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BOOKレビュー

『生き残る判断、生き残れない行動』
―大災害・テロの生存者たちの証言で判明―
アマンダ・リプリー(著)

今回の平川所長のインタビューの中で「危機的状況の中で、何が生死を分けるのか」という先生の言葉が、非常に印象に残りました。そのせいか図書館でふと目にとまったのがこの本です。内容は、9.11に世界貿易センタービルから脱出した人々を始め、多くの極限状況からの生還者にインタビューして、何が命を救う判断となったのかを分析したものです。

「危機的状況に陥る」というと、まず思い浮かぶ言葉は「パニック」ではないでしょうか。しかし、大事故や大火災の研究が進むにつれて、幾多の映画で描かれてきたようなパニックは実際にはそれほど起こらないということがわかってきました。それどころか、極限状況の中で問題となるのは「フリーズ」であることの方が何倍も多いのだそうです。人々が急にのろのろとしか動かなくなったり、場合によってはまるで動けなくなる。それが「フリーズ」=「凍りつき」です。

「フリーズ」はほぼ全ての動物に見られ、要するに「死んだふり」をして捕食者から逃れようという本能に由来しています。死んだ動物は、病気を持っている、腐敗している(=美味しくない。食べると健康を害す)ということで、捕食者から敬遠されるので、うまく「死んだふり」ができれば食べられずにすむ可能性が高まるというわけですね。この「死んだふり」は意志で、というより脈拍の極端な低下といった生体システム全体で行われるので、ネズミなどは、「死んだふり」をしているうちにそのまま死んでしまうこともあるというから驚きます。これは進化上の一つの知恵で、人間の中にもそうした本能が残っており、それが危機的状況で発動されるのだそうです。

しかし、危機がライオンに襲われるとか、銃撃戦に遭遇するといった性質のものであれば、このフリーズも有効なのですが(この本の中にも、ヴァージニア工科大学で2007年に起こった銃乱射事件で、撃たれたフリをしてその場に倒れ、即ち「死んだふり」をして、ただ一人無傷だった学生の話が出てきます)、現代の危機の多くは、危機から逃れるために、普段よりもすばやく頭を働かせ、機敏に行動することが要求されるので、この「フリーズ」という護身本能が邪魔になってきているというのが著者の意見です。

危機に際しての人間の行動を一番研究してきたのは航空業界なのだそうですが、飛行機事故のとき、乗務員はわざと金切り声を挙げて叫ぶことがあるそうです。それはこのフリーズを防ぐためで、とにかく大きな物音を立てるというのがフリーズから覚醒させるのに一番いいようです。みな、ハッと我に帰るわけですね。

ところで、「パニック」がまれにしか起こらないものだとすると、パニックを防ぐという目的の情報統制は、全くのナンセンスだと著者は言います。人間は理由が明確であった方が必ずうまく行動するそうです。例えば、飛行機から脱出する際、手荷物を持っていこうとする人が一定数いる。実は、これも「(持ち物)取りまとめ行動」と呼ばれていて、異常事態下でまずは日常性を確認したいという人間心理に基づく行動なのですが、当然、避難の邪魔になります。そこで、必ず「手荷物は置いていって下さい」というアナウンスをするそうなのですが、このアナウンスは「手荷物を持っていくと死ぬ危険が高まります」といったようなものに変えるべきである、と著者は書いています。「手荷物は置いていって下さい」と言うと、必ず「でも、大事なものが入っています」と言う人が出てくる。だから、そうしてはならない理由を述べろと。重要なのは、なぜそういう行動をしなければならないかを理解させることで、それさえ言ってやれば、人々はおおむね正しく動くということが、幾多の災害現場の避難研究からわかってきているそうです。心強いことですね。火の近づくパーティー会場から「ここにいては煙に巻かれて死んでしまいます。右、左、後方に出口があります。そこから直ぐに逃げて下さい」と、適切な指示を出して多くの人々の命を救ったアルバイト生の話も印象的でした。

では最後に。危機に際して命を守る究極の行動とは何でしょう? ―それは「準備」です。

危機管理の専門家には、ホテルに宿泊したとき、一度は非常口から外に出てみるという人が大変多いそうです。飛行機事故で助かる可能性の高いのも非常口の場所を知っている人、というのは統計的に明らかだそうです。

この世に多くの危険があることはわかっていても、自分だけは大丈夫と思いがちなのが人間です。しかし、通勤の地下鉄の中ででも、「もし、今、事故が起こったら…」と心の中で自分の行動をシミュレーションしてみる。それだけでも、不幸にして実際にそうした事態に遭遇したときの身の処し方が全く変わるそうです。

皆さん、非常袋などの備えはお済みですか? 避難訓練には参加していますか?

その準備がいつかあなたを救うのです!

『生き残る判断、生き残れない行動』
―大災害・テロの生存者たちの証言で判明―

アマンダ・リプリー(著)
岡 真知子(訳)

光文社(2009/12)


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