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BOOKレビュー

『路面電車未来型都市交通への提言』
今尾 恵介(著)

現在、日本で路面電車が生き残っているのは、僅か19路線だそうです。1960年代に始まるモータリゼーションの波に押され、多くの街で全廃されました。現在残っていて、しかも健闘している広島、長崎、熊本、岡山などの路面電車も、今度は1990年代以降の郊外型ショッピングセンター隆盛と少子高齢化に伴う中心市街地の空洞化、集客能力の低下により、乗客数は漸減というのが現状のようです。

しかし、世界では二酸化炭素削減や中心市街地の渋滞や荒廃を防ぐため、といろいろな観点から、都市中心部における大量輸送機関として路面電車が復権しているのです。この動きに大きな役割を果たしたのが、ドイツはカールスルーエ(人口27万)の大成功例で、この本の中では特に詳しく紹介されています。

都市中心部の渋滞防止にバイパスを作るといった対応では新たな車需要を喚起するに過ぎず、いずれまた、渋滞⇒新たなバイパス建設という悪循環から抜けられないという認識、そして、大気汚染を始めとする環境問題への関心の高まりもあって、カールスルーエでは、路面電車を都市交通の中核に位置づけようという大きな方向転換が、すでに1970年代に行われました。そのモットーが「電車をお客のもとに走らせろ」というもの。乗ってくれるのを待つのではなく、路面電車の利便性を高めて、電車の方が便利!というくらいにしようという構想です。そのため、郊外住宅地への延伸とともに注力したのが「パーク&ライド」で、駐車場も充実させ市街地付近までは車で来ても、市の中心部には車を置いて路面電車で移動してもらうという方式。その結果、路面電車は市民の足として完全に定着し、収益も向上。ドイツ鉄道株式会社(DB、ドイツの旧国鉄)路線への乗り入れも行われました。車両はバリアフリーな低床車で、市街地や住宅地区ではこまめに停車、郊外に出ると100キロ近くまでスピードアップできるなど、日本人の持つ「路面電車」のイメージを覆すものになっているようです。このお蔭でカールスルーエ中心部のカイザー通りは、1.5キロにわたる歩行者天国を実現でき、自動車は禁止。路面電車のみが許される交通機関となっており、ピーク時にはほぼ1-2分の間隔で路面電車が発着するという、路面電車にとっても天国となっています。しかし、ここまでには長い道のりがあり、DB路線への乗り入れにしても、線路幅はどちらも標準軌で問題なかったのですが、電化方式(=直流・交流)が違っており、この他にも、ホームの高さや信号設備の違い、規制法律の違いといった問題を一つずつ解決して、今のカールスルーエ市の交通網が構築されたとのこと。その背景には、やはり、どんな街にしたいかという都市デザインと、その構想への市民の支持がありました。

この本は、前半で日本の路面電車の歴史と現状を述べ(札幌、函館、豊橋、岐阜、岡山、広島、松山、熊本、長崎、鹿児島の路面電車が分析されています)、後半でヨーロッパ、特に路面電車大国・ドイツの様々な例が紹介されているのですが、ドイツの路面電車は、32年ぶりに路面電車を復活して、すぐ隣のフランス(サルゲミーヌ)まで乗り入れているザールブリュッケンの「国際」路面電車や、これも隣国のチェコから走ってきた気動車(日本のローカル線のような車両。多くはディーゼルエンジンで動く)が路面電車の軌道に入って来るツヴィッカウ(旧東独の都市)など、個性的な路面電車が多くあることを知りました。フランスのストラスブールでも1994年に34年ぶりに路面電車が復活し、今では9連接の大量輸送機関として市内を走り回っているそうです。また、自動車大国のアメリカでも、ニューヨーク、シカゴなどの大都市も含め、ここに来て、路面電車の復活や新設の動きが活発化しているそうです。

日本で今後、路面電車が本格的に復権するには、(1)街の中心部への自動車乗り入れ制限や路面電車優先の交通規則などに賛同が得られるか、(2)切符の収受を止めて欧州大陸流の信用乗車(切符収受は行わないが抜き打ちの車内検札があり、そのときに切符を持っていないと高額の罰金を取るシステム。特に路面電車では降車時間が短縮されるため、多数車両の連結と定時運行に資する効果が大きい)が市民権を得るか、といった多くの課題があるようです。

路面電車の良さは文字通り、駅の階段などに悩まされず、「路面から」乗り込んで移動できる簡便性にあります(そして、建設コストが地下鉄より遥かに安い!)。しかし、それ以上に、自分たちの街をどうしたいのか、ということをその街に暮らす人々に考えさせる契機となるところが大きな魅力であり、現在の復権の原動力となっていると感じました。

楽しく読め、ヨーロッパに行ったら路面電車に乗ってみたい! と思わせるワクワク感に満ちた本です。鉄男さん鉄子さんは元より、そうでない皆さまにも。

『路面電車未来型都市交通への提言』

今尾 恵介(著)

ちくま新書(2001/03)
ISBN:4-480-05886-9


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