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特集: 防災とインフラ整備の科学

橋の安全を考える

東京大学名誉教授/特任教授 藤野 陽三

はじめに

橋やトンネルは交通路に無くてはならないものであり、典型的なインフラストラクチャ(略してインフラ)の一つです。誰もが安心して使えるべきなのがインフラであり、その意味からすると、2012年12月に発生した笹子トンネルでのコンクリート盤の落下事故は、大変ショッキングな出来事でした。インフラのもう一つの特徴は長く使うことです。30年、50年、またそれ以上使うことも稀ではありません。厳しい環境条件、使用環境の中で長期にわたり作られたものの「安全」を保つのは、それほど簡単なことではありません。

橋の安全を脅かすもの

橋は自動車や携帯電話のような大量生産品ではなく、一つ一つが設計も施工も異なる一品生産です。また、規模も大きいので、試作品を作ってその性能を調べるといったことも、事実上不可能です。このような特徴に加えて、より長いスパンにチャレンジし、より軽く経済的に橋を作るという要請から、実績の少ない新しい技術を投入せざるを得ない場合も多いのです。事実、新しい技術を適用したため想定外の現象で事故を起こした例も、かなり見受けられます。風による振動で崩壊したタコマ橋(1940年)は、その崩壊の様子が映像として残っており、今もって強烈な印象を与えますが、その代表的な例と言えるでしょう。また、人間が作るものである以上、様々なレベルの設計ミスや施工ミスが発生する可能性があり、事実、発生してもいます。

どのような構造物でも同じですが、損傷や崩壊という物理現象は正直なものです。外から加わる力が橋の強さ(容量)を上回れば、損傷が出て、場合によっては全体が壊れます。地震での崩壊はその典型的な例です。我が国では、1995年阪神淡路大震災で鉄道や道路の高架橋を含め多くの橋梁が、大きく損傷しました。この当時の橋は古い耐震基準で作られ、耐震性が低いところに強い地震動が襲ったことが主たる原因です。耐震補強(レトロフィット)はそれ以降かなり進みましたが、高速道路、高速鉄道、国道が主で、地方自治体の橋の耐震補強はあまり進んでいないのが実情です。3.11の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)では、耐震補強が済んでいた高速道路、新幹線ではほとんど被害は出なかったのに対し、地方自治体の橋では補強が行われていなかったため、落橋してしまい、死者を出したケースもあります。

橋はコンクリートや鋼を主材料にしており、裸構造であるため、大気や水の影響によりゆっくりではありますが、劣化や腐食が生じます。また、建物とは違って車や列車による繰り返し荷重、振動などを常時受けるため、疲労も発生します。法律で決まっている25トンを超える過積載のトラックも実態としてはかなり多く、60トンを超えるものも横行しています。設計では、法定で許される上限の荷重に更に安全率をかけて設計するので、60トンを超えるトラックが通っても、即、橋が崩壊するわけではありません。しかし、そのように基準をオーバーした重いトラックが頻繁に通れば、橋の寿命は確実に短くなります。

図1 ミネソタI-35Wトラス橋の崩壊(2008年) (写真はミネソタ交通局HPより)

崩壊前

崩壊後

橋のメンテナンスの歴史

1930年代からインフラ建設が盛んになったアメリカでは、1960年代後半から、橋の事故が続発しました。中でも有名なのがシルバー橋です。建設後40年経過した1967年に、腐食のために鋼材が切れ、そのため橋全体が河に落ち46名もの犠牲者が出たのです。その後も、橋の事故は続き、「荒廃するアメリカ」と呼ばれる時代が続くことになりました。このような状況を踏まえ、70年代初めに連邦政府は、全ての道路橋に2年に一度の点検を義務化し点検体制を整えました。大変な決定であったと思います。こうした果敢な決定を行えるのが、アメリカの凄いところです。現在は、毎年点検を受ける30万橋(!)のために、何百億円というお金を、連邦政府は支出しているのです。アメリカでは点検で蓄積されていくデータから、傷みの進行が激しい部位の同定、損傷した部位の余寿命などを実証的に調べ、それを使ったインフラの維持管理マネジメントを確立しました。

しかし、全てがうまくいったわけではありません。それは、点検とは言っても、近くに行って目で視る「近接目視」であり、判定には個人差がかなり出ること、見えないところは手の打ちようがなく見落としも出てくるからです。そこで、非破壊検査やセンサーを使って、もう少し客観的なインフラの状態監視ができないかということで、アメリカで国家プロジェクトが始まった矢先に起きたのが、まだ記憶に新しい2006年8月のミネソタでのトラス橋崩壊事故でした(図1)。

1967年に完成したこのトラス橋には疲労クラックが発生していることもわかっており、以前から問題の多い橋でした。2000年以降は2度にわたって大規模な調査もされていたのですが、崩壊の原因を調べると、皮肉にも疲労クラックではなく、設計ミスであったことがわかりました。部材と部材を繋ぐ板の板厚が、あるべき厚さの半分しかなかったのです。それが工事用資材の重みに耐えられず、ついに切れて事故に繋がったのでした。

