、今後のスポーツと工学の関係性という点から、展望と言うか、「こういう風になってくれたらいいな」といったことはありますか?

私の仕事の中で今後重要になってくるのは、次世代研究者の育成なんですが、スポーツシューズといった靴は、一昔前まではクラフトマンみたいな、専門の職人さんが作っていました。しかし、このやり方はうまく技術伝承するという観点からは、無理がある。個人の感覚的なものを否定するつもりはないのですが、その職人さんの感覚が一般的な感覚と乖離していても、本人は気づいていないということもありえます。ですから、個人の感覚だけに頼るものづくりというのは、再現性にも問題があるし、やはり危険でしょう。

そこで活きてくるのが工学で、ある技術をうまく後世に伝える一つの方法として、工学があると私は思っているんです。年間数百万足売れる靴を新人でも設計できるように、システム的なものに落とし込むこと、そういったことが今後の私の仕事ですね。

「スポーツ工学」の今後ということで言えば、認知されている、いないということではなく、金属に特化したり振動に特化したりという、伝統的に、言わば、縦割りの学術団体が多い中で、いろんな分野に跨りすぎているところで、問題が出てくるのだと思います。分野横断的でありすぎる。材料の話をスポーツ工学の一環としてするにしても、それなら材料学会に行った方が有意義な話ができるのでは? 参考になる反応もより得られるのでは? ということになってしまう。そういうことだと思うんです。スポーツシューズを作っているにしても、そこで使う繊維の話をするなら、繊維学会に行った方がいいに決まってる、という問題であるわけですよ。

しかし、研究の定義は、「社会貢献できること」というのが私の持論で、研究というのはその成果を社会に還元できなければならない。そういう点からすれば、スポーツ工学は、工学の中でも一番身近な社会貢献ができる分野だと思います。いい商品ができれば、多くの、しかも一般の方々が喜んでくれる。高齢化する社会をできるかぎり健康に保つことにも役立つ。迷いなく研究できます。ただ、ソール材料の研究だと高分子学会に一歩譲り、アッパー材料だったら繊維学会に一歩譲り、みたいな状況があるので、「スポーツ工学会」みたいなものを考え始めれば、どうしても、2番手、3番手の位置づけになりやすいのは、残念ながら確かですね。

ですが、自分たちの身近なこと、簡単な現象が全て学問的に解決済みかと言うと、そうではない。つい先日も、学会での雑談の折に、「繊維ってどこまで数値解析できるの?」という話になったんです。繊維の1本1本には縒りがかかっています。それに引っ張りをかけると縒りがほどける。しかし、ほどけたとき、その繊維は元の長さには戻りません。これが長く着た服がくたくたになってくる理由なんです。ところが、この非常に身近な現象は、粘弾性モデルでまだ定式化されていないようです。

日常的なことのモデル化は難しいということや、身近な製品をたくさん作って、そこからフィードバックを得るといったことの重要性に、学問の世界でも気づいている方が多くなってきていると感じます。やはり、工学研究は人の役に立ってナンボ、ということなんです。ですから、スポーツ工学を研究している以上、私は、メーカーにいて良かったと思っていますね。工学をやっていて実物が作れるメリットというのは、かけがえがないものなのです。

ですから、そういう研究とアプリケーションと、両方をやれる世界にいる私たちのような人間が、スポーツ工学の面白さも発信していかなければならないと思っています。

理科離れってよく言われるじゃないですか。ですが、摩擦のない靴で走るとこうなるんだよ、みたいなことを実感させてあげたら、子どもたちはきっと、摩擦力の意味をより深く捉えることができると思うんですよね。物理の知識と実際の現象の結びつきがよくわかる事例が、スポーツ工学の中にはたくさんありますから、理科や物理やそこで使われる数学も、面白いと思ってもらえる良いきっかけを提供できるんじゃないかな、と思います。

「スポーツ工学」とは何か、どうあるべきか、ということについては、多種多様な意見と考え方があると思います。ですが、私個人としては、いろんな分野の方が集まり、研究が融合して、この業界が盛り上がっていけばいいな、と思っています。そして、モノを作ることと理論、その両方をよくわかっている人が、もっともっと増えてほしいですね。

身近なものの中に工学がどんな形で活用されているか。スポーツの面白さと工学の面白さの両方をアピールできる分野であること、それを、多くの方々に気づいてもらえるよう、良い製品を作り続けると同時に、どんどん発信していきたいと思っています。

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