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特集:乗り物の近未来

次世代超音速旅客機の実現を目指して

独立行政法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA) 航空プログラムグループ
超音速機チーム長 吉田 憲司

1. 従来の超音速航空機 − コンコルド

独立行政法人 宇宙航空研究開発機構(以下、JAXAと記します)は新しい超音速航空機の研究を重ねています。超音速航空機と言うと、まず、思い浮かべるのは英仏が共同開発したコンコルドだと思います。コンコルドは2003年に現役を退きましたが、人類初の超音速旅客機として27年間の運航歴を持っています。結局、これまでに現れた超音速旅客機はコンコルドだけなのですが、一般化しなかった原因は二つあり、まず経済性。コンコルドの乗客数は100人ほど、速度はマッハ2で大西洋をほぼ3.7時間で横断しましたが、その使用燃料も90トンでした。これは、乗客一人当たり燃料1リットルで約5.5キロしか飛べないということで、この運航コストは普通のジャンボジェットのほぼ3.5倍にも当たります。もう一つは、環境負荷が大きいという問題。代表的なものがソニックブームと呼ばれる衝撃波による騒音です。これは、超音速で飛行する航空機が発する衝撃波が地上まで伝わるために生じるもので、落雷と同程度のショックを人に与えます。このソニックブームは、主に機体の前方と後方から発生する衝撃波に集約されるため、“ド・ドーン”と聞こえます。また、離着陸時の騒音も大きな問題で、通常のジャンボが地下鉄レベルの騒音であるのに対して、コンコルドは削岩機レベルであったと言われています。

2. 大型機から小型機へ

図1 超音速飛行の恩恵

図2 JAXAが想定する小型超音速旅客機の概念形状と技術目標

しかし、単純に人の移動が早くなれば経済効果は上がります。コンコルドの飛行速度であるマッハ2は現在の飛行機のほぼ2倍の速さです。超音速旅客機の経済効果については三菱総合研究所が試算したデータがあるのですが、2025年には旅客需要が現在の3倍になり、そのうちの何割かは超音速機利用に変わるだろうということで、全世界で約78兆円の経済効果があるという結果になっています(図1)。

そこで、JAXAは1997年から文部科学省の戦略的重点研究の一つとして、「次世代超音速機技術の研究開発」というプロジェクトを開始しました。これは欧州まで飛べるような300人乗りの大型超音速旅客機の開発に必要な中核技術を開発しようという計画でした。このプロジェクトでは、想定される実機の11%スケールの実験機を使った飛行実験で、結果的にコンコルドより約13%ほど空気抵抗を下げられる設計技術を獲得できました。ただし、コンコルドより航続距離が長く、3倍の乗客数に対応して機体重量が50%も重い機体では、構造設計や離着陸性能の改善、搭載するエンジンの見通しなどの点で多くの課題が明らかになりました。この状況は欧米も同様で、現状の研究の進捗を考えても、図1中の黄色の円のところに行くまでには、あと20数年はかかると考えられています。

そこで、現在は将来の大型機の実現に向けた第一歩として、乗客数がコンコルド以下の小型の超音速旅客機の研究へと方向転換がなされています。JAXAもこれに呼応して2006年から「静粛超音速機技術の研究開発」計画を始めました。「静粛」とはソニックブームとエンジン騒音を防ぎたいという意図が込められています。ソニックブームが低減できれば陸上を超音速飛行できますので、このような小型超音速旅客機でもシンガポールくらいまでを3時間で飛ぶというプランが現実的となります。特にシンガポールは時差の関係で、朝日本を出れば昼の会議に出て夜は自分の家で眠るという日帰り出張が可能になります。経済性という点では、シンガポールまでビジネス客が利用するとして、どのくらいの運賃なら乗ってくれるか、という複数のインターネット調査が試みられたのですが、今のビジネス運賃の3割増しなら60%くらいのビジネスマンが乗るという結果が出ており、やはり早い飛行機が望まれていると言えると思います。この調査結果は現実的な超音速旅客機の利用方法の一つを提示していると思われ、ソニックブームと騒音を低減できれば、超音速旅客機は必ず一般化するというのが、世界中の超音速機研究者の共通認識です。