ヨーロッパも過去に橋梁の大規模な崩壊事故をいくつか経験しています。また、欧州で1960年代、70年代に作られた橋は質が悪く、今、その対応に苦慮しているとも漏れ聞きます。友人のエンジニアによると、その原因は価格競争だと言います。ミネソタの崩壊したトラス橋も、実は、アメリカが徹底的に合理化された橋を良しとし、橋の「軽さ」を重視しそれを競っていた時代の産物でした。

徹底的に軽くし、施工価格を安くすれば、どうしても余裕の少ない、品質に劣るものが出てきて、後々の維持管理の負荷が著しく大きくなります。橋を作り変えるとなると、その間の交通への対処もあるので、新規に作る費用の3倍以上がかかるのです。橋は、初期品質を良くすることが長い目でみると一番得なのです。競争は大事ですが、価格よりは質の良さを競う競争がインフラ建設の原則だと私は思っています。しかしながら、経営という面からは、残念ながら、なかなかこのことが理解されないのです。

橋の寿命

図2 ニューヨークの橋守・ヤネフさんの勇姿

ニューヨーク運輸局にヤネフさんという方がいます。コロンビア大学で博士号をとったインテリですが、つなぎを着て、市内の800余りの橋を自ら熱心に見て回っては(図2)、悪いところを見つけ補修の優先順位を決め、その費用を議会に認めさせ、補修後の効果を定量的に明らかにしています。それを、この30年間続けており、ニューヨーク市の「橋守」と呼ばれています。

ヤネフさんは、ニューヨーク市での点検データを分析し、橋は何も手入れをしないと平均60年で危険領域に達すること、しかも、劣化の速い最悪の橋は、わずか30年で危険領域に到達することを発見しました。しかし、適切な補修を施せば、橋の物理的な寿命は80年を越えることも明らかにしています。ニューヨークに行くと、損傷事故により死者を出したため40年で取り壊された高架橋の残骸がある一方で、維持管理や補修補強が充分にできていて70年経過しても全く問題がなく、これから30年、40年とまだまだ立派に使えそうな橋も見ることができます。橋の寿命は維持管理によって大きく変わるのです。

我が国で心配なのは、前述の地方自治体が管理している橋です。市や町の中には、自分たちの区域にある橋の数さえ把握していないところもあります。点検は元より維持管理が全くされていないものも多く、そういう橋の中には、既に危険領域に入っているものがあると理解すべきでしょう。

橋やインフラを長持ちさせるために

今、我が国では、橋だけでなくインフラ全般の高齢化が進んでいます。時間劣化に起因した事故リスクも高まっており、これは国家的な課題と言えるでしょう。

最近、「予防保全」という考えが浸透しつつありますが、これは、事が起きてからではなく、致命的に悪くなる前に処置をするという考え方です。また、事故防止に向けた「フェイルセーフ」の考え方も知られてきています。しかし、これらは電球が切れる前に交換するといった考え方であるため、実行にあたっては、当然、見かけ上、まだ発生しなくても良い付加的な費用が発生してきます。この費用を無駄と見るのではなく、安全のために不可欠な費用と考える文化が、絶対に必要であるということを、指摘しておきたいと思います。

橋は多種多様で、様々な部位にいろいろなことが発生します。劣化の速度も一般には緩やかであるため、その時間経過の中で重要な異変/異状を初期の段階で見つけ、対応することが必要となります。「最先端のセンサー技術を使って…」というのはよく出る話で、私もその方面の研究をしており、期待も大きいことは確かですが、橋の損傷は概して局所的であるため、一つの橋でもセンサーを付け始めれば、実際上きりはありません。センサーで解決できるほど、簡単な話ではないのです。今やるべきことは、一つ一つの橋を丁寧に点検することはもちろんですが、図面からも検討し、設計ミスがないか、施工の良し悪し、既存不適格など、あらゆる角度から入念に調べ、使える技術を動員して診断し、必要な手当てを行うことだと思います。

インフラのメンテナンスは新設のインフラとは対照的で、新しい富を生むわけではありません。しかし、例えば、ミネソタのトラス橋の崩落では、直接損失額の何十倍もの間接損失を生んだと言われており、一つの事故が大きな経済的損失をもたらすことは明らかです。インフラを安全な状態に保持することは、実は厖大な損失可能性を減らしているわけで、見方を変えれば、経済効果が大きいと言えましょう。このことを広く社会に伝えることも重要であると指摘して、ペンをおきたいと思います。

〈参考文献〉

1) チョ−ト,P.,ウォルタ−,S.(社会資本研究会訳):「荒廃するアメリカ」開発問題研究所,1982.

2) B. Yanev :Bridge Management, John Wiley & Sons, Inc., pp1-650, 2006. (『橋梁マネジメント』 藤野訳 技法堂 2009)

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