こうして「静粛音速機技術の研究開発」は、机上の研究ではなく十分に実用化とそれに伴う採算の見通しのある機体案として、重量70トンで50人乗りの小型超音速旅客機を想定して研究を進めています(図2)。このくらい軽くなると、ソニックブームと騒音のみならず空気抵抗等の技術目標もクリアしやすくなり、実用化できると考えています。こうした方向転換はJAXAだけではなく、世界を見ても、主要な超音速機開発構想は、大型機開発は最終目標とするものの、まずは小型、あるいはさらに小型のビジネスジェット機開発に移行しているのが現状です。


3. 現在の技術的到達地点

図3 低ソニックブーム機体形状
(D-SEND#2実験機)

さてそこで、ソニックブーム低減が現在どこまで実現できているかということですが、我々の特許技術により設計した機体形状(図3)にすれば、ソニックブームは、“ド・ドーン”から、“ポコ・ポコッ”という音くらいにまで低減されることがわかっています。また、どのくらいのソニックブームなら許容されるかという国際基準の策定計画も進んでいます。現在、ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)という国際機関が2016年を目標に基準値を決定しようとしているのですが、JAXAもNASAとの共同研究や技術データの提供を通して、その技術的検討に参加しています。

残るは、ソニックブームが本当に実機で低減されるかの実際の検証なのですが、JAXAはすでに独自の設計技術を開発し(特許取得済み)、現在までに計算機シミュレーションと風洞試験での検証は終わっています。そこで、次のステップとして、実験機による飛行実証を計画し、“D-SEND”と呼ばれるプロジェクトを進めています。これは、気球を使ってエンジン無しの実験機を自由落下させ、超音速飛行時のソニックブームを計測することで設計効果を検証する計画です。実験場所はスウェーデンのキルナというところで、高さ200メートルもある気球で実験機を高度約30キロメートルまで吊り上げて落とすという、かなり壮大な実験です。地上に衝突するまでに最高速度はマッハ1.4程度には到達するので、そのときのソニックブームを、地上や空中に設置したマイクで計測してデータを取り、現実に飛ばす機体の各条件に外挿すれば実機(重量70トンくらいの小型超音速旅客機)の出すソニックブームを推測できるというわけです。

この計画は「D-SEND#2」と呼ばれていますが、JAXAではすでにその前段の位置付けで「D-SEND#1」という予備試験を2011年に実施し、独自に開発した計測システムでソニックブームによる空気の圧力変動がうまく計測できることを確認しました。落下させた模型は簡単なペンシル形状(軸対称形状)でしたが、通常のソニックブームを発生する形状(“NWM”)と、それを半分程度まで低減できる特殊な形状(“LBM”)の2種類を用い、両者を比較することでソニックブーム低減法の妥当性を、軸対称形状では世界で初めて実証することに成功しました。得られた成果はデータベースとして公開中です(図4)。本番の試験の「D-SEND#2」はいよいよ今年2013年の7?8月に実施予定です。今回の実験機は前述のJAXAが特許を取得している低ブーム設計による機体で、重量は1トン、全長は7.7メートルの実機のスケール模型になっています。今、まだ7ヶ月先とは言え、期待と不安の混ざった複雑な気持ちで、その「Xデー」を待っているところです。



図4 D-SEND#1試験結果

可変翼機にも可能性あり!
お気に入りの可変翼機の模型を手にした吉田氏


4. おわりに

最後に、JAXAでは「D-SEND#2」の成功と「静粛超音速機技術の研究開発」計画に沿った要素技術研究の完了(2014年度末)を通して、小型超音速旅客機の実現のための中核技術を獲得できれば、その先として大型超音速旅客機に向けた技術課題への挑戦も可能と考えています。そのような挑戦への試みの一つとして、古くて新しい“可変翼機”の改良という課題があります。JAXAではそのような革新的要素技術の研究も視野に入れて取り組んで行く予定です。

※インタビューに基づき記事を作成しました。

